【声劇台本】罪は何処へ
高橋 勇一
殺された男
高橋 優二
勇一の弟
野村 勝雄
殺人犯
野村 正雄
勝雄の父
東雲 香織
勝雄を事情聴取する女性警官
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(金属ドアの開く音)
香織:どうも、一科の東雲 香織です。これから取り調べを行いますので、よろしくお願いします。
勝雄:……
香織:ではまず、貴方の名前を教えてください。
勝雄:……野村 勝雄。24歳、東京都に住んでいて、今は無職。
香織:ありがとうございます。それでは勝雄さん、あなたは今回、殺人について自首したいという事ですが、詳細をおきかせ願えますか?
勝雄:……今日の朝頃、東京都に住む高橋 勇一を包丁で刺して殺しました。
香織:朝頃というのは何時くらいですか?
勝雄:8時13分頃。
香織:随分と細かく覚えてますね。
勝雄:時計で時間見てたから。
香織:何故、時計を?
勝雄:アイツはいつも8時10分〜15分の間に家を出る。俺はそれを知ってたから、目が時計とマンションの出入り口を何百回も行ったり来たりした。
香織:ということは犯行現場は野村 勇一さんの自宅マンション前で、計画的に殺人に及んだということですか?
勝雄:そうだね。
香織:どのように殺したのですか?
勝雄:包丁で刺したって言ったじゃないか。けどそうだな……アイツの姿が見えた瞬間、カバンから包丁を取り出して一直線にアイツに走って行った。左脇腹に刺して……勢いが良かったから。そのまま倒れ込んだアイツの腹とか胸とかに何度も包丁を突き刺した。あ、顔とかにも何回か当たってるかも。多分5回や10回じゃ済まないくらい。
香織:……包丁はどこで入手しましたか?
勝雄:昨日、あいつの家の近くにあるホームセンターで買った。別に顔隠してたりしてないから、カメラとか見たらすぐ分かる。
香織:隠してない……ということは、殺した後に自首することは前々から決まってたんですね?
勝雄:ああ、アイツを殺してやりたかったのは事実だし、それが犯罪であることも重々承知してる。罪は罰せられるべきだと思うから、自首した。
香織:それだけ理解がある上で何故、犯行に及んだのですか?
勝雄:所謂、動機ってやつですか……まぁ平たく言えば"復讐"です。
香織:何に対する?
勝雄:お巡りさん、俺ね、2年前に親父を殺されたんだ。アイツに。だからその復讐。
香織:父を殺された復讐……どういうことですか?
勝雄:2年前、就職したばかりの俺はゴールデンウィークに親父とちょっとした旅行に行ったのさ。場所は箱根、強羅にある「ホテル花山家」。
香織:……
勝雄:ホテルでチェックインして、部屋に荷物置いて、その後、俺たちは別れて……その次に親父を見た時は死んでたよ。
香織:どういうことです?全く話が見えません。
勝雄:俺はホテルの外で親父を待ってたんだ。そしたら救急隊員が親父を運んできた!……その親父の手に持ってた知らないバッグに、アイツの写真が入った財布を見つけたんだ!
香織:……死んだ貴方の父親が持っていたバッグ。そこに入っていた写真の人物が高橋 勇一さん。でもそれでは犯人とは
勝雄:(食い気味)分かるさ!俺には分かる……親父はきっと……無惨に殺されたんだ……俺は1年半、掛けてようやくアイツの居場所を見つけた!
香織:警察でもない貴方がどうやって?
勝雄:確かに俺はあんたらみたいな優秀な警察官じゃない。だから苦労したさ……
香織:……
勝雄:そこから半年はアイツの行動パターンを知るために尾行やら何やら色々とした。それで今日……
香織:……貴方の話には不鮮明な部分があります。
勝雄:必要なことは喋った。あとは優秀な警察官殿が調べてくれよ……
―数十日後―
(取調室のドアが開く)
勝雄:またアンタか……自首してすぐ裁判って訳じゃないんだな。拘置所は狭いし何も音沙汰ないから忘れられてると思った。
香織:それは難儀でしたね。
勝雄:で、なんでまた呼んだ?必要なことは喋った。
香織:いいえ、貴方は重要なことを話してない。そして知らない。
勝雄:話してない……というのはわかる。けど知らないとは?
香織:我々、警察は貴方を"高橋 勇一殺害の罪"では起訴できなくなりました。
勝雄:は?どういうことだ?俺は話したし、死体もある。何も足らないものは無いはずだ。
香織:野村 勝雄さん、貴方を"高橋 優二殺害の罪"で再逮捕します。
勝雄:優二……アイツの弟の?いや、おかしい!俺は間違いなく勇一を殺した!
香織:貴方、勇一さんと優二さんが一緒に住んでいたことは知っていましたか?
勇一:ああ、もちろんだ。半年もアイツを見ていたからな。アイツには瓜二つの、所謂、一卵性双生児だってことは知ってる。けどアイツらを間違えるほど馬鹿じゃない!
香織:一卵性双生児を見分けるのは、難しいこと。一般人であればその差に気づくことは難しい。けど貴方は綿密に調べたおかげで見分けが着いた。間違えるはずもない。
勝雄:ああそうだ。アイツらのことはアンタらよりも知ってる!
香織:むしろ、だからこそ間違えたのかもしれないですね。
勝雄:どういうことだ?
香織:これは2人の自宅から見つかった弟の優二さんの日記。几帳面でマメな方だったんでしょう。2年前に旅行に行った、その細かい内容までもが記されていました。
―2年前の箱根にシーンが変わる―
優二:勇一、いつまでスマホいじってるのさ。予定は待ってはくれないんだよ?
勇一:そう言うなよ〜。旅行ってのは予定キチキチに詰めても疲れるだけ。ゆる〜く行くくらいがいいのさ。
優二:だからってホテルに着くなり20分もスマホにかじりつくのは、どうなの?
勇一:俺がスマホにかじりついているんじゃない、スマホが俺を離してくれないのさ!
優二:何バカ言って……ん?
勇一:どうした優二?
優二:なんか、外が騒がしくない?僕ちょっと見てくる。
勇一:うぃ〜。
間
優二:勇一!た、大変!火事!火事だよ!
勇一:火事ぃ?そんなことあるわけ
優二:(食い気味に)シャレにならないくらい規模が大きいんだよ!早く逃げるよ!!
勇一:……マジ?よし早く逃げよう。あ待って!その前に……
優二:何してるんだよ!早く!
勇一:カバンだけは持っとかないと!
優二:ショルダーバッグごとき置いていきなよもう!!
(轟音と共にホテルが揺れる)
勇一:ゴホッ……ゴホッゴホッ……一体何が起きたんだよ……
優二:大丈夫、勇一?どうやら爆発が起きて建物が崩れ始めてるみたい。早く逃げよう!
勇一:お、おう!
正雄:おーい!誰かいるかぁ!?
優二:はい!!ここに二人!!
正雄:こっちの非常階段は崩れて使えない!向こうの階段から降りよう!さ、早く!
勇一:わ、分かりました!
(シーンが現代に戻る)
香織:2年前のゴールデンウィーク、箱根、ホテル花山家……あなたはピースを渡してくれたのに、私はそれに気づけなかった。
勝雄:……
香織:2年前の5月3日、箱根にあるホテル花山家の火災による倒壊事故。死者3名、負傷者21名。火災の原因は老朽化によるガス管の破損と経営難による管理不足。
あの時、貴方と貴方のお父様、野村 正雄さんはそのホテルに居た。……そして、高橋 勇一さんと優二さんも。推察するにチェックインして部屋に入った直後、火災が発生したのでしょう。そして2人は避難途中で正雄さんに出会った。
(2年前のシーンに戻る)
正雄:こっちもダメだ。他に道は!?
優二:視界が悪くて……何も。
勇一:瓦礫とかどかせば逃げれないか?
優二:やめなよ!崩れるよ!!
勇一:分かってるって。
正雄:……!!危ない!!!
勇一:え?うわっ!!
(現代)
香織:倒壊が進み、勇一さんの頭上が崩れた。本人はそれに気付かず、唯一気付いていた正雄さんが彼を押しのけ……瓦礫の下敷きになった。
勝雄:……ああ、救助隊に聞いた話だと、親父は即死だったらしい。俺もオヤジを見た時は、とても親父とは思えないほどの状態だった。……けど、その話、優二の日記に書いてある内容なんだよな?ということは作り話かもしれないぜ。少なくとも俺は信じない。そんな内容が書いてあること自体おかしい!
香織:確かにこれは映像や音声ではありません。人が書いたものです。しかし、こんなに細かく内容が書かれ、その事故を覚えてなかった私でさえその状況が想像出来る。こんな内容が書けるのは超有名作家くらいでしょう。
勝雄:何が言いたい?
香織:私はこの日記が持つリアリティこそ、内容が事実である証拠になると考えます。
勝雄:天下の警察様にしては随分と弱い証拠だな。
香織:この日記にはまだ先があります。
勝雄:……は?
香織:事故から生還した後、2人は日常に戻ろうとしていた。しかし、勇一さんはそうは行かなかった。帰ってから1週間ほど、不安定な状態だったようです。
(2年前、事故から数日間)
勇一:俺のせいで……俺のせいで……
優二:勇一のせいじゃないよ、あれは事故だから……
勇一:でも……俺が居なければ……俺がいなければあの人は……!
(現代)
香織:勇一さんは自分のせいで正雄さんが死んだと、罪に苦しんでいたようです。
勝雄:……
香織:そしてここから、優二さんに何かが起こった。内容から察するに勇一さんが自殺したようです。
勝雄:自殺……だって……!?
香織:はい。捜査の結果、2人の自宅から勇一さんの遺体が見つかりました。
勝雄:待て待て!旅行後の2週間そこらってことは死んでから2年経ってるんだろ!?異臭なり腐食なりするだろ!
香織:例えばそれが冷凍されてたとしたら?
勝雄:冷凍……?
香織:そう、どういう手順でそうなったかは分かりませんが、勇一さんの遺体は解体され冷凍庫に入れられていました。状況から察するに優二さんが行ったものだと考えられます。いえ、正確には優二さんかさえ分かりませんが……
勝雄:なんだそれ……どういうことだ?
香織:優二さんは恐らく解離性同一性障害を発症したのだと考えられます。
勝雄:解離性同一性障害?
香織:はい、所謂、多重人格と呼ばれるものです。優二さんは兄の勇一さんが亡くなったことに耐えきれず、精神が不安定になってしまったのでしょう。その結果、自分の中に勇一さんの人格を形成することにより安定を測ったと考えられます。
勝雄:……っ!ま、まさか!?
香織:恐らくお察しの通りだと思います。優二さんは、優二さんとしても勇一さんとしても生きていたのです。つまり1人で2役の生活を送っていたのです。それが完璧すぎたが故に、調べ尽くした貴方は間違えてしまったのです。
勝雄:ということは、俺が勇一と思って殺した人間は、優二だったということなのか……
香織:その通りです。
勝雄:……まさか、そんな事が……
香織:まさか、こんなにも複雑な事件だったとは……しかし唯一、良かったのは、貴方が自首したことです。
勝雄:……どういうことだ?
香織:どんな理由があっても人は殺してなりません。しかし貴方はそれでもなお殺した。ですが、罰を受ける覚悟はしていた。罪を償う機会を失わずに済んだのです。
勝雄:……
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香織M:現在の日本は法治国家です。法で律し、間違いを犯せば罪になり、罰が下されます。今回の事件、野村 勝雄さんの罪は小さいものではありません。しかし私はこれを通して"罪とはなにか"を考えました。
幽霊が居るかどうかという話は置いといて、もし仮に野村 正雄さんの魂がここにあったら、家族を残して死んでしまったことに罪を感じていたでしょう。
高橋 勇一さんの魂があれば、唯一の兄弟を亡くした弟さんに申し訳なく、罪を感じていたでしょう。
高橋 優二さんが生きていれば、死体遺棄の罪が問われます。しかしそれは本当に罪と言えるのでしょうか。法律違反と罪は全くイコールで考えて良いのでしょうか。
そして野村 勝雄さんは、これからどう罪を償っていくのでしょうか。
罪は、罪は何処に。