第0-1話:魔道具『ガトリング』
かつて勇者としてこの世に転生したオレは、何故か、この魔王城で防衛戦の指揮を執ることになってしまった。今や、この城の主として……
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「敵部隊、外堀まで迫ってきております」
伝令の報告を待つまでもない。この5層6階の天守閣最上階からは敵情がよく見えている。敵はおよそ3万。そのうちの3千ほどが、外堀に沿って布陣しつつあるようであった。オレとしては思わず呟かざるを得ない。
「数3万とは、余と余の預かる城も、まこと舐められたものよ」
「御意」
白髪交じりの長髭を弄びながら参謀総長が短く答える。この者は無類の新しいモノ好きであり、『軍師』などと言うありふれた職位よりも、『参謀総長』という新奇性に富んだ言葉で呼んでやることを好む様子であった。
「参謀総長、彼奴らは一向宗徒と見えるが、如何に?」
「であり候」
参謀総長が短く同意する。オレが覗き込む伴天連由来の遠眼鏡に、僧形の指揮官らしき者が映る。僧形の声は流石にここまで届かないが、それでも口の動きを見れば何をいわんとするのか、多少は分かる。
「魔王、滅すべし」
「魔王、滅すべし」
その僧形が何やら口を開くたびに、軍勢がシュプレヒコールを揚げているようだ。奴らの言う『魔王』とは、すなわちオレのことらしい。俺が生きていた時代、すなわち21世紀の魔王というのはもっとこう、おどろおどろしい何か……例えば天にも届かんばかりの猛き角が生えていたり、一度振るえば全てを吹き飛ばすかと思しき黒き翼を背負っていたり、あるいはまた、この世のあらゆる材質を貫くほどの堅き牙と爪を揃えていたり、と……魔王とは所謂、人外の存在であったはずだ。しかし今のオレが生きる16世紀のこの世界では少々勝手が異なるらしい。「中世の人間は迷信深い」などと言う者がいれば見せてやりたいほどである、この現実を。21世紀の人間の方がよっぽど、ファンタジーの世界に生きていると言えよう。
「仏敵、誅すべし」
「仏敵、誅すべし」
確かにオレは信心深くないし、それは俺も同じであった。しかし『仏敵』と呼ばれるほどの所業は……していないはずである。確かに魔王討伐の過程にあって魔王に組する者どもを討ち斃してきたことは認めよう。しかしそれを以ってオレを仏敵と呼ぶのであれば、それは筋違いというものであろう。何しろ、奴ら自身が今まさに、オレを討ち殺そうとしているのだから。よもや奴ら自身、仏敵になりたいと思っているわけではなかろうに。
「念仏、十遍」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……」
奴らが仏法を信じるのは構わない。「南無阿弥陀仏」と唱えれば極楽浄土に行けると信じているのなら、そう唱和すればよかろう。できればどこか余所でやって欲しいとは思うが、まぁ念仏唱和くらいは赦してやる。何も、オレは信教の自由を認めないほど狭量な為政者ではないのだ。しかし……
「あれは阿呆の集まりか、参謀総長?」
「まこと、御意の通りにあり候」
そもそも『魔王』を斃す必要があるのは、現世における利益のためであろう? 仮にオレが魔王だとして、魔王が奴らの生命、財産、自由を奪っているからこそ、奴らにはオレを斃す必要があるのではないのか? その生命を捨ててまで来世における利益を求めよなどと言うのであれば、あの僧形の者の方が余程『魔王』と呼ばれるに相応しかろう。全く、宗教というものは度し難い、とオレが思う所以である。
「ですが、陛下。如何になさいますか?」
敵が攻め寄せてくると言うのであれば、こちらも無視する訳にはいくまい。みすみすこの城を明け渡しオレの首を差し出そうという気が無いのであれば、相応の防衛戦を展開せねばならぬであろう。この城を手にしてから3年、オレはオレなりにこの城に大改修を施した。すくなくとも16世紀の今日にあっては、世界最堅の城塞と呼んでも差し支えなかろう。
「たかが3万の兵で余の城を落とそうなど、よもや本気ではあるまいが……」
一般的に城攻めには、その規模にもよるがおおよそ守備側兵力の数倍から十数倍の兵力を必要とすると言われる。城とは堀や城壁、あるいは自然の地形を巧みに利用して防御側に有利に働くように設計された構造物なのだ。従って物量に任せる力攻めは最下策である、と古来謂れている。遮二無二突撃突貫を繰り返すだけでは、攻撃側の兵力を著しく減殺するだけであろう。無論、時と場合によってはそのような攻め方を選ぶ場合もあるが、この城を落とすつもりであれば、少なくとも今の10倍の兵を集めなければその願いは叶わぬであろう。
「敵の目的は威力偵察であるように見るが? 参謀総長」
「御意」
3万の兵でこの城を力攻めすることは無理筋であるが、まずは一戦して守備側の出方を探る、というのは常套手段である。城主は城に籠もることを選択するのか、あるいは城外での戦闘を好むのか-攻撃側としては、できるだけ城外に誘いだすほうが望ましいであろう-。また、守備兵の配置や武装状況、士気などを推し量るためにも、まずは当たってみる方が早い。突いてみて初めて、防御側の弱点が分かることもあるのだから。
「ゆえに、此度は軽くいなす程度がよろしかろうか、と」
参謀総長の言う通りであろう。逆に言えば、守備側としてはここで、全ての手の内を見せることは愚策である。こちらの兵力や兵種、城塞の構造や対抗策の全容を知らせてやる必要はないのだ。と同時に、相手の士気を挫くことも重要である。特に敵将をして難攻不落と思わせることができれば、防衛戦はそこで終了である。何しろこの場合、戦を終わらせる権利はあちらが手中にしているのだから。
「参謀総長に命ず。余と余の臣に徒なす者を、軽くあしらってやれ!」
「御意」
今のオレは味方からは『勇磨王陛下』と呼ばれる一方、敵からは単に『魔王』と呼ばれている。どちらにしても『王』なのであれば、ことさら『余』などという一人称を使うことは、味方に対しては畏怖を与え、敵に対しては恐怖を与えることに都合がよかろう。
「魔道具『ガトリング』の使用を許す」
「御意!」
我が意を得たりとばかりに参謀総長が大音声で指示を発する。
「陛下の御意を得た。魔道具『ガトリング』を持て、大手橋の敵を薙ぎ払えぃ!」
オレの命を聞くまでもなく、既に参謀本部の連中は作戦を立てており、実戦部隊は準備に取り掛かっている。要するに指揮官の命令とは、参謀本部の作戦に承認を与え実行に移す手順に過ぎないのだ。尤も、そのように組織を編成したのはオレ自身なのであるから、無論これは自虐ではなく自慢である。オレの組織は、オレの企図した通りに動いてくれている。参謀本部は今回の掃敵範囲を大手橋周辺に限定したらしいが、それはオレの意にも適っている。現時点におけるこちらの戦術目標は、敵の後退を誘うこと。敵の継戦意思を喪失せしめることができれば御の字であるが、果たして。
「魔導回路、接続!」
「魔導回路、接続!」
オレの命を参謀総長が復唱し、以下順に命令のリレーが現場まで走っていく。こういう時、無線なり有線なりの通信回線があれば便利だとは思うが、流石に16世紀のオレには手に入らない。『ガトリング』だって、既に超オーバーテクノロジーなのだから……しばらくすると現場から、ガトリング砲のコネクタ接続完了の報告が、これもやはり命令リレーで返ってくる。大手橋脇に4基のガトリング砲が固定され、魔導回路に接続されたようである。
「魔力供給開始……」
そう言ったオレは戦術指揮盤の前に立ち、ひとつの大型把手を手前に引く。魔導回路だの魔力だのと御大層に表現しているが、21世紀の世界に住む者にとっては何のことは無い、ただの電源回路である。そう、オレの設計したガトリング砲は電動式なのだ。メイン電源に接続しなければ利用できない仕組みにしておけば、万一敵に鹵獲された場合でも敵の再利用防止を期待できることが最大の理由である。それに機械式であれば、いつか誰かがその仕組みを再現することは電動式に比べれば容易であろう。無論電動式にもリスクはあるが、まぁ、16世紀のオレが生きている間にはこの伝道技術が解明されることはないであろう。
「汝、遠き明日より我に従う者に命ず。我が意を礫に轟き放て! ガトリング・ファイアー」
だから本来、呪文詠唱のようなものは一切必要ない。それぞれのガトリング砲の把手についている釦を押下すれば、誰でも銃弾を発射させることはできるのだから。しかし、それに気づかせてはならない。21世紀のオーバーテクノロジーを無暗やたらと16世紀に広めないために。そして何より、オレが『勇者』であり続けるために。そのためには、『魔法』と『魔道具』という建付けが必要なのだ。この『魔道具』は『勇者』の『魔力』で動作する、と万人に信じ込ませるために……
大手橋脇の4基のガトリング砲から轟音が響く。6連装の砲身を回転させ12mm弾を連続射撃するガトリング砲である。発射速度は毎秒6発。回転が安定するまで数秒のラグはあるが、60発の弾倉は10数秒で空になる計算である。堀と城壁の唯一の連絡である大手橋に群がる敵兵を、4基のガトリング砲が次々となぎ倒していく。予め現場には詳細の指示が出ていたものか、20秒ほどの再装填によるラグタイムの後、再度轟音がが聞こえてくる。合計3斉射、720発ほどの銃弾を消費したものと見える。外堀近くまで進軍してきた敵兵のうち、動ける者はみな後方へ退避しつつあるようであった。
「撃ち方、止めぃ」
「撃ち方、止めぃ」
参謀総長の発令が、例によりリレーされていく。まず緒戦は守備側の戦術的勝利、と言えよう。守備側は、この時代の火縄銃の射程範囲外から敵兵を掃射したのだ。正にアウトレンジ攻撃。敵はひとまず退いていく……はずだったのだが。
「参謀総長、彼奴等は真正のバカどもか?」
「大うつけどもにあり候」
一旦は退きかけた兵どもが、例の僧形の音声とともに再度向き直り、今度は全戦線で進軍を始めたのである。外堀を泳いで渡ろうとする者までいる有様だ。剣や槍を持つ者は数少ない。自前の鍬や鍬以外の武装を持たない、ましてや防具等は一切身につけていない一般信者達に、12mm弾はオーバースペックであろう。21世紀の世界では、.50口径を対人兵器として使用することは非人道的である等と言われていたものだが……彼らの不幸には同情せざるを得ないが、それでも非情な命令を下すのがオレの仕事だ。
「参謀総長、魔道具『ガトリング』を持て、全戦線で敵を薙ぎ払え!」
「御意!」
みるみる間に外堀が血で赤く染まっていく。1,500ほどの犠牲を出したところでようやく攻撃側は兵を引き上げたが、敵将は何を考えているのであろうか。5%もの損耗を出してまで得るものがあったとは思われない。例の僧形が何やら叫んでいるところから察するに、戦意は未だ喪失していないようである。少なくとも、指揮官クラスの連中の間では。
「陛下。ひとまず敵は退いたようにあり候」
「ご苦労、参謀総長。敵の出方が解らぬゆえ、引き続き警戒を怠らぬように」
「御意」
まぁ、とりあえずはこんなところだろう。所詮3万の兵では衆寡敵せず。こちらの勝利は固いのではあるが、それにしても、この外堀と大手橋の汚れ様である。誰がいつどうやって片付ければよいのであろう。先ほどまで生きていた他人様の、今は死体となったあり様を「汚い」などと評してはそれこそバチが当たると言うものではあろうが、放置しておいては衛生的に問題もあろう。先の無謀とも言える作戦、よもや飲料水の汚染が目的であったのか? 城攻めには、無論そういった戦法もあるのだが……
「まさか、な……」
「何か?」
参謀総長の律儀な問いに「否」とだけ答えたオレは軽く目を瞑る。そう言えば、これはオレにとっては初めての防衛戦であった。何しろ、これまでは常に「攻める」側にいたのであるから……