表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

第0-5話:戦略地図

 オレは現在、魔王城(デーモンフォートレス)防衛戦(タワーディフェンス)を余儀なくされている。それとこれと言うのも、一向宗の奴らが頼みもしないのにオレの城に攻め寄せてきたからであり、その上奴らが、勝てないと分かっているくせにオレの城の前に居座り続けているからである。まぁ、装備の質と量の両面においてミジンコ並に劣る包囲軍を、積極的に殲滅しようとしないオレにもその原因の一分くらいはあるかもしれないが……いずれにしても早くそこをどいてもらいたいものだ。オレにとっては危険は少ないかもしれないが何しろ、鬱陶しいことこの上ない。


 そういう訳でただいまは籠城戦の最中である。尤も、籠城と言っても城内にあって悲壮感は全くない。食料や武器弾薬には余裕があるし、補給線も確保されている。その上更には『勇者』の『魔道具』まで存在するのであれば、城兵にとって憂うるべきものは何もないのだ。そのことは、既に緒戦の戦果が雄弁に物語っていよう。オレのガトリングは1,500程の敵兵を薙ぎ払った一方で、味方にはただ1名の軽症者すら出していないのである。サッカーに例えれば、開始5分で20得点を挙げてコールドゲームを勝ち取ったようなものであろうか。尤もオレはサッカーにコールドゲームという制度が存在するか否かを知らないのではあるが、少なくともこの、現実の戦場にあってはそのようなルールは存在しないことを知っている。思えば、戦争にあって自ら『勝つ』ことはできないのである。戦場でプレーヤーに与えられている能動的選択肢はただひとつ、『敗ける』ことのみであろう。逆説的に言えば、相手が敗けない限りこちらは勝てない、とつまりはそういうことであり、オレが籠城戦を続ける所以である。


 そもそも戦場にあって城に籠もるという選択肢の本質的な戦略的意義は時間稼ぎにある。援軍到着までの時間を稼ぐか、あるいは敵をして包囲を諦めさせるか。逆に包囲軍から見た攻城戦とは、籠城軍との我慢比べである。防御側が諦めて降伏するか、あるいはやはり援軍の到着を待って決戦を挑むか。


「参謀総長、戦略地図を」

 だからオレ達にはまず、双方にとって援軍となり得る勢力を見極める必要があろう。オレは、「天下布武」の号令をもって全国に派遣された旧魔王軍の各方面軍を撃破する過程において、各地域毎に覇権を唱える勢力と、時には協力し時には一戦交えながら我が軍門に従えてきた。それらの勢力のうち、あるいは再び敵方につく可能性のある勢力はどれであるのか、見極めておかねばなるまい。

「御意」

 短い返答の後に一礼して戦闘指揮所を後にした参謀総長は、しばらくすると階下の参謀本部から地図を携えて戻ってきた。数人の参謀も引き連れてきたところを見ると、参謀総長はオレの意を正確に理解しているものと見える。


 オレには3種類の地図が用意されていた。無論、伊能忠敬がこの国の精緻な国土地理図を製作するのは、まだ200年以上も先の話であるから、オレの持つそれらは正確な地理地形図などではない。単にこの王城を中心に各勢力の拠点をプロットし、それらの拠点間をメッシュ状に繋げた線図を『戦略地図』と呼んでいるだけのものである。オレの地図では王城と各拠点は円で表されている。そして各拠点の座標は王城からの距離と方位を基準に指示されており、またその勢力の大きさに比して円径が定められている。ただそれだけのものだ。


 オレの地図が通常の地形図と異なる最大のポイントは、各拠点間の距離は物理的距離ではなく時間的距離に基づき描かれていることである。そして時間的距離とは……そう、お気づきの通り、それは季節によって変化するものなのだ。


 つまりオレの3種類の地図とは、湿潤季、乾燥季、および冬季に合わせて距離を書き換えたものに他ならない。湿潤季のこの国の平地は、ほぼ全て水田となっているであろう。これは田が全て刈り取られた時期に比すれば、その行軍速度は2/3程度に低下する。つまり、湿潤季における平地は乾燥季の1.5倍にその距離が伸びることになるのだ。また冬季に関しては言うまでもあるまい。この国の特に北陸・奥州方面は、冬季にはほぼ進軍不可、すなわち時間的距離は無限遠-現実的には雪解けを待つ-になるため、地図上では破線でこれを描き表すことにしている。


 参謀総長はそれら3種類の戦略地図の中から、乾燥季用の地図を携えてきた。今は9月。田の水は全て抜かれており進軍には都合が良い季節だ。ただし……刈り取り前の稲がみな被害に逢うことを考えれば、この時期の大規模な進軍は、この時代のこの国の武将であれば皆、これを控えることが常であった。尤も、兵農分離が進んでいないこの時代にあっては、刈り取り時に農民を徴兵できないという制約もあったことであろう。一方で今オレの城を囲んでいる連中は、宗教集団であるからこそそのような事情を圧して兵を集め得たとも言えるが、そのような軍勢だからこそ逆に、オレの城下に青田刈りのような手荒な真似をしないでくれていることがありがたかった。恐らく奴らのうちの多くは、この近江やあるいは近国の出身なのであろう。戦が終われば故郷に帰るのが農民兵士の常であれば、親戚知人の田に手荒な真似などできようはずもないのだから。武断派信徒とは言え末端の戦闘員とは、所詮はそのようなものであろう。


「まずは穏健派の動きはどうか?」

 オレの発する問いに、参謀本部員の1人が参謀総長に視線を送ったようであった。名を乱丸と言うその参謀は、石山本願寺開城にあってはその交渉役を担っていたらしい。乱丸は謂わば、我が軍における一向宗担当諜報参謀とでもいうところであろうか。一向宗信徒どものうち開城に最後まで抵抗していたのが、今城下にある武断派どもであると言う。一方の顕如率いる穏健派は果たして、此度の挙兵に呼応する動きを見せるのか否か。参謀総長の無言の頷きの後、乱丸はオレに向き直り、言を挙げる。


「参謀総長のお許しを得て、陛下に申し上げます」

 まだ初々しい-とは言ってもオレと同い年なのではあるが-儀礼交換の後、乱丸は説明を始めた。

「此度の武断派の動きについて、顕如殿は快く思ってはいない様子。退隠する雑賀御坊にあって信徒どもには、教如殿に与せぬよう触れておると聞いております」

 まぁ、オレの想像通りの回答ではある。今更オレに逆らったところで勝ち目がないことを、顕如の奴はよく承知しているのであろう。いくら武断派の頭目である教如が「仏敵、誅すべし」などと叫んだところで、神仏のご加護など現世の物理法則に影響を与え得ないことは明らか。何しろ奴らの唱えるお題目など、オレの持つ勇者の魔法とはその根本から違うのである。そうであれば教如にとっては、せいぜい今城下にいる信徒どもを搔き集めるのがせいぜいのところであったろう。


「うむ、相分かった」

 そうオレが謝意を述べると、シャイな乱丸は心持ち顔を赤めながら俯く。いやいやだから、絶世の美少年にその表情は反則であろう。いや、美少年と言ってもオレと同い年ではあるから既に青年ではあるし、オレもそう、自分で言うのも何だが、そんなに悪い方では無いとは思うのだ。だが、しかし……いや、少なくとも依音であれば、オレに軍配えを挙げてくれるに違いないのだ……

 思考が脱線しかけていることを流石に自覚しながら、表面上はまるで何事もなかったかのように振る舞い続けなければならないことをオレは知っている。だから本題に立ち返ろう。まずは一向宗から加勢に加わる者が無いとすれば、次に考慮すべきは各地の大名どもの動静であろうか。気を引き締め直したオレは、引き続き参謀総長に問いを投げる。

「さらば、各地はどうであるか?」


「九州の地はまず安泰にあり候」

 参謀総長の言に他の参謀本部員達が無言で頷く。流石にこの時代のオレの出身地までがオレの敵に廻るとは思われない。何しろ九州豊後の地にはご隠居様宗麟殿や御館様義統殿がいる。今ここで彼らがオレを裏切るとすれば、それは彼らの積年の努力を水泡に帰すだけのことであろう。また、オレが先に発した御内書は九州の大名どもに、大学(コレジオ)修道院(セミナリオ)の設立と少年使節団の派遣を促したが、彼らはそれに良く応えてくれたのである。少なくとも北部九州はこのオレが、足利16代将軍として立った時よりその威に伏している状態にある、と言えよう。また、大友家とは旧くから因縁のある竜造寺家、島津家に対してさえも今や、『勇者』の『魔法』は相応の効果を発揮しているようであった。つまりのところ、まずは九州の地から遠路はるばる、一向宗どもの加勢に上ってくる勢力はなさそうである、ということだ。


「北陸は景勝、東海東山は氏政に預けおけば、まずは安泰と言えようか?」

 北陸方面は先の魔王城下決戦にも馳せ参じた景勝が抑えているのであるから、オレとしても心配の種はひとつも思い浮かばない。また関東平定に当たっては、小田原の氏政がよく協力してくれたものであった。彼らが一向宗の誘いに応じてオレに反旗を翻すなどとは到底考えにくい。しかしそのようなオレの問いに対し、参謀総長は心なしか目を伏せたようである。

「参謀総長には何か懸念があるなら申すがよい」

「北陸・東山にあっては御意の通りにあり候へども、家康の動きには尚、お気をつけ遊ばされるのが……」


 今や東海一の弓取りとまで称されるようになった家康である。先の魔王城下決戦にあっては我が軍に同行こそしなかったものの、オレが自ら率いる勇者軍本体が家康領内を通過するに際して彼は、一切の妨害行為を及ぼさなかったばかりか、補給その他兵站の面では協力的に振舞ってもいた。尤も、後世にあって狸親父と評されるだけあり、家康に対する過大な信用や過小な評価が禁物であることは、参謀総長が指摘する通りであろう。

「うむ……委細参謀総長に任せる」

「御意」

 参謀総長はオレに返答しつつ、彼の部下達に視線をやる。この後参謀本部では、東海方面での諜報偵察作戦について検討することになるであろう。


「奥州はどうか?」

 オレの問いに参謀総長が、今度は間髪入れずに返答する。

「仮に彼奴が動いたとせよ、景勝、氏政がこれに当たらば、陛下の御心を騒がすには及ばず」

 参謀総長には余程の自信があるのだろうが、まぁ、そうであろう。奥州からこの王城に攻め寄せるには、物理的にも時間的にも距離があり過ぎる。仮に王城までたどり着く頃には奥州は、既に雪に閉ざされていることであろう。そして例えどの道を進軍したとしても、敵が景勝と氏政の挟撃に合うことは必定なのだ。仮に東海の家康と連携したなら……その時は家康の後背を景勝に襲わせてもよいし、オレ自ら出陣して潜在的な敵性大名どもを一網打尽にしてもよい。政宗は天下を狙える逸材であったと後世の歴史家の多くが評するが、彼にとっては不幸なことに、彼は生まれる時と場所を間違えたのだ。無論それは、彼自身が選んだ結果そうであった訳ではないのだが……21世紀流に言えば正しく政宗は、親ガチャに失敗した天才、というべきであろう。


「さらば、余の意に沿わぬ者があるとせば、そはすなわち……」

 これも自明なのではあるが、流石に未だ背いてはいない者どもの実名を挙げることには多少の憚りを覚えたものか、珍しく参謀総長が言い淀む。参謀総長も近頃は、少しく渡世の義理人情に目覚めたものらしい。

「中国の毛利、あるいは四国の長曾我部あたりにあり候か」

 毛利との因縁について話が聞きたければ、それこそ少なくとも三日三晩はオレに付き合う覚悟をしてもらう必要がある。要するにそれだけ、毛利との間には長くて深い因縁の歴史があるのだ。オレが第16代足利将軍として立ってからでさえ、少なくとも2度は大規模な戦闘を行っているほどなのだから。そして何より毛利家は、第15代将軍足利義昭-オレにとっては伯父にあたる-を今だにその領内に匿っているのだ。


 今や将軍としての権威も権力も持たないというのに、義昭の奴は相も変わらず、未練たらしく(自称)御内書などを発給しているらしい。奴が己の精神世界に閉じこもり奴だけの異世界にあって主人公(将軍)異能(権能)を発揮するのであれば、オレとしてはそのことを咎めるつもりは毛頭無い。しかし現実世界でもそれを振り回したいと言うならば、見ているオレとしてはむしろ痛々しく感じてしまうというものである。何しろそれは、14歳時の俺と15歳時のオレが詠唱しながら右手を突き出した、あの日の感情をまざまざとオレに思い起こさせるのだ。そう。妄想世界では如意であった我が異能の悉くが、現実世界では左に非ずと知った時の、あの口惜しさと気恥ずかしさと苦々しさと、を……少なくともそれは、50を過ぎた男のすることではなかろう。


「三好の残党どもはいかに?」

 苦々しさついでにオレは、その名を挙げることすら汚らわしい者どもの動静をも問うことにした。そう、三好衆はオレの実の父親、第13代将軍義輝を弑逆し、天下を混乱に貶めた張本人達である。義昭奴が策動(妄想)するのであれば、毛利、長曾我部、そして三好の残党辺りへの接触を試みることであろう。奴らはいずれも、かつては石山本願寺と連動していた勢力なのだから。であれば此度の武断派の挙兵に際し奴らが何らかの後援を謀っていたとしても、オレは少しも驚かない。このオレの疑念に対し、かつてはうちの参謀総長の右筆を務めていたという友閑が発言を求める。友閑は過去にこれらの者どもとの折衝を務めていた経験を有するだけに、オレとしてもその見解には大なる信頼を寄せている。


「毛利、長曾我部、三好一党、いずれの勢力にあっても此度は動かぬ方針にある様子」

 オレは友閑の返答に満足した。既にオレと戦火を交えた毛利であれば、軽挙妄動などはすまい。そう、此度の武断派による挙兵は軽挙と言わざるを得ないのだ。まずもって政略的に、奴らが目的とするところが曖昧である。奴らは一体何のために開戦したのであるか。次に戦略的に見れば、奴らの戦力は王城を落とすには全く足りない。質的に言っても量的に言っても、だ。単に奴らは感情的に、つまりはオレが憎いがためだけに兵を動かしたのである。そんな軍勢に勝ち目を与えるほど、戦の女神も酔狂ではなかろう。曰く、天は自ら助ける者を助く。毛利も長曾我部も、あるいは三好ですら今や、魔王憎しの感情だけで一向宗信徒どもと運命を共にする気などはさらさら持ち合わせておらぬ、というところであろう。

「重畳である。だが、引き続き監視を怠らぬよう」

 目礼して拝命を表す友閑に満足しつつ、オレは自問した。

「いずれ攻め寄せるるつもりにあらば、奴らはそれ相応の覚悟を必要としような」


 勝ちたければまず、勝つための準備をするがよい。それがオレの結論である。天然の要害に立ち勇者の魔法が迎え撃つ、今や世界一堅固な要塞と化したオレの王城を攻め落とすのだ。それも短期の間に。そうでなければ敵勢は、九州、北陸、関東にあるオレの援軍との間に挟撃されることになろう。相応の兵と覚悟を用意しなければ、この城を落とすことは叶うまい。

「御意」

 参謀総長を始め、その場にいる全ての参謀本部員が一斉に賛意を告げる。従順そうに頭をさげる参謀総長にの姿に、オレはつい悪戯心を擽られた。

「参謀総長、オマエにその気あらば、いつ余を裏切ってもよいのだぞ。あ奴らのように」

 政戦両略の面ではオレがこの世で最も信を置く男は、更に深々と頭を下げながら返辞を寄越す。

「陛下、お戯れを……陛下の魔法にあっては我など敵せぬこと、3年前によくこれを悟り候へば……」

「あぁ、そうだったな……オレとオマエが組めばこそ、であったな」

「御意の通りに候」

 余人を以って替え難い、とはまこと参謀総長のような存在を指すべきであることを、オレは知っている。だからオレは、自身の悪戯けを謝した。

「頼りにしているぞ、参謀総長」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ