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第0-3話:魔道具『パワージェネレーター』

 オレに前世の記憶が蘇った8年前のあの日、オレはオレの出発点が筑豊地方にあることを神に感謝したものでる。何しろこの地では「燃える石」が採掘できるのだ。燃える石……そう、石炭のことである。


******************************


「参謀総長、魔道具『サーチライト』の使用を許可する」

「御意」

 オレの意を受けた参謀総長が、早速配下に下知しているようだ。参謀総長にはみなまで言わなくても意思が通じる。彼と彼の部下は存外優秀であるようだが、これは無論、平時から常に作戦研究をさせていることが奏功したと言える。とかく世の中、マニュアル嫌いが多いものではある-かく言うオレもだ。俺は家電の取説など読んだ試しがない-が、危機にあって重要なのはマニュアルと訓練である。緊急時に重要な判断を冷静に下せる者などそうはいないだろう。尤も、中にはそのような時にこそアドレナリンが沸騰してアイディアが湧出するような天才もおろうが、オレはオレの部下に天才など期待していない。ましてやオレ自身になど……だからこそ、平時のうちにマニュアルを作成し、訓練するのだ。仮に頭が真っ白になっても、マニュアルが頭の替わりを果たし、体が勝手に動いてくれることを期待して。


「陛下、用意が整いました」

 しばらくすると参謀総長から報告が上がってくる。既に現場では、サーチライトが魔導回路に接続されたらしい。

「魔力供給開始」

 そう言ってオレは、再び戦術指揮盤(コンソール)にある大型把手を手前に引く。三の丸外周が、サーチライトで一斉に照らされた様子がここからでも分かる。何しろ、城下が一斉にライトアップ-この場合はライトダウンと言うべきだろうか?-されるのであるから。夜襲に備えてかがり火を焚くような、オレはそのような16世紀流の警戒を好まない。見張り兵が走査するサーチライトは、夜陰に乗じて忍び寄る侵入者を悉く-文字通り-明るみに浮かび上がらせることであろう。


「敵はあるいは、魔道具『サーチライト』に恐れをなすか、と」

 参謀総長の言う通りのことを、オレも期待している。威力偵察と第一次突撃が失敗に終わった敵としては、恐らく次に考えることは夜襲であろう。そもそも城攻めには様々な方法があるが、堅固に守られた城塞に対して夜襲を掛けるというのは、攻城側からすればコストパフォーマンスに優れる方法だ。何しろ夜間は兵の数も少なく守備が手薄になる。加えてその数少ない稼働人数を、オレ達は寝ている兵どもを叩き起こすことにも振り分けねばならない。一方の攻める側は夜襲を予め知っている-当たり前だが-だけに、兵を事前に休ませておくこともできよう。つまり攻城側にとって夜襲とは、戦場において数の優位を容易に創り出す方法のひとつなのである。あるいはまた「毎晩のように夜襲を装う」という方法もある。防衛側はその都度総がかりで迎撃体制に就くことであろうが、その頃、これがブラフと知る攻城側の主力部隊はみなすやすやと夢の中、という訳である。いずれ防衛側の疲労度が極限に達したとき、攻城側は本命の夜襲を仕掛けるのであろう。防衛側の対応人数や対応の素早さなどを慎重に窺えば、ブラフの夜襲は防衛側の疲労度を図るテスターの役目も果たすことであろう。


 そこで魔道具『サーチライト』の登場である。仮に夜襲がブラフであれば、昼間の如しとも思しきサーチライトの明るさが、その偽りの姿をはっきりと映し出してくれるであろう。ブラフの夜襲とは周囲が暗いからこそ寡兵による効果を期待できるものであり、防衛側に見抜かれていると知れば、敵もその企図を放棄せざるを得まい。あるいは本当に夜間攻撃を行ってくるのであれば、その時は『ガトリング』が火を吹くだけのことである。『サーチライト』に照らされた攻城兵を薙ぎ払うことなど造作もない、とは敵の指揮官も既によく承知しているであろう。参謀総長の言う「敵はサーチライトに恐れをなす」とは、つまりはそういうことである。本命かあるいはブラフか、敵の夜襲の企図がどちらにあろうとも、既に敵は次に打つ手を失っているのだ。そうであればこちらは、仮に大敵に囲まれていようとも、枕を高くして眠れるというものだ。


「参謀総長。余は階下に引くゆえ、後のことは頼む」

 そう言ってオレは戦闘指揮所を離れることにした。実際のところはオレなどいなくても、通常の夜襲くらいであればオレの臣下がそれぞれのレベルにおいて適宜適切に対応することであろう。むしろ今は、初めての実戦に眠れぬ想いをしているであろうオレの嫁の側にいてやることの方が重要だ。何しろこれは、オレにしかできない任務(ミッション)なのだから。参謀総長の短い「御意」という返答を背中に聞いて、オレは階段を降りる。


「おまえさま。もうよろしいのか?」

「よろしいかよろしくないか、と聞かれたら……」

 不安そうに怯える嫁の顔をオレはしばらく堪能する。可愛い娘というものは、どのような表情をしていても可愛いものだ。例え怒っていても、あるいはまた泣いていたとしても……不安げな表情を浮かべる今の嫁の顔など、怯えてうずくまる小動物のように愛らしく、ついその頭に手をやってしまうではないか。

「よろしいに決まっておろう。依音が不安に思うことなど、ひとつもあるまいよ」


 無論、オレが最も好む嫁の表情はこれであるに違いない。この笑顔を見るためにオレは転生したと言っても過言では……あるかもしれないが、まぁ、転生して良かったと思えることは間違いない。21世紀に住むオレの友人達が今のオレ達を見たら「バカップル」と評するに違いないが、お陰様で16世紀の世にそのような言葉は無いのであるから、オレはしばし嫁の頭を撫でてやる。

「おまえさまが側にいてくれるのであれば、妾は安心じゃ」

 そう、確かにこれは政略結婚だ。そうではあるが正直なところを言えば、その相手が可愛い娘で良かった、とオレは心底思っている。何しろオレだってそれまで、その相手に会ったことなど無かったのだ。仮に嫁の器量が……えぇぃ、正直に言おう。21世紀の平等意識など糞喰らえだ。16世紀だって21世紀だって、可愛い娘は可愛いに決まってる。これは、人権意識など不在の政略結婚だ。例え嫁が可愛くなくとも、妻にするのが16世紀の政治というものであろう。だが! 嫁が可愛ければこそ、守ってやりたいとも思うし、幸せにしてやりたいとも思うのだ。そうだろぅ?


「されど、おまえさまを魔王と呼ぶ者が攻めてきておるのであろう? こないな処で妾と戯れていて……」

 依音の表情に再び浮かぶ不安を、オレは払拭してやらねばなるまい。だからオレは、敢えてゆっくりと説明してやることにした。

「あのな、依音。この部屋は夜だというのに尚明るいであろうが、理由はそなたも知っておるよな?」

「それは……おまえさまの作った魔道具『ルームライト』のお陰じゃ」

 そう。依音とオレの居室には、ルームライト-と言ってもただの裸電球だ-が設置されている。お陰で夜でもこうして依音の可愛い顔を愛でることができるというものだが、そのうち「おまえさま、恥ずかしいから明かりを……」などと言われるようになるのであろうか。頭に過ぎる邪な妄想を払いやって、オレは説明を続ける。


「そう、この『ルームライト』な。これを4つほど束ねて覆いを付けたらどうなると思う?」

 言われたことが想像つかないのであろう。依音は両の瞳に「?」マークを浮かべてオレの顔を伺う。

「まぁ、そうであろう。しばし待っておれ」

 そう言ってオレは依音の頭を軽く叩いてから、立ち上がる。

「おまえさま?」

 依音の不安そうな声に

「安心しろ。すぐ戻る」

 と言ったオレは、『サーチライト』のPOC(概念実証)モデルを探すため、2階の研究室に向かった。


 再び依音の部屋まで戻ったオレは、POCモデルを魔導回路に接続する。その試作品は、4つのルームライトを並行(パラレル)接続し、内側を鏡面磨きで仕上げた鋼板で全体を覆ったものである。オレはそいつを手にすると、ゆっくりと室内を照らすように走査した。

「おまえさま、室の隅々までこないに明るく……」

 ようやく依音にもオレの意図が通じたようである。

「これが魔道具『サーチライト』よ。実際にはもっと明るいが、要するにこうしてやれば……」

 オレは室の隅に侍る女官のいる辺りをわざと照らしてやった。「ひっ」という声が挙がる。

「暗闇に潜む者も炙り出されるということよ」

 女官には悪いがたまには、オレと依音の「バカップル」ぶりを間近で観察することの報いを受けてもらおうではないか。無論、それこそが彼女の仕事ではあり、これはオレの嫌がらせに過ぎないことをオレは充分承知しているのだが……いずれにせよ、依音にも『サーチライト』の威力は充分に理解できたであろう。オレの城に夜襲をかけることが如何に困難なことであるかも含めて。


「じゃが、おまえさま? おまえさまの魔力と申すは、尽きることが無いのか? あるいは、おまえさまが寝ている間は、おまえさまの魔力はどうなるのじゃ?」

 依音には『エネルギー』などという概念は無かろうが、それにしてもこの『魔力』と称するものが消費性のものであることを直感的に理解しているとは、依音もなかなかどうして、16世紀の人間にしておくには勿体ない。この世でオレにこの類の質問を浴びせたのは依音が2人目である。1人目はあの白髭の参謀総長であり、それ以外の者には思いもつかない概念なのであろう、これは。

「されば人払いを」

 部屋の隅から女官の気配が消える。あるいは彼女にはあらぬ誤解を与えたかもしれないが、オレはオレの可愛い嫁にだけは、オーバーテクノロジーの秘密の一端を教えてやることにした。そう、いつの世も夫婦の間に隠し事はしないことだ。無論、古今東西この約束が守られた試しはなく、且つは、小さな隠し事を示して大きな隠し事を秘匿することが夫婦円満の秘訣であることもオレは理解している。そうであればオレもその顰に倣い、小さな秘密-魔導回路-を示して大きな秘密-転生-を隠すこととしよう。


 それからオレはオレの魔導回路、すなわち電源回路について依音に話をしてやった。蒸気機関だのフレミングの法則だの、恐らく依音には全く理解の至らない内容ではあったろう。だが依音の眼が輝いて見えたのは、室内を明るく照らすルームライトのせいだけではあるまい、とオレは『期待』している。そう本当のところオレは、依音に「凄いね」の一言を言って欲しいだけであることを、よく自覚しているのだ。そんな時のオレの顔が、小学校に上がりたての男の子が九九を覚えて母親に褒められる時のように、甘え切った笑みを浮かべているであろうことも……


******************************


 オレには魔法の才能が無い。というよりは、オレの転生したこの世界に『魔法』は無かった。この世界が俺の住んでいた21世紀に直結する過去であるのか、あるいは別の、俺の住んでいた世界と極近似する並行世界のような存在のものなのか、正直なところそこは定かではない。しかし確実に言えることは、この世は俺の知っていた物理法則に支配されている、ということである。物を投げれば必ずニュートン力学に従って運動する。熱は必ず平衡して保存則に従う。鉄から金を作ることはできず、木を燃やせば煙が出て炭に変わる。あるいはオレに、例えば錬金魔法のようなスキルでも備わっていれば、オレは俺の知識を使って様々な発明品を簡単に作ることができたのかもしれない。しかし現実のオレにそのような才は無いのだ。無から物質を創り出すことも、無からエネルギーを生み出すことも、あるいは原子核の構造を操作することも、オレにはできない。そうであれば……俺の知識とこの時代の工業生産能力を擦り合わせて、未来の工業製品のプロトモデル(パチ物)を作るだけのことである。


 オレの城にある『ガトリング』も『サーチライト』も『ルームライト』も、これらは全て電力で動いている。魔導回路などと言うのは単なる修辞(レトリック)であり、オレが勇者として異能を持っていると、世に知らしめるための演出(パフォーマンス)に過ぎない。オレは発電機を製作しこれを動かすことで電力を作っている、というのが魔導回路なるものの真相である。


 幸い、16世紀のオレの故郷-筑豊地方-では石炭が、それこそ文字通り山のように採掘される。そしてこの城の三方は湖水に囲まれている。つまりこの城には、蒸気機関を動かすに足るだけの充分なエネルギーを供給することが可能なのである。そうであれば話は早い。オレは技術者(エンジニア)を集めて発電所を作らせることにした。石を加工して作らせた耐熱窯で石炭を燃焼させる。高温の排煙を取りまわす煙管を敷設し、ボイラーで熱交換して蒸気を発生させる。発生させた蒸気でタービンを廻して動力シャフトを駆動させ、直流発電機のローターを回すという寸法だ。発電機はガトリングやサーチライトなど、用途に応じて系統を分けてある。21世紀の機関と比べれば熱効率は大変劣るが、まぁ問題ない。この時代に環境問題をとやかく言う輩はいないのだから。効率が悪ければ発電機の数を増やし、石炭を多く消費するだけのことである。そう、先の依音の問いに答えるとすれば……オレの魔力は昼夜を問わず石炭を窯に放り込む人夫がいる限り、尽きることはないであろう。オレの城には蒸気機関発電所-魔道具『パワージェネレーター』と呼んでいる-が合計3箇所に設置されている。


 オレが最も恐れるべきは、この技術が外部に流出することである。だからオレはこの発電機を製作するに当たり、技術者達には自分の担当分野以外の情報に触れることのないよう、規制を徹底した。窯職人には窯だけ、ボイラー職人にはボイラーだけ、巻き線職人には巻き線だけ、という具合だ。思うに最初に伴天連由来の火縄銃を手にした種子島の領主は、この最新技術の全てを1人の職人に預けたことが間違いの始まりであったのではないだろうか。オレには職人どもを統括する手間がかかるが、その手間をかけた分、オレは安心を手に入れている。トレードオフの原則-これは物理法則ではないが-も、16世紀にあっても変わらぬ真理なのであろう。無論、技術者達をこの城の本丸に居住させていることは言うまでもない。


******************************


「さればおまえさま? 何故おまえさまは『だいれくと?』を選んだのじゃ?」

 例によってPOC(概念実証)モデルの発電機を見せながら発電の原理を依音に説明していたオレは、うっかり余計にも「電流には直流(ダイレクト)交流(オルタナティブ)がある」などと言ってしまったのだ。依音の質問は当然のものであろう。しかし依音には申し訳ないが、まぁここは適当なことを言ってお茶を濁すことにした。

「『ダイレクト』の方が響きがよかろう?」

 だが、この誤魔化しは不発だったようである。『オルタナティブ』が言えずに少し噛みながら、可愛らしい発音で嫁は交流の採用を主張する。

「そうであろうか? 妾には『おるたー?』も捨てがたいが……」

 そうオレは、本当は「凄いね」って依音に言って欲しかっただけだった。それでつい『交流』などと口を滑らせてしまったのだ。しかも悪いことに、直流を選択したのはオレの本意ではなかったのである。オレだって本当は……


 オレの発電機は直流型である。広い城内に直流電源網を張り巡らせることが本来好ましくないことは、無論オレでも知っている。可能であれば交流高圧電源を用意し、各需要ポイントで降圧して使うべきであろう。その方が効率が良いしバランスも取りやすく、その上安全でもあろう。しかし残念なことに、コンデンサを作ることのできないオレには交流モーターを作ること適わず、半導体を作ることのできないオレには交流直流変換装置(コンバータ)を作ることが適わなかった。従って、泣く泣くオレはオレの城の全てを直流電源システムにしたというのが真相なのだ。決して21世紀の最先端であるDCハウスを作りたかった訳ではない。同じような理由で、太陽光発電も製作できなければ、電子回路を使った各種制御装置なども夢のまた夢である。せいぜいが直流モーターを廻して電灯を灯し、リレー回路を組むのが精一杯ではあるが、この時代にあっては、まずはそれで充分であろう。


 依音に対するこれ以上の誤魔化しは無意味であるばかりか、傷口を余計に広げることになろう。謝るのであれば早目の方が良いことは、オレと俺の、合計すれば半世紀にも達しようかという人生経験が示している通りだ。ここは素直に話すことにしよう。

「依音、すまぬ。原理は分かっていようとも、オレには『交流(おるたー)』は作れないのだ。本当は依音にも……」

 オレが話終わらない前に依音は、オレの頬をその小さな両手で包んでくれた。

「おまえさまにも作れぬのであらば、きっと他の誰にも作れぬのであろう。されど妾は、いつかきっとおまえさまが、この世ではじめて妾にそれを見せてくれることを知っておるのじゃ」

「あぁ、きっと……約束しよう」

「うん」

 その約束を叶えることは当面は難しそうではあるが、いつかきっと、もっと素晴らしいものを見せてやる。嫁の見せてくれる可愛い笑顔に、オレは内心でそう約束した。

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