第32話 瘴機種(2)
『被験体を三体確認。最終実験を慣行します』
低く響くような声を発し体に積もった埃を払うように、瘴機種がついていた膝を伸ばし立ち上がる。
その全高は家が五軒は積み重ねられるほど高く、暴れれば一晩で街を壊滅させられそうなほど圧倒的な重量感を持っていた。
「魔霊種とは比較にならないほど強そうだな。気を抜くんじゃねーぞ」
「うふふっ。こいつを倒せばさらにマッチョになれそうねっ」
「おほほっ。私がより美しく輝くための礎となって貰いますわっ」
「…………ガンバレっ俺」
生死の緊張感漂わす弟に対し、筋肉と美貌を高める方向性に意気込むバルムとリーシャに、自分を鼓舞しようとカインは呟く。
金属の体であるせいか、瘴機種からは生物や魔霊種が発する気配というものを感じない。
気配は相手の強さを測る指標にもなるものだ。しかしそれが判別できないゆえに警戒するカインと、逆に未知を楽しむバルムとリーシャという、性格の違いが如実に表されていた。
「来るぞ」
歩き始めた瘴機種に注意を促すと、カインは相手の後方に素早く回り込む。
反応速度が鈍いのか巨体だから動きが遅いのか、瘴機種はカインを目で追うだけで攻撃してこない。
ならば先制してやると、カインは体勢を切り返し相手の足元に身体を滑らせると、思いっきり剣を振り抜いた。
「──くそっ、普通の剣じゃ硬くて刃が通らん」
表面に削れたような切り筋は入ったものの、何事もなかったかのように立つ相手を見て、カインは苦々しい表情を浮かべる。
「私たちのっ」「出番ですわねっ」
力及ばない弟の姿を見て、バルムとリーシャは〝見ていなさい〟と言うように、瘴機種に向かって大きく跳び上がった。
身を空中に躍らせ、軽々と相手の頭部の高さにまで到達すると、二人は瘴機種の赤い瞳にニヤリと口角を上げる姿を映し。
「「ハアァッ!!」」
拳と鞭を振りかざし、大気が震えるような一撃を相手の胸部に叩きこむと、瘴機種は地面を激しく擦る音を立てながら後ずさり、岩場をガラガラと崩しながら仰向けに倒れた。
「うふふっ。大きな体しているくせに、筋トレ不足じゃないかしら」
「おほほっ。まだまだ心の鍛錬が足りないですわね」
「瘴機種に何を求めてんだよ……」
金属の体をしている相手に筋肉や精神が弱いとのたまう兄姉に、カインは呆れて脱力しそうになる。
瘴機種の生態は不明な点が多いが、金属的な見た目からして筋肉はおろか、心があるのかさえ怪しい。
相手をトコトン痛めつけたり、切り刻めば判明するかもしれないが、あいにくカインにはそんな趣味も興味もない。
この試験場で経験してきた試練と同じ、目の前に立ちはだかる一つの脅威として立ち向かおうと、カインは剣を納刀し、新たに影の剣を手の中に生み出し構えた。
『被験体の戦闘力を確認。装甲強度、機体速度を上昇します』
胸部をわずかに陥没させた瘴機種の瞳の赤が発光度合いを増し、倒れていた機体をゆっくりと起こし、雷のような光を体表面にビリッと走らせた。
見た目として変化は一切ないが、カインの本能が危険度が増したことを静かに訴えてくる。
「──ッ!? 二人とも避けろ!」
大きく両腕を振り被った瘴機種の姿に嫌な予感がし、カインは兄姉に向かって反射的に吠え。
直後、まともに攻撃を喰らっていたときの緩慢な動きはフェイクだったのか。回数をカウントするのが難しいほど素早い動きで、瘴機種は二人のいた場所を殴り始めた。
「バルム、リーシャ! くっそ!」
土煙が上がる中に見えなくなった兄姉。その姿に目を見開き、カインは急ぎジャンプすると黒銀の背中に影剣を突き立てた。
「ぐっ……止まれ!」
しかし心力が籠もっている黒い剣は、装甲に刺さりはしたものの、痛みを感じないのか瘴機種が攻撃の手を止めることはなかった。
「うおっ!」
揺れる足元に体勢を崩し、カインは足を滑らして地面に落ちるが、なんとか転ばず着地し。
ようやく殴るのを止めた瘴機種の間隙を縫い、兄姉のいた場所へ駆け寄ると、土煙が晴れた地に二人の姿はなかった。




