第2話 初めての外泊
ガタガタ、ゴトゴト、ギシギシと音を立てながら馬車は揺れる。乗り込んでから30分ほど経っただろうか、すでに車内の環境は最悪だった。
「おぇええぇええ……うっ……ぐぇぇえええ」
それは、こいつのせいだ。
「おい大丈夫か? あとちょっとで着くから頑張れよ!」
「は、はい……ぐぅぷっ」
俺より若干歳下っぽく、田舎者みたいな格好をした奴がずっとゲロりまくりなのだ。
声をかけた、いかにも徳を積んでいそうなお兄さんを除いて、乗客みんなが不機嫌になっていた。あちらのスキンヘッドのお方なんて、さっきからずっと舌打ちしまくっているし、ちょっと怖い。
このままでは気が狂ってしまいそうだ。
どうせ試験はまだ先なんだしもう一本後の馬車にすればよかったな。
「もうすぐユウヘイ町に着きまっせー」
もう暫くこの環境の中で揺られていると、地獄の時間の終わりを告げる、馬車を引いている人の声が聞こえた。
これでやっと解放される。
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んーっ! 解放された気分だ。
王都内とは違い、道がしっかり整備されていないからよく揺れるんだよな。
それに加えてあんなの見せられたら、もらい嘔吐するところだった。
……さーて、次はどの馬車に乗ればいいのかな。
ライゼンブルクからムーンラルクまで直通で行ける交通馬車はないので、乗り換えていかなければならない。
俺は前夜に調べておいたルートを確認し、それに従って進んでいった。
「あっ、どうも〜。先程は、その……すみませんでした」
「げっ」
なんとか次の馬車停に着くと、さっきのゲロ野郎がそこにいた。
俺を見るや腰掛け椅子から立ち上がり、もじもじしながら ペコリ、と一礼してきた。
あんな状態だったのに、よく乗ってた人の顔なんて覚えてたなこいつ……。
「あー、えーっと、君どこまで行くの?」
「えっと、そ、その、む、ムーンラルクまで、です」
はい。残酷な旅は続くようです。
今度こそ一本ずらしていこうかな。
「そ、そうなんだ。まだ小さいのに大変だね」
「小さくないです! もう12です! 近々ある試験に受かったら騎士見習いにだってなるんです!」
お子様扱いされたことが癇に障ったのか、さっきまでのゲロ野郎で弱々しい声を発していた人物とは思えないような表情で怒られた。
ってえっ? 12歳?? 同い年??
……それより、騎士見習い????
「騎士見習いってもしかして養成学生のこと言ってる?」
「はい! そうです!」
この人はなにか勘違いしている気がする。入った時点で騎士見習いになるのは王都の学校だけだ。地方の学校では一定以上の成果を出さないとなれない。
そのことを伝えると、最初は「またまたぁ〜」と軽いジョークを流すような態度をしていたが、こちらが真顔でいると、だんだんと、目が泳ぎ出した。
「…あの、ほんとに?」
「ほんとに」
「う、うそだぁああああ! ちゃんと調べたのに!!」
真実を受け入れたのか、あたふたした後に肩を落とした。
「ま、まぁ、なんだ、その…俺もムーンラルクの学校受けに行くんだ。一緒だな」
「え、あなたも受けるんですか!? よかったぁ〜! 一人ですごく心細かったんです! よろしければ一緒に行きましょうよ!」
さっきまではフードを深く被って下を向きがちだった少年だが、同じ目的を持った人に会えたのが嬉しかったのか、落ち込んでいたのが嘘みたいに元気よく青い瞳を輝かせていた。
——この時、俺の中には二つの感情がぶつかっていた。
たしかに俺も一人で寂しいし、心細いということもある。
でもだからと言ってこの人と一緒に馬車に乗って行くとなると、悲惨なことになるのは火を見るより明らかだ。
……だけど、流石にこんな目をキラキラさせながら誘われたら、断りにくいし……よし! 決めた。
「いいよ。一緒に行こうか。 あ、俺はルーストリア よろしくな」
「ルーストリアさん! よろしくお願いしますっ! 私はルナリア・フライハイトですっ!」
こんな感じで、比較的高めの声で喋る少年——ルナリアと共に行動することになった。
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「ムーンラルク着きましたぜー」
ライゼンブルクを出た時はまだ太陽が昇り始める前だったのに、ここに着いた時にはすでに一日と半日——つまり次の日の夕方になっていた。
苦労の多い馬車旅だったよ全く……。
案の定ルナリアはゲロ出しちゃって、客車を洗うのに金かかるってことで金貨1枚も取られるし……。
ちなみにその時ルナリアが「もうそんなに持っていない」と ぐすんぐすん 泣きながら、こっちを見てきたので、仕方なく俺が出したのだ。
「ルナリアさん、これからは窓側座ろうな」
「うぅ……そうですね……」
今は金に困ってないから良いけど、いずれ貰った分はなくなるだろうから無駄遣いはしたくないが、せっかくできた友達が困ってるんだし、助けるのが義理だろう。
……ま、いつか無くなったら助けてもらお。
「とりあえず試験日まで後何日かあるし、宿屋行くかー」
「あ、はい! わかりました!」
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「……嘘だろ。まさか全部屋埋まっているとは……」
俺は適当な宿屋に入り受付をしようとしたのだが、物置一つ空いていないらしい。
その事実を聞かされ、店の外で頭を抱えていると、ルナリアが不思議そうに話しかけて来た。
「えっと、こんな歩いてから聞くのもあれなんですが……もしかして予約していないんですか?」
予約?! なんだそれは……。
「もしかして、予約ってのをしてないと泊まれない感じなの?」
「知らないんですか? この時期、学校付近の宿屋は試験を受けにくる人がたくさんいるので、ほとんど埋まるらしいですよ」
ルナリアは、私もお父さんに言われて3ヶ月くらい前に一度来て予約をしたんですよ! とドヤ顔で付け足した。
……知らなかった。
今まで予約なんてしたことないし、まず王都から出たことがない俺には無縁すぎた。
これは所謂野宿しか——
「あの、良かったらですけど、相部屋しますか? ちょっと大きめの部屋予約してますので」
救世主現る。
ルナリアさんの印象が ゲロから神になりました。