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第25話 熱気

「なんか暑くなってきたな」


 ずぶ濡れになってから何事も起きず、しばらく歩いたあと。

 試験場の通路の先から伝わってきた熱に、カインは訝しげに眉をひそめた。

 服が濡れているせいで徐々に体温を奪われている状態だったが、ほんのり頬も赤みが差してくるほどの熱気は、なぜ流れてくるのか。


「暖かいのならば、服と髪を乾かせそうですわね」

「そんな気楽な状況だったらいいんだけどな……」


 リーシャは嬉しそうにしているが、カインはそこはかとなく襲ってくる不安を訴える。

 暖かいといえば陽の光やたき火を思い浮かべるが、通路の気温を上げるほどの熱量ということを考えると、カインにはポジティブなイメージが全然湧いてこなかった。


「濡れたままよりはいいじゃない。物事は前向きに考えましょ」


 例えネガティブなことだったとしても、それすら利用してやればいい。バルムはそう告げるように笑みを浮かべると、最後尾から先頭へ歩を速める。

 おそらく、何かあっても妹弟を守れるようにという兄としての配慮だろう。

 バルムの妹弟思いは、時に嬉しくなるほど温かく、時にムサ苦しいほど熱かった。


「お肌がジリジリしてきましたわ」


 太陽に照らされているかのごとき熱気に、リーシャが額の汗を拭う。

 まるで春から真夏へと、季節の移り変わりの中を進んでいるような感覚に、カインの頬にも一筋の汗が流れた。


「水で冷やして熱で温めて。体に負荷をかけさせようとしてんのか?」

「うふふっ。これくらいの寒暖差では、私の肉体はビクともしないわよっ」


 暑さに息が上がってきたカインに対し、バルムは誰よりも汗をダラダラとかきながらポーズを決める。

 筋肉が多い分、体温の上昇による発汗量が増えているだけなのだが、見ていると余計に暑苦しい。

 カインは努めて気にしないようにしつつ、流れてくる額の汗を拭った。


「私の清らかな精神も、これくらいでメゲたりしませんわ。暑さで折れるものなら折ってみなさい」


 なぜか熱気に対抗心を燃やし始めたリーシャは、バルムを追い抜き、走って通路の先へと向かう。


「おい! 一人で先行するな!」


 勝手な行動を始める姉の背中を、カインは慌てて追いかける。

 何が起きるかわからない場所で、バラバラに行動する危険性。それすら頭の外に吹っ飛んでいるのか、爆走するリーシャに内心毒づきながらバルムと共に走った。


「カイン、なんだかどんどん暑くなってない?」

「確かに……なんかヤバそうだな。リーシャ、止まれ!」


 真夏の熱気を遥かに超える熱風を感じ、カインは大声で制止を呼びかけるが、耳に入っていないのか無視しているのかリーシャは止まらない。

 仕方なく兄弟は何か起きてもすぐ対応できるよう、周囲を警戒しつつ駆けていくと。


「あら、これなら服もすぐ乾きそうですわね」


 開けた場所で立ち止まったリーシャの言葉の意味を、カインも文字通り肌で感じた。


「確かに、これなら居るだけで服もすぐ乾くだろうけどよ……」


 汗すら揮発していく光景に、カインは顔を引きつらせる。

 グツグツと煮えたぎる赤と黒のコントラスト。触れる空気は肌をチリつかせ、濡れていた服や髪からは水蒸気が立ち昇り始める。

 その場所は、地底奥深くから湧き上がる熱がすべてを焼き尽くす、巨大なマグマ池だった。


「ここで服を乾かしていきますわよ。ちょっと暑いですけど」


 低い崖程度しか離れていない所で、粘度の高い泡を弾けさせている灼熱地獄を眼下に〝ちょっと暑い〟で済ませるあたりがリーシャである。


「気は進まないけど、今後のことを考えると仕方ねーな」


 しかし服を乾かしておきたいのも事実だと、カインは暑さに耐えつつ滞在することを了承した。

 人工的な通路から自然の岩場になった入り口から眺めると、大人二人がギリギリ立てる円柱状の岩場が、マグマの間から伸びるようにいくつも点在していて。

 一番奥にはギリギリ見えるほどの小ささで、先へ通じる通路が続いていた。


 小さな村がすべて入ってしまいそうなほど、広大な空間。

 一見、自然にできた空間に見えるが、谷にマグマがあるわけがない。

 ましてや都合よく人が飛び移って出口まで移動できるような岩場が、程よい間隔で点在しているはずもなく。

 明らかに【観測者】が造り出した新たな実験場に、カインは警戒を解かずに息を吐いた。


「これ、落ちたら一発でアウトだよな……」


 もし落下したら、楽にしてくれと思うほどの苦しみを味わい、二度と浮かんでくることはないだろう。

 末路が容易に予想出来る様相に、カインは嫌そうに眼下を見つめた。


「そんなの、足を踏み外さなければいいだけの話ですわ」


 その自信はどこから湧いてくるのかと思うほど、ニコニコとしているリーシャにカインはジト目を返す。


「死ぬ危険があるってのに、簡単に言ってくれるよな」

「あら、怖いんですの?」


 服が乾き始めて余裕が出てきたのか、リーシャは先ほどのお返しとばかりに意地悪そうに目を細めた。


「こんなの戦闘に比べれば楽勝。ただのお遊戯ではありませんの」

「そー言うけどなぁ。一度でもミスしたらアウトなんだぜ? ほんの少し前に命の危機に遭ったばかりで慎重になるのは当然だろ? そんなホイホイ気分変えられるかっての」


 今回は失敗イコール死と明確にわかる状況。ただ岩場を渡って向こう岸へ行くだけとはいえ、精神的に気が引けるとカインが戸惑いを示すと。


「でしたら、私が先に行きますわね」


 言うが早いかカインが制止する間もなく、リーシャは軽やかに岩場を跳び出した。

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