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第0-6話:じゃがマヨピッツァ

 その朝、オレが戦闘指揮所に上がるために天守四階の居室フロアから出かけようとした時、オレの背後からオレの嫁の可愛らしい声が追いかけてきた。


「お前様、今宵のメニューは何であろか?」

 依音の可愛らしい唇から、メニューなどというこの時代には相応しからぬ単語が発されるのは、無論オレのせいであろう。つまりオレがこんな伴天連由来の-但し21世紀の、ではあるが-単語を依音に教えたせいでもあり、同時に、オレ自身が依音の希望を容れた料理を供してやることがあるから、でもある。そして、依音がこんな質問をしてくる時には決まって、彼女にはいわゆる「今日の気分」というものがあることをオレは知っている。無論、いつでもオレが調理する訳でもないが-何しろオレは忙しいのだ-、時間があればできるだけ依音のための時間を作るようにしている。何と言っても依音は、この世界ではただ一人のオレの家族なのだから。


「依音には何か希望でもあるのか?」

 だからオレは依音の希望を聞いてやることにした。

「実はな、お前様……妾は。ぴっざを食べたいのじゃ。どうであろうか?」

 少し俯き加減に恥じらいながら、しかしその双眸からは満天の星空でさえも恥じ入るほどの煌めきが零れ落ちているようである。しかし、その依音の表情とは反比例するかのように、オレの顔色が曇っていくことはオレ自身にすら自覚があった。だから、オレが返事をしない前に、依音が詫びるような口調で言い直す。

「お前様、妾が悪かったのじゃ。お前様を困らせるつもりなど妾にはないのじゃから……ぴっざは諦めるのじゃ」

 「ピッツァ」と上手く発音できない依音に愛しいものを覚えたオレは、依音の頭に手をやりながら依音に詫びる。


「すまぬな、依音。オレも依音にピッツァを作ってやりたいのは山々なのだが、そうもいかぬ理由があるのだ」

「お前様は忙しくお働きなのに、妾ばかりお前様に我儘を言う訳にはいかぬのであろう……?」

 オレがピッツァを作れない理由はそんなところにはないのだから、これは正しく説明してやらねばなるまい。

「なぁ、依音……依音はピッツァのどんなところが好きなのだ?」

 依音は、オレの想像した通り-つまりは、オレ自身の好みとも完全に合致している-答を返してくれた。

「妾は、あの……とまとそーすの甘くて酸っぱい味わいと、とろけたチーズの香ばしくもコクのあるうまみのハーモニー(?)を、たまらなく好いておるのじゃ」

 オレは依音に、この世紀のこの国には似つかわしくない単語を教え過ぎたようではあるが、そこは敢えて無視することにしよう。


「そのトマトがな、今は採れないのよ……」

 俺の生きていた21世紀であれば、トマトなんぞは一年中いつでも安価に食することができたものではあるが、オレの生きている16世紀ではトマトは夏野菜だし、トマトがなければトマトソースもつくれないのだから、トマトとチーズのピッツァが作れない、というのは致し方のないことであろう。今にして思えば夏の間にトマトソースを作ってビン詰めにでもしておけばよかったと後悔しているのだが、後の祭りとは正にこのことであろう。

「だからな、依音。今日は依音の好きなマルゲリータは作れないのだ」

「まるがりーた、は……?」


 まぁ、丸刈り太郎のことは来年考えるとして、今はまず、依音の希望を別の方法で叶える方法を考えることとしよう。

「だから今宵は、じゃがマヨなどでどうであろうか?」

「じゃがマヨ……?じゃがとはじゃがたらいものことであろうか……?されど、まよ?とは何であろう?」

 以前じゃがバタを作ってやったことがあるから、依音にも「じゃが」の意味は分かったようであるが、マヨネーズは未だ供したことがない。飯にまでマヨネーズをかけるほどのマヨネーズ好きではオレはないので、できれば依音にはマヨラーなぞにはなって欲しくはないのではあるが、さてどうであろうか。

「うむ、それは依音が自ら試してみればよかろう。今宵のじゃがマヨピッツァ、楽しみにしておれ」


 依音の笑顔に満足したオレは最上階に向かう。そうそう、あとで氏郷にでも命じて、温室栽培でも始めてみることにしようではないか。


******************************


 オレが最上階の戦闘指揮所に昇るや否や、白髭の参謀総長が歩み寄ってきた。

「陛下、情報部長からご報告が」


 情報部とは要するに諜報組織のことであり、情報収集と分析および情報操作を主な任務としている。この時代にあってはさしずめ伊賀者などが高名なところであろうか。しかしオレは、伊賀者などの所謂忍者と呼ばれる存在を使うことを好まない。と言っても別に、21世紀の娯楽映画に出てくる忍術と16世紀に実在した乱破どものそれとの、それはそれは想像を絶するほどの格差に幻滅したからではないのではあるが……。


 そもそも伊賀者というのは、石高の低い伊賀国内だけでは喰わせていけない領内の住民を出稼ぎに出したところに端を発する。伊賀の長に先見の明があったとすれば、それは、出稼ぎに送り出した者どもを組織化して収集させた情報を集約し一元化したところにあったろう。戦国の世にあっては仮想敵国の情報を得ることは死活問題に関わる。しかしながら武田や北条などの大大名であればともかく、そこら辺の国人領主どもにそのような者どもを組織化するような余裕などはなかろう。だから伊賀者の長は一計を案じた。伊賀忍者とは要するにまぁ、21世紀でいうところの、いわゆるシェアリングエコノミーというところであろうか。


 そういう訳で、例え弱小の国人領主であろうとも比較的安価に情報収集をアウトソースすることができる、というのが伊賀者のビジネスモデルである訳だが、つまるところそれは、こちらの情報も敵方に筒抜けになる可能性が高い、ということでもある。オレが伊賀者を好かぬ所以である。


 とは言え、全国各地の情報を収集する組織を一朝一夕に構築するなど、流石にオレにもできはしない。であれば答はひとつしかなかろう。そう、M&Aである。


「陛下、畏れながら申し上げます」

 情報部長の進言に、オレは無言で頷く。齢30と言えば21世紀にあっても16世紀にあっても、いわゆる働き盛りの年頃であろう。情報部長というのはあれはあれで結構なハードワークを強いられるポジションであるが、同時に、玉石真偽を織り交ぜた多量の情報を正確に分析するインテリジェンス能力と、配下の情報部員のみならず時としては敵方ですら懐柔する人心掌握術を兼ね備えた人物でなければ務まるまい。


「陛下、敵の小荷駄隊が動き始めたようにございます」

「詳しく報告しろ、信雄」

 白髭の参謀総長が先を促す。ウチの情報部長をファーストネームで呼び捨てにすることのできる者など、オレの他には当人の実の父親くらいしかおらぬであろう。かつては魔王などと呼ばれ人々に畏怖されていた者とはいえ、やはり人の子の親なのであろうか。我が子の成長を喜ばしく思うと同時に、あるいは内心では、報告する当の信雄より緊張しているのでもあろうか。オレは思わず吹き出しそうになるのを堪えて、ことさら眦に緊張感を滲ませて情報部長を見つめる。


「敵部隊は越前より栃ノ木峠を越え、ただ今のところは柳ケ瀬辺りを通過中の模様。数約500」

「腹が減っては戦はできぬ、と言いますからなぁ。このところ陛下の城を囲む不届者共が大人しかったのも、それゆえでありましょうかな」

 オレもこういう、そう所謂ビブラートの聞いたバスボイスに生まれたかった、と親衛隊長の声を聞く度に思う訳ではあるが、オレと俺の二度の人生-と肉体-にあっては叶わぬ夢であった。あれはあれでひとつの才能であるし、あのような声音を以って指揮されれば、例え窮地にあったとしても、兵は不安なく戦えるものであろう。景勝にしても本当は手元に置いておきたかったであろうに、兼続をオレに付けてくれたのは、景勝なりの忠誠の証なのだろう。


「陛下、いずれにせよ小荷駄隊は叩くべきにあり候」

 白髭の参謀総長の言う通りである。オレの城には食料も充分に蓄えてあれば、たかが500の小荷駄隊が輸送する補給物資など、特段必要としていないのは事実だ。だが、小荷駄隊が襲撃され食料物資が届かなかったとすれば、攻城軍としてはどうであろうか。敵兵の士気を下げるためにも、ここは徹底的な対応が求められるところであろう。


「氏郷をして3,000の兵をもてこれに当たらせよ」

「たかが500の小荷駄隊を相手に3,000の兵は過剰な対応では」

 などという批判めいた意見具申をする者は、この部屋にはおるまい。いやむしろ、信雄から情報が挙がってきた時点で既に参謀本部の連中は動き出しているのである。そもそもオレのこの命にしても、事前に定めた規程(マニュアル)に従って発しているだけなのだから。

「御意」

 参謀総長の一言で衆議は決した。後は予定通り氏郷が対応してくれることであろうから、オレはオレの職場に戻ることにした。

「後を頼む」

 参謀達の黙礼を背に、オレは戦闘指揮所を後にした。


******************************


「まずは酢に塩を入れてよく混ぜる」

 言われた通りに塩を酢に溶かした依音が問う。

「次は何をするのじゃ、お前様」

 心なしか声が弾んでいるように聞こえるのは、オレと一緒に調理をすることが依音には楽しいものであるのか、あるいはオレの方こそ依音と一緒の時間を楽しんでいるのか。

「卵黄を入れたら更に混ぜる」


「お塩をお酢に、溶っかしったらぁ~、たまごを入れて、まぁ~ぜぇ~まぜ~」

そう言えば依音の鼻歌などこれまで聞いたことがあっただろうか。いやない(反語)。余程じゃがマヨピッツァが気になるのであろう。オレと俺の半世紀にも及ぼうかという人生の中で、きっと今が最も幸せな瞬間であろう。


「次はかき混ぜながら油を少しづつ加えていく」

「こうであろうか?」


 攻城軍の奴らは補給路を断たれ、じきに飢えることであろう。この戦場のど真ん中で可愛い嫁と呑気にピッツァ作りを楽しむなど、あるいは不謹慎の極みなのではないかと思わぬでもないが、まぁそれが嫌なら兵を退けばよいだけのことであるし、その決定権はオレではなく、奴らの手中にあるのだ。ピッツァが食べたければ和睦を提案してくればよい。尤も、丸刈り太郎は振舞ってやれないが。


「あつっ!」

 依音が指を耳に当てているが、まぁ当然そんなことで火傷が治るわけはない。依音の手を引いて井戸まで連れていき、ポンプを上下動させて水を汲んでやる。因みにこのポンプもフレデリコ・アンドロッツオ-例のヴァリニャーノ神父がオレにつけてくれた修道士の皮を被った商人のことだ-から調達したものだ。

「蒸したじゃがの皮を剝く時には気をつけるのだぞ」

「この次はお前様の申される通り気をつけるのじゃ」

 あとはスライスしたじゃがをピザ生地にのせてマヨを上から塗ったら釜に放り込むだけの簡単な作業だ。

「ピッツァが焼きあがったら、上の連中にもお裾分けしてやるとするか」

 依音の笑顔はオレへの賛意の現れであろう。そうであれば後で、ピザを片手に氏郷の仕置きについて聞くこととしようではないか。

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