19話:肉体変形実践
「それで、どこまで教えましたか?」
「注意事項込みで基礎までですね、ビッグボイン」
「…………」
「ぐええええ! 身長差考えてください末っ子ちゃん、そのアームロックだと首が締まります!」
「胸のことはどうでもいいでしょう」
「おのれ、同じ遺伝子なのになぜここまでの差が………」
P-2000と末っ子ちゃん『Z-9999』こと九重千尋が仲良く喧嘩している。
朝、起きたら高硬度実験場へ来るように言われて来たらこれである。
このアルビノ大女さんも恐らくアヤセユリのクローンなのだろうとリサはすぐに分かった。
「さて、リサさんであってますよね?」
「はい」
「了解、実戦訓練しましょう」
「…………?」
唐突すぎる。
うんざりしたようなジェスチャーをしながら、P-2000がしっかりと説明してくれた。
「………昨日の『Sランク』の意味ですが、こういうことです」
「どういうことですか?」
「私のオリジナルである綾瀬百合様は、定期的に実戦訓練を行うのですが、ソレの別名が『地獄』です」
「…………」
「私や千尋ちゃんはその訓練にかなりの適性があると判定を受けているので『戦闘能力は申し分ない』と言われていますが………まあ同じSランクにも幅があります。千尋ちゃんは訓練代行を任せられるほどの適正あります」
クソ不評ですが、とも付け加えた。
クローンという存在は、特殊な出自ゆえに基本的に他人の影響を受けやすい。P-2000の言動も『親しみやすいと感じた人物』を真似ている状態である。胸の大きさに関しても他のクローンの影響を受けたために出てくる発言らしい。
Z-9999というアヤセユリ・クローンの最終生産品も同様、特に『綾瀬百合』と『藤原藍』の影響を受けまくっているという、特に悪い部分。
「その上戦闘センスだけならΩ-18内でも随一なので手に負えない猛獣です」
「褒めても毒しか出ませんよ」
そんなことを言いつつも、構えるように促す千尋。
リサは困惑しつつも構えた。
「毒は使わず、肉体変形のみで戦います。毒を使うと多分アナタは勝てない」
「………」
「少し加減します」
具体的には認識可能な速度です、と説明された。
それがどういう意味かは正直理解できなかった。
リサが具体的になにかするより先に、千尋が動く。
いや『動いていた』という表現が正しい。
恐らくすれ違いざまにリサの左腕を切り付けたのだろう。それにリサが気づいた次の瞬間には千尋が右脚を切りつけつつ前へ回り込んでいた。
そして思い切り蹴飛ばす。
リサの左腕が、右脚が再生していく様子を見て不満げに首を傾げる千尋。
「左腕に25秒、右脚が27秒、再生が遅いですね。切られた順番は分かったようですが、対処ができていない。一般人に強いるのは酷とはいえもはやアナタは一般人とは呼べない『分かりやすいターゲット』、そんな体たらくでは護りたいモノすら護れない」
ただ、『再生が遅い』という評価は熟練の戦闘員として、という評価である。一般人が1分足らずで手足の再生を行えるとは驚きだ。
千尋は『見込みあり』と考えつつも立ち上がったリサの目を見据える。
リサもリサで、九重千尋の攻略方法を考えていた。
千尋の間合いは接近戦、特殊な力で腕力を強化してくるわけではないのならば結界による防御は可能だろう。脅威なのはスピード、メアリーの『電光石火』程ではないが加減されて『視認不能』というなら加減をされない場合もはや対処不能になるのだろうと考えた。
身構えるリサ、それを見て千尋も攻撃態勢に入る。
リサやP-2000とは桁違いの速度で腕を骨の鉤爪へと変化させ、駆け出す。攻撃回数は3回、一秒にも満たない短時間に三連撃だ。
リサの防御はそれでは貫けない。
(障壁、一度に5枚も出せるのか)
今の攻撃で3枚は割れたがこれは有効的な手段。
速度が乗れば確かに千尋の攻撃は絶大な攻撃力を生む、毒も合わせれば掠っただけでも致命的だが、武器が『人骨』という関係上あまりに強い一撃を放つと砕けてしまう。
(単純すぎる防御、穿けない道理はない)
まったく同じ能力を持つ綾瀬百合が『最強』と呼ばれるのは単に能力が強いからではない。
「覚えておいてください、必要なのは『工夫』です」
リサにそう呼びかける千尋、リサは何か来ると考えて再び障壁を貼る。テラリウム内での『20日』、覚えたことの実践だ。
千尋の右腕が槍の様な形状へ変化する。毒を使わないために毒腺は付いていないが、本来であればこれも掠っただけで致命的な変形────ただこの槍の恐ろしい部分は破壊力である。
再び視認不能な速度で接近してくる千尋、ただリサには習ってきた魔法がある。神経系列魔法『神経強化』により千尋が来る方向を把握し障壁による防御を集中する。
ただ把握されても問題なし、槍による攻撃は、鉄板すら貫くのだから。
槍の後部、元の部位で言えば肘に当たる部分から肩へ接続される比較的柔らかい組織………腱である。肩の部位はまるで撃鉄でも起こしたかのように展開され、腱を後方へと思い切り引き絞っていた。形状が槍であることから、原理で言えば素潜り漁に用いる銛に近いかもしれない。後ろへ引き絞り、前方へ突き出す『骨の槍』。
骨が出す音にしては機械的すぎる音を立てて勢いよく障壁を4枚貫く。最後の一枚は………貫けない。
弾力のある障壁、勢いが死んだ槍であれば硬い障壁を用いるよりも止めやすいだろう。よく考えられた工夫だ。
(藍さんの入れ知恵か………)
荒削りだが咄嗟の判断としてはいい。
問題は、防いだあとの判断である。
飛ぶのは魔法だろう、そう考えて前を見据える千尋………飛んできたのはエネルギーではなかった。
「っと!!」
三本の刃がらせん状に取り付けられた、奇妙な形の投擲物。それが千尋の首へ向けて飛来した。
金属光沢が見えた、恐らくは金属への肉体変質を利用した武器だ。しかもいきなり分離とは恐れ入る。
咄嗟に避けたがソレは一定の距離を飛行した後に戻ってくる…………ブーメランというわけだ。
それに気を取られているわけではないが、リサが再び肉体変形を行ったのを確認。リサはどうやら『筋肉』主体なのだろう。
肉の鞭────触手というべきか、それが思い切り振るわれる。
力任せの横薙ぎの動き。千尋はそれを跳んで回避した。
リサの様子を見ればわかるが、明らかに触手の遠心力に重心を持っていかれている。アレでは実戦向きではないだろう。千尋はそう判断したが、悪い手ではない。
避けられたあとのことも考えていれば尚の事いいが………そう考える千尋に再び迫る触手。直撃すればトラックくらいなら横滑りさせるだろうその攻撃を難なく回避し、再びリサへ接近する千尋。
そのあとも縦横無尽に振るわれる触手、風切り音の中に奇妙な音を聴いた。
空気が裂かれる音ではない、吹き抜けるような─────もっと言えば、『吸い込む』ような。
グンッ、と引っ張られる感覚。
なるほど、回避されるなら引っ張ればいいわけだ。
触手の側面に、口のような孔。吸息による気流生成というわけだ。
しかも、吸った空気は逆方向から排出し触手を振るう速度を上げている。
(良い工夫)
思わずテンションが上がる千尋。ほぼ反射でリサの振るった触手を回避し距離を取り…………10mほどの距離を取るのに1秒もかけない。
そして、
「っ」
リサの触手が一瞬でぶつ切りになる。痛覚は殆どないが、ほぼ同時に3mに渡る触手が細断されるのは知覚できる。
攻撃は続行したほうがいいと思ったが待ったが入った。
「基本動作はいいですね」
これなら合格点です、と補足された。
椅子を引っ張ってきて、座る。
向かい側には千尋が座っている。
「改善すべき点は多いですが、魔法関係ではなく肉体変形関係で気になる点を抜粋します」
一番気になったのは重心に関する話らしい。
「自分の体重と釣り合っていない質量を振り回しているので扱いづらいはずです」
「………でも」
「質量も重要ですが速度もかなり重要です。質量を増やすよりも速度を速くする努力をしたほうが効率もいいですし」
吸気と排気の発想は良かったですよ、と千尋。
「それと分離………ブーメランですね」
拾ってきた3枚刃のブーメランを千尋は手に取る。
ずしりと重い、金属製。
「無意識でこれをやったなら凄いですよ」
「そうなんですか?」
「骨の金属化………なるほど、そういえばリコリス博士は自身の骨を魔法金属に変えて利用していましたね」
錬金術ってご存知ですか? と聞かれた。唐突だったがリサの頭を巡るのはゲームの武器強化システムだったりアニメや漫画の魔法じみたものしか思い浮かばない。
「…………あれ、藍さんは教えていない感じですかね?」
「はい」
「まぁ、既存の素材に魔素を注入して魔法素材へと変化させるのが闇属性における錬金術です」
「名前的に、金は作れたりするんですか?」
「日本語訳で便宜上錬金術と言ってるだけで、実際の金は作れませんね。既存の素材を魔法素材に変えるので、金に似た金属なら作れるとは思います」
実際リサの作ったブーメランにも金色っぽい部分が存在する。これが金に似た金属というわけだろう。
「正直に言いますと、P-2000が教えたであろう『別物質の性質を得る肉体変質』はリサには当てはまりませんね」
「そうなんですか?」
「はい、そういう能力は特定の部位を特定の物質へ…………例えば骨を鉄へ、皮膚をチタンへ、まぁ一種類に特化することがほとんどです。魔法金属全般への錬金術になるとまた別の能力となります」
体内錬金に関してもかなり高度ですけどね、と補足説明。それに特化した超能力の持ち主でもなければ錬金術を体一つで行うのは不可能に近いという。
埒外の魔素量を保有しているからこそできる所業、リサとリコリス独自の荒業だという。
「リサは結構ポテンシャルだけは高いですね。現時点はクソ雑魚ですけど」
「ザコ……」
「オリジナル同様、実戦あるのみと言いたいところですけど、ただ巻き込まれるだけならともかくアナタ狙いで上級者たちが来てる現状ではそうも言っていられません。出来得る限りの修行を、この場で済ませる必要がありそうですね」
つまり時間があまりないですね、そう言う千尋が再び立ち上がる。
リサは首を傾げた。
「………また、実戦訓練ですか?」
なんというか、地獄の訓練と言われると今日明日明後日とぶっ続けで戦闘し続けるみたいな光景が思い浮かんだのだが。
「いや、違います。基礎固めをもう少し。変形にかける時間とかを知りたいですし」
もっと変形しましょう、と千尋が不器用な笑顔を浮かべながら言った。
そこから数日間…………つまり、月曜日の登校時間ギリギリまで千尋との訓練を行うことになるリサ。
そこでとんでもない技術を得ることになるのだが────お披露目は、もう少しあとになるだろう。