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【第3話】

「あの問題児筆頭がどこに行ったか? 知らねえなぁ」


「どんな仮装をしていたっけ?」


「半ギレで俺らの衣装を作ってたから覚えてない」


「『簡単に見つかったら面白くない』って言ってましたからね。最悪、謝罪を受け入れるつもりはないんじゃないですかね」


「日没までに見つかるぅ?」



 仮装した生徒や教職員にお菓子を与えてユフィーリアの行方を聞き出すも、今日に限ってユフィーリアの協力者なので碌な情報をくれなかった。



「どこに行ったの、ユフィーリア!!」



 グローリアは頭を抱える。学外にある魔法実験の研究施設が爆破される危機にあるのだから、意地でもあの魔女を探したくなる。


 時刻は夕暮れに差し掛かっていた。

 窓の向こうに広がる空は赤と紫が混ざっていて、もうすぐ夜がやってこようとしている。日が沈むまでの時間制限の中、そろそろ刻限が訪れようとしていた。


 つまりユフィーリアが謝罪を受け入れる気はなく、そのままショウとの関係を絶って終了だ。そうなったらもうショウは自ら命を絶つ他はない。



「ユフィーリア……ユフィーリア……」


「ショウちゃん、大丈夫だよ。ユーリは見つかるよ」


「でもハルさん……俺はユフィーリアをとても傷つけてしまって……もう謝っても許してもらえないかもしれなくて……」



 見つからないユフィーリアに対する不安と罪悪感で押し潰されそうになり、ついに涙腺を決壊させてボロボロと涙を流し始めるショウを先輩用務員であるハルアが優しく抱きしめた。

 彼もユフィーリアから同じような罰を言い渡されている。日没までに見つからなかった用務員室から追い出されるだけではなく、魔女の従僕サーヴァント契約まで解除されてしまうのだ。事実上、ユフィーリアが「お前らとは一緒にいたくない」と告げたようなものである。


 ハルアは後輩のショウに言い聞かせるように、



「大丈夫だよ、ショウちゃん。ユーリは優しいから、大丈夫」


「ハルさん……」



 自分も用務員室を追い出される可能性があるにも関わらず、それでもなお後輩を慰めようとする優しい先輩にショウは涙を禁じ得なかった。



「そうだよぉ、ショウちゃん。俺ちゃんたちはいっぱいユーリを怒らせて傷つけたんだからぁ、せめて謝る機会ぐらいはくれないとねぇ」


「ショウちゃんだけが許してもらえないことはないのヨ♪ おねーさんたちも一緒の罪を背負っちゃってるんだかラ♪」


「エドさん、アイゼさん……」



 ポンと頭を撫でてくるエドワードと背中を撫でてくれるアイゼルネに、ショウも少しだけ元気が出てきた。日没まで時間はあるのだから、まだ探すことは出来る。

 このまま会えずに終わり、なんていうことは嫌だ。せめてユフィーリアに謝りたい。


 でも、肝心なのはユフィーリアがどこにもいないということだ。生徒たちは碌な情報を持っておらず、探査魔法も失敗に終わる始末なのでユフィーリアは特殊な礼装を身につけている状態なのだろうか?



「とにかく何とかしてユフィーリアを見つけなきゃ」


「片っ端から殴ってみるッスか?」


「スカイ、あまりの混乱に暴力的な発想になっているよ、ちゃんと冷静になって」


「グローリアも拳を握ってんじゃねえッスか」



 学院長と副学院長は混乱のあまり無差別攻撃をしようと企んでおり、それをルージュとリリアンティアが平手打ちで止めるという異常事態が発生した。キクガも冥府の特殊な台帳を使ってユフィーリアの居場所を突き止めようとしてくれているが、やはり彼女の足取りは掴めないらしい。

 万事休すだろうか。やはりユフィーリアは相当怒っていて、ショウたちの謝罪を受入れるつもりは毛頭ないとでも言いたいのだろうか。


 泣きたくなる衝動に耐えて、ショウはとりあえず周辺を見渡す。



 ――コツン、コツ。



 不意に足音が聞こえた。

 雑踏の中にあっても、何故かその足音だけは拾うことが出来た。


 ショウが弾かれたように振り返れば、



「…………」



 真っ白いシーツを頭からすっぽり被ったお化けが、ふらふらと仮装した生徒たちに紛れ込むようにして歩いていた。

 そのお化けは、眼窩の部分にポッカリと穴が開いているにも関わらず顔の様子が全く窺えない。身長もユフィーリアのように小柄ではなく、かと言って異様に高くもない。酷く曖昧な印象だ。腰からぶら下げた南瓜のバケツを揺らして、お化けはずるずるとシーツを引き摺りながら歩いている。


 そのお化けから、ショウは目を離すことが出来なかった。お粗末な仮装なのに、不思議とショウを惹きつけてやまない。



「そこのお化け……!!」


「え、ショウちゃん!?」



 ハルアの制止を振り切って、ショウは駆け出していた。


 生徒たちの間を縫うようにして走り、雑踏の中に消えようとしていたお化けのシーツを掴む。

 驚いたようにお化けはショウの手を振り払うと、ジロリとこちらを睨みつけてきた。「手順が違うだろう」と態度で言っている様子だった。


 日没が迫る中、ショウは喉まで出かかった名前を喉奥に押し込めると、収穫祭らしい台詞を口にする。



「トリックオアトリート」



 すると、お化けは腰の部分からぶら下がっていた南瓜のバケツをひっくり返す。

 中身は何もなく、飴玉1つさえ転がり落ちてこなかった。どれほど上下に揺らしてもお菓子はなく、お化けは諦めたように南瓜のバケツを放り捨てる。


 ショウは「じゃあ、悪戯だ」と告げて、お化けのシーツを掴んだ。

 今度はお化けも抵抗せず、甘んじて悪戯を受け入れる。シーツを引っ張るショウの手を振り払うことはなく、ずるりと簡単に頭からすっぽりと被せられていたシーツが脱げる。


 そのシーツの下から現れたのは、



「ユフィーリア、見つけた」



 銀髪碧眼の魔女――ユフィーリア・エイクトベルは、悪戯っぽく笑うとこう返した。



「見つかっちまった」



 ☆



 意外と見つかるのが日没ギリギリになってしまった。



「最初はもう少し分かりやすい仮装にしようかなって思ったんだけど、いざ生徒や教職員どもの衣装を作ったら材料がなくなってな。古いシーツに『面隠しの薄布』の魔法式を組み込んだら、これが意外と礼装として機能して」



 ユフィーリアがこれまでの経緯を語っていた矢先、ショウが唐突に抱き締めてきた。


 独特な形式の黒装束に包んだユフィーリアの豊満な肢体をそのままへし折らん勢いでの熱い抱擁である。さすがに胃の中身が出てきそうだ。それどころか抱擁だけで背骨が折れかねない。

 絶対に離さないと言わんばかりに強く、強く抱き締めてくる最愛の嫁の背中を優しく撫でてやりながらユフィーリアは呼びかける。



「ショウ坊、背骨が折れる」


「ごめんなさい……」


「ん?」



 ショウはユフィーリアを抱きしめながら、



「ごめんなさい、ユフィーリア……俺は貴女に酷いことを言ってしまった……傷つけてごめんなさい……」



 その言葉は、ユフィーリアを用務員室から追い出す為に吐いた嘘に対する謝罪だ。

 確かにあの言葉は傷ついたし、今思い出しても赤ん坊のように大泣きすることが出来る。それほどユフィーリアの心の傷は深いのだ。


 ショウの涙声での謝罪に感化され、エドワード、ハルア、アイゼルネもユフィーリアのことを抱き締めてきた。



「ごめんねぇ、ユーリ。俺ちゃん酷いことを言っちゃったねぇ」


「ごめんなさい!!」


「悪気はなかったのヨ♪ 許してほしいワ♪」



 彼らも十分に反省している様子である。今にも泣き出しそうだ。


 ユフィーリアは慈愛の眼差しでエドワード、ハルア、アイゼルネ、そしてショウの頭を撫でてやった。

 もちろん答えは決まっていた。これ一択である。



「え、嫌だけど」


「「「「え?」」」」



 ユフィーリアはエドワードの眉間に右拳を叩き入れ、ハルアの腹部に拳を突き刺し、アイゼルネの脇にチョップをして、ショウの熱い抱擁を振り払った。


 呆気に取られる4人。

 悪いが、簡単に許す訳がないのだ。



「『ごめん』で済んだら問題児は善人になるんだよ。笑える嘘は好きだし、サプライズと悟らせないサプライズなら好きだよアタシは。でも今回のは度が過ぎてんだろうが。あ? それで『ごめん』って謝ったら許してもらえると思ってんのかお前ら?」


「それはぁ……」


「そのー……」


「許してもらえないのかしラ♪」


「ゆ、ユフィーリア……」


「アタシは傷ついてんだぞ? 最愛の嫁で目に入れても痛くなくて心の底から毎日『可愛い』って言って何をされても許せるショウ坊から『嫌いになる』って言われてさ、挙句に信頼してた部下には『帰ってくんな』って追い出されてさ。言われた通りに帰りませんでしたよ昨日は。おかげで徹夜で生徒や教職員どもの衣装を全員分作りましたけどね?」



 どれほど心が篭っていようが、たかが「ごめんなさい」の一言でユフィーリアの心が癒せると思ったら大間違いなのだ。ちゃんと詫びの品を貰わないと気が済まないのである。



「なあお前ら、アタシは言ったよな? ちゃんと手紙にも書いたよな?」



 ユフィーリアは綺麗に微笑むと、



「日没までに何を献上しなけりゃ悪戯をするって言った? 出すもん出さなきゃ本気で許さねえからな」



 言われて気がついた様子で、それまで絶望に満ちていたエドワード、ハルア、アイゼルネ、ショウの4人はパチクリと目を瞬かせる。


 そう、簡単に許すつもりは毛頭ない。言葉だけの謝罪など、いくらでも聞けるのだ。

 ちゃんと気持ちのこもった贈り物がなければ、ユフィーリアは絶対に許さない所存である。



「trick or treat?」



 あえてこの言葉を口にすれば、彼らは揃ってユフィーリアめがけて色とりどりの花を使った花束を差し出してきた。



「「「「誕生日おめでとう、ユフィーリア・エイクトベル!!」」」」


「ははッ」



 4つの花束を抱えたユフィーリアは、心の底から嬉しそうに笑った。



「その言葉を待ってたよ」

《登場人物》


【ユフィーリア】本日誕生日なり。収穫祭で馬鹿騒ぎしたあとにささやかな誕生日パーティーを開くのが楽しみだったが、今年は盛大に祝われた。実はちゃんと許すつもりはあった。


【ショウ】誕生日に桔梗の花束をプレゼント。花言葉は『永遠の愛』

【エドワード】誕生日にアジュガの花束をプレゼント。花言葉は『強い友情』

【ハルア】誕生日にカランコエの花束をプレゼント。花言葉は『あなたを守る』

【アイゼルネ】誕生日にヘリオトロープの花束をプレゼント。花言葉は『献身的な愛』


【グローリア】誕生日に以前から欲しがっていた北境地区の画集をプレゼントした。

【スカイ】誕生日に高性能記録用魔法兵器(またの名をビデオカメラ)をプレゼントした。

【ルージュ】誕生日に少し上等な羽根ペンと温度によって色を変えるインクをプレゼントした。

【キクガ】誕生日に紅茶のティーカップをプレゼントした。

【八雲夕凪】誕生日にちょっと高級な大吟醸酒をプレゼントさせられた。

【リリアンティア】誕生日に綺麗な花の刺繍のハンカチをプレゼントした。もちろん刺繍は自分でやった。

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