第十七話 その除霊師は兵器をも繰る
気がつくとそこは、広い広い教室だった。わたしはなぜかそこで、床に倒れ伏していた。いつもの参考書がないせいで首が痛い。
「ああ、気がついたんですね」
そんな少年の声が聞こえた。どこだと思ったら──真後ろ。
「≒§†〃〆∴!」
そしてわたしは、口からスワヒリ語が出そうになるほど驚いた。仕方ないじゃない、こんな狙ったような対面。
「すみませんが日本語を喋ってください」
「そんな失礼な! 誰がスワヒリ語なんて喋っ……というかここはどこ? わたしは誰?」
さっきどうなったかを思い出してみると確か、いきなりここに運ばれた。多分例のモビルスーツからこの子が助けてくれた可能性が高いと推測できる。うん、さすがわたしの名推理ね。
「ここは、文芸部室です」
「ここが文芸部室……」
それは思ってたより広かった。同じクラスに文芸部員って人がいたけど、あの人たちは放課後いつもこんな所にたむろしているのかしら。
「そして、あなたはどこかの言動が馬鹿っぽい人です」
「誰が馬鹿なの!? あとわたしが誰かなんて知ってるわよ!」
「じゃあなんで聞いたんですか?」
「……うーん」
ちゃんとこの子に説明しないと。わたしは馬鹿じゃないって。
「あなたの考えてる事は大体察しが着きますがもう手遅れだと思います」
ふふ、またそんな冗談を。ちゃんとこの子に教えてあげないと。
わたしは自分の胸に手を当てて、こう告げた。
「頭のよさってものはテストの点数だけじゃ決まらないのよ!」
「あ……テストの点数も悪かったんですか」
「なにそれ! まるでわたしの言動が馬鹿だと言わんばかりの!」
「え……?」
「あのね、きみ一年生よね?」
なんか二年上の人に対する態度じゃないと思う。いくらわたしの才能が妬ましいからって。
「あなたは……三年生、ですよね?」
「なにそれ! まるでわたしが留年した二年か一年だと言わんばかりの!」
「……ごめんなさい」
「その返しはナチュラルに傷ついた!」
「でもその……あなたの言動はいいと思いますよ。みんなに愛されそうだし。漫画やゲームに出てきそうですし」
「へへ、そう言ってもらえると……」
……え? 漫画? ゲーム? フィクション?
「盛大に馬鹿にしたわね、今!」
「気付くのが遅いです!」
むかつく。何がって、この子に悪気がなさそうなのが一番。
「とりあえずわたしは馬鹿な人じゃないわ。葛原水月よ」
「そうですか。僕は、菅原卜全と言います」
そうやってお互い頭を下げる。こちらの方がちょっぴり深く頭を垂れていたのがなんだかむかつく。
「そう。じゃあ菅原くん、さっきの怪異について説明してくれる?」
そう聞くと、この子は人差し指を下唇に当てて考え、言葉を発した。普通そんな動作をするのは女性ばかりだと思っていたけど、これも結構様になっていて利する。
「怪異と言うと、携帯電話を明かり代わりにしたことですか?」
「違う! それは発明! 偉大なるエジソン先生の!」
「さすがに携帯の明かりとは関係ないのでは?」
「発明王だから! 発明王に不可能はないの!」
「……ではそういうことにしておきましょう」
「何その言い方? まるでわたしが聞き分けのない馬鹿みたいな言い方を……」
「では携帯電話ではないとすれば、怪異と言うのは夜の校舎を徘徊して独り言を言っていた……」
「それもわたし! 怪異関係ない!」
「ちょっと不気味な怪異ですね」
「余計なお世話よ! 静かだと怖いじゃない!」
「知ってますか? シュミレーションじゃなくてシミュレーションなんですよ」
「そんなの知らないわよ! とりあえずそんな話じゃない!」
「まあ、とりあえずこれでも飲んで落ち着いてください」
そういって菅原くんは、飲み物の入っているペットボトルを差し出してきた。これ、なんかぷかぷか浮かんでるんだけど……。
「……念のために聞くけど、中身は?」
「基本的にコンセプトは蝉ですね」
「ゲゲーーーッ!」
本当に聞いといてよかったわ。この子、一体わたしに何を飲ませるつもりなのよ!
「素数ゼミジュースですよ。海の向こうで売ってるじゃないですか」
「聞いた事はあるけど本物の蝉は入ってなかった気がするわよ! こんな蝉だけのジュース……」
「安心してください。そう言うかと思い──砂鉄も入れときました」
「ゲゲーーーッ!」
何なのよ! そんなにたっぷり鉄分いらないわよ!
「なんかもうこれは化学兵器よ、化学兵器!」
「料理を馬鹿にしないで下さい!」
「少なくともきみが言う事じゃないわよ!」
話を戻して。
「他に怪奇となると……やはり……」
また思考を始め、そうして数秒後に答えを出した。
「あなたが全くの勘違いの校舎をずっとぐるぐる回ってたという話ですか?」
「そう言うオチだったの!?」
怪異はわたしの中にあったと、本当に怖いのは人間と!? そういう戒めなの!?
「……どうして三年間も通ってて道を間違えるんですか?」
一年生徒からの素朴な疑問。お願い、そんな目でわたしを見ないで!
「間違えるものは間違えるわよ。だってほら……学校はまず全校生徒に方位磁針を配布すべきだと思うわ」
「ものすごく画期的な方策ですね。小学生に防犯ブザー配るのとはまるで違うと思うんですが」
「間違いないわ。これの施行で確実に日本は変わるわよ」
「確かに変わるでしょうね。色々な意味で」
一息ついたから、そろそろ本題に入らなきゃ。一応今って夜なのよね。というかさっきも本題に入ろうとしたのに、気付くと話がそれてたから。
「そうよ、それよりあの連邦のモビ──」
──ゴオオオオオオオオオ!
すると、ここで轟音。タイミングが悪いわね、もう!
すぐさま彼は窓を開けた。
「しっかり掴まっててください!」
「なにそれ、ってきゃーーーーーー!」
何が起こったのか説明すると。
彼はわたしを抱きかかえて──そのまま窓から飛び降りた。記憶が正しければ、ここは二階だったような……。
「どうして! どうして窓から!」
「敵はドアのほうから来ますから! それに命に別状はありません!」
「いやっ! 命に別状は無くてもトラウマがいやーーーーーーーーっ!」
落下、そのまま着地し、さっきの部室よりもっと広いグラウンドに到着した。後ろを見ると明らかに半透明のお化けのようなものが追って来ていたけど、非常に不気味。
「あんなの映画でしか見た事ありませんでしたか」
「いや、映画でも見ないわ! だって苦手なんだもの!」
椎茸の小さいのが密集してるのを見るだけで気を失いそうになるわたしにホラー映画なんて見れるわけないじゃない!
「まあいいです、ここらで反撃しますから」
「え?」
菅原くんの一閃で、飛び出してきていたお化けが一匹消えた。……どういうこと?
「改めて自己紹介をしましょう。僕は一年生の菅原卜全。文芸部員兼コック──兼、夜のゴーストスイーパーです」