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第1-1話:剣とニュートンの世界

 あれから8年……


 あれは、オレが15の誕生日を迎えた日の朝のこと。オレは突如として前世の記憶を思い出したのだ。前世の俺は空軍でパイロットをしていた。数度の実戦にも参加し、激しい格闘戦(ドッグファイト)の末に数多の敵機を屠ってきた俺の愛機には、いわゆる撃墜マークなるものがこれ見よがしに描かれていたものである。その後、俺の操縦技術を見込んだ上層部の連中(お偉いさん方)によって、俺はテストパイロットに転身した。そしてあの日……俺の任務(ミッション)は新型機の加速性能をテストすることだったと記憶している。


 高度30,000フィートでスロットルをアフターバーナーに入れた俺は、音速の壁を超える瞬間に異様な光に包まれるのを感じた。機体がマッハを超える瞬間に世界が違って見えるのはいつものことだが、あの日は何かが違ったのだ。俺の前世の記憶は、あの25歳の暑い夏の1日に見た眩い光を最後に、以降は途切れている。


 前世の俺は死んだのであろうか……実のところは全く分からない。ただひとつ分かることは、『俺の記憶』も『オレの感触』も夢ではない、ということだけである。これほどカラフルで時に香ばしく時に苦々しい、痛みと快楽を伴う夢などあろうはずがないことは、みずからの頬を抓ってみなくても分かろうというものだ。いずれにせよ今のオレには、21世紀に生きた俺の記憶が、16世紀に生きるオレの記憶に併存している。有り体に言えばオレには、15歳の記憶が2系列存在しているのだ。農村の倅として逞しく生きる16世紀のオレと、義務教育課程のモラトリアムを貪る21世紀の俺の、2つの15歳の記憶が……


 これは『転生』と呼ぶべきものであるのか、正直それすら分からない。少なくとも、21世紀の俺に戻る方法を今のオレが知らないことだけは確かである。あの時俺は死んで、魂だけがオレに転生したのであろうか? あるいはまた、オレが死ねばまた俺に戻ることができるのであろうか? 尤も今のところ、その仮説を実験により証明するつもりはオレにはない。今のオレには、まだやるべきことがあるのだ。


******************************


「キリよ、ご隠居様にお目通りが適った」

 そう言った親父に伴われ、オレはその日初めて登城した。城では新年恒例の挨拶儀礼が行われており、既に武人を中心に多くの官吏や商人どもが広間に集い、室の左右に分かれて着座しているようであった。親父はその広間に歩を進めると、その中ほどと思われる辺りで片膝を着けて俯いた。慌ててオレもその隣に屈すると、上座から声がかかる。

「久しいの、鎮親(しげちか)。息災であるか」

「ご隠居様にはご機嫌麗しく。御館様にも」

 ご隠居様は親父のことを「鎮親(しげちか)」と呼んだようであるが、親父はご隠居様とはどのような関係なのであろうか。オレが少ない情報を元に思考をめぐらせていると、再び上座から声がかかる。

「そなたが桐幢丸(きりどうまる)殿か。面を上げられよ」


 オレは礼に従い三度辞した後-貴人の求めに三度辞退してみせるのは、礼儀の基本である-、ゆっくりと顔を上げた。上座正面にはご隠居様と呼ばれた法体の武人が南面しており、その脇には伴天連の宣教師-後に知ったがヴァリニャーノと言う名のイタリア人であるーが侍っている。また、上座から一段降りた正面で南面しているのが、先に親父が挨拶を贈った御館様であろうか。顔を挙げたオレにご隠居様が慇懃な声をかける。

「涼し気ながらも力のある眼差し、まこと上様によく似ておられる」

「まことご隠居様の申される通り、日ごとに若き上様の面影が偲ばれ……」

 オレの隣で親父が同意すると、ご隠居様が親父を労う。

「鎮親、大儀であった」

 何やらオレを題材にオレの知らないところで会話が進んでいく。21世紀の俺であれば躊躇なく話題について問うところであるが、16世紀のオレには、今しばしの辛抱が必要らしい。軽く目を伏せると、再びご隠居様から声がかかる。

「桐幢丸殿、近う」


 再び三度辞するオレをじれったく思ったのであろうか、ご隠居様が自ら座を立つとヴァリニャーノと御館様も続けて座を立つ。上座から降りたご隠居様は自らオレの腕を取り

「こちらへ」

 とオレを上座へ誘うと自らは北面して平伏する。流石に展開が読めないオレが戸惑っていると、親父から声がかかった。

「桐幢丸様、まずは上座にお着き遊ばされよ」


 桐幢丸様? これまで親父からはただ「キリ」とだけ呼ばれるのが常であったのに、今は敬称付きである。とりあえずは着座して、それから様子を伺うことにしよう。オレと俺の2系列の人生史上、最も座り心地の悪い座に着いたオレに、ご隠居様はまず祝辞を述べた。

「桐幢丸様が15の年をお迎えになり、臣下一同、心よりお慶び申し上げます」

 いつの間にか左右に分かれていた群臣まで北面し、平伏している。すなわち皆、オレに臣従する意を示しているのである。とりあえずオレが「様」の敬称付きで呼ばれる身分を持つことだけは分かったが、オレの出生の秘密は果たして誰が教えてくれるのであろうか。そう思ったオレが室内を見廻すと、齢70とも見えそうな武者が膝をにじらせ解説役を買って出てくれた。こういう老人はありがたい存在だ。オレにとっても、そして恐らくはご隠居様にとっても……


 その老武者は自らを立花道雪と名乗った。そう、あの大友宗麟の宿将である。ということはご隠居様は宗麟本人であり、御館様というのは大友家現当主、大友義統(よしむね)であろうか。そうであればここは、16世紀の豊後国、21世紀で言う大分県に相当するのであろう。オレは道雪の解説に耳を傾け続ける。


「今より15年前、永禄8年7月に、上様は三好一党の手により弑逆されました」

 確か「永禄の変」と言ったか。1565年7月、足利第13代将軍義輝が、俗に「三好三人衆」と呼ばれる臣下に弑逆された事件があったように記憶しているが、それとオレに何の関係が?

「三好どもは残忍にも、上様のご生母様や御台様、更には御子様までその手にかけたと伝えられております」

 そう、そして14代将軍の座は確か従弟の義栄に奪われ、後にその座を弟の義昭が奪い返す……そんな歴史だった。道雪の解説にオレが頷くと、道雪は深く伏した後オレの目を見つめ、こう言ったのである。

「ですがその前に義輝様の室がお一人、この豊後に逃れて参られました。そのお方の名前は桐姫様。ご隠居様のご息女様であらせられると同時に桐幢丸様、あなた様の母上でもあらせられます」


 つまりこういうことだろう。大友家は13代将軍義輝とは深い関係であったと聞く。将軍家に対する金銭的・物質的援助ばかりか銃・火薬まで献上し、将軍家からは九州探題に任ぜられるほどの信を得ていたというではないか。しかるに側室の1人も入れていたとしても不思議ではなく、永禄の変にあってはその室を実家に匿った。そして当時その室は既に懐妊しており、その子が……


 オレにも段々読めてきた。要するに宗麟のご隠居様は、オレに足利を名乗らせた上でそれを後援し、あわよくば中央政界に進出しよう、と目論んでいるのであろう。今日までの間オレを城に入れず野に育てていたのはちと気に入らないが……まぁ、無事成人するまでの間は様子見だったのだろう。下手に匿った事実が露見すれば幕府を相手にすることになるが、オレが夭逝してしまっては目にも当てられない……とまぁ、そんなところだな。尤も、言われてみればオレの名には心当たりがある。桐は足利の家紋であり、菊幢丸は将軍義輝の幼名であったのだ。更にオレの母親はご丁寧にも桐姫様と来た。オレの名付け親は恐らく、色々な想いをオレの名に込めてくれたのであろう。ありがたいことではある。


「道雪殿。委細分かった。が、ひとつ腑に落ちぬ。何ゆえ今日、この場にあって、そのような秘事を明かされるのか?」

 道雪の返答はオレの見立て通りであった。そう、今日1月1日はオレの誕生日-尤もオレ自身はそんなことを信じていないが-なのである。新年を寿ぐ場にあって、大友の後ろ盾の元に足利の正当なる後継者に元服の儀を執り行う。みえみえの策ではあろうが、道雪は、表面上は恐縮した体を取りながらオレの問いに恭しく答えた。

「桐幢丸様は本日をもって目出度く15歳におなり遊ばされた。さればこの良き日に加冠の儀を執り行い、以って群臣にお披露目されるのが吉例であるか、と」


 さしずめ御館様義統殿がオレの烏帽子親になる、という辺りであろう。オレとしても別段拒否する理由は無いのだが、オレはひとつだけ、ご隠居様にお願いすることにした。

「ご隠居様、恥ずかしながら月代はそのままにして頂きたいのですが」

 月代を剃る、というのは大人になることの証であるらしい。しかし、オレは、アレだけは恥ずかしくて嫌なのだ。あの丁髷だけは……


******************************


 こうしてオレは無事元服した。


「ヴァリニャーノ殿。桐幢丸様の御姿には、この世の者とは思えないほど神々しい光が射しているように見えるが、如何に?」

 宗麟が婉曲な表現を用いてヴァリニャーノ神父に祝辞を促す。それを受けた神父が厳かにオレの行く末を寿ぐ……はずであったのだが、この時のヴァリニャーノは一体何を思ったことであろう。後年のオレを見ればあるいはヴァリニャーノには真に予言の能力が備わっていた、と見ることも可能ではあるが、とにもかくにもアレッサンドロ・ヴァリニャーノは、オレを前にこう予言した。

 

「まことこの者は『勇者』として生き、『魔王』として死すであろう」


 一瞬にして場が凍り付く。『勇者』とは吉兆であろうが、『魔王』とは如何に? しかも、元服の儀にあって『死す』など言う単語は不吉極まりなく、本来であればそれは決して用いてはならない類のものであろう。しかし、一同の動揺を一瞬で鎮めた道雪の言は、流石に老練の極みと嘉賞すべきものであったのだ。


「したり。ヴァリニャーノ殿の言は正しく吉兆。古来、はじめ悪しき名をつけてよりこれを捨て、後に幸名を拾うのが吉と申しましょう。桐幢丸様は今、はじめ悪しき『魔王』の名を得てよりこれを捨て、後に『勇者』として吉名を得られました。『魔王』として死し『勇者』として生きる、そは正に古の礼法に叶う仕儀。さすがはヴァリニャーノ殿のご慧眼、この道雪、心底感服仕りました」


 道雪のこれは、いわば詭弁である。詭弁ではあるが、ご隠居様はさぞ安堵したことであろう。この場に居合わせる全ての者の表情がひときわ晴れがましくなったようである。これより以降、皆は勇者の臣下となるのであるから。軽く道雪と目くばせを交わすと宗麟は、オレの方に向き直り恭しく宣言した。

「されば桐幢丸様。以降は足利(あしかがの)義勇(よしたけ)様とお名乗りになられるがよろしい」


 『義』の字は足利将軍家の通字ではあるが、烏帽子親である御館様の『義統』から偏諱(かたいみな)を授かったようにも見えるため、大友家としては満足であろう。そして『勇』の字はヴァリニャーノ神父の言う『勇者』からの連想である。まぁ、オレとしてもこの名に異論はない。北面する大友家の群臣に対してオレは、足利将軍家に連なるものとしての初めての命を発してやった。

「宗麟殿、義統殿。以降よろしく頼む」

 

 一斉に平伏する一同の、その心の内は知れている。オレを利用し、オレを傀儡にして名を挙げ実を得るのが彼らの目的なのだ。彼らがオレの立場を利用すると言うのであれば、オレはオレで、彼らの持つ全てを利用してやろうではないか。

「義統殿」

「はっ」

 平伏する御館様に、オレはひとつ無心してやることにした。

「儂に屋形をひとつ用意してもらえぬであろうか? それと、優秀な鍛冶師をつけてもらいたい」


 オレが中央に討って出る。いずれは将軍義昭と対峙せねばならぬのであれば、それまでに様々な準備をしておく必要があろう。準備とは主に……そう、技術開発だ。例えばこの時代の火縄銃、その有効射程はせいぜい30mで発射速度も毎分2発というところであろうか。一方で、オレには21世紀の科学知識がある。射程1,000m毎秒10発のライフルの、その構造をオレはよく知っている。何しろ俺は元軍人なのだ。ライフルの分解・清掃・再組み立てなど、士官学校時代から散々やらされてきた、文字通り『朝飯前』って奴である。種子島VSバトルライフル。結果は見るまでもないが、しかしここにひとつの問題があった。この時代の製造技術では、21世紀のバトルライフルを、仮に詳細な設計図は描けたとしても、それを製造することは敵わない。だからこそ「技術開発」が必要なのだ。21世紀の製造技術をキャッチアップすることは叶わずとも、時計の針を2,3世紀先に進めることはできるだろう。21世紀の科学と16世紀の技術を擦り合わせたオレの落としどころは、しかしこの時代にとっては充分なオーバーテクノロジーであり、16世紀に生きる者どもにとっては、まるで『魔法』のように見えることであろう。


「御意」

 御館様はオレに、オレの研究開発拠点を用意することを約束してくれた。

「それとヴァリニャーノ殿にもひとつ頼みがある」

 この九州の地はオレにとって何かと都合がいい。何しろここは南蛮貿易の拠点なのだ。この時代の日本では入手しづらい材料を、彼らであれば容易に調達してくれるであろう。例えば硝石などがその代表例である。

「儂専属に誰かイエズス会の者をつけてもらえぬか? 代わりに儂は、そなたが九州の地に大学と修道院を開くことを認めてやるであろう」

「承知しました」

 権益を認めてやる代わりに物資を手に入れることが叶うのであればお安いものだ。将来は、こちらから積極的に買い付けに行かせてもいいだろう。


******************************


 前世の記憶に目覚めた朝……オレは、オレなりに色々と試してはみたのだ。

「メラメラ」

「ファイアーボール」

「我が命に応えよ、イフリート」

「紅蓮の炎をもて矢となり貫け」

 そう、オレが『剣と魔法の世界』に転生したのであれば、何か呪文のようなことを叫びながら右手を差し出せば……無論、何も起こらなかった。21世紀の俺が中学生の時分、放課後の校舎裏でこっそり叫んでいたあの時と、結果は何も変わらなかった。そうして……オレは悟ったのである。


 オレが転生したのは誰もが憧れる『剣と魔法の世界』ではなかった。そこに『剣』はあったが『魔法』はない。正しくそこは、魔法原理に替わって物理法則が支配する現実の世界であった。そしてオレはこの『剣とニュートンの世界』を、21世紀の科学と16世紀の技術でのし上がっていかなければならないのである。『勇者』として生きるために。

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