第3話 俺のおねえさまたち(3)
「やはり獣風情、たいしたことないですわね。見世物として飼われるほうがお似合いですわ」
リーシャは猛獣使いよろしく、人狼を調教するように軽快に鞭を振る。
ほんのわずかな時間で半分の人狼を屠り、阿鼻叫喚の声も減ってきた。
二人は弄ぶような口振りではいるが、本気で魔霊種に欲情したり、S心を満たすために暴れているわけではない。
「獣なら服なんて脱いで、全裸になってかかってきていいのよっ」
「鞭だけでなく、縄も用意すればよかったですわ」
ない……と思いたいが、自信なくなってきたな……
人狼を倒しはしているものの、本気で興奮しているバルムと悔しそうなリーシャに、カインは兄姉の思考がわからなくなっていた。
「くそっ。こうなったらやけくそだ!」
仲間が次々とやられて後がなくなり腹をくくったのか、ガタイのいい人狼が低く唸りながら威嚇するように爪を立てる。
しかし相対するバルムは余裕の笑みを浮かべると、空気に溶けるようにその姿をかき消した。
「私の姿が捉えられるかしらっ」
バルムは肉体に流れる心力を足に集中し、目にも止まらぬ加速で残像だけを人狼たちの瞳に焼き付ける。
「お、俺様を舐めるなよ!」
捉えきれない相手の姿に怯みながらも、人狼は辛うじて見えているバルムに爪を振るう。
だがそんな攻撃が当たるはずもなく、虚しく残像を切った腕を大きな左手が掴んだ。
「私の愛、受け取りなさい! パワー・リフレクション!!」
怒号のような気合いと共にバルムの右拳に光が宿り。
巨岩をも破砕する一撃を人狼の腹に打つと、相手の胸から下を木っ端微塵に消し飛ばした。
「あーん、下半身吹き飛ばしちゃった、もったいない!」
バルムは掴んでいた腕を離し、悔しそうに両拳を口元に当てる。
「倒したらどうせ消えちまうんだから、下半身だろうが上半身だろうがどうでもいいだろ」
兄の悲痛な叫びに、〝なんのこだわりがあるんだよ〟とカインが目元を歪める。
腕や足を無くした程度では魔霊種は消滅しないが、生物と同じように頭や胴体に致命傷を与えれば倒せる。
上半身だろうが下半身だろうが、吹き飛ばせば同じなので問題ないはずだが。
「筋肉質でワイルドなオスよ? 下半身があれば、あーんなことやこーんなことできたじゃない!」
「ガチで魔霊種に欲情してんじゃねーよっ!」
真剣な眼差しで力説するバルムに、カインは全力でツッコむ。
冗談であって欲しいと心の片隅で願っていたことが全否定された感覚に、カインは脱力し頭を抱えた。
「き、貴様……」
兄の足元から聞こえた声に、カインはハッとして目を見開く。
「なっ、まだ生きてる!?」
半身を失ったはずの人狼が両手でバルムの左足を掴んでいる。
普通の魔霊種なら確実に消滅しているはずだが、根性があるのか最後の力で一矢報いようとする気概を発していた。
「マズいわ……」
眼下の人狼が力を振り絞って足を握り潰そうとしてくる──ことなぞお構いなく、バルムはグギギと首だけを横へ向けて、少し離れた場所で戦っていたリーシャを仰ぎ見た。
「なっ……はっ……」
直後、上半身だけの人狼を凝視したリーシャの体が、恐怖に怯えるようにガクガクと震え出す。
その揺れは地面を伝わってカインの足元にも振動が伝わり、周囲の小石がカラカラと揺れる程だ。
「おほほ……おほほほほホホほほホホホホほほほほほッッッ!!」
次第にリーシャのバイブレーションは全身から右腕へと集約していき、残像が見えるほどの速さに達する。
そして心力が籠った鞭が無軌道にしなり始めると、殺傷能力を備えたまま無差別に周囲に襲いかかった。




