第二十三話 黄金週間は輝かない
ここ董城高校には様々な部活があるがその殆どが文化部であって、その傾向は「運動部は生徒達の心の中にのみ存在する」などというフレーズが誕生するほど極端なものだった。
その文化部の中でも特に有名なのがかの『文芸部』であり、三年の大曽根誠文や一宮敦次がその代表であるが、二年の内藤嘉光、そして秋津晴希の二名も少なからず影響していた。
そこで、先日新聞部が秋津晴希を誘拐すると言う事件が起こった。
それに対し文芸部は内藤嘉光らを送り込み晴希を奪還したが、その時に奪還部隊の神城羅央が暴走。結果的に新聞部と文芸部との同盟が出来上がったものの新聞部員数名が怪我をし、設備は壊れ、部長仁科由宇の指と爪の隙間には粘土が詰められた。幸い部員は骨折までには至らず設備の損傷も一割ほど、そして部長は実際無傷だったが。
ちなみにその犯人である神城はその後「修行に出る」と言って姿を消した。
そして、ようやく新聞部の設備が回復したといった具合である。
だが新聞部にとって話はこれで終わりではなかった。
最終的に同盟を結んだとは言え「文芸部に大敗した」という事実は揺るがず、その事実が新聞部の株を大きく下げていった。よって力を取り戻すために、ここで一つ大きなネタを出す必要があったのだ。
「と言うわけで、手助けをして頂きたいのですよ」
「はあ……」
今日は文芸部室に来た所で、普段見ない人物がいた。眼鏡をかけた三年生の女生徒だ。
だが私はこの人物を知っていた。というか忘れるわけがない。この間私を誘拐していった新聞部の部長、仁科由宇さんだ。
どうも新聞部のネタが欲しくてこちらにSOSを求めてきたようだが、そんな面白おかしい話もない。単におかしい話なら佃煮にするほどあるが、殆どが自虐ネタなので勘弁してほしい。
「とりあえず他の方にも協力を仰ぎたいのですが、まだ来ていませんから」
「ですね」
実を言うとまだ放課後ではなかった。私のクラスは六時間目の教師が休んでいて、そのせいで授業が五時間目で終わりだったからだ。仁科さんのクラスも同じようなものだったらしいがやはり、皆考える事は「折角早めに授業が終わったんだから遊びに行きたい」といったようなもので、こうやって律儀に部室に顔を出したりしているのは私や似非無口キャラの杭瀬弥葉琉くらいのものだった。
「それはそうと、ちょっと言っておきたい事があるんですがね」
「はい? 何か?」
この人には心辺りってものがないのだろうか。
「先日の学校新聞。あれはないと思います」
あれは下手をすると基本的人権すら守れていないんじゃなかろうか。銃刀法違反やプライバシーの権利無視の私達が言っても説得力は皆無だが。
「あれですか……いいお礼になると思ったんですけどね……」
仁科さんが額に手を当て言う。いや、そっちからするとお礼だったのか……そうとは夢にも思わなかった。
「あのネタのおかげで新聞部の地位が失墜するのは避けられましたが、まだ全快には至っていないんですよね……」
知った事じゃない……と言いたいが、前向きに考えればあれで後輩(♀)の好意にも気付けた事になるんだよな。うん、こういう時は合理化だ。自分を納得させよう。あの取れなかった葡萄はきっと不味かったんだ。
と、ここでドアが──
「あら、どうしたのよ新聞部の人!」
──開かず、しかしそのまま外見だけ清楚な天森小枝さんが部室に入ってきた。
「天森さん……」
「ああ、先日の事件の時に我が部に来た人ですね……」
──ドアではなく、二階の窓から。
『何故無意味に窓から!?』
私たちが疑問を発したのは同時だった。しかしなんかもう、まるでアーセナルギアの天狗兵みたいだ。
「ああ、別に土足じゃないわよ!」
そういう問題じゃないと思う。無礼とか迷惑とかじゃなくて、ただ単純に意味不明なんだ。人の行動に意味を求めちゃ駄目か?……駄目なんだろうな、少なくともこの部においては。
「それで新聞部の、えーと……ニシンさん?」
そんな間違いは普通しない。たった一文字で響きが大きく変わってくるじゃないか。
「仁科です」
「そうそう仁科さん! どうしてここに来たのよ?」
「かくかくじかじかです」
仁科さんが端的に述べる。いや、漫画じゃあるまいしその説明は説明にならないはずだが……。
「ああなるほど、前の争いで新聞部の人気が落ちたから頑張ってネタを集めなきゃいけないって事ね?」
天森さんは化け物だな。まさしく化物語だ。怪異だ。
「だったら、いい話があるわ!」
「ほう」
天森さんは私の方に視線を動かした。
「ハルちゃん、忘れたとは言わせないわよ?」
まずい、あれか……。
まずは私の口から言わせたいようなので、仕方なく口を開く。
「例の、内藤との……」
「嘉光君との?」
くそ、天森さんはその続きも私に言わせるつもりか。とは言え、逆らうわけにも行かない。それが例え有り余った身体能力で二階の窓から部室に侵入してくるような人であれ、先輩は先輩なのだから。
「……デートですね」
「よろしい!」
あの内藤嘉光との、デートだった。一部の女子なら歓喜のあまり死ぬかもしれないが、私は別の意味で死にそうだ。ああ、ゴールデンウィークが待ち遠しくない。