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第0-4話:籠城戦という名の平和な日常

 第一次突撃から2週間、敵の動きに変化はなかった。


「魔王、滅すべし」

「仏敵、誅すべし」


 相も変わらずシュプレヒコールだけは勇ましいが、流石に敵も魔道具『ガトリング』と『サーチライト』に恐れをなしたのであろう。アレ以来、積極的に攻めてくる様子は見られない。そうであればさっそと陣を引き払えばよいものを、そうもいかないところを見るに、法界と言えどもいずれ俗界と変わりはないらしい。このまま唯々(おめおめ)と引き下がっては教団内部での出世争いにでも差し障るのであろう。とは言え無策に突撃を繰り返しあたら無駄に信徒を散らすことも-例え彼ら教団幹部達から見れば信徒の命など鴻毛より軽かろうとも-己の無能をさらすばかりで上策とは言えまい。結果として敵将は、無為な滞陣に持久戦という美名を与えて今日に至るという訳だ。


 かくしてオレ達は今、籠城戦の最中にある。残念なことではあるが、この戦を続けるのか或いは終わらせるのか、その決定権は攻城側にだけ存在する。すなわち敵が退けばこの戦は終了し、敵が退かなければ戦は続く、ただそれだけのことである。防衛側に終戦のイニシアチブなど存在しない。いや、正確に言えばオレにはひとつだけ選択肢がある。それは「敵の軍門に降る」という選択肢なのだが、無論オレにはそんな選択をするつもりはないし、その必要がない。従って今のオレは、不本意ながら敵の滞陣に付き合わざるを得ないのである。


「おまえさま、この戦はいつ終わるのじゃ?」

 依音が可愛らしい声でオレに問う。始めの頃は怯えた小動物のように震えていたオレの嫁ではあるが、2週間もすれば馴れてもくるのであろう。温室育ちの15の小娘でさえ気が緩むものであれば、この時代の野蛮な城兵達など推して知るべし。後で参謀総長には改めて注意喚起しておくこととしよう。そんなことを考えながら、依音には別のことを言う。

「まぁ、残念ながら敵が諦めてくれるのを待つより他に、オレには成すべきことはないのだ」

「おまえさまの魔道具でも?」

 『勇者』の『魔法』という建付けは、嫁にもしっかり浸透している。が……無論、万能道具などこの世に存在しない。

「あぁ……敵将をして攻城を諦めさせようなど、かような魔道具はいかなオレでも……」


 そう、オレの魔道具とは所詮、21世紀の工業製品のプロトモデル(パチ物)に過ぎない。怪電波か何かを発して敵将を洗脳し継戦を断念させる。そのような装置があれば、それこそが本物の魔道具であろう。無論そんなもの、オレにはその基本理論すら思い浮かばない。

「されどあの、何と申したか……そうじゃ、『ガトリン』があらば……」

 オレは少し気落ちしたような表情でも見せていたのであろうか。嫁はオレの手を取り、オレを励ますかのように両の手でしっかりと握ってくれた。それはそれで嬉しいのだが、残念なことにガトリングはこの際、解決策にはならないのである。


 そう、実はオレには「防衛側から積極的に打って出る」という選択肢もあるのだが、その選択は少なからぬ味方の損害と、多大なる敵の損害をもたらすことをオレは知っている。そしてその損害とは、その敵味方の別を問わず全て、オレの臣民の犠牲を意味することも……オレはこの国の王であり、オレにはこの国の全ての民の生命と財産と自由とを守ってやる義務がある。例え今は敵陣にあるとは言え、あたらその命を奪うことはオレの欲するところのものではない。従って、籠城戦など本来オレにとっては時間の無駄の最たるものでしかないのだが、しかし今のところはそれに甘んじる以外に法がなかったのである。


「戦というのはなかなかどうして、始めるに易く終わるに難いものよ」

 オレの内心の葛藤を理解したものか。依音は時折するどいことを言う。

「おまえさまは勇者なのに、人を殺すのは怖いのか?」

 意外なものを見るかのように両の眼を大きく見拡げるうちの嫁に、少なくとも参謀総長などにはとても言えない本音を、オレは漏らした。

「そう……あまり殺したくはない、な……」


 オレは勇者であり武人であると同時に、俺は軍人でもあった。つまりはオレも俺も、人を殺すことを生業として生きてきたのである。指揮官として、あるいはパイロットとして、これまでオレは、既に多くの人の命を奪ってきた。しかしだからと言って、人の死を愉悦だと感じたことはないし、正直に言えば今でもそれは恐ろしい。

「少なくとも、馴れたくはないものだな……」

 あるいは「中世人は野蛮であった」等と評価する者も後世にはいる。21世紀に比すれば人権意識が著しく遅れ、殺人などは日常茶飯事であった時代-換言すれば、奪うことなしには生きていけない時代-にあっては、オレのこの感傷は軟弱の誹りを免れないものでもあろう。しかし、どんな時でもオレの嫁だけは、オレの味方でいてくれるものと見える。

「おまえさまの優しいところも、妾は好いておるのじゃ」

 オレは礼を述べるかわりに嫁の小さい頭を撫でてやる。そうしてしばしの間嫁を愛でることを楽しんだ後、オレは自問する。

「しかし実際のところ、どうしたものか……」


 城を包囲する敵将に攻城を諦めさせるためにはどうするべきか。この際は敵が一向宗徒であることが面倒であった。


 石山本願寺開城以来、真宗は穏健派と武断派に分裂しているという。そのうち、今日オレの城に攻め寄せているのは恐らく武断派の方であろう。彼らには拠点と呼ぶべきものがない。越前、加賀、伊勢、摂津、三河……「南無阿弥陀仏を唱え、魔王を斃せば極楽浄土に行ける」等と謳って各地を巡り、純真な一向宗徒らを唆して挙兵しているのが奴らの実情であろう。いわば21世紀的な表現をすればゲリラ兵団である。このような戦術を採る相手に対して正攻法は効かない。21世紀におけるあの大国の正規兵ですら、ゲリラ兵には手を焼いているのだから。


 例えば、敵兵を城に拘置する隙に敵本拠地を突く-あるいはそう見せかける-という戦術があり得る。しかし、そもそも敵の本拠地が不定なのであればこの戦術が意味を成さないのは自明である。あるいは援軍の来着を待って挟撃するーあるいは敵の撤退を促す-という戦術もあるが同様だ。援軍が近づけば散り、援軍が離れればまた集まるのがゲリラ戦術の本質だ。


 また、仮に今オレの城を囲む全ての門徒らを殲滅したとしても、敵将は各地で新たに徴兵し、再度立ち向かってくるだけのことであろう。要するに、まことに面倒なことこの上ない。そもそも彼らには政治的要求があるようでないのだ。戦争とは本来政治の延長にあるべきものだが、要求がそもそも無いのであれば如何ともし難い。奴らの主張は「魔王、滅すべし」、ただこれだけである。魔王、と彼らが呼ぶところのオレとの共存を彼らが望まないのであれば、政治的、外交的決着のつけようが無いではないか。


「無視する、なんてことは流石に……」

 依音の顔を見ながらオレは呟く。

「おまえさまのことを魔王などと……あないな音声、妾も聞きとうはないのじゃ」

 官庁街でシュプレヒコールを揚げるデモ隊に対し無視を決め込む……少なくとも依音にはそのように可哀そうな真似はさせたくない。例えSPの警護が身辺の安全を保証していたとしても、あれはあれで為政者どもには心労の種となろう。だから早く包囲を解かせたいものではあるのだが、今のところその策はオレの手の中にはない。

「すまないな、依音。今しばし、我慢してもらうより他に……そうだ、代わりに今宵は、オレが馳走を振舞ってやろう」

 依音の目の中に、無数の星が輝いて見えたようで微笑ましい。正直に言えばオレは、美味いものを食う時の依音の顔が一番好きなのである。世の中に、こんなに幸せそうな笑顔があることを、オレも俺も、つい最近までは知らなかったのだ。そして、21世紀の調理法を16世紀の食材にアレンジしたオレの料理レパートリーは、今のところハズレがない。オレと依音には専属の料理人がいるのではあるが、こうしてたまには手料理を振舞ってやるのも悪くない。


「今宵のメニューは何であろか?」

 メニューなどという、この時代には相応しからぬ単語が依音の口を突いて出る。

「しし肉の変わり揚げ等どうであろう?」

 要するにイノシシ肉のトンカツもどきである。この辺りで獲れたイノシシ肉に塩コショウで下味をつける。無論こんな時のために、オレはフレデリコ-例のヴァリニャーノ神父につけさせたイエズス会の男だ-から胡椒も手に入れていた。小麦粉の替わりに米粉を振るったら鶏卵にくぐらせ、パン粉替わりに胡桃-だから替わり揚げという-をまぶす。イノシシ肉の脂身から取った脂-要するに自家製ラードだ-で揚げればトンカツもどきの出来上がり。この時代のメニューは単調な味付けのものが多いから、揚げ物なんかはことのほか、依音からの評判が良い。

「カボスも合うであろか?」

 揚げ物にはいつも、豊後特産のカボスを付けてやっている。レモンとは一味違うその酸味は、21世紀の味を知るオレの舌にも充分満足のいくものであった。

「あぁ、楽しみに待っておれ」


 こんな会話を楽しめるのも、籠城戦だと言うのにこの城には、あらゆる物資が豊富だからである。王城山全体を城域とするこの城では、木の実や野草、イノシシやシカなどの食料にはこと欠かない。しかし何よりも、三方を湖水に囲まれるこの城にあっては兵糧攻めなど、望むべくもないのだ。周囲全長3km以上に渡って湖水と接するこの城を水陸両面で完全包囲することなど、きっとオレにだってできっこないのだから。カボスだって胡椒だって、あるいは石炭にしろ硝石にしろ、湖上水運を使えばいつでも容易に手に入れることができる。持久戦で不利なのはむしろ人数で勝る-食い扶持の多い-攻城側であるという事実に、敵将はいつ気づくことであろうか。


「美味いであろう?」

 両目をキラキラさせながら、嫁は無言でトンカツもどきに箸を進めている。その小さい口では食べにくかろうと、オレは一口大に切り分けてから供してやったのだが、どうやら依音は箸を持つ手が止まらないようである。オレの問いかけにちらりと目線をこちらにやった後、また次のトンカツに手を伸ばしている。

「しし肉にはイノシン酸が豊富で、体にもいいんだぞ」

 何切れめかの替わり揚げをようやく飲み込んだ依音が、オレに向かって可愛らしいことを言う。

「いのししさん? おまえさまも存外可愛らしいことを仰るのじゃな」

 味方からは『勇者』として畏怖され敵からは『魔王』と恐怖されるオレも、依音の前では形無しである。何しろ『ガトリング』は『ガトりん』に、『オルタナティブ』は『おるたー』になってしまう嫁に、オレはメロメロなのである。そして今日もまた、そんな依音語録に新しいページが付け足されたのである。


 敵将はどうやら、魔道具『スナイパーライフル』の射程距離外に幕を張っているようである。敵将を狙撃してこの戦にさっさとケリをつける、という訳には残念ながらいかないようだ。そうであればこの籠城戦、暫くの間はせめて楽しく、美味しく過ごしてやることとしよう。

「明日はマスの粉焼きなどはどうだ、依音?」

 防衛戦の指揮は参謀総長に任せておけば大過あるまい。明日は湖でマス釣りでもして、夕飯にはムニエルでも出してやろう。勇者にだって、たまには家族サービスも必要なのだ。

「……」

 今日のトンカツと明日のムニエルを思い比べたのであろう。うちの嫁は無言の笑みで明日のデートプランに賛同してくれた。

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