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ModernWitchProtocol  作者: 沢ワ
プロローグ:日常が崩れ行く音
5/21

5話:日常が崩れ行く音⑤

 教室を重苦しい雰囲気が覆っていた。

 なにせテロ事件の当事者となったばかりか、クラスメイトが誘拐され、あまつさえ、

「おはよう」

 ………当事者の一人が平然と登校しているのだから、気が滅入る。

 藤原リサ、どうも彼女は見た目以上に図太く、へこたれない精神の持ち主らしい。そう判断したクラスメイトたちは気を使いつつも、なんとかしていつもどおりの平穏を享受しようとしていた。


 ただ………、

「………」

 藤原リサは一人でお昼ご飯を食べていた。それもそのはず、彼女と仲のいい3名は現在検査入院中。特に精神的に参っているらしき梓は食事をしても即座に戻してしまうらしく、現在点滴で栄養を摂っている状態だ。肉体的には一番重症な紅稀はおそらく来週にも登校再開するだろうとのこと。

 腫れ物に触れるような態度は流石に寂しい………とリサは表情を変えないものの心中では落ち込んでいた。彼女の懸念は友人たちの容態についてのみであり………自分が出血多量で気を失いかけたことに関しては全く無関心であった。

 タッパーに詰めたレバニラ炒めを食べながら、そういえば、と思い至る。

「平山さん」

「え、なぁに?」

「部活動の仮入部期間ってどうなったの?」

 目下、テロやら誘拐やらよりも興味があるのはそちらだった。

 戸惑いつつ答えた栞菜曰く、事件が事件だから6月頃まで延長との通達があったという。4月末までの期間は基本的に午前授業で、帰宅後には学校に連絡を入れる必要があるとのこと。

「………」

「ど、どうしたの?」

「寄り道できないと、伊織ちゃんが残念がると思って」

 入院で気が滅入る理由が『ゲームが自由にできない』な幼馴染みを思い出す。思えばあれは強がりなのだろうが………本音も混ざっているだろう。

 心配して尋ねた栞菜が乾いた笑いを浮かべるのを首を傾げつつ見届け、手にしたスマホでニュースを確認する。

 あの日以来テロ事件は起きていない。誘拐犯も捕まっていないらしく、前代未聞の事件群に捜査は難航していた。特に事件を混乱に陥れているのはリサが語った『雨宮』の件だろう。あの工場廃墟では実際に複数人の遺体が発見されていて、なおかつすべてが身元不明の日本人ではない人物らしい。

 ………その中に、リサの親と同じ人種と思われる血液が混ざっていたとも。これは完全に若い刑事である品川の失言だった、ただ同じ人種なら多分どこにでもいるだろうと考えて流してしまった。

 多分自分は本当の親と会えないと思っているし、会えたとしてその人を親と呼べるかも不安だったから。

 そんな思案も、そのニュースの上にある『人気アイドル神無月ミコが語る 体型維持の秘訣』という雑多なコラムに阻害される。そういえばまた体重増えたな、と考えて腹部を触る。

 柔らかくはない、硬い腹を。

 リサは重傷で流れてしまったものの、体力テストは実施済みだ。完治後にリサはテストを行うらしいが………体重が増えることが本当に嫌だ。リサが体育を苦手とするのは力加減が難しいため、握力92kgの彼女からすれば他人とやるストレッチですらかなり気を使う。

 養母いわく『遺伝子疾患』で、一応血縁はあるらしい養母も同様な体質だがリサは結構困っていた。うー、と唸りつつ二の腕を触る。やはり硬い………力を入れてないのにこれだ。

 わざと太るのもいいかもしれないと色んな料理サイトをあさり始めるリサ。高カロリーな料理重点でメニューを考える、今日一番の物憂げな表情に、やっぱり無理して学校に来てるんじゃ………という懸念が噴出する中。

「あ」

 リサはちょっと思い返す。傷が傷んだのかと心配するクラスメイトを他所に、リサは再び栞菜へと質問をした。

「仮入部期間なくなったわけじゃない?」

「う、うん………」

「ありがと」

 今日はもう授業がない。なら一足先に部活を決めるのもいいかもしれない。

 あんな事件があったというのに、本当に図太いやつだ。



 気になった部活が2つほどある。まずは一つ目、

「オカルト同好会………」

 曰く付きな部活である。別に不良のたまり場となっているわけではない、かと言って教師から予算泥棒と目の敵にされているわけではない。

 この部活は一定の成果を残している…………残しているのが問題だ。

 今年は部員数が定数を割ったこともあり、同好会として登録されているものの去年度はあと4人の部員がいたという。

 ただし、その四人はすでにこの高校を去っている。卒業ではない、現在彼らの所在は精神病院であるとまことしやかに噂されていて、その噂は真実なのだ。

 ここ鬼姫高校には学校七不思議が存在する。列挙するなら『トイレにいない花子さん』『喋る胸像』『ペタペタさん』『能動的コックリさん』『2年B組18番のLFさん』『13階段』『七不思議』。リサは誰に聞かされるまでもなく、入学が決まった時点でこの噂を耳にしていた。誰か中学の同級生が言っていたとか、入試のときに出会った在校生の人に教えてもらったかは定かではないものの………具体的に誰から教わったかはわからないが、教えてもらったことは確実だった。

 誰もが知っているが、誰もが『誰から教わったかは知らない』、それが第一の七不思議『七不思議』である。

 そんな七不思議を追い求めてやまないオカルト同好会は、実際にその怪異へと直面し、発狂した生徒がいたという。

 だからこそ興味を持った。

「………」

 この場に伊織がいれば、『めっちゃ楽しそうだねぇ〜』と反応していただろう、ちょっとした表情の変化。

 ノックして返事を待とうとしたがそれよりも先にドアが開いて引きずり込まれた。

「新入部員だよ月夜ちゃん!!」

「わかったよ朝日。でも、困ってるから手を引っ張るのをやめてあげて」

 待ち構えていたのは二人の二年生。身長はリサと比較するなら低め、だが女子としては標準的な背丈である。

 気になることとしては彼女たちが瓜二つということ。

「はじめましてー、私は2-B所属の金守朝日でーす! こっちは妹の月夜ちゃん」

「金守月夜、朝日の妹。部長でもあるよ」

 双子らしい。背が高いねー後輩ちゃん、という朝日を諌めて月夜がリサに対して椅子を差し出す。

 頭を下げてから着席すると、朝日はここぞとばかりにパンフレットを差し出す。

「そのパンフレット去年度のだよね?」

「いいじゃん、全てが記されてるようなもんだしー」

 手に取る。可愛らしいイラストが書かれているが中身は七不思議に関する情報だ。

「えっとー、噂で聞いてると思うけど、ウチは七不思議探し求めていました」

「………過去形なのは、まあ。知ってると思うけど………」

 目を逸らす月夜。朝日はあー、と言いづらそうにモゴモゴする。

 なにせ精神病棟案件だ、軽々しく話していい内容ではない。

「でも、残ってる噂がもう2つあるんだ。実際には存在しないものと、実在する上に実害のないやつ」

「? 実在するって、LFさんですか?」

「いやー、花子さん」

 ウチの第三の部員だよ、と朝日がドヤ顔で告げる。だが花子さんは現れない。

「………来ないじゃん」

「朝日、花子さんは幽霊だから夕方にならないと出てこないよ」

「あ、そっか」

「それに今日は水曜日だし、いるとしても音楽室じゃないかな」

 いる前提で話が進んでいるものの、よくわからない会話だ。

「花子さん、いるんですか?」

「いるよー。今日は多分音楽室だけど………」

「音楽室で何しているんですか?」

「トランペットの練習」

 よくわからない会話だ。

 これも七不思議が為せる技か、と思ったが部室に来るとされる木曜日の放課後16時以降に訪ねてみようとは思った。

 要は興味をそそられた。これを計算尽くでやっているなら大したものだ………まぁ、偶然なのだが。

「もう一つの、実在しない噂って」

「ん? あー、LFさんねー。あれねー、わたしは2-B所属だけど、出席番号18番の子は別に噂にあるような変な子じゃないよ」

 変な噂たってあの子も大変だよねー、と朝日は困り顔で笑う。月夜はため息をついて、

「朝日が散々問い詰めたから藤堂さん困ってた」

「もう謝ったし………仲良いし!! ゲーマーなんだよー理世ちゃんは」

「ゲーマー………私の幼馴染みと気が合いそうです」

「あ、そうなの? 今度あってみればー、不登校気味だけど来るときは来るし」

 不登校とは穏やかではない。それに、二人の名前の呼び方からして丁度LFさんだ。フジドウリゼ、出席番号は18番。

「不登校って………」

「理由は知らなーい、去年は全く来てなかったよね?」

「うん、わたしと同じクラスだったけど、顔見たのは今年の始業式が初めてだった」

「まぁ、あんなにLFさんの噂で騒がれてちゃあねぇ〜」

「騒いでたのは主に朝日でしょ」

「厳しいなぁ月夜ちゃん。騒ぎ過ぎたのは謝ったよ………別に25年間フジドウリゼって子が同じクラスの同じ出席番号に配属されてても、まあ偶然でしょ! 珍しい名前でもないし」


 謎が謎を呼ぶオカルト同好会は一旦保留。西棟の3階にある自習室へ向かう。

 そう、ここは漫画研究部。

 楽そうとかサボりやすそうとかそういうことを言ってはいけない。現在週刊少年ステップにて絶賛連載中の人気漫画『StripeStrike』はここ鬼姫高校漫画研究部から持ち込まれ、見事連載を勝ち取ったという経緯があるのだ。ステップ以外の漫画雑誌にもいくつか鬼姫漫研発の漫画が連載されている…………要は世にも珍しい『漫画研究部の強豪校』と呼べる場所なのだ。

 この部活はガチ勢かエンジョイ勢のみがいて、幽霊部員なんて存在は存在しない。花子さんの話題を聞く限りもしかしたら幽霊の部員はいるかもしれないが………。漫画を書くのを楽しむ生徒か、連載を本気で取ろうとする猛者しかいない。

 ちなみにリサは前者になる予定。元々絵を書くのは好きな方だ。

「あ、仮入部希望?」

「はい」

「遅い時間まで残すのは駄目だけど取り敢えずこっちの部屋にお願い」

 メガネをかけた男子上級生が隣の部屋を案内する。そこには何名かの一年生が集められていて、紙と鉛筆で何やら書いていた。

 彼は自己紹介をした。山根和樹、2-A所属の副部長。一度見たことがあるのは彼が生徒会の書記であることと無関係ではないだろう。

「まず最初にやってもらいたいんだけど………これから君にはキャラクターを作ってもらいます」

「………いきなりですか?」

「あ、そんなに緊張しなくてもいいよ。画力とか発想力とか、その辺を見たいかなって。昔から伝統的にやってるテストでね」

 そう言って山根副部長は20枚ほどの紙を紙袋から取り出す。

 紙袋には様々な写真が満載になっているらしい。そしてそのうちの20枚程度を適当に取り出して、

「君が2枚選んでほしい」

 その中から2枚選ぶ。本当に適当に選んだ。何の写真だろうと確認したところ教会の写真と夜空の写真だった。

 発想力テスト。具体的に数値化できるわけではないものの、この無作為選出の画像をモチーフに、キャラクターを作成してほしいとのこと。2枚を組み合わせたものでもいいし、一枚ずつ1キャラでもいい。年齢制限が掛からない範囲なら人物でもモンスターでもロボットでもいい、とにかく発想力と画力と趣味の方向性を知りたいから考案されたのだという。

「色鉛筆とかある? なければ貸すけど」

「大丈夫です」

 そう言って取り出すのは硬さ様々な鉛筆。リサの画材は基本的に鉛筆である。見たことのない硬さの鉛筆に山根副部長は驚いたが、握力が高く一種類の硬さでは微調節がしづらいリサにとってこの画材は案外相性がいい。

 夜空と教会ということで、やっぱりモンスターかなぁと考える。

 夜空の方はドラゴン、そして教会の方はゴーレムだろうか。

 そして大体のイメージが膨らんだところで書き始める。

 迷いのない一発書き……そして一時間もする頃には書き終わっていた。

「あ、そろそろみんな終わった感じ?」

 そしてタイミングよく山根副部長が顔を出す。

 提出ボックスみたいなものを携えていた。どうも部員総出でこの絵を評価し、どんな適性があるかを協議するらしい。そのためできれば明日も来てほしいとのこと。

 断る理由もない、リサは提出ボックスに紙を入れる。

 明日が楽しみだと、リサは考えるのだった。


 とはいえ校門を出ようとしたときに平穏は崩れ去る。

「あ、リサ」

 件の少年、グレイだ。Tシャツにジーンズ、どこにでもいる格好をした幼い少年が駄菓子を食べながら待っていた。

「怪我、大丈夫?」

「うん、大丈夫。どうしたの?」

「話があって。来てほしいんだ」

 来てほしい、といった割には返事を待たずに手を握ってきた。断る理由もないし、彼が使う妙な技術についても聞きたかったのでいい機会だろう。

 そのまま手を繋いで彼と行動…………周囲の鬼姫高校生がその光景に唖然としている中、仏頂面な二人は世間話をしつつ目的地へと向かう。

「そういえば、パスポート返してもらった?」

「取られたまま。ちょっと事情を話したらわかってくれたけど」

「そうなんだ」

「うん」

「………」

「あ、リサ。言い忘れてた」

「なに?」

「敵いたから倒しておいたよ」

 世間話の流れからなぜこんな発言が来たのだろうか。

 リサは無言で見つめるが、同じ無表情族のグレイはその無表情を疑問と察してしっかりと説明してくれた。

「実は僕の生まれ故郷から侵略推進派が来てて」

「うん」

「その人たちがリサを狙ってる」

「うん………なんで?」

「君のお母さんが……………………。……………………、………言っちゃダメだった。忘れて?」

 気になるが、言ってはだめなら仕方がない。リサは未だに『あなたは18歳以上ですか?』という問いかけにYESを押せないタイプの人種だ、心の中の悪魔さんは夜中にポテチを食べるか否かで葛藤するときくらいしか囁かないし大体がNo判定だ。

 その後も失言をしそうになるグレイとそれを流すリサという奇妙な絵面な続き、いつの間にかバスへ乗り、到着したのは、

「………警察署?」

「うん」

「なにかあるの?」

「君が狙われてる理由を説明しなきゃだめだから」

「なんで警察署なの?」

「…………あれ、なんでだっけ………」

 大丈夫だろうか………。一先ず促されるままグレイについていく。受付に座る事務員の女性が困惑しているのを尻目に、グレイは迷いなく会議室と書かれた場所までやってくる。

 ……………あまりに堂々とした態度についてきてしまったが、本来部外者が入る想定にはなっていないだろう。リサはビクビクしながら(とはいえ無表情で)グレイのあとに続く。

 そして座っていたのは、

「あ、…………狩谷さんと品川さん」

 椅子に座っていたのは狩谷と品川と………あと一人、無言の男性。

「覚えてくれてたか。ったく、このガキンチョのことだからろくに説明もなかっただろ?」

「はい」

「…………世間話はこの辺にしましょう。彼から聞きたいことは山ほどある」

 狩谷の軽口を、その男性………仲上英智がキビキビとした口調で遮る。

 狩谷よりも年下だが、階級的には上なのだろう。

「はじめまして……私は仲上英智。梓は私の娘です」

「………梓ちゃんの、お父さん」

 なるほど納得だ。梓の目つきはおそらく彼譲りなのだろう。鋭い、見る人を見透かし射抜くような視線。

「ですが今は鬼姫町警察署署長として藤原さんとは会話させていただきます」

 とはいえ切り替えの速さは梓っぽくない。

「それで、グレイくん。君が彼女を呼んでからでないと話せない内容とは何でしょうか?」

「……………言っちゃだめだって言われたけど、言う。危ないから」

 そういってグレイはリサをじっと見る。

「リサのお母さんは、僕と同じエボニア人」

 自分の母親が関係しているのか? そう思ったが、事態はより複雑らしい。

「彼女の名前はフラン・アスター。日本円にすると45億円の懸賞金がかけられてる」

「………犯罪者ってこと?」

 微妙だが、まあ狙われている理由としては妥当だ。要はその45億円を欲しがった人々がリサを人質にしようとしているのだろう、警察の三人もそう思ったが…………、

「別に、なにか犯罪を犯したというわけではないよ」

「じゃあ何故懸賞金が掛けられているのですか?」

「アスター家の人員は生まれつき懸賞金が掛けられているから。万が一のとき、直ぐに捕らえられるように」

 話が見えてこない…………だがこれは彼の故郷エボニアの文化と文明、双方特有の性質であったりする。

 彼らが扱う闇属性魔法…………闇属性エネルギーの名前を取り『魔素技術』ともいうが、この技術は極めて強力。近年発見された例で言うなら、準備さえ整えば地球の21世紀の核爆弾を遥かに凌ぐ威力の放射熱線を人の身で行うことすら可能だという。

 それ故、危険な技術は封じ込めなければあっという間に戦乱の世になる。事実、エボニアで7年ほど前まで行われていた世界大戦では放射熱線ほどではないが危険な魔術が多用され多くの犠牲者が出た。その大戦で動員できた技術をまともに地球へ向ければ七日間で地球人類を制圧可能だったほど。

 そしてリサの母親、フランの生家である貴族アスター家の人間は代々禁忌の技術に傾倒する傾向があり、普段は貴族として広大な領地を治めるという責務を負わされ暴走を防いでいる。

 そこまで説明されて仲上氏は眉を顰めた。流石に生まれだけで犯罪者と決まるわけではないというのに……やや異世界エボニアへの見方が変わってしまう文化だ、とも思った。

「……私のママは、何か危険な技術を作ったの?」

「僕の体。特異体質同士を掛け合わせて優秀な人材を作ろうって計画があったんだけど、これはフラン博士が10代の頃に考案した技術を盗用してる」

「……………」

 思った以上に非道な技術が出てきてしまい、グレイ以外は全員唖然とする。だがグレイは表情を変えない。

「僕は悪く思ってないよ。この力があれば、沢山の人を守れるから」

 本当に気にしていないのだろう………グレイは話を続けた。

「それでその。狩谷さん。昨日話した人たちのことだけど」

「ん………あぁ、お前以外のエボニア人か、目処はたったのか?」

「今連絡来た。こっちに向かうって」

 そう言われて随分と急だな、という表情の品川。だが途端に低い音がし始め、グレイ以外の全員に緊張が走る。

 トンネルに風が吹き抜けるような、低い音と共に黒い渦が生じる。リサとしてはあの機械兵器がここから出て来たのを見ているため思わず身構えてしまったが………その中から出てきたのは3人の女性だった。

「やっほーグレイ! なんだか質素なところね?」

「ちょっとマヌエラー、一応ここ地球なんだから急に魔法使うのやめなさいよ」

「私に全部荷物押し付けて………」

 口々に姦しく、金髪に白い肌の女性が鬼姫町警察署の床を踏む。

 大柄というわけではないが、非常に身長が高い。最も低いマヌエラと呼ばれた女性ですら190cmはある。細身で均衡の取れたスタイルの三人の女性。服装はそこまで変ではない、その辺りを歩いていても違和感のない服装だ。

「………初めまして。私は鬼姫町警察署署長の仲上英智と申します。こちらは部下の狩谷鉄郎警部と品川真司巡査長」

 仲上氏は驚いてはいたものの非常に礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。

 マヌエラがあー、と声を出してモゴモゴしてたが、ぐいと押し退け一番背の高い女性が前に出る。

「初めまして。私はアレクシア・アスター。ミドルネームは省略させてもらいますわ。こちらの二人は、カサンドラ・アスターとマヌエラ・アスター」

 貴族なだけあって礼儀正しい態度で返事………したのもつかの間。

「ミドル省略すると混乱生じない?」

「私達の文化説明するの面倒じゃない、省略よ省略」

「いや、家名言ったら普通に混乱するでしょ」

 砕けた口調で言い合う3名。確かに、家名を言われて混乱が生じる。

「先程までグレイくんからフラン・アスターと呼ばれる女性について説明を受けていたのですが、貴女方は彼女の姉妹ということでよろしいでしょうか?」

「…………ほらーやっぱり。なんとかしてよアレクシア」

「………姉妹であり、従姉妹でもありますわ。フランは私達の姉のような存在です」

 よくわからない発言だが、まあ親戚ということだろう。3人はどこからともなく………しかし先程と同じ渦の中から椅子を取り出して座った。その所作からもわかる通り、この渦は彼女たちエボニア人にとってはカバンを開けるような一般的な動作なのだろう。

「………あっいけね………えっとナカガミさん? これ、さっきまで京都にいたんですけどそこのお土産です」

 カサンドラが思い出したかのように小さい渦から箱を取り出した。生八ツ橋である。

「………京都ですか? その、随分とお早い到着ですが………」

「私達にとってここから京都までの距離は一時間もあれば移動可能ですわ。先程から使っている、この『次元の門』という魔法は………」

「おいコラ大学教授。講義は後にしなさい」

「おっと失礼」

 フフフ、と笑いながら軌道修正するアレクシア。

 仲上氏は、どうにも話しづらい三人だと感じた。『軽い』、先程までグレイが語った異世界エボニアの歪な技術体系とアスター家の立ち位置と、この三人の態度には齟齬がある。

「で、グレイくん。どこまで話したんです?」

「フラン博士に懸賞金かかってるってとこ」

「ん。じゃあまず最初に明言しておきますと…………現在エボニアでは異世界侵略推進派の『魔女集会』なる組織が社会問題になっています」

「その組織の主張は………まぁ、聞かなくてもわかります。地球を侵略するということですね」

「話が早くて助かりますわ、ナカガミさん♪ ですが、本来ならもっと別の世界を狙うつもりだったのですが急遽矛先を変えたのです」

「………何か理由があるのですか?」

「そこの女のコ…………私たちからすれば姪っ子ちゃんですわね。彼女の体質は我々から見て大変素晴らしいものでして………」

 アレクシアがじっとリサを見つめる。やや、イヤらしい視線でもある。胸元、腰付近、そして顔を見て蠱惑的に笑った彼女………リサは少し警戒した。明らかに、視線が街で自分に向けられることがある性的なものである。

「………………うん、是非とも欲しいですわね、どうですか私の息子と」

「アレクシア、ストップ」

「いけないいけない、警戒されると困りますからね………」

 どうやら仲上氏もこの3名は危険な人物でもあると考え始めたのか表情をやや固くする。

 だが話は進めなければならない。

「その特殊な体質とは」

「我々が魔法を発動する際には魔素というエネルギーを消費しますわ。つまり、我々エボニア人を始めとする闇属性魔法を使える生命体というのは、魔素を先天的に生成する機能が備わっていますの。彼女はエボニア人と地球人のハーフらしいので当然備わっていますわ」

 魔素とは、魔法を使う際のエネルギー『魔力』の中でも特殊な性質を有する『闇属性』に分類されるエネルギーのこと。そして扱える魔法は『闇属性』という名前にふさわしい、影を操ったり死体を操作したり次元に穴を開けたり血液を媒介に特殊な力を発揮したり………様々だ。

 そんな多彩な力を一つのエネルギーで扱えるのか、という仲上氏の問いかけにアレクシアは首を横に振る。

「魔素に限らず、魔力には『系列』というものが存在していまして、扱える現象によってその系列が異なりますわ」

「えっと………つまり、属性の中にも細かい属性があるってことでいいですよね?」

 何とか話についていけた品川が戸惑いがちにそう質問する。アレクシアはにっこり笑ってその通りですわ、と答えた。

 魔法や魔術という、地球人からしたら非科学的な概念の理解は結構困難だ。頭の硬い狩谷と仲上氏はやや理解に苦しんだが…………趣味の一つがゲームである品川は今どきの青年の感覚でなんとか理解した。リサも黙ってはいるものの、同じような理解の仕方をしていた。

「一言に魔素を生成できる体質と言っても、一人が生成できる『系列魔素』の種類は多くても8種類程度。それも生成量に関してはその中の2つほどの系列に偏る場合が多く、使えても3つの系列が使用可能というわけです」

「………その割には、皆さん同じ、魔法を使っていますが………」

 仲上氏が気になったことを質問したが帰ってきた答えとしては、電池のように魔素を貯蔵して適宜消費して使っているとのことだ。その『電池』があれば地球人でも魔法は使えるのか、という質問に対しては『理論上可能なことと現実に可能なことは全く違いますわ』というなんとも微妙な回答だった。

「アレクシア」

「はいはい話がそれてしまいますね………それで、そこの少女の体質ですが」

 珍しい種類の魔素を扱えるのか、そう考えた魔法に疎い四人。先程アレクシアがした『舌舐めずり』といい、おそらくリサは魔法を扱うための優れた特殊性を保持しているのだろうとは予想がつく。

 だが、返ってきた答えは予想外のものだった。

 あるいは予想以上。

「藤原リサさんは全ての系列の魔素を大量に生成しています」

 魔法を使えない四人は実感がわかない。アレクシアは説明を進めた。

「それも彼女は今まで16年間程度、一切捕捉されることなく健全に生きてきたようですね。我々はどうあがいても魔素を完全に隠蔽することはできません。理論上はできますが、乗用車サイズの荷物を常に背負って暮らしたい人物はどこにもいませんわ」

 出血がトリガーとなって発覚したのだろうと直に見て分かった。血液には特殊な魔素が含まれているが、それだけでも異様な値が計測されたのだ。

 疑問点は多い、仲上氏はそのうち特に気になった部分を質問することにした。

「しかし………彼女はフランという女性と地球人男性の間に生まれた娘ですよね? フラン博士の体質が遺伝したのでは?」

「フラン姉様は我々アスター家の23姉妹の中でも保有系列が少なく、比較的初歩的な系列しか生成できないのです。だからこそ尊敬に値する人だったのですが………」

 23姉妹という数にも驚きだが………そうなると辻褄が合わない。

「魔素の体質は遺伝しないのですか?」

「しますね。私達、腹違いの姉妹ですが、父親は同じですので父の体質は結構受け継いでますのよ」

「………。では、何故………?」

「さあ? わかりませんわ。でも、わからないことを知ろうとすることこそが我々エボニア人にとっての宗教的善行ですので」

 ニッコリ笑って、アレクシアが立ち上がる。その視線はリサに向けられている。明らかに先程とは雰囲気が違う彼女に、マヌエラたちも呆れていたが渋々立ち上がる。

 警察3人も思わず立ちあがる……………この女は危険だ。

「あら、どうかしましたか?」

「いえ…………明らかに、この少女を連れ去ろうとしていますのでね」

「あらあら………私ったらいけませんわ。初対面の殿方にすら気取られるほど……………楽しそうな表情してましたのね」

 黒い渦が生じる。その中から杖を取り出したアレクシアは笑いながら、しかしリサからは目を離さない。

「アレクシア、一つ忠告だけど………」

 だが、マヌエラが呆れたように声を出す。水を差されたことにやや眉間にシワを寄せつつアレクシアは返事をしたが、

「グレイくんの存在忘れてるよね?」

 次の言葉で、表情が固まる。

 その言葉に思わずリサも警察3名もグレイを見る。

 彼は表情は変えていない、焦った様子もない。ただ…………その手にはいつの間にか剣が握られていた。あの機械兵器の脚部をくの字に折り曲げた剣である。

 じっと、アレクシアの目を見ている。冷や汗をかいているのはアレクシアの方だ。リサやその周囲の魔法を使えない男3名という人質がいる、数も有利………なのに、グレイの方が優勢であるということを如実に示していた。

「笑えない冗談、嫌い」

「…………冗談じゃないって言ったら?」

「15億が僕に支払われる」

 アレクシアが二人の妹に目線を向ける。マヌエラはそっと目をそらし、カサンドラは無理という意味のジェスチャーをした。

「それとも35億?」

「わかった、わかりました、我慢しますわ。その子とお友達になれば、研究し放題ですものね」

「やっぱり15億」

「剣を仕舞ってくださいまし」

 降参といった感じで椅子に座り直すアレクシア。だからやめたほうがいいって言ったのに、みたいな二人の反応を見る限り京都にいた時点でそういう話題は出ていたのだろう。

「大体、フラン姉さんが見つかったらそれこそぶっ殺されるじゃん、何考えてるのアレクシア」

「絶賛行方不明ですし………あ、あの人が行方不明になるのはしょっちゅうですので、別に心配ないと思いますわ?」

 気を使ったのかそうでないのか、読めない回答をするアレクシア。彼女はリサのことをじっと見ていた。

 諦めたわけではないが、直接的に手を出せば確実にグレイが殺しに来る。三人がかりなら行動不能に持ち込めるだろうが、確実に二人は死ぬ計算だ。まずは外堀から………自分の娘や息子が地球交流に関わりのない役職であることを悔やんだ。

 そんなアレクシアの横でカサンドラが首を傾げながらこんなことを言い始めた。

「そういえば、フラン姉さんの娘だって話だけど……もう片方の親は見つかってない感じ?」

 物怖じせずに砕けた口調で、仲上氏へと語りかけるカサンドラに仲上氏はしばし考えたあと、頷いた。彼女たちに情報を与えるのは危険かもしれないが、何か知っているかもしれない。

「…………ねぇマヌエラ。この子お饅頭ちゃんに似てない?」

 お饅頭ちゃん? なにかのマスコットだろうか、だが三姉妹間では共通認識なのか、あー確かにと納得をしていた。

「あの、お饅頭ちゃんって」

「フラン姉さんが時々屋敷に連れ込んでた子だよ。ちっこくて丸顔だったからお饅頭ちゃん。名前なんだっけ」

「この子顔の輪郭はフラン姉さん似だ………だから気付けなかったのね。名前、あー、なんだっけ、ちょっと虫っぽい名前……………18年くらい前だからなぁ」

 三人はそんな話をし始めた。警察の3名、特に仲上氏はここで出た名前を調べるつもりだ。

 異世界からやって来た43億の賞金首と婚約した人物だ、危険なバックがついていてもおかしくない。

「思い出した、ユーガ」

「ユーガ………それは男性の名前ですか?」

「いや、女の子………」 

「魔法なら女性同士で子供を為せるというわけではなさそうですね」

「普通ならね………」

 カサンドラの表情で、何かあったか察した。

 詳しいらしきアレクシアがそのことを説明し始めた。

「フラン姉様は20年ほど前にある技術を開発して懸賞金が200万程度上がりましたの。その技術は同性間妊娠」

「同性間………つまり、私のお父さんは」

「多分、お饅頭ちゃんですわ」

 まだ見ぬ両親は、無事だろうか。リサは案じたが………やはり常識側の人間である仲上氏や狩谷は困惑した。

 これをどう公表したらいいのだろうか、と。

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