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白世界  作者: 白龍閣下
白世界
2/87

第一話 秋津晴希の憂鬱

 サブタイトルの通り、ここから本当の始まりですとも。

 では、4649!

「なあ晴希はるき。頼みたい事があるんだ」

 その男は元のその整った顔立ちを決して崩す事なく、普段のような軽い調子ではない、これが勝負どころだといわんばかりに女の名前を呼んだ。いや、よく見れば顔が赤くなっているようにも思えたが、それは夕暮れの影響でそう見えるだけかもわからない。

 ここは本来閉鎖されているはずの学校の屋上だ。そこに、男と女が一人ずつフェンスにまっすぐもたれかかっていた。

 男の方は学ランのボタンを全開にして中には白のカッターシャツを着込んでいて、すでに制服を適当に着崩すのに慣れているごく普通の男子高校生といった格好だった。

 女の方はと言うとすごく特徴的なもので、スカートからそれほど長くもない足を伸ばしているのはまあ普通なのかもしれないが上に着ているのはセーラー服でもブレザーでもなくやはり学ランをきっちりとボタンを締めて着ていた。そのため服だけではスカート好きな男か学ラン好きな女か一瞬見分けがつきにくいが、その背丈の低さと声の高さで女だと判別できる。

 ただこれは仮にの話であって、女が特に学ランを好いているわけではない。別に誰かの趣味嗜好でこうなったわけではないので悪しからず。またこの学ランは男の着ているものとも多少デザインが異なっているが、これも別に誰かの趣味嗜好ではない。悪しからず。

 夕焼け空は少し曇っているが、大抵の人は快晴よりは少しばかり曇っていた方が快適と感じるだろう。おかげで暑くはなく、むしろ風が強いせいで寒いくらいだと女は思った。

「……何だよ」

 女は大体男の言いたい事を大体は理解しながら、それでもそう訊いた。こう言う時、言いたい事をはっきり言うのは普通男の方だと相場が決まっている。別にこの場面に限った話でもなく、元々そういうものなのだ。なおこの女が男口調であることも、誰かの趣味嗜好などではないので悪しからず。

 男だってそんな事分かっているのだろう──一応説明しておくと趣味嗜好云々ではなく、誰が言い出すべきなのかという話についてだ。戸惑っているかのようにきょろきょろとあちらこちらに目を動かしながらもやがては覚悟を決めて女の方を見据え、

「文芸部に来てくれないか? そんで俺の近くにいてくれよ。いや出来ればだけどさ……なあ、どうだろう?」

ここが勝負とばかりにその頼み事をやけに直接的な物言いで一気に口にした。

 で、まあ、その様子が面白くて思わず女は口元で軽く笑ってしまった。それに多少の動揺を覚え、次の言葉を口にしようとする。

「……あのさっ、俺はお前に──」「待ってくれ」

 女はその苦笑をこらえながらも手を男の方に出して言葉を留めた。そして額に手を当ててしばらく考え──具体的には今強引に話を切ったそいつの言語を理解してやるのに若干の時間をかけたのだが──、

「それより先にこちらから少し訊いておきたい事がある」

 と言った。正確には、時間を稼いだとも言えるか。

「……おう、分かった。一体何だ?」

 男がいいというので、女はその二つの疑問を出した。彼女自身も正直に言ってこんな奴に言われなかろうが文芸部に入ってやろうとは思っていたが、しかしそんな彼女を悩ませているものはあったわけで。だって人間そんな簡単に思い切ってやっていけやしないのだ。

「今回の件で私は救われたか? そんでお前のその気持ちってのは、本当に本当なのか?」

 一つ目の疑問──自分は確かに手を差し伸べられはしたが、それはイコール救われたという事なのか、なんて事はこの時の彼女にははっきり分かりやしなかった。人間、案外自分の事なんて分かりやしないものだ。後で考えてみればこの疑念は正しかったわけだが、まあそんな話は今はいいだろう。

 そして二つ目の疑問──男は自分の事を異性として好きだのなんだのと言っていた。要するにその気持ちが本当かって事だ。今さっき自分の事はよく分からないと言ったが、その典型は人への好意の形だと思っている。愛だといわれれば愛になるし同情といわれれば同情になる、そんな不安定な気持ちだってある。

特に彼女については、分かるとは思うが色々誤解されやすい人間だというのもある。

 要するに、その愛などという言葉がどんな意味を成しているのかを求めていたのだ。後で失望などしたくない。失望するくらいなら最初から何も望まない方がいい。臭い台詞だが、彼女の心境は要するにそんな所だった。

 彼も色々とやってくれてたんだろう。そんな事は分かっている。だがそれは果たして愛なのか? もしそうだとすれば私はこれから悩みながらもいてやろう。もしそうでない、単なるお人好しだとしても義に基づいてこれからもいてやる。結局は彼女自身の心構えというものに帰結する、小さくも決して浅くはない問題だった。

「ああ、一つ目は確かだ。お前は救われた、と思う」

 思う? そんな彼女の内心を悟ったのか、彼は首を横に振って、

「……いや、確かに救ってやったよ。そしてこれからも守ってやる。俺が保障するよ」

 そんな頼もしい事を言ってくれた。なんともまっすぐな言葉だった。良くも悪くも。まるでなんだ、主人公のようで、彼女にはそれが本当に羨まく、そして呆れるような話であった。

「……二つ目は?」と訊きながらも彼女は思った。なんだこれ。まるで告白みたいじゃないか、と。あまりにも気付くのが遅いものである。

 すると、彼は迷うことなく、しかしそれでも若干恥ずかしいのか照れ隠しのように顔を背けながら、

「……そんなの、言うまでもないだろ?」

 と答えた。はっきり言わせようとした事に多少罪悪感を覚えたが、それと同時にどこか安心した。はて、彼女はどうして安心したのやら。

「……せこい回答だな」

 はっきり言えよ、そう言いながら体をフェンスから離す。。かくいう女の方も同じような顔をしていたはずだ。ここに他の誰かがいたら、そいつは罪悪感を覚えてどこかへ飛んで行っている所だろう。それくらい恥ずかしい話でもある。ああもう。どうしてだよ。どうしてそうやって、つい最近出会っただけの私の癖を知ったようにピンポイントで突いてくるんだよ。


 そんな回答されて私が、来てやらんわけがないだろうが。


 ──と。

 言うまでもない──それくらいにお前は、私の事を考えてやれるというのか。そんな大口を叩けるくらいにやってくれるのか? くすぐったいったらありゃしないんだが。

 でもまあさっき待ってやったんだから感謝しろって思ったけどさ、私としても待ってやってよかったと思うんだ、と。

「……なんだ、イーブンじゃないか」

 聞こえないよう、彼女はそっと呟いた。

 ……で、その時は確かに、私こと秋津あきつ晴希は自分の傍に常にこの馬鹿がいてくれると、そう信じていたわけだが。




 …………ふぅ。


 まあお察しの通りだろうが、あの女は、昔の私の姿だ。……かっこつけた言い方をしてしまってなんだが、比喩的な意味と深読みする事なく単純にそのまんま過去の私であると受け取ってしまっていい。

 で、お前は誰だと言われると何とも言えないんだが、とりあえずはこの物語の基本的な語り手だと言わせて貰おう。

 思えばあれからもう一年近くか。一年として長かったか短かったかと訊けば、おそらくは前者だろう。

 しかし今痛感するのは一年の間隔的な長さがどうのこうのではない。何しろ私こと秋津晴希がこの文芸部に入り、大変間違っているであろうラブコメを展開する事となった所以である、あの出来事なのだ。あの出来事について今、仮に何か一言言えと頼まれたならば、


『顔から火が出るほど恥ずかしかった』


 やはりこの一言に尽きる。まあそれだけ純粋だったって事だな、一年前の私。うん、何なんだろうこの気持ちは。集合写真を撮って後で見たら自分だけ明後日の方向を向いていたのに気付いたようなこの虚しさ恥ずかしさは。そう、それはあの時──

「──津さん。おーい秋津さん!」

 誰だ、これから回想に入ろうって時にタイムリーにも流れを止めようとするのは。ちょっとは私のモノローグにも気を使ってもらえないだろうか。

「何だ」

 顔を上げ、その無礼な客人の方を見た。すると、そいつは私の見知った人物だった。

「……邦崎くにさきか」

「や、どうも」

 そこにいたのはクラスメイトの邦崎綾女あやめ。中学の頃からの友人で、奇遇にも今年含め五年間ずっと同じクラスという謎の縁を持つ。親友と言えば親友なのかな?……まぁいいか。前髪をシンプルな白のヘアピンでまとめていて、表情は結構コロコロと変わるタイプ。性格はまともと言えばまとも、変と言えば変。要するに一般的という言葉がふさわしいかもしれない。「一般人=まとも」ではないというのが悲しいところだが。諦めろというのかそこは。

 あと──そうだ。今日は始業式で、確か午前だけだったか。もうクラスの生徒は私と邦崎を除き誰もいない。家に帰ってしまっているか、もしくは早くも部活だろう。始業式の日にも部活とは全く元気なもんだ。私も一応今日は部活あるんだけどさ。

 とりあえずそんな教室の中で私はどうやら沈思黙考の世界に迷い込んでいたらしい。四月病か何かか。これはかたじけない。そういや四月病ってあったっけ? 何月病があったかすっかり忘れてしまったな。まあ私は年中そんな感じの気がするが。

 それでも、中学の頃はもうちょっと違ったと思うんだけどな……。

「……それにしても『秋津さん』はやめろって言ったろ」

 頭を切り替え、早速邦崎に文句を垂れる。

「仕方ないじゃん。秋津さんの部屋にあんな本がおいてあったら……ねえ?」

「だからあれは不可抗力だと言ったろうに!」

 誰しもおかしいと思うのは分かる。だって一般的な女子高生の部屋にエロ本が置いてあったらスルーする方が珍しいだろう。ただあれは決して私のものではない。あの後親に詰め寄ったら、兄が私宛に名指しで送ってきただと、そう言っていた。今度奴が帰ってきたら存分にクレームをつけてやろう。当然素直に従う親も親だが、それは既に文句を言ってやった。あの人たちが手遅れなのは分かりきっているが、あの怒りはどこかにぶつけなければならなかった。

 ……ちなみに、いかがわしい本が一応私の机の引き出しの奥底に眠っているというのはここだけの話だ。安心しろ、理由はある。だから引くなお前ら。感想欄に「主人公のムッツリっぷりが気持ち悪いです」とか書くつもりならもうちょっと考え直すんだ!

「あの兄が悪いんだ」

「あの人ねえ……でも秋津さんも──」

「だから秋津さんはやめろ。晴希だ晴希」

 何度言われても訂正しなければならないが、それでもこいつは何度も言ってくる。根本的な接し方を変えられると結構傷つく。親友なんて所詮は設定だけである。自分で言うのもなんだが、私がそれほどいい奴でなければとうにこんな関係は断ち切ってしまっていると信じたい。

「──晴希もちょっと男みたいな顔立ちだし」

「それを言うな」

 流石にコンプレックスとまでは行かないが、それは元来私が抱えている重荷なのだ。他人に中性的ですねと言われるくらいならまだいいんだが、男みたいなどという直接的な物言いはされたくない。本来許されるべきものではないのだ。

「しかも男子の制服だし」

「それもあの兄だ」

 むしろスカートを死守して更に差別化のために男子制服を改造までさせた私のたゆまぬ努力を誉めてもらいたいくらいだ。実際は私がやったわけじゃないけどさ。

 いやあしかし本当、何度こいつの前でふてくされざるを得なかった事やら……。

「秋津さ……晴希、予定はある?」

 また秋津さんと言いかけたなこいつ。ま、訂正してくれるならいいけどさ。

「いや、部活がな」

「残念。一緒に帰ろうと思ったのに。それにしても部活って──」

「当然あの文芸部だが何言ってんだ。お前も知ってるだろ?」

 忘れたのか? お前も四月病か? それじゃあ仲間だな。特に嬉しくないけど。

「いや、覚えてはいるけど……たしか内藤ないとう君っていたよね? あのかっこいい人」

「いたな。というか去年同じクラスだっただろ」

 休み時間とかでもよく私の机に来て他愛もないことを話してたはずだが。つーかかっこいい人ってなんだ。あれはただの変態だぞ。せいぜい顔のおかげでメインキャラとして成り立っているだけの。メインキャラでいるためにはまず顔が重要だと教えてくれているだけの。そんな糞みたいな設定で構成されただけのバグみたいな存在なんだぞ!?

「そいつがどうかしたか?」

「いや、何でも……」

 どうやら簡単には話せないことらしい。……邦崎、お前まさか──

「あいつに恨みがあるのか? なんなら相談に乗るが」

 たとえ設定だけでも親友なのだ。それくらいの悩みは私にも聞いてやれる。

「いやいや全然そんな事ないけど!」

「そういえばそうだったな」

 どうやら恨みではなかったらしい。確かに仲は良かった気がするからな。と言うことは──

「ただ純粋な好奇心からあいつを陥れたいと」

「どうしてそうなるの!?」

 この反応──なんだ、違うのか。今こいつの考えている事がどうも分からん。私にはあいつの顔を見ると心から陥れたくなることがたまにあるんだが。

「っていうかその態度、彼って晴希の何なの!?」

 何なんだろうは果たして。まあ強いて言うなら──

「分かりやすく言うなら──婿ってところか?」

「ええ!?」

「おいバグ! 変な法螺を吹き込むな! てかいつの間にいた!」

 馴れ馴れしい態度に、ホストにでもなれそうな無駄にいい顔立ち──噂をすればなんとやら。いつのまにかそこに立ち、邦崎に変な法螺を吹きこんでいたのは今まさに話題に上がっていた、日々私の好感度を上げる事に日夜力を惜しまない男、糞設定の集積こと内藤嘉光よしあきではないか。

 ここでこいつが来るとは、全くもって疲れる。嫌になる。邦崎は邦崎で放心状態だし、誰かこの状況をどうにかしてくれ。ついでに腹いせにあいつを吊し上げろ。

 ……ってそんな都合よく行かないよな。どうせ誰も来ないさ。いわゆる孤立無援。ああほんとに……どうしてこんな疲れなきゃならないんだよ。少なくともこれを学園ラブコメとするなら間違いもいいところだろうね。

 ああまったく、どうなってんだ。私のこの対人運の無さときたら。

 しかしなんて男だろう。今こうやって邦崎が放心状態になっているのも私が悩みを抱えているのもバブル崩壊もトキ絶滅も地球温暖化も全てこいつのせいだというのに。私の中ではこいつはそういう設定だというのに。それなのに全く悪びれた様子がない。

「安心しろ。何とかなる」

「ああん?」

 呑気な事を言う内藤を私は即座に親の仇のように睨みつけた。何言ってんのこいつ? 全部お前のせいじゃね? 馬鹿なの? 死ぬの? 死にたいならさっさと窓から飛び降りてくれよ頼むから。

「本当だぞ。本当にあるぞ」

 ……随分と必死だなおい。そんなに私の好感度とやらは心配か。まあ確かに下がるけど。今もちゃんと下がってるけどそれがどうした?……まあいいやもう。

「もういいから言ってみろよ。その手段とやらを」

「キスだ」

「……はあ?」

 今こいつは何と言った? キス? 雑誌のKissなら知っているが、そっちの方だと是非信じたい。脈絡なんていらないから。飾りだから。どのみち読んでないから話に乗れないけどな。こいつなら案外詳しそうな気もするが。

「もちろん王子様の接吻だ」

 ……どうやら希望的観測などというものは、裏切られるためにあるものらしい。少なくとも私に関しては。そうか、こいつに対して期待を抱いちゃいけないんだな。

「いや待て。邦崎の気持ちはどうなるんだ」

 こんな男に唇を奪われるだなんて、立つはずのフラグも立たなくなる。

「嫉妬する気持ちは分かる」

「出来れば分かるな。それより邦崎の気持ちを汲み取れ」

「そうだな。じゃあ晴希がやるか」

「私はレズじゃない」

 同性のクラスメイトと接吻なんてまっぴらごめんだ。勿論異性とでも同じくらい嫌だが。そしてそんな事でもし邦崎が起きてしまえば再び『秋津さん』に逆戻りだ。そういった事は絶対に避けたい。評価は地に落ちるどころではなくたちまち地下へとのめり込むことであろう。たちまち体感温度も氷点下のヒヤヒヤ学生生活にイノベーションだ。ちなみに今でも結構摂氏〇度近いんだが。

「じゃあ俺がお前とキスすると」

「ちゃっかり目的を入れ替えるな。ほれ邦崎、とっとと起きろ」

 結局、目の前で手をパンと叩いてやったらびっくりしてすぐに起きた。よかったな、こいつとキスするなんて事にならなくて。

 えー、大体一話2000字ほどを心がける事にしますとも、はい。ちょっと少ない気はするけども。

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