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ModernWitchProtocol  作者: 沢ワ
1章:InThisLife
16/21

16話:研究所

『藍さん』

「なあにリサ」

『結構疲れる』

「もう少し付き合って頂戴」

 エリスとメアリーの襲撃は昨日。

 昨日の今日で精密検査をしなければならなくなってしまった。

 ショッピングモールでの一件はテロ事件として処理されたが、リサは現場に居合わせただけで戦闘行為をしていない、そういうことになった。

 監視カメラにも映っていたはずだが、どういうことだろうか。聞いてみたところ、

『長年秘密裏に活動してるの。誤魔化すノウハウも、もみ消すノウハウもたんまりあるわ』

 そんな解答が帰ってきた。

 ともあれ現在リサがいるのは藍の職場である『国立生命工学研究所』に来ていた。驚いたことにその研究所は世を忍ぶ仮の姿、本来の名称は『応用能力研究所付属藤原魔素技術研究所』……通称『藤魔研』。

『どうして藤原?』

『元々は私が所長だったからよ………私はデスクワークよりも実働のほうが似合ってるから、適切な人材に押し付けてるわ』

 そんなやり取りもあったが、リサは現在謎の装置にプカプカ浮いていた。薄紫色の液体で満たされていて、最初この液体の中では呼吸できると聞いたときは何の冗談かと思ったが真実なのだから仕方がない。

 藍は出力された数値を確認して、こう告げた。

「リサ、本当に不死者になってるわ」

『この装置でわかるの?』

「この装置は特殊な医療用ポッドよ。細胞の状態とかを調べられるから異常な状態ならすぐにわかる」

『すごい装置』

「今の所長が作って、リコリスが改良した装置なのよ」

 がん治療にも使える、と言い検査は終了したとも告げる。

 やや咳き込みながらも液体を吐き出し、備え付けてあったシャワーを浴びる。

「リサ」

「何?」

「ごめんなさい。私は、すぐに助けに行けないのよ」

「……藍さんは悪くない」

 言い訳はしない。助けに行けなかったのは自分のせいだと、藍は考えている。

 ────ただ、任務を放棄してリサを助けに行っていた場合、危険な物品が日本不老不死研究所に流れる予定となっていた。責める人間はそういないだろう。

 藤魔研は現在人員不足だ。ただでさえ少数の世界各地に特殊戦闘部門の人員を配置している上、それ以外で今回のメアリー・スー…………『「UC-076"LeveledReincarnator"」』を抑えられる人員は限られてくる。もうしばらくすれば藤魔研ではなくその上位組織『応用能力研究所』から他部隊が送られてくる予定だがそちらも別件で遅延が生じている。

 シャワーの栓を閉め、髪を乾かす。

「だから私に、訓練する。そうなんでしょ?」

「そうね。もう少し強めの魔法を教える必要が出てくるわ。剣技は後回し」

 今日朝早くから研究所に来ているのはそれが理由だ。できるだけ訓練の時間を確保しなければならないということらしい。

「でもここ、普通の研究所」

「仕方ないわよ、ここは本当に『国立生命工学研究所』として活動している場所だし」

「?」

「本部へ案内するわ、用意できたらついてきて」

 よくわからない。持ってきていた動きやすい服………破れてもいい、中学校時代の体操着とジャージを着て付いていく。

「そういえばリサ、肉体変形を行ったそうね」

「うん、腕変形させた」

「それに関しても後回しにさせて頂戴。多分来週にはその手のエキスパートが戻ってくるのよ」

「エキスパート?」

「本当はもっと上がいるのだけど、距離の問題よ」

「お仕事」

「そうね。私の部下の方は今中国で大捕物の真っ最中。私の親友の方はもっと遠く」

「親友なんだ。どこにいるの?」

「シリウス星系」

「?」

 いつもの冗談だろうか?

 藍についていくリサ。明らかに関係者以外は入ってはいけないような通路に入り、案内された場所は、

「ここ?」

 部屋のプレートには『藤原魔素技術研究所本部』と書かれていたが、外から見る限り広いとは思えない。広く見積もっても広めの会議室程度の広さだろう。

「………どういう場所か、想像つくかしら」

「部屋の中の空間が魔法で広げられてるとか?」

「ちょっと惜しいわね。魔法で広げた空間というのは合っているわ。ただそれだと………移動に不便よね?」

 特に厳重でもない部屋の扉が開かれた。その中には広大な空間や大仰な装置、数多の魔法陣などではなく、大型熱帯魚を飼育するような巨大水槽。内部には精巧なジオラマが入れられている。和風な町、洋風な町、高層ビル街の三区画と広大な自然が存在している。

「『オーバーストレージ・テラリウムNo.18「落陽庭園」』、この中が本部よ」

「中?」

「そうよ」

「入るの?」

 こうやって入るのよ、と言って藍はリサと手を繋いだ。水槽の表面に存在する曇ガラスのような部分に触れた瞬間、見たことのない場所にいた。

「ほら、入れた」

 時間は夜だろうか、黄金の月が空に登り、涼しくも湿った風が吹き抜けている。空気は美味しい、おそらくは車が通っていないからであろう、今立っている地面もアスファルトではなく土だ。

 風で散る花びら、入り口はどうやら桜並木になっているようだ。遠くには山、ここが『水槽の中』であると信じられないほど。

「すごい…………これも魔法? また『リコリス』さんの………」

「かなり高度な魔法よ。そしてこれはリコリスの製品ではないわ……………上には上がいる」

 付いてきて、と言われたので付いていく。

 内部の敷地面積は北海道と同じ面積があるという。そこに広大な自然といくつかの拠点を構え多数の生物を放し飼いにして観察も行っているそうだ。

 ちなみに、この内部の環境に関しては魔法によるものではないらしい。曰く、『生命を操る能力の持ち主が上位組織の所長』だという。

「リサ、この内部では外部より時間が早く流れるわ。空間を圧縮したことにより、時間の流れにズレが出ているの」

「どれくらい?」

「内部の24時間は、外部の1時間よ。つまり24倍早く時間が経過するの……………年をとる速度も外部から見ればそうなるわ」

「…………」

「私がここに連れてきた理由、分かったかしら?」

 不死者………どうにもリサは老いも止まるらしい。とはいえ昨日の時点でピタリと止まるわけではなく、身体が生物として最適な状態になった時点で成長がストップするという。以降は成長しない………が、太ったり病気になったりはするので体調管理は今まで通りする必要がある。

「藍さんは?」

「あら、普通なら朝の7時に家を出て夜は8時頃に帰ってくるの知っているはずよね」

「………その間ずっと?」

「私はリサが物心ついた頃から、見た目変わっていないでしょう?」

 ………つまり不老不死としても先輩ということだ。

「………大変?」

「少しね。でも大丈夫よ、私がいるから」

 その言葉にどれほどの重みが込められているかはわからない。だが………少しは気が楽になったかもしれない。

「とりあえずそんな感じで明日………つまり外部の月曜日になるまでは特訓やら勉強やらね。外がさっき9時だったから、月曜の朝6時頃までやるとしてざっと21日分、そこに休みも入れるからまあ最低でも14日分」

「………6時まで?」

「月曜は学校まで送るわ。6時から7時までの一時間、つまりテラリウム内部最後の1日は休みの日よ」

 しばらく考えて、リサはうーんと唸った。

「時間の感覚がおかしくなりそう」

「慣れれば結構楽よ。ただ外部との連絡は特殊な方法じゃないとできなくなるから気をつけて頂戴」

 移動してきた先は和風なお屋敷。ここが本部らしい

 とはいえここで訓練をするわけではない、本部にあるワープゲートから高層ビルがあった区画へ移動する。高層ビル区画は居住エリア、オフィス街、そして娯楽街も兼ねている。職員の休日のために娯楽街を用意しているとはなんとも贅沢な話だ。

「職員の中にはテラリウムで生まれてテラリウムで生涯を過ごす、なんて人も出てきている。私みたいな特殊な人員は常に不足気味だけど、そういう常識的な力の人員は多くいるわ」

 そんな説明を受けつつも目的地へ移動。

 スポーツスタジアムのようなドーム型施設が見えてきた。

「ここが当面の修行場所になるわ。名称は超硬度試験場」

「超硬度………丈夫なんだね」

「魔法的にも工学的にも色々と細工してあるのよ。少なくとも最新の核爆弾を60発炸裂させてもヒビ一つはいらないし、放射線も外に漏らさないわ」

「すごい技術」

 一先ずここで訓練らしいが…………何をするのだろうか。

「まずやってほしいことはこれね」

 そう言って指さした先には、山のように積まれたワイシャツ。フリーサイズというか、明らかに大きい。

「リサ、まず一つ言っておくわ。あなたは不死者になったけど、それは『死なない』のではなく『死ねない』ということよ」

「…………」

 やはり、思うところはあるのだろう。リサも理解している、傷つく痛みはあるのだからできるだけ傷つきたくはない………。

「つまりは、服が破けて死ぬほど恥ずかしくなっても、死ねないということよ」

「ちょっと雲行き怪しくなってきた」

 ただ先程の真剣な方向性はどこへやら、だ。

「それとこのシャツに何の関係が?」

「こういうことよ」

 藍はシャツの山の近くに設置してあった裁縫セットから裁ちばさみを取り出し………迷いなく自身が着ていたスーツの袖を切断した。

 あまりにも唐突でびっくりしたが、スーツの切断面が黒い靄に覆われたかと思うと数秒後には切断された事実などなかったかのように修復された。

「一定以上の力の持ち主ならば、触れていさえすれば自分以外の物品にも能力を付与できる。まずはコレをできるようにしてほしいのよ」

「どういう原理?」

「ここでは『実際にそういうことができる』、それを覚えておいてくれれば実行が可能になる。説明は後追いね」

 あなたにならできるわ、そう告げて椅子に座る藍。リサはしばし困惑したあと、

「でも失敗したら服が勿体ないよ」

「真面目ちゃん」

 そんなコメントを残すのだった。


 とはいえそんな特訓は序の口であった…………というよりはリサの異様な進捗度合いに『序の口にならざるを得なかった』といえる。

 このくらいはリコリス・ラディアータでも通った道、やはり断片的にでも記憶が残っていると危惧しつつも、休憩を挟んで次の修行。

「次はこれ」

 藍の隣に置かれた模型を見て、また魔素の流し方かとリサは考えた。確かに昨日の戦闘では咄嗟の判断ができなかったので妥当な訓練である………そう考えたが頭に手を置かれたその模型がピシッと敬礼をしたのでやや困惑。

「………その模型は?」

「リコリスと私の共同研究で作り出した汚染魔素除染ゴーレムの『ハイマワリ』よ」

 よろしくお願いします、と言わんばかりにお辞儀するハイマワリ。つられてリサもお辞儀をした。その後、なにやら準備運動をし始めた。見覚えのあるラジオ体操のリズムである。

 ハイマワリは鬼のような二本角が生えた、体高60cmほどの小人の姿をしている。胴体も手足も全て陶器のような質感の鎧に覆われていて、特に頭部は被り物のようだがこの内部には『自我』と『駆動系』以外の何も存在していない。本来は汚染魔素───魔素の中でも強い毒性を示す魔素の回収を目的としたゴーレム、つまりは無生物だ。汚染魔素は闇属性魔法の失敗などで生じる、昨日のリサの運用だと大量発生してもおかしくなかったという、無知は怖いということだ。

「長期運用で自我に芽生えているから名目上は私の部下だけど、『本体』は別にいるから派手にぶっ壊しても構わないわ」

「壊すって………」

「壊せれば、の話だけど」

 結構強いのよこの子、と藍が言うとまるでそれを誇らしいように腰に手を当て、仁王立ちをし始めたハイマワリ。正直言うと全く強く見えない、藤原魔素技術研究所公認ゆるキャラだと言われれば納得してしまうほどの等身の低さと仕草の幼さが目立つが、

「その気になれば大人の男くらいなら組み伏せるわ」

 強いらしい。更に胸を張り、ひっくり返ってしまった姿からは想像できない。

「ちなみにこの子はバーサーカーのクロキね。牛みたいな角が特徴よ」

「バーサーカー?」

「本当の武器は人間から見ても大鉈二本だけど今日は竹刀使わせるから安心して」

 竹刀を二本持ち、床をペシペシ叩くハイマワリ・クロキ。音が気に入ったらしい、片足でリズムを取っている。

 いまいち強いというヴィジョンが外見や仕草から想像できないが、有名なゲームにはゴムマリみたいな銀河の救世主がいるくらいなのだ、ちっさいバーサーカーがいても不自然ではない。

 そんなわけで戦闘訓練スタート。

 まずバーサーカーがしたことはお辞儀である。挨拶は大事なので返しておく。

 次にしたことは────ありえない速度の突進。竹刀が空を切り裂く音が聞こえた。

 バリアの展開が間に合ったのは奇跡だろう。バリアを叩いても砕けない竹刀…………この竹刀は特別性、研究所所属の『レベル概念』持ち転生者によって『耐久性』のステータスを重点的に『強化』された訓練用竹刀。どんなに早く力を込めて振り抜いても一定以上の痛みを与えない効果もある。

 バリアに弾かれ宙返り、リサが魔素を収束して迎え撃とうとしたのを確認したのか……………ハイマワリは即座に着地した。

 着地というより、『空気』を踏んでもう一段階ジャンプしたのだ。

 まるでゲームの二段ジャンプ…………いや、無限に空中ジャンプできるならどう表現すべきだろうか? とにかくハイマワリはありえない挙動で空中ジャンプも駆使して縦横無尽に跳ね回る。

 狙いが定まらない。リサはそう考えて使う基礎形式を切り替えた。

 昨日の戦闘で考案した『闇の爆雷』…………速度が遅いのでほぼ設置や叩き付けるような感覚だったがまさか高機動型の相手に使いやすい魔法になるとは。

 ただ所詮はド素人の付け焼き刃、ハイマワリは即座に対応した。厳密に言えば『爆雷』を足場にし始めたのだ。


 はぁ、とため息。リサの自作魔法のお粗末さにではない、ハイマワリの戦闘能力が更に向上したのが確認できたからだ。むしろ『爆雷』を使っていることには驚いた。普通に発想としてはいいしそういう試みは何例もあったが、戦いと無縁だった少女が即興で思いつき実行できるのは凄いことだ。基礎形式で爆発を起こそうとすると消費が大きいためあまり研究されていない分野である、リサはそれを力技でねじ伏せた訳だ。

 ハイマワリ───汚染魔素除染ゴーレム。汚染魔素は毒性が強い魔素、とだけリサに伝えているが実は使用方法もあるにはある。魔法の行使に十分な量を集めるとマトモな人間であれば危険であるという性質故にほぼ使われていないだけだ、つまり人間どころか生物ですらないハイマワリはそれを存分に振るうことができるというわけだ。

(『撃』系列噴出機構に『歪』系列障壁の魔法陣、そして『穢』系列障壁の魔法陣。本来は逃走と防御用の装備だった割には使いこなしているわね)

 一部の系列魔素を侵食する作用もある『穢』系列の障壁で『爆雷』の表面をコーティングしたのだろう。基礎形式相手だからこそできる芸当だ。

 リサは攻めあぐねている、それが見て取れる。

 それにしても、

(最近任務に連れ出してないから楽しそうねあの子)

 普段から無駄な動きが多いハイマワリたちだが今は顕著だ。

 滅びがないからこその余裕の現れなのだろう。普段はバーサーカーのクロキ(黒鬼)の他に、よりスピードタイプな『アサシン』ことハクマ(白魔)と遠距離型の『ハンター』ことヤシロ(矢白)がいて3体でカバーし合うからこそ、それがスキに繋がらないわけだ。

 リサが暫く何かを考える素振りを見せたのを藍は見逃さない。

 次の瞬間、リサが新たな魔法を使い始めた。

 そう、『汚染魔素』を用いた技である。系列はおそらく『罅』、その魔素に蝕まれた部分は崩壊していく恐ろしい作用を持つ魔素だが世にも珍しい『罅の矢』とも言うべき基礎形式だった。

 わざと爆雷へかすめるように射出された矢は爆雷をコーティングする『穢』系列障壁に罅を入れ、そこから爆発していく。

 わたわたと手を動かしながらも空中歩行で回避するハイマワリ、彼も器用だがリサも器用なことだ。

「感覚であんなことできるのね」

 さすがリサね、と喜びそうになるが…………そうも言ってはいられない。習得スピードが早いのも感覚的な魔素運用も、おそらくは前世の記憶起因だ。リコリスの記憶が朧気ながらに蘇ってきている………はずがないのだ。

 何せそうならないように『処置』をしたのだから。

 暫く思案しつつもハイマワリが何やらやらかしそうなのを見てため息。

「あー、リサ」

「?」

「全力で防御して」

 空中に張った障壁で踏ん張り始めたハイマワリを見れば察しがつく。彼の高速移動も汚染魔素を用いたジェット機構によるもの、結晶が生じるほどにチャージし過剰出力で噴出させつつ突進するのが彼の必殺技的なものだ。

 ちなみに前に使ったときには狙いを誤り壁に激突、体が粉々になって汚染魔素が撒き散らされたという事件以降使用は禁止されている。

 普通に危険なので藍も割って入る。

「リサ。平坦な障壁で真正面から受けるより障壁の形状と受け方を工夫すると省エネよ」

「できるかな」

「できるわ」

 その声の直後、ハイマワリが射出される。

 言われた通り傘のように湾曲した障壁を展開したリサ、ハイマワリが激突し、あのすべてが始まったテロ事件の際の砲撃のような轟音がして……………リサはそれでも無傷だった。

 服に煤一つついていない。

「………できた?」

「上出来よ………さてと」

 超硬度試験場の超硬度ではない部分に突き刺さったハイマワリの破片。不意に次元の扉が発動し、その横に正座をして出現するハイマワリ(新ボディ)。

「わかってるわよね?」

 ハイマワリは頷いた。

「暫くおやつ抜きよ」

 ガックシ項垂れるハイマワリ。減給よりも謹慎よりも、何よりも堪える罰らしい。

「連帯責任でシロマとヤシロもよ」

 えっそんな!? みたいなリアクションで隠れていた2体も出てくる。抗議されてもどこ吹く風、藍はしっかりと上司としての責務を果たしたのだった。



 今日分のリサの修行が終わったとしても仕事は残っている。リサを当面の居住地へと案内したあと、藍は収容施設へやって来ていた。

 厳重な建造物である。超高度試験場同様の強度の他に様々な面でも防御を固めた、『危険な存在を閉じ込め外に出さない』ことにかけては一級品の施設。

 魔素関連異常物品『MOD』の最終収容施設でもある。一時保管ならやや劣るがテラリウム外にも存在している。

 人型MODの内、低危険度の存在なら手続きと装備装着の上で外出できるような環境が整えられているが、藍が向かっているのは中危険度人型収容室。

 『昨日』、リサを助けに行けなかった理由はすでに収容済、その実力故に本来なら高危険度収容室に収容予定だが事情が違う。彼女は協力的であり、人手不足のΩ部隊の隊員として協力してくれるとのことだった。

 その収容室にいるのは『絵筆』である。襲撃対象であった組織『勇者ギルド(Braver'sGuild)』は聖剣とそれに類する物品を研究しているが、その『絵筆』も年代物にして意志を持つ絵筆。

 いや、意志を持つ絵筆という表現は正しくない。正確に言えば持ち主がその魂と精神を絵筆に宿し、現代まで生き長らえていたというべきだろう。

 その絵筆に宿っていた魂と精神は、彼女の合意の上で人工の肉体に宿っている。

 収容室のマイクを通して、独り言が聞こえる。

『子供の小遣い程度で画材が買えるとはいい時代になったものだねぇ』

 服装は適当な洋服だ、与えられた服の中から適当に選んだらしい。収容され、肉体を得たあとに所望したのは『なんでもいいから画材と紙』、現に彼女は100ショップでも買えるような鉛筆とスケッチブックに絵を描いている、自身が愛用した絵筆を写生しているのだ。

「そんな画材で良かったの?」

『ワタシほどともなると画材は選ばないよ…………………あらま?』

 顔を上げる。気怠げな目つきが少し見開かれる。

『驚いたよぉ、花華さんの子孫?』

 花華。それは8世紀頃の日本に生きていた除霊師の名前である。その除霊の腕と美貌を見込まれ、時の貴族である藤原氏の分家に嫁いだとかそうでないとか。

「私の先祖を知っているのね」

 故に藍は『藤原』姓。

『肩を並べて色々と祓ったからねぇ。目元が似てるよ、あの人もキミみたいな垂れ目だった』

 そんなふうに笑いながら言う『絵筆』…………通称『妖絵師』すみゑ。絵筆に魂を封じる前の名前は草薙墨江、東京大空襲で死亡したと思われていた女性である。8世紀頃から20世紀までずっと、様々な名義で活動してきた『体の損傷を修復できないタイプ』の不死者である。

『もう体は残っていないと思っていたんだけどねぇ。意外とあの炎の雨の中でも残るものなのだね』

「残念ながら本物の体ではないわ。貴方の子孫の遺伝情報から強引に作ったクローンよ」

『くろーん…………? ワタシは横文字が苦手なのだよ、分かるように説明してほしい』

「遺伝情報の意味はわかるのね」

『わからんよー、古い人間だし、絵に生きてきた女だからねぇ』

 笑いながら、手を止める。

 真面目な表情────そういう表情をされると、彼女の玄孫である谷内伊織とそっくりであることがよくわかる。

『そいで、協力するという話だがね』

「………助かるけれど、貴方に利点はあるのかしら?」

『あるとも。キミたちは強くて、色んな世界を回っていると聞いた。ワタシは色んな世界を見てそれを絵に残したい』

「…………」

『それに、ワタシの結界術は見事なものだろう? 戦の時、米国の新型爆弾が京都に落とされていたとしてもワタシが残してきた絵で防いだだろうて』

「まぁ、それを知らなければ勧誘しないわよ」

『狙いはこの施設の奥底にいる「存在」の封印か?』

 流石の一言に尽きる。何もせずともおそらく感じ取ったのだろう。地下奥深くの収容施設内に存在するアレを。

『正直言ってワタシが何かしたところでワタシの人生の半分も封じることができんよ?』

「それで十分と言いたかったけどね。ただ時間を稼いでもらえばやりようはあるわ」

 そう会話してから、双方頷く。

「それでは正式配属ね」

『もちろん…………窮屈な部屋じゃない普通の家に済ませておくれー。あと、年寄りはもっと敬うべきだと思うがねー』

 組織人としては上だろうが、冗談めかして平安時代生まれの呪術師はそう言った。表情からもわかる通り本気ではない、ちょっぴり小娘をからかってやろうという感じだが、

「あら心外ね。私はあなたの数倍は生きてるわよ」

『…………それは流行りのじょーくとやら?』

「年齢のことは気にしても仕方がないと思うわ。この組織ではあまり年齢とか上下関係とかは気にしなくてもいいわ」

『そんなものなのかー?』

「丁寧に話さなければならない存在は、見ただけでわかるわよ」

※おまけ

テラリウム18『落陽庭園』

分類:魔道具

 応用能力研究所の所長の持つ超能力を分析し作られた魔法によって形成された異空間『テラリウム』の一つ。圧縮された時空間を持ち、テラリウム外部の一時間を内部の一日へ拡張する。

 テラリウム18は実質的な傘下組織の拠点となっているため大型のテラリウムであり、面積はオーストラリア大陸ほどある。居住区、研究エリア、製造区画、そしてビオトープという役目を一挙に担っている。

 内部環境はエボニアほどではないものの富魔素環境であり、常に夜。居住エリアはメイン区画である和風エリアの他にゴシック風建築様式エリアがあったり、高層ビル群があったりと雑多である。

 名産品は内部の膨大な時間を利用して品種改良した米で作った日本酒『たたら鬼』とブドウで作ったワイン『月の涙』。

 ちなみにテラリウムの特性として内部は定期的に『更新』されるため天然資源は基本的に無限である。そのため日本古来のたたら製鉄と鍛冶技術、魔素による錬金術を利用した魔道具作成も盛ん。

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