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第35話 魔王降臨(1)

「おほほっ。私たちはここですわよ!」


 索敵をしていた瘴機種カースに接近し鞭をパシンッと奏でて、挑発しながら相手の前へと躍り出る。


「うふふっ。あの程度の攻撃で私たちをどうにかできると思わないことね!」


 バルムも力を見せつけるように近くの岩場を殴り、盛大な音を立てて砕石の山を築く。

 しかしカインは見逃さなかった。


 一見すると、怪我をしているとわからないほど豪快に鞭と拳を振るってはいる。だが、鞭で穿った穴も拳で崩れた瓦礫も、普段より圧倒的に破壊力が足りない。

 長引けば長引くほど、二人の負担は増えてしまう。準備と決着は早期に終わらせる必要があった。


「二人が引きつけてくれている間に……」


 カインは急ぎ瘴機種カースの背中側に回り込み、岩場の影から巨大な背中を望む。

 バルムとリーシャが瘴機種カースと正面で相対し、カインの場所からは二人が見えない位置だ。


「ここなら行けるな」


 カインは短く息を吐き気合いを入れると、意を決して自身の影を己を取り囲むように立ち上げる。

 それは城を守る城壁のごとく、四方の視界を遮りながらカインの背丈を軽々と越し。

 花が萎んで蕾に戻るようにゆっくり先端を閉じると、ドーム状の黒い山が地面の上に完成した。


 光の一切入らない真の暗闇。

 その中で、恐怖心に苛まれたカインが頭を抱える。


 右を向いても左を向いても何も見えない。しかし遠くなったような戦闘音は聞こえる空間内で、急激に思考までも黒く染まっていく。


 カインは〝状況を常に把握し、冷静であれ〟と自分にいつも言い聞かせていた。


 特に戦闘時は思考がクリアなことが戦況を分ける。だからこそ平常心を保つ努力をしていたカインが、状況把握を放棄し思考も暗転させる暴挙に出る。

 精神汚染を受けたかに思える行動だが、バルムとリーシャがカイン一人に瘴機種カースの対処を任せるには必要な儀式であった。


「うっ……あっ……」


 カインが呻く声が真闇の中に反響する。

 心を侵食していくかのごとく、カインの服の上を影が覆っていく。


 まるで黒い包帯を巻くように。黒い鎧を纏うように。影がカインの全身を黒く染め上げていく。


 カインは、バルムとリーシャがトラウマを抱えた夜の森で二人とはぐれ、一人取り残された暗闇の中で、死にたくなるほどの恐怖心を感じた。

 しかも、ほとんど何も見えない暗い闇の森で、兄と姉の悲鳴が遠くからずっと聞こえていたのだ。幼い年齢であったことも相まって、恐怖は人間の耐えられる限界点を超えた。


 ゆえに、カインにとっては〝闇〟がトラウマとして植え付けられていた。


「……ははっ……はははははっ」


 自らをトラウマの闇へ突き落したカインが、タガが外れたように笑い声を漏らし始める。


 普段の冷静なカインからは窺い知れない、我を忘れて邪悪な笑みをこぼす姿。


 バルムもリーシャも、トラウマによる恐怖で暴走したが、果たしてカインは?


 その答え合わせをするように黒いドームが砕け、変貌した男が姿を現した。


 腕や足には黒い紋様が浮かび、青い軽装鎧もゴツゴツとした黒い鎧へと上書きされ。

 悪魔かと見紛うような、二本の捻じれた黒い角が頭に生えていた。


「──魔王イメアが出たわよ!」

「早く離れないと魔王の攻撃に巻き込まれますわよ!」


 戦いの最中、準備を終えた弟の姿を見て、バルムとリーシャが瘴機種カースを前にしても出さなかった警戒の声を上げる。


 二人の言うとおり、絵画に描かれるような魔王と言われても差し支えのない見た目になったカイン。その姿を瘴機種カースも視認すると、〝兄姉を凌ぐ脅威〟と判断したのか、退避していくバルムとリーシャを見向きもせず、漆黒の雰囲気を纏った人間に向き直った。

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