第二十四話 内藤嘉光の出陣
まさかこんな事態になるとは、俺こと一宮敦次も思ってはいなかった。
天森小枝が秋津に何を言ったかは知らないが、おそらくは新聞部室で何かがあったのだろう。秋津はああ見えて上からの圧力に弱い人間だ。どうせ天森小枝はそこにつけ込んで無理矢理話をつけたわけだ。
しかし、相変わらず行動の読めない女だ。もしかしたら新聞部の損害は奴が狙って生んだものかもしれないというのに。
「来たみたいですよ、参謀先輩」
同じ場所にいた小柄の後輩、朱鷺羽みのりがそんなことを言う。彼女は女子ながら秋津に好意を寄せているが、だからといってこの流れを阻止する勇気もないのだろう。結果、その選択肢は見物のみ。どうせ動かないなら見る必要がないのではという声もあったが、その意見を「私は逃げません」と断ち切った。
そして物陰から見ると、今確かに秋津と内藤の合流した所だった。
カメラを秋津に持たせてある他に周囲からの監視も行っているし、それでも見失うなどの事がないように無断で発信機を付けてある。準備は万全。
そして忘れてはいけないのが、後輩への忠告だ。
「俺は参謀じゃない」
後輩への指導は先輩としての義務だ。錯乱した内藤によって俺は部室内で謎の呼称を付けられた。誠文も爆笑していたが、やはりあの事件は小さいようで大きかったのかもしれない。
ああそんな話が合ったなあだるいなあ、このまま時が進まなければいいのにループしてしまえばいいのに、いやループしたらあいつとずっといなければならないからそれも考え物だな、いっそ目が覚めたらゴールデンウィーク後になっていたりしないだろうか、それで「ゴールデンウィークオワッチャッタネ、エヘヘ」なんて路線だとまだ許せるのに、何とかならないかな主人公クオリティみたいなの発揮出来ないかな──
そんな妄想が通用するはずもなく主人公補正がプラスに働く事もなく無情にも日は経過し、ついにゴールデンウィークに突入した。私の日頃の行いが悪かったんだろうか?
当然といえば当然の事だ。悲しい事があれば雨が降り、怪しい事があれば暗雲が立ち込め、嬉しい事があれば快晴になるなんて法則は所詮空想の産物なのである。
合流地点である公園はもうすぐだ。そこであいつが待っているはず。
しかしまあ嘉光とのデートなんて、天森さんも面倒な交換条件を出してくれたものだ。というかあれって私が責められる義理なかったよな? 交換条件も何もただの脅迫じゃないか。
ああくそだるい。けどすっぽかしたら首が飛びそうだ。
大体何なんだ文芸部。人のデート見て楽しむとか、お前らに妬みという感情はないのか?
ちなみに私は現在カメラ装備(天森さん指定)、衣服は適当なジーパンにジャケット。お前それ女子高生の恰好じゃないだろだのやっぱり本物だなだのと野次が飛んで来そうな気もするが、これは私の教育を兄に委託するという意味不明な我が家の方針に由来する。おかげでまともに女物の服がない。親消極的すぎだろ。そして兄積極的すぎだろ。
「おう晴希! こっちだこっち!」
そして到着、私の歩む先には嘉光がいた。おい大声出すな。少しは周りの目ってものを考えろ。
待ちに待ったこの日がやってきた。この内藤嘉光、今日という今日が晴れ舞台にございます。
知らせを聞いたのは一週間前。部員達が俺と晴希がデートするなんて根も葉もない噂が流れてるななんて思ったりしたら、まもなく晴希の口から誘いの言葉が来た。
ああ、さすがに俺も夢かと思ったさ。けど頬をつねってみても普通に痛いんだなこれが。それでも信じられなくて毎日毎日つねってそれでも痛くて、気付けば右だけ赤くなってた。
まあそんなわけで、俺はちゃんとこれは事実だと受け止めることにする。あんまり疑ってて逃げられたら敵わないしな。きっとこんなことになったのも日頃の行いがよかったからさ。
おっと、相手がついに来たようだ。
秋津晴希。俺の彼女、というか嫁。今日は制服ではなく、適当にジーパンやジャケットを重ね合わせた格好だ。やっぱ私服姿もいいもんだな。ああ、可愛い。けどシャイな俺の口からそんなことは言えっこないのが残念だ。
「おう晴希! こっちだこっち!」
シャイな俺は、こんな風に緊張してあまり声が出せない。ああもう、折角のデートだってのに。
……ところでどうして晴希はカメラなんか構えてるんだ?