第十五話 戯言の交錯
「晴希!」
「何だ邦崎、大声を出して」
「いいの! 晴希は私のライバルだから!」
「何がだ。天森さんみたいなテンションでいきなり何を」
「私は頑張って、晴希の大好きな内藤君を奪ってやるんだから!」
「別に大好きじゃないからな、うん」
「ツンデレ?」
「言動が内藤と被ってるぞ、それ」
「そう……?」
「たったそれだけで頬を赤く染めるな。とりあえず私はツンデレじゃない。内藤への好意もこれといってない」
「あっ、そうなんだ……」
「ただ内藤の方が私に好意を寄せているだけだ。……まあ泣くな邦崎、諦めたら終わりだ」
「うん、ありがとう……」
「それにしても、いつの間にか注目集めてるな私達」
「え、そう?」
「お前が大声出すからだろ」
私こと秋津晴希が理不尽な理由で新聞部に拉致され、文芸部が助けに来てくれたと思いきやそこでまた一波乱。なんだかんだあって新聞部との同盟が結ばれたのが、つい先日の出来事。
そして今現在、私はいつものように文芸部へ赴く道中だ。ただし今日は二人で。
この横に並んでいる内藤嘉光という男は、顔だけは良く他は馬鹿で変態でどうしようもないキチガイだが、まあ性悪というほどではないので無垢な女子生徒達にはかなりの人気がある。
例えば私のクラスメイトの邦崎綾女。何が起こったのかは知らないが、いきなり私にライバル宣言をしてきた。なんのこっちゃと思ったら、嘉光の事が好きだそうだ。今日初めて知った。
例えば同じ文芸部後輩の朱鷺羽みのり。文芸部に好きな人がいるから入ったとか言っていたし、それに私と嘉光を見て羨ましいとも言っていた。あと文芸部室の席のとり方は自由となっているが、いつも嘉光の近くを取っていた。本人に直接訊いてもなかなか首を縦に振ってくれないのは、少しでも私を気遣おうとしているからだろう。いい後輩だ。
本人曰く「俺には晴希の愛があれば十分だ」と言うが、如何せん私はそんなビートルズが歌いそうなものを供給した覚えはない。というか、出来れば嘉光争奪戦を辞退したい。
まあそれでも新聞部に拉致された時には本当に怒っていたようだし、あの暴走した神城羅央という一年生から私を助けてくれたのも事実なので、感謝していないわけでもないのだが。ただこういうものは常日頃の行い、いわゆる平常点というものが大きく関わってくるもので、「やれば出来る子」ならばいいと言うわけでもないのだ。
ほら見ろ、私と一緒に歩いてるってだけでこんなヘラヘラしている。「それがいいんだ」なんて意見もありそうだが、私はそういう判定は下さない。嘉光はマゾヒストだから、多少厳しい評価をしてもいいじゃないか。
まあ、だからといって無礼を働いていいってわけでもないか。
「内藤」
「おうおう」
もの凄い食いつきっぷりだな。そんなに私から話し掛けてもらえるのが嬉しいか。
「新聞部室での件、悪かったな」
「ああ、いいのいいの。というかあの日ちゃんと言ってくれたろ? 感謝する、って」
「そういえばそうだったな」
言って損した。
「まあ……がめつい事を言うとご褒美は欲しいけどな」
「がめついな」
「分かってるって。まあ適当にスルーしていいから」
「アイス落としたからって道を塞いで通行料をせしめようとするジャイアンくらいがめついな」
「そんなにか!?」
まあ、冗談はこれくらいにしておいて。
「褒美なら出来るぞ。丁度いい事に」
「本当にか!?」
「ああ、ゴールデンウィークまで待ってろ」
「本当だな! 本当なんだな!」
うるさいな。しかも声が裏返ってるぞ。
それにしても、廊下で擦れ違う奴らは私達の事をどう思っているんだろうか。やはり嘉光の言う通り「付き合ってる」事になってるのか? それは認めたくない事実なのだが。
そうこうしているうちに部室が見えてきた。考え事をしていると目的地につくのも早く感じられるな。
私は、扉を開けて──
「失礼しま──」
「晴希先輩!」
いつもと様子の違う朱鷺羽に遭遇した。
「ほー、微笑ましい光景じゃねえか」
奥では惨劇と兵器を好む大曽根誠文先輩が笑っていた。
「笑ってないで事情を説明してください!」
「晴希先輩……自分の胸に訊いてみて下さいよ!」
朱鷺羽が私の腕を掴んだままそんな事を言ってくる。何だ? 私が何かしたのか?
「さて、朱鷺羽の行動にも理由がある」
中途半端な金髪をした文芸部の「参謀」こと一宮敦次さんがポケットに手を突っ込みながら部室内を巡回し、説明を始める。まるで探偵漫画のラストにでもありそうな展開であるが、意識してやっているのだろうか。
私が椅子に座って話を聞こうとすると、嘉光がわざわざ椅子を持ってきて私の右隣に座った。朱鷺羽は私が言い聞かせると渋々(しぶしぶ)手を離し、しかしその後椅子を持ってきて私の左隣に座った。要するに右から嘉光、私、朱鷺羽という隊列だ。若干窮屈だなこれ。
そして朱鷺羽はこれまで私の事を「秋津先輩」と呼んでいたが、今日は「晴希先輩」だ。
朱鷺羽に何があった? 何が朱鷺羽をこんな風にした?
まさか一宮さん……あなたが……?
「変な想像をするな、秋津」
さすがは一宮さん。地の文まで指摘してくるとは。
「これを見ろ」
一宮さんが大きなプリントを渡してきた。これは……。
「……校内新聞」
先日一悶着あった新聞部の発行したものだった。大きく見出しで書かれているのは……。
「『二年のスター、秋津晴希の謎に迫る』……いつの間に私はスターになったんだ?」
この校内新聞というものはあまり見ていなかったが、『九割の嘘と一割の偽り』は嘘じゃないようだ。
「続きを読め」
促されるままに続きを読む。
・二年のスター、秋津晴希の謎に迫る。
二年D組、秋津晴希。
自身の恋人である内藤嘉光と並び、入学当初から多くのファンを出した秋津晴希。
「はいここなんですか」
「ん? どこがおかしいんだ?」
嘉光がいかにも何も問題ないといったように疑問を唱える。
「一年の時に一騒動あっただろう。あれで結局皮相的には付き合ってることになったはずだ」
一宮さんの一言で納得する。何があったか一言では表せないが、とりあえずあれは大変だった。
まあいい、続きだ。
『彼女を抱きたい、もしくは抱かれたい』という意見をもつものは男子の約31%、女子の約5%を占めている。
……おい女子の5%。
「敵は全校生徒の三分の一以上……上等だ」
なぜか嘉光が唸っていた。……いや、お前はもういいよ。
今回はそんな、秋津晴希の正体に迫る!
「正体も何も普通の女子高生だなうん」
「いや、全裸でライオンキン──」
「しつこい上に横から出てくるなお前は!」
似非無口キャラ、杭瀬弥葉琉が横から変な事を言っていた。
「全てはこれを見れば出てくるから。ライオンキングとか」
たとえ私にやましいことがなくてもその言い方は怖い。
というわけで我々は、ある方から有力な情報を得た。
……誰だ。邦崎か? いや、本当にそれぐらいしか思いつかないんだが。
『まず秋津晴希は、文芸部の貴重な一員です。人間国宝です』
「人間国宝とまで持ち上げられてたのか私は!」
まあ拉致された時に怒り狂うどっかの誰かさんもいたがな。
『彼女は文芸部にとって貴重な、腹黒キャラなんです』
「そして知らないうちにそんなキャラが立っていたのか!」
「じゃあ晴希が腹黒だと思う奴、手を上げてくれ!」
すると次々と手が上げられた。なに、全会一致だと!?
『あと彼氏こそいるものの、若干百合傾向があります。レズでロリコンで胸は大きくても小さくてもどっちでも行けます。つまりは節操が無いということですが、当然彼女のそういう所も好きですね』
「誰だよ!」
「秋津、落ち着け」
くそっ、これが落ち着かずにいられるか!
「今から新聞部に行こう! そして新聞部室の壁を奴らの血で彩って後々『赤壁』とか言われるようにしてやるんだ!」
「……晴希先輩」
朱鷺羽に呆れられた。うん? どこかおかしかったのか?
「さて秋津」
場を仕切る一宮さんがプリントを取り上げ、話を纏め上げるかのように言った。
「朱鷺羽の行動の真相、分かったな?」
「……はい」
認めたくないが、認めたくないことだが、この誇れる後輩は──レズだ。
こいつの好きな人は嘉光ではなく、私だった。
こいつが嘉光の近くに座ったのは、嘉光が私の近くにいたからだ。
嘉光のことが好きかと訊いても答えないのは、好きな人が嘉光ではなかったからだ。
「たいした朴念仁だな、晴希」
「普通は気付かないだろ馬鹿!」
「それで晴希先輩……」
「あのだな朱鷺羽」
この後輩に真実を教えてやるしかないと言う事だ。
「言っておくがあれはデマだ。私はレズなんかじゃない、ごく一般的な女子だ」
「え……」
朱鷺羽が呆然としている。その反応は少し傷ついたぞ、うん。
「晴希、自分を卑下するな」
「……嘉光、『一般的な』の所に突っ込むのかお前は」
というか誰も朱鷺羽に間違いを指摘しなかったのか。心優しくない部だな。
とりあえず、新聞部に差し止めて回収してもらうだけじゃいけない。
「一宮さん」
「簡単な情報操作なら出来るぞ」
「頼みます」
これで変な噂を掻き消せば後は何とかなるだろう。
「あと秋津」
「はい」
「さっきのプリントだが、ここを見ろ」
「嘉光についてのデマ情報も出来れば流してください」
「承知だ」
さっきのコメントの後に(二年男子・Y.N.)なんて書いてあったらそれはもう反射的に依頼を追加してしまっても仕方がない事だ。一体あいつはそ知らぬ顔で何を。
後日私についての噂は収まり、代わりに『内藤嘉光は秋津晴希にしか興味が無いと思わせて実はショタコンだ』という記事が上げられたが、すぐに噂は掻き消えた。なお、その噂を耳に入れた邦崎は口から泡を吹いて倒れていた。
久しぶりに長い一話を書いた、そんな気がします。