第十八話 例えエゴイズムの塊であろうと、彼は本物であることを望んだ。
「改めて自己紹介をしましょう。僕は一年生の菅原卜全。文芸部員兼コック──兼、夜のゴーストスイーパーです」
幽霊(みたいなもの)を掻き消しながら、この子はそんなことを言った。
……え? コック?
「……どうして文芸部から一人も食中毒が出ないのかしら」
「そんなことはどうでもいいです。まずはこの弱い悪霊たちを一掃しましょう」
そんなことを言いながら身構える菅原くん。周りを見れば、その奇妙な幽霊たちは何十匹もいた。
「いつもより多いですが、こんなこともあろうかとね。今日大安売りしてて助かりました」
そう言いながらどこからか取り出したのは……
「海苔!?」
海苔だった。
「札や掃除機なんかは高額ですからね。結局安い消耗品で済ませた方がお得なんですよ」
「掃除機にも驚いたけど、それらがないからって海苔なんて……」
大丈夫かな……これ、ものすごい大ピンチのような気がしてきたんだけど……。
「僕を信じてください」
「手元で海苔を並べてる絵面で言う台詞かしらそれは?」
とはいえ信じないよりはマシかも。というわけで結局わたしは彼を信じることにした。頼むから上手くやって……。
「シャルウィダンス?」
そう言って彼は、手元の海苔を連ねて鞭のような──よく南京玉すだれって呼ばれるものを作り上げた。
「嘘……」
ちなみにさっき彼が何を言ったのかはよく分からない。きっとフランス語か何かでしょ。
「あ、僕と背中あわせになってください」
「……え?」
見たいのに! 海苔の南京玉すだれ見たいのに!
「あのお化け、背中を見せると近づいてくるんですよね」
「それなんてテレサ!?」
「さっき弱いと言いましたが、それでもファイアーボールすら効きませんからね。気をつけてください」
「だからそれなんてテレサ!? そしてそれ海苔で死ぬの?」
「安売りだからって馬鹿にしないで下さい。この海苔は──瀬戸内産ですから」
「知らないわよ!」
「後ろ!」
南京玉すだれがわたしのすぐ後ろにいた幽霊を貫いた。
「とにかく背中合わせになってください!」
南京玉すだれが見たいという思いを泣く泣く殺して、言うとおりにした。さっきのもなんだか危なかったみたいだし。
「あれに触れたら頻繁にタンスの角に小指をぶつける呪いがかかりますから」
幾多の幽霊が炸裂する音と海苔の擦れる音、そして少年の声が背後から聞こえてくる。
「なんて半端なの!?」
確かにすごく厄介だろうけど!
「さて、半分潰しました。場所を交替してください。もう半分を潰します」
「分かったわよ!」
何かもう言われるがままに交替する。
幽霊の炸裂音をBGMに、少年は瞬く間に全てを消滅させた。
「これで、この辺りにいた幽霊は全滅しました。さて、行きましょう」
「待って!」
どうしても言わなきゃいけないことがあったのよ。そう、これはすごく重要なことで……。
「? なんですか?」
「上履きでグラウンドに出ると、裏に砂が挟まって面倒なのよね」
ものすごく呆れられた。それも二つ下の後輩に。
というわけで玄関から入って必死に砂を落とし、再び校舎に入るわたしたちだった。
「さて、行きますよ」
この子はそういうのを気にしないらしく、そのまま靴箱を上がっていった。なんて子なのかしら。きっと避難訓練の時とかも同じような感じなのよね!
「さて、萩原……じゃなくて荻原くんだっけ?」
「いえ、菅原です」
…………。
「きみは今日から荻原くんよ!」
「つまらないエゴイズムで人の名前を変えないで下さい茅原さん」
「わたしは葛原! 茅原違う!」
「失礼、噛みました」
「なにそれ!?」
よく分からないけど、何かのネタなのかもしれない。
「喋ってないで行きましょう」
「先に喋ってきたのそっちよね!?」
「そっちですけど」
え? いやいや、そんなはずはないでしょ。だってほら、振り返ってみると……
…………。
「さあ行くわよ!」
「もはやめちゃくちゃですね」
今度は二人して廊下を進む。前列が一年の子で後列がわたし。
まずはこの荻──菅原くんが文芸部室の戸締りとかをしなきゃいけないらしいから、先にそこに行くことになった。
「さて、じゃあちゃんと説明してもらおうかしら菅なんとかくん」
廊下を歩きながらわたしは話し掛けた。
「僕は菅原ですが、あなたが求めているのは何の説明ですか?」
そうだった。菅原だったわね。
「あの廊下に突然出てきた連邦のモビルスーツよ」
「白い悪魔(仮)ですか」
え? かっこ仮?
「それは本当の名前とかあるの?」
「だから白い悪魔(仮)ですよ」
「(仮)って何よ(仮)って!」
「業界では白い悪魔(笑)とも呼ばれます」
「もう括弧の中身がどうのこうのより除霊業界なんてものがあったことの方がトリビアじゃない!」
道理で札とか掃除機とか言ってたわけね。納得してしまえるわたしはもはやおかしいんじゃないかしら。
「それにしても、頭が柔らかい方ですね。こんな話を信じられるなんて」
そうかしら? わたしはそんな……そんな……
「わたしはそんな狂牛病なんかじゃじゃないわよ! 誰がスポンジ脳なの!?」
「自分を卑下しすぎです!」
……それもそうね。
「……なんかこうやって叫んでいたりすると、またさっきみたいなのが出てきそうで不安なのよね」
「大丈夫です」
そう言って態度で彼が説明を始めた。相変わらず動揺とかをしなさそうな、何だか腹が立ったりもする態度で。
そもそも今日は例が特別多く、それにも理由があるということ。
その理由というのは例のメカニズムが地震のようなもので、自然に蓄積されていくから早いうちに小さな爆発を起こさせて対処していった方が効率的、そのため菅原くんが今日と言う日に多くの幽霊を起こしたこと。
そしてさっきそれらを全て倒したこと。
あと、それより前にわたしを襲った白い悪魔(仮)は強大な幽霊であり、運悪くこんな時に便乗して運悪くわたしも来てしまったと言うこと。
きてれつな話だったけど、この説明だとおかしい所が見つからなかった。
……まあ、どんな説でもわたしはおかしな点なんて見つけられないんだけど。
「若干大変でしたが、あとは白い(仮)だけです」
「今大幅に省略したわよね!……まあいいけど。それで、わたしたちが騒いでいる所に(仮)は来ないの?」
「来ませんよ。そんなことが出来ないよう、釘を打っておきましたから」
「?」
「すぐに分かりますよ。……と、ようやく部室に戻ってきましたね」
彼の言うとおり、開け放たれた文芸部室の明かりが見えてきた。
それにしてもね……。
「文芸部室の窓閉めと電気消すのと蝉の処分をやるのは分かったけど──」
「蝉の処分はやめてください」
「蝉の処分をするのは分かったけど、この後どこに行けばいいのよ?」
「蝉の処分はお薦めできませんが、この後僕たちは──」