1話 あなたに会えたら
時系列はプロローグの朝からです。
鐘が鳴ること十声、仕事先に向かうの様々な職種の人から食材を買い求める奥様や休日を過ごす家族に入れ替わる大通り。
炎暑を思わせる日差しの中、一抱えもある木箱をへとへとになりながらセルヴァンは商会へ運んでいた。
揺れるたびチャプチャプ重心を変える液体に足を取られ、ふらつく彼とすれ違う人は心配そうに、又は迷惑そうに視線をやる。
カチャカチャ音を立てる瓶が割れないよう慎重に運んでいるのだろうが遅々として進んでいない。
道ゆく顔見知りの励ましに木箱を抱え直すが限界を感じ始めた時、一人の偉丈夫が道を塞ぐように覗き込んできた。
「ヴァン!手伝ってやろうか!」
「アイゼンさんおはようございます!大丈夫です!」
箱を落とさないよう汗まみれで力むセルヴァンに、ガハハと剛毅に笑いかける。
煤にまみれツルハシを担ぐ筋骨隆々のアイゼンと呼ばれた男はニカッと蓄えた髭に似合わず真っ白な歯を光らせると、二足歩行のモグラのような生き物にツルハシを預け木箱をひょいと奪い取った。
「遠慮すんな!おめぇんとこの薬には皆助けられてんだ!」
「ありがとうございます……。正直限界でした」
息を整える為に一度大きくため息を付き、ぷるぷると指が震えているのを見せる。
「ガハハ!もうちっと鍛えねぇとな!一人か、先生はどうした?」
「1週間ぐらい前からマタルビアに。早くても2か月は留守ですね」
「あの砂漠にか!店つぶさねぇように頑張んねえとな!どれ、場所は商会だな!?」
任せとけと言わんばかりに彼のその体にはこじんまりして見える木箱を肩に担ぎ直し、商会に向けて歩を進める。横にはでかいモグラがてくてくついて行く様がやけにコミカルだ。
「ベルクもだいぶ大きくなりましたね」
穴堀精霊ベルク モグラに似たその精霊は炭鉱夫たちの願いによって近年生まれたらしく、最初にあったときは本物のモグラかと思ったが。
「精霊ってのは不思議だな!便利で真面目だ。いつか俺ぐらいでっかくなるかもな!」
またガハハと笑い空いた右手で腰程にある頭をゴシゴシ撫で、ベルクは嬉しそうにギュイギュイ鳴く。
荷を担いだアイゼンは重さを感じさせない足取りで進み、あっという間に目的の商会に着いた。
「ありがとうございました。今から帰りですよね」
「いいってことよ!夜の作業だって便利な明かりがあるからよ、安全安全!錬金術様々だ!」
ポンポンと腰に着けたカンテラを叩きガハガハ大笑いするアイゼンはベルクに顎で促す。
するとベルクがとてとて走り何処からともなく押してきた商会印の付いた台車に木箱を降ろすと、その丸太のように太い腕を振り挙げまたなと大足で家路に着いた。
✝
アイゼンに手を振り見送った後、借りた台車をふんっと力一杯押し搬入口から商会へ入る。
仕入れの時間からズレた商会は適度に空いており、石畳に車輪を取られながらも比較的スムーズに小口の納品窓口までたどり着けた。
カウンター前に台車を停め、息を整えてから奥に見える机で書き物に集中している職員たちに声をかける。
「テオの工房、セルヴァンです」
呼び鈴を鳴らし所属と名前を呼びかけると、事務作業をしていたうちの一人が立ち上がり他の人を手で制しながら走り寄る。
「はーい!ヴァン君いつもどうも!……?最近先生来ないですけど、元気にしてますか?」
『ディアナ』と書かれた名札を弾ませ、緑の制服に身を包んだ亜麻色の髪の少女がにこやかに出迎える。
「しばらく用事で留守なんだ、だからポーションは僕のやつね」
「先生いつも忙しそうですね。はい、確認しますね」
背の低い彼女はカウンターを越えるように身を乗り出し荷の確認をした。
「え、この量を一人で運んできたんですか?いつもの2倍はあるじゃないですか」
目を丸くしながらセルヴァンを見上げる。
それに対しかぶりを振り、
「途中でアイゼンさんに運んでもらったからなんとか無事ですんだよ。そもそも調合する量を間違わなければこんなことにはならなかったけどね」
と苦笑しながら話すのは未熟なりに恥じているからだろう。
それを分かっているディアナはくすくす笑いながらカウンターを降り、納品書に手慣れた様子でペンを走らせる。
「でも一度に運ばなくてもよかったんじゃ?それにいつもの台車はどうしたんですか」
「師匠が持って行っちゃった。必要なものが多いらしくて」
「それで体を壊したらどうするんですか」
ため息気味に注意するディアナは心配そうに眉を下げて、パッと閃いたように顔を明るくする。
「そうだ、ヴァン君も同じやつを作ればいいんじゃないですか」
「ディアナ。何度も言うけど無理だよ。自動で動く台車なんて同じ錬金術とは思えないんだから」
そして師が思いつきで作ったものは2個として同じものを作らないのをよく知るセルヴァンは顔を顰める。
「大丈夫です、ヴァン君はすごい錬金術師になれるって信じています」
自信に満ち溢れたように答えるディアナはそのままペンを置き、スッと紙を差し出す。
「ヴァン君のポーションは品質が一定で鑑定しやすくて助かります。はい、これでどうでしょう」
受け取った納品書にはいつもの単価より明らかに高い値が書かれていた。
「まとまった納品なので少しですけど色を付けさせてもらいました。あとは……先行投資です」
頬を染め恥ずかし気に染め微笑む彼女の様子になぜかカウンターの奥が少し騒がしくなる。
「いや、でも師匠のポーションと変わらない値段じゃないか。効果も全然違うのに」
師のものよりも高く売れない、好意の通じない生真面目な錬金術師にあーあ。と落胆の声をあげる職員。
「だめです。そもそもテオ先生のポーションが安すぎるんですよ。ほかの薬が売れないってクレームもあったんですから」
なぜ錬金術師は金銭感覚に疎いのか、ディアナは少しむくれて言いつのる。
いくら有名な錬金術師にしろ、捨て売りに近い(事実捨てるほどある)値段で価格競争のへの字もない状況。そのまま売りに出すと価格崩れが起きるから小出しにするしかなく、残りは緊急時の備えと言い張って会長自らポーション専用の倉庫を借りる始末。
供給過多、倉庫圧迫、苦情対応etc.
これだけの問題の原因はその金銭感覚からきてるんです。その小柄な背丈からは想像できないパワフルかつ穏やかなお説教は止まらない。
ニヤニヤ笑う職員達、セルヴァンはなんとか宥めようとあたふたするばかり。
「そもそもお父さんがヴァン君に甘いんです!値段を他の薬に揃えればいいのに、しまい込む一方で」
「よう、ヴァン坊。頼まれてたの用意できてるぜぇ」
収拾がつかないようにみえた状況に割って入ってきたのはカウンターに飛び乗った一羽のフクロウ。やけにずんぐりした胴体がセルヴァンには頼もしく写った。
「お嬢も言い過ぎるとヴァン坊に愛想つかされちまうぞ」
伝書精霊ウルマチス 商会の名誉会長、頼れるみんなの相談役。話せる精霊はそれなりの時間を生きているはずだがおしゃべりで職員の邪魔をする、良くも悪くもマスコット的な精霊。
むっと唇を尖らせて不満気に黙るディアナをよそ眼に続ける。
「それにパパに甘いっていうが、出た利益でいろいろ融通する計画立ててたお嬢が言っちゃいけないなぁ」
で、と体を向き直してセルヴァンに商売を持ち掛ける。
「ヴァン坊。お前のとこのポーションは安い。だが、数が出せないから倉庫にたんまりあるわけだ。それを相場に釣り上げる、ざっと今の2倍から3倍の売値になるな」
ずるい、私の考えなのに、と言うディアナ。苦笑しながら続きを促す。
「その分の利益は今回の仕入れを半額にすると会長から話が出てる。だから借り入れもチャラだ」
「本当ですか!助かります」
「あとは、今後は買取額を上げるってことぐらいだな。いろいろ問題抱えるより出すもの出した方が面倒がないと会長も勉強したらしい」
カッカッカとフクロウらしくない笑い方をするウルにつられて笑うセルヴァン。お互い良い商売ができたと喜び合う。
「待ってください、うちから借金してたってことですか?」
あ、しまった。と、ぴしゃりと言いのけたディアナに再び場が凍り付く。
「デ、ディアナ、これには訳が」
「いえ、どうせそのモノが錬金術の素材というのはわかっています。そういった点では信頼してますから」
頬に手を当てどこか悲し気に話し出す。
「大きな買い物は今までに何度もありましたし錬金術について口出しする気はありません。ただ借金してまで必要なら、私に相談の1つもしてほしかったな、と」
「ごめん」
「もう、別に謝ってほしいわけじゃありませんよ」
「……どうしても作らないといけないものがあるんだ」
「何を作るか聞いても?」
「それは……」
即答できない。失敗の危険がある錬金術を平然と答えることはできなかった。
それをなんとなく察したディアナは不器用な錬金術師に微笑む。
「……錬金術のことは何もわからない私ですけど、それ以外なら私にも手伝えることがたくさんあります」
「だから今度は仲間はずれにしないでくださいね」
弱冠15歳、商会長の一人娘にして若き副会長はセルヴァンに惚れている。
✝
ディアナの素早い手配で、陽が落ちる前に5つの木箱が工房まで運ばれた。
本人は私が手伝うと決めたからと、配送に付き添い納品の確認まで行ってくれている。
「ありがとう、ディアナのおかげで今日中に始められそうだ」
「どういたしまして。でも本当にこれから?」
暗に体調の心配をするディアナだが、すでにセルヴァンの目には錬金術しかない。
「大丈夫、普段から夜にやることが多いから、いつも通りだよ」
「うーん……わかってるのかなぁ。それにしても、本当にすごい量の宝石ですね」
5つの木箱。その中身は各地で採掘された宝石の原石が目いっぱいに詰まっている。
含まれたマナの属性も純度もバラバラな数だけを揃えた宝石の山が。
「何を作るか気になりますけど。御者さんも待っているので帰りますね」
工房の外では傾きだした陽とこちらをしきりに見比べる商会の御者がしびれを切らしている。
「非番なのにごめんなさいって謝っておいて。ディアナもごめんね」
「ふふ、さっき感謝してもらったのでそれは聞きません。では失礼します」
二人で窮屈に乗ってきた時と違い、広々とした荷台に身を載せて商会に帰るディアナが笑顔で手を振る。
それにだいぶ迷惑かけてしまったと自嘲気味に手を振り返す。
見えなくなると扉を閉め暗くなった室内に明かりを灯した。
天井から吊るされた、部屋を明るく照らすガラスに包まれた宝石。炭鉱夫の身に着けていたカンテラと同じ原理の錬金術の発明品。
「僕もこんな錬金術を……」
机の上に置かれた赤革の本を手に取る。
これから僕は人造精霊を錬金する。
✝
荒れた工房の中、白銀の少女を見つめたまま座り込んでいた。
記憶の精霊は人形のような小さな体で、透き通った金色の長い髪に、白い蝶の羽。まるで絵本で見た妖精だった。
――ごめんなさい、失敗、しちゃった
呆然としている時間がどれだけ過ぎただろうか。
静寂を破ったのはあわただしい足音と、扉を蹴り飛ばす不躾なノック。
侵入してきた足音は目の前の出来事に驚いたように息をのむ気配がした。
横たわる少女から目を離し後ろを振り返るセルヴァンの視界は、
「貴方、女の子になんてことしてるんです!!」
肌色に明滅して、闇に沈んだ。
読んでいただきありがとうございました。
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