第十三話 創始の理
「目デハナイ、心デ見ロッ!」
周りの空気が歪んで見えるほどの暗黒オーラを放つ一年生、神城羅央。なんか奴の持つ創始の力が暴走したとか何とか。新聞部は熱気で充満している。機材とか壊れたりしないだろうか。そこらへん結構心配だ。でもってあいつの頭は多分手遅れだ。
「晴希が助かってはいおしまい、ってわけでもないみたいだな」
「これは困ったわね! たかが新聞部相手にあの子を出したのがいけなかったかしら!」
「ああ……指と爪の間が……」
そして奴を前にしての反応は、文字通り三者三様だった。
本当、いつの間にこんなファンタジー展開に突入したんだ? あと仁科さんにはさっさと『指と爪の間に粘土攻撃』から復帰してほしい。
「くそっ、魔法先生でも呼んでこい!」
どうせ来ないがな。やけくそになってそう叫んで見る。
「ああ、あの先生は産休なんだ! タイミングが悪い!」
「今じゃなきゃいたのかよ!?」
嘉光の返答に驚愕した。
「目デハナイ、心デ見ロッ!」
暴走して口調までおかしくなった一年生が再び叫び、暗黒オーラをもう一段階上げた。そういえばこいつ、さっきからこれしか言ってない。
「俺が止めよう!」
「嘉光!──持ってきてたのか、それ……」
そう言って嘉光が持ち出したのは──例の黒板消し(2kg)。頭部にでも当たればただでは済まないであろう危険なテイストを孕んだ一品だ。
「でいやあああああ!」
黒板消し(2kg)を投擲)──いや、射出する。
高い速度と共に手首から繰り出されたそれは、初速のまま神城の頭部に突き刺さるように飛び──
『なっ!?』
──そのまますり抜けた。
一瞬でかわした? いや、当たる直前まで見たが、体勢的にもそれは難しかった。同じ理由により、手足で弾いたり掴んだりしたわけでもないだろう。
「……残像」
いつの間にか復帰していた仁科さんが告げる。そうか、残像か。
いや、残像ってそんなオカルトな……あいつならやるか。
待て、と言う事は本体はどこに?
「目デハナイ、心デ見ロッ!」
もはや耳にタコができるほど聞いた一節がどこからかまた聞こえてくる。
「危ない晴希っ!」
嘉光が私の襟首を掴み、自分の方に引き寄せた。何をするんだ、と言おうと思ったらさっき私のいた場所を竜巻を纏った足が通過していった。もしかしたら三途の川をスキップで渡る所だったのかもしれない。嘉光には素直に感謝しておこう。
それにしてもこの一年、何から何まで滅茶苦茶の出鱈目だ。天森さんみたいだな。
「いや待て! 天森さんなら!」
これ、天森さんなら余裕で鎮圧できるんじゃないか?
天森さんの実力は折り紙付きだし、なにしろこいつを召喚獣と呼んでいたくらいだ。普通に考えて競り負ける方がおかしい。多分完全上位互換くらいにはなると思ってもいいだろう。じゃなきゃあの人何しに来たんだ。
「それがな、小枝さんいつの間にか消えてたんだ! 俺があいつに黒板消し投げた辺りで!」
またもや嘉光の一言。
「どうして天森さんが消えるんだ! 逃げたのか?」
「こっちが訊きたいくらいだな!」
立場は同じか。生憎私達は逃げられそうにない。本当にあの人何しに来たんだ!?
「どいてなさい」
と、ここで仕切り直すような一声。
仁科さんだ。
多々の疑問が湧きあがってくる。なぜここで仁科さんが出るんだ? まさかこの人にあいつが止められると? だとしたらどうやって?
「……そして、どうして裸足に?」
いかん、ふとした疑問が口から出てしまった。
「内藤さんに、上履きの中にスティックのりを塗りこまれましてね」
嘉光が明後日の方向を向きながら口笛を吹いて誤魔化そうとしている。え? だから何やったのこいつ?
はっきり言って、爪の間に粘土を埋め込まれながら裸足になっている仁科さんはかなり心もとない。
「そういえば」
「はい」
「どうして仁科さんは、助けてくれるんですか?」
逃げるチャンスはあっただろう。神城が私に攻撃してきた辺りとか。あいつに対抗できるような人が、その隙を見逃すだろうか? いやそんな事はない。
すると、仁科さんは呆れたような表情で。
「世の中にはこんな言葉があります」
こんな事を切り出した。
「昔の諺ですか。意外としっかりしてるんですね」
「いいから聞いて下さい。世の中にはこんな言葉があります。『昨日の敵は今日の友。今日の友は明日も友達』と」
「……とりあえず、仁科さんが義理堅いって事は分かりました」
場が場なので、「後半はめざせポケモンマスターの歌詞だろ」とかは突っ込まない。
「それと、ここは私の部活ですからね」
そう付け加えながら、仁科さんはコップに注がれた水を少し口に含み、飲み込んだ。
心もとないはずのその姿が、何故か頼もしく思えた……何故だ。
「あの人強いぞ」
嘉光が私だけに聞こえるよう小声で喋った。
「俺の攻撃を喰らって怪我一つなかったくらいだ」
それは嘉光の攻撃に問題があるんだと思う。あれは怪我するとしてもガムテープ攻撃ぐらいだろう。
「目デハナイ、心デ見ロッ!」
「さて、そろそろあちらも怒ってらっしゃるので──行きましょうかね!」
神城と仁科さんがぶつかり合う。
火器も銃器も使っていないのに、なぜか眩しいほどの光が新聞部室に溢れ出た。
新聞部室内で8話も使うのは、正直どうかと思います……。