18話:肉体変形基礎
外部では大体深夜1時。
テラリウム内部では『今日』もリサの修行が進行していた。
やはり『前世』の関係だろうか、リサは魔法の習得が早い。そのため様々な魔法を教えてもらったのだがそんなに魔法陣を仕込むことはできない………そのへんはどうするのだろうか、という疑問には『肉体変形のエキスパートを待つ必要がある』とのこと。
「とはいえ、エキスパートというほどじゃないけど肉体変形能力者を呼んでおいたわ」
基本ならその人物が教えてくれるとのことだ。
「さて、P-2000号。準備できたかしら?」
「準備運動はばっちりですよ、主任さん」
藍の隣、番号で呼ばれたのはロボットとかではない。
乳白色の髪と肌に淡い赤の目をしたアルビノの女性、髪型はベリーショートヘア。表情は硬いものの、ハイマワリーズ同様にジェスチャーをしてOK! と全力で主張してきた。
「P-2000号。数年前までは戦闘部門のメンバーだったけど今は研究部門のメンバーよ」
「だって有給受理されないんですもん」
「………成分合成実験が楽しすぎて休日返上するやつが何言ってるのよ」
P-2000はリサと握手する。よろしくでーす、とすごく軽い。
………色々と追いつけない。
「名前………番号以外にはないんですか」
「ないですね。すごくユニークで誰とも被らない名前でしょう?」
「リサには説明してなかったわね、彼女は私の親友の綾瀬百合のクローン人間よ」
「クローン………」
「しっかり説明してくださいよー。研究所内歩くと私と同じ顔と何十回も会うことになりますよ」
P-2000は『PlagueDoctor』シリーズと呼ばれるクローン兵器の中の一体。製造者は応用能力研究所に所属しているものの、時系列が違う。所属する前に製造され、製造者は他でもない綾瀬百合とその周囲の人物に撃破されこの研究所で働いているという。
P-2000と呼ばれるだけあってAからYまでの英字と0001から9999の数字の組み合わせで呼ばれる同一遺伝子のクローンがいる。Zに関しては9999番のみ、Z-9999こそ藍の部下である。
「というか末っ子ちゃんが担当じゃないですか? なんで私が引っ張り出されたんですか」
「適性Sで暇なやつがあなたしか居ないじゃない」
「………いや、Sランクを教官につけるのどうなんですか?」
Sランクの意味はわからない。強さだろうか、聞いてみても遠い目をされた。
「とりあえず、任せたわP-2000。私は『生きた組織』の使い方は苦手なのよ」
「信頼されているからには了解でーす。とりあえず座学と実技って感じで、戦闘訓練はまだやめておきます」
「あら意外ね」
「末っ子ちゃんやお姉様とは違いますよー私は」
藍が他の仕事をするということで席を外し、始まったわけだが。
「まずは再生速度を教えてほしいです」
「再生速度」
「ご存知ない?」
あらま、とジェスチャーされる。やはり無表情だが怖さはない。
P-2000はおもむろにカッターナイフを取り出し指先を切った。
「例えば私は指先程度なら切った端から再生します」
カッターの刃が切れ込みを入れるのと同時に、傷がふさがっていく。出血も最低限だ。
「ノリでやっちゃいましたがメッチャ痛いです……………戦闘中なら気にならないんですが」
そう言ってカッターナイフを置くP-2000。そしてあっと声を出した。
「そのカッターの刃には触らないでくださいね。私の血液は猛毒ですので」
「猛毒」
見ればカッターの折れやすく薄い刃は半ば溶けていた。
煙を立てているがその煙すら妙な色をしている。
「私は───というより私の大元の遺伝子は毒を操る能力者のものです。体内に取り込みさえすればどんな毒でも使えます」
毒は不死者の弱点の一つでもあります、との補足も受けた。
つまりは、アヤセユリなる人物は弱点の一つを消しつつ不死者の天敵となりうる人物というわけだ。
「メガネちゃん」
「私は藤原リサです……」
「リサちゃん、覚えておいてください。損傷部位によっては再生速度は落ちます────とくに頭部を砕かれれば、並の不死者であれば5分は行動不能となるでしょう」
慣れてないならもっと時間がかかる。相手の目的が自分の捕縛なら、はたまた何かしらの物品の確保なら、その『5分間』でできる限りのことができる。その『5分間』で、全ての決着がつく可能性もあるわけだ。
「受け売りですが、不死者の戦いとは自分のチャンスを逃さず、相手にチャンスを与えないことが最も重要です」
「………」
「例えば主任さん……藤原藍さんは頭部の再生に30秒もかけません」
お姉様には負けますがね、そう告げる。
………肉体変質能力には大まかに3種類があるという。
1つ目は最もポピュラーで単純明快、『肉体を全く別の性質の物体へ変化させる』という手段。皮膚を金属に変化させたり植物や菌類、他の動物の体へと変質させるやり方。これはそのまま別個の能力として得られる場合が多い。中には液体や気体に変質させる人物もいるというが極めて稀だという。
2つ目は肉体のエネルギーへの変質。これは何かしらのエネルギーを発生させ操る能力の持ち主が、能力を極めた末に獲得するものだという。この状態になった場合は特殊な手段や弱点をつく方法以外では攻撃が当たらない。
そして3つ目が、肉体を『肉体』のまま変形させるやり方だ。
「『骨』と『筋肉』、『血管』に『神経』など…………それらを自在に発生させ配置することで、『そういう生物』に変化する手法です」
例を出してくれた。
あっという間に鋭い爪で覆われたP-2000の左手…………これは骨の鎧で指を覆った上で爪を発生させたのだという。能力と組み合わせる場合、蛇の牙のような毒腺を指に形成し毒を打ち込むことも可能だという。
「これは私達PlagueDoctorシリーズのスタンダードスタイルですね。骨による武装………毒の打ち込みもやりやすいですし」
「骨しかできないとかではないんですか?」
「骨って死神っぽいですよね?」
ラリアットで命を刈り取るマッチョな死神なんていませんよ、とよくわからないことを言うP-2000………だが補足説明をされて納得した。
応用能力研究所はタロットをモチーフに部隊分けをしているらしい。藍の率いる部隊は大アルカナ18番の『月』。そして多くのPlagueDoctorが所属する部隊こそ大アルカナの13番『死神』、Ω-13『GrimeReaper』。毒の能力者のみで構成された応用能力研究所の『常用できる部隊』の中で最強の部隊だという。
「私も昔は第一線で活躍していたのですが…………忘れもしません、幸田ちゃんの引退ライブに行きたいから有給申請したらやばい案件舞い込んで受理されなかった恨み………!!!」
わなわな、といった感じで手を動かすP-2000。ただ、
「ま、引退ライブに出てたら多分日本滅んで幸田ちゃんも死んでいたので結果オーライでーす」
やっぱり軽いな、この人。リサはちょっと困惑したが鬼教官みたいな人が来るよりは気が楽である。
とはいえ無駄話は終了。
「実はリコリスさんとお姉様の戦闘は何度か見かけてまして」
「え」
「どうもリコリスさんは先ほど説明した3種類の肉体変質をすべて使えるようです」
『生体組織の魔法金属化』『全身の魔素(闇属性エネルギー)体化』そして『生体組織の異常形成』。殆ど回避行動や魔法攻撃の補助程度にしか使っていなかったが、P-2000は見たのだ。
『死そのもの』『最強の女』と恐れられるΩ-13部隊隊長綾瀬百合と戦うリコリス・ラディアータの姿を。
「言うなって言われていましたが、私は言いますよ。リコリスさんのあの戦闘能力に対して恨みを持って襲ってくる連中の練度は、すごく高いです」
「…………」
「例えとばっちりだとしてもです。いやとばっちりだからこそ……………リコリスさんへの恨みを弱いあなたにぶつける可能性が高い」
どうやら彼女は、リサの前世がリコリスという規格外だからと過大評価はしない様子。それはとてもありがたいことだと、そう感じた。
「まぁ、偉そうなことを言いましたが正直教えることは少ないのです」
「そうなんですか? 難しいと思ったのですが」
「腕を鞭に変え、掌の骨からブーメランを作れたのならアナタは感覚的に肉体変質を制御できると思います」
必要なのは想像力です、とP-2000は告げた。
自分がそういう形であると、そういう生物であると自己再定義を行う。それが肉体を変形させる上で重要なこと。
「極めると空も飛べるので楽しいですよー」
基本的に肉体変形/変質の能力は単純な器官を作ることが前提だ。骨で支え、神経で脳からの信号を伝達し、筋肉で動かす。純粋な変形のみで空を飛ぶというのならそれに適した形へ腕を成形する。
腕二本、脚二本、頭部一つ、胸、胴、腰………ここから基本形を崩すとなると生命維持器官のない手足が最適か。また手足の本数を増やすことはあまりおすすめできない、『自分をそういう生物であると再定義する』などと大層なイメージを利用するが自分が脊椎動物であるという前提すら崩して変形を行える人物は限られてくる。
感覚器官を増やすのもあまり効果は期待できない、人間は『前を向いたまま後ろと真上と左右を一気に見る』なんて想像ができない生き物なのだから。
また顔を変えるのは最もやるべきではないこと………『崩した形』から『元の形』へ自己再定義する際に最も重要なのは『自分の顔』、頭部の形をいじるのもおすすめできないが顔はもっと駄目だ。
「なので我々の場合は『形』に応じたマスクや仮面をつけて対処してますね」
パキパキという音がして、P-2000がクチバシような形のマスクを被った。………マスクはどこから持ってきたのだろう?
そのマスクは彼女たちの『製品名』であるペスト医師にふさわしいペストマスク。陶器のような質感だが、その材質は骨である。肉体変形を応用して作成した。
「仮面は普段の自分と戦闘時の自分を区切る境のようなものです…………好きなデザイン発注すれば作ってくれる人もウチにはいるので、本格的に欲しくなったら相談してみるのもいいと思いますよ」
そんなアドバイスをしたあとに、自分の手にした骨のマスクを見て、あー、と声を出したP-2000。
忘れてました、と呟いてから、
「肉体変質をうまく使うとこうして肉体から切り離して利用することも可能です。生命維持の観点から骨が多いですが」
筋肉系分離はかなりの鍛錬が要る。そしてそれに見合った効果が得られるかは当人次第だという。例えばP-2000のオリジナルである『綾瀬百合』も毒の注入には最低限骨と毒腺があれば事足りるために、よほど凝ったトラップを作成する場合以外は筋肉分離を行わないという。
そんな感じの説明を受けて色々と実践して見たが、やはり戦闘時の変形のようには上手くいかない。必要にかられていないから、というのもあるかもしれない。
「上手くやるにはどうすればいいんですか?」
「…………いやぁ石の上にも三年どころか普通なら化石化する歳月を生きている関係上、『反復練習が必要です』とアドバイスしても全くの無意味ですね」
「?」
「とにかく練習と実践です。一番いいのはガチで戦闘するというのがいいのですが…………」
◆
同テラリウム内。
会議には珍しく、Ω-18のメンバーが数人揃っていた。何せ最近はずっと地球の各所に散って任務中なのだから、5人揃うだけでもかなり稀。
「新人の草薙すみゑよ」
「よろしくー」
藍の紹介に、色々な手続きを終えて収容室外に出られるようになったすみゑが既存メンバーに挨拶をする。
「よろしくです、新人なんて何年ぶりだっけ」
副隊長格である『エスター』こと宮崎蓮華がそう告げた。彼女の能力の関係上、日本中を飛び回って活動できるためにこうして本部にいるのは珍しい。
『な、仲良くしましょうね…………』
そしてすみゑへそう弱々しく話しかける合成音声………外見も特殊なPCであり、とても『同じ会議室にいる』という状態ではないが仕方がない。スーパーコンピューターとしての運用を受けている存在『EmpressProtocol:REM』、通称『レム』は現在4つの研究活動うとこの会議への出席を同時並行している。
「おー、これがろぼっと?」
『本体は一応人間ですよぅ………』
「ロボットは別ね」
「今、イザベルはロシアでしたっけ?」
そして最後の一人も声を出す。
存在感のある………というより、物理的に存在感しかない人物なので仕方がない。
身長3mの大女、アルビノ………綾瀬百合のクローン『PlagueDoctor』の一体である彼女は、つい数時間前に任務を終えて帰投した。
「………『PlagueDoctor ID:Z-9999』九重千尋」
「ちひろ殿、よろしくのー」
「よろしくです。物理戦闘行為の訓練なら私が見ますので、仲良くしましょう」
「訓練の前に自らにかけられた呪いの解除を優先したほうがいいのでは?」
「あ、問題ないですよ。これが私の『異常性』なので」
そしてZ-9999は、特殊な体質故に『PlagueDoctor』シリーズとは別枠の収容を行われている。
「それで、会議室に集めた理由は?」
「新人紹介、それだけよ」
「…………隊長の悪いところ出てますね」
『でも怖いことじゃなくて安心しました』
「毎回こんな感じかの?」
「しょっちゅう。『議論することないから適当に駄弁りましょう』とかやる人なの」
すごく緩いが、一応ここにいるメンバーだけで国一つ落とせる戦力である。
「……とりあえずは他メンバーの経過報告も兼ねるわ」
そういって会議室備え付けのプロジェクターにPCを接続し報告書を表示する。
「ブラジル、ロシア、オーストラリアの三人は大丈夫そうね」
「瞳ちゃんならまぁ納得かも」
「イザベルもうまくやってそうですね、ヴィオラとエミリがうまくやってるのは意外ですが」
黒沼瞳という若手………彼女はこの部隊内でもトップクラスの訳ありかつ下手に『終了』すると世界が崩壊しかねない性質の持ち主だ。最初は壁があったものの、今では頼れる新人だ。
イザベル、彼女が件のロボット。ロボットというよりはアンドロイド。超がつくほど真面目で融通の効かないメンバーだが、要は規則などを無視して活動しなければいいのだ。
吸血鬼ヴィオラと魔眼のエミリ………超高飛車お嬢様と小型犬が怖くて外出できないビビリのコンビも今回の任務は普通にクリア。近々帰国予定だという。
「ヴィオラとエミリは帰国前に観光してくるって話だからお土産を期待しておきましょう」
「………コアラとか連れてきたりして」
「パンダ持ち帰ってきた前科持ちだからやりかねないのが怖いわね」
とはいえ、残りの2名は進捗が芳しくない様子。
「アメリカのチェルテは今確保対象と共にグランドキャニオン観光中みたいよ」
「このおチビも前にお土産と称して絶滅動物探り当ててきたから、そのへんも期待しておきますか」
確保対象とは、藍と蓮華が追うBraver'sGuildの案件である。意志を持ったスコップ………どうにもアメリカ開拓時代の骨董品、現代では人型実体を発生させていろんな工事現場で活躍してきたらしい。
そしてチェルテ、異世界人、ゾンビ化したネクロマンサーだ。報告書とは名ばかりの観光日記を送付してくることが多い。そして確保任務には今回のように確保対象と仲良くなって協力関係を築き上げることも多くその点では信頼されている…………問題は、いつも通り任務のことをさっぱり忘れてアメリカ旅行を満喫していることだが。
「フランスで活動中のアリスは、バレたわ」
「………、敵対組織にこちらの動きがバレましたか」
「応援、必要?」
「いえバレたのは敵組織にではなくてフランスの警察にね」
派手にやったみたいよ、と関連ニュースの表示。
フランスの犯罪組織の構成員が全員惨殺体で発見されたというニュースである。
アリスは人形遣いの人形だ。可憐な見た目に反してかなり残虐。とはいえバレるのは珍しい………なので何か気に触ることがあったのではないだろうか。
「海を越えた先の新聞も見れるなんて凄い時代になったものだね…………ん? この人数だけ?」
「そうね、少数精鋭よ」
そういって藍はPCを閉じる。
「当分は日本で活動の予定ね」
※おまけ
PlagueDoctor
分類:超能力利用兵器
『最強の女』とあだ名されるΩ-13部隊隊長綾瀬百合のクローンをそのまま利用した生体兵器。応用能力研究所発足前に製造された。
相当な数を揃えられられていて、応能研の拠点内ならどこでも見かけるレベルには普通に活動できている。特殊な洗脳装置により様々な戦術を組み込まれている他、超能力を活かすために危険な薬物を大量に投与されている。
保有している超能力『Biohazard』は毒を無毒化し生成可能とする臓器を保有可能とする能力。簡単に言えば『毒を操る能力』であり、オリジナルである綾瀬百合本人はこれを数段危険にした能力を保有している(後天的に変質したためクローンはその能力を保有しない)。肉体変形と合わせて強力な毒素を相手に投与して殺害する。不死殺しの一つである毒物が効かない上にこちらは自在に使えるというアドバンテージから非常に強力な存在。
現在普及しているクローン人間兵器技術の先駆け的存在であり、エラーも多かったが『魂を形成させずに自我を奪い反乱の機会を極力潰す』手法はこのシリーズが初となる試み。PDシリーズは長期運用に伴い自我が芽生えている。
ちなみにZ-9999の3mという身長はクローニング時の遺伝子損傷によるもの。同シリーズのプロトタイプには身長680cmの個体もいる(ちなみにΩ-13副部隊長)。