第17話 二導影(1)
村を出て一時間走ってたどり着いた先。
そこは左右を高い崖に囲まれた一本道の谷だった。
無謀の谷──入り口付近までは草原が広がっているが、谷に一歩足を踏み入れた途端、草木もいっさい生えぬ、まるで生き物を拒んでいるかのような場所。
この谷に来れば何があるのか。普段人の出入りがない地では、事前情報は一つも手に入らなかった。
場所だけは判明したが、ここでお宝を探すのか、さらなる謎を解くのか。何もわからないまま、谷をやみくもに探索するしかない。
「無謀の谷ってそこそこ広いんだろ? 次の目的もわからず、魔霊種がうろつく場所を歩くのは嫌だぞ」
「自分を鍛えるトレーニング場だと思えば、絶好の場所じゃないの」
「筋肉バカ……」
フンフンと鼻を鳴らしながら腕を回すバルムに、カインは額に手のひらを当て頭を振る。
数字が示す場所へ来れば、次の目的がわかるかもとカインは微かな期待を抱いていたが、谷の入口付近にそれらしいものは何も見当たらない。
少なくとも中へ足を踏み入れて行かないと、物語は進展しないだろう。
「じゃあゴーストにいっぱい出てもらって、精神鍛えますわよ」
「うふふっ。こんな昼間にゴーストなんて出るわけないじゃないっ」
夜の教会と違い、トラウマが目の前に出現するなんて有り得ないと、リーシャの皮肉にバルムは余裕の笑みで歩き出す。
実際は、ゴースト系の魔霊種は夜に現れやすいというだけで、昼間の太陽の下でも出現することはある。のだが、バルムの頭からはその知識は完全に抜け落ちているようだ。
そんな兄の背中を追って、妹弟も揃って谷の入り口に歩を進め。
「……何かおかしいですわ」
「そ、そんな手には引っかからないわよっ」
リーシャの不穏を告げる呟きに、バルムはビクンッと体を跳ねながら止まった。
「ん? 何かあったか?」
姉の声にカインも立ち止まり、周囲をゆっくりと眺めてみる。
リーシャが何を感じ取ったのか不明だが、気のせいだと放置すると後で大きな困難に繋がる可能性もある。
カインはリーシャがなぜ止まったのか確認するために、具体的な内容を問おうとし。
「きゃあああああああああゴーストおおおおおおおお!!」
バルムの鼓膜を劈く悲鳴に、両手で思わず耳を覆いそうになった。
「あいつは……」
谷の奥、これから進もうとした先の地面の上に、いつの間にか佇んでいた黒い人影。
見た目はゴーストに近いが、人間がそのまま影になったような姿は、教会で戦った魔霊種とは異なっていた。
「ほら、メンタルを鍛える絶好の機会ですわよ」
今回は暴走させまいと、リーシャが必死に逃げようとするバルムの片腕を掴んで離さない。
役に立たない兄と手の離せない姉に代わり、人影を捕えるためカインが影で相手を縛り上げ──ようとするが、影は相手の体に触れることなくすり抜けた。
「違う、ゴーストじゃない! こいつ……二導影か!?」
一般的に見るゴースト系の魔霊種と違い、おぼろげで今にも消えそうな輪郭をした黒い人影は、気配すら一切感じさせない異質な雰囲気を漂わせている。
相手の様子とカインの言葉に、ゴーストではないと理解したのか、バルムも逃げようとするのをやめた。




