1話:日常が崩れ行く音①
東京都江戸川区鬼姫町。
江戸川区全土に言えることだが、比較的江戸川とその河口に近い鬼姫町は首都直下型地震が起きた場合、真っ先に津波で水没すると言われている。
とはいえ東京都内の町である。下町とはいえ多くの人が暮らし、高速道路もある。深夜も明るく星は見えないが、平凡な町と言えるだろう。
ただし、それは表向きの話。
松林運送株式会社と聞けば誰もが首を傾げるだろう。個人営業かつ地方に拠点を構える運送会社だ。今どきHPがなくメールはフリーのメールアドレスをそのまま使い、電話をかけてもつながることが稀。そんな運送会社だが株式会社扱いされているだけあって一定の利益は出している。
取り扱う業務はイベント関係と貴重品の運送。そのイベントが人死を伴うものであったり、貴重品の内容が違法薬物すら生温いものだったりするのが特徴だ。
「で、今日はあの組織の物品?」
「いやだよねぇ、胸糞悪いったら」
笑いながらハンドルを握る60代の男、松林。助手席に座るのは相方にして孫娘の結子だ。その胸糞悪さに加担している二人ではあるものの、巨大な組織の後ろ盾もなく活動する地方の個人営業組織なんて『依頼を受けたら黙って頷く』ことしかできない。フリーで活動できる傭兵など数えるほどしかいないだろう。
そのフリーの傭兵が襲ってこないか、不安で仕方がない。
「にしても結子、積み下ろし作業の手際良くなってきたじゃねえか」
「昔からじいちゃんの手伝いしてたからねぇ。父さんが生きてりゃここに座るのも……」
「まあなぁ、あいつはバカやったよなぁ」
松林は自分の息子の死因を思い出し苦笑いする。結子も苦笑いする、自分たちはろくでもない死に方をする、わかっているからこそ明日は我が身だ。
「にしても鬼姫か……随分と厄介な土地に運ぶことになったな」
「え、なんかヤバいの?」
「あぁ、何でも、今回の依頼主が最も恐れる組織の拠点があるんだと」
「まっさか、組織規模が違うじゃん。国一つレベルの人員だよ?」
二人は下部組織の人員。裏社会の暗黙の掟により、そこまで過激な制裁は加えられない。掟を破ったところで罰があるわけではないが、信用されなくなるというデメリットがある。故に巨大な組織に対しては比較的のらりくらり立ち回ることが可能だ。
今日夜飯でラーメン屋行こうぜ、みたいな会話をしていると荷台からゴトン、という音がした。
先程まで軽口を叩いていた二人は真顔になり、
「どれだと思う?」
「5番かな? でもさっきじいちゃんが山道でドリフトしたときは動いていなかったはず」
「んじゃあ8番か。確かあれはナマモノだった」
「あの水槽の中に何入れてんだろ………」
「止めるか。何かあったら大事だ」
トラックは緩やかに減速。普通の運送トラックがそうするように路肩へ停め、結子と松林老人はコンテナ内部を確認する。
「んー、動いてねぇな、崩れてもねぇ」
「気の所為……、が一番やばいんだっけこういう物品」
結子のその言葉に松林は頷く。そう、結子の父親の死因も正しくソレだ。この世界を裏側から引っ掻き回す連中は、常識の外にある物品を取り扱っている。
人食いモナリザやら歩く二宮金次郎像なんてものはスタンダード、触れた物をすべて黄金に変える篭手や放射性ティラノサウルス、果ては神格やそれに類するものまで。
今回運ぶ物品の中では「3番」のネックレスが顕著だろう、装着した人間に磁力を与えるネックレスだという。ただ他のものがどんな効果を持つかは知らない。それらは機密だったり、そもそも他者へ知らせることがトリガーになる異常物品もあるからだ。
一通り固定具などを確認し、物理的な問題がないことを確認した。
そして、再びガタガタという音が聞こえる。気の所為ではない、そう考えた二人はその音源…………例の巨大組織から請け負った荷物「9番」に目を向ける。
無機物であるということは聞いている。渡されたのは明らかに怪しい札が貼り付けられた箱、一升瓶が入る程度の大きさ。現在は冷蔵庫に偽装された収納コンテナへ入れられていて、常識的に考えて荷崩れが起きるはずがない。なら常識的に考えなければいい、「9番」は無機物かつ生物なのだろうと。
例の組織は巨大だ。だが、貴重品や実験体の管理体制に関しては正気を疑うような杜撰さ。巻き込まれる方としては堪ったものではない。どうすることもできないので保留しなければならない。二人は顔を見合わせて、再び座席へ座る。
現在時刻は午後4時半。
駅前の、それも駅前通りから通ずる高速道路直通の大通りの交差点付近なのに、不自然な人通りの少なさを無言で察知して松林老人はアクセルを思いきり踏んだ。
結子が驚いて目を真ん丸にしている中、老人が叫ぶ。
「結子!! 捕捉された、舌ァ噛むなよ!!」
「じ——じいちゃん、でも……」
結子の目線の先には速度計。特殊な技術で改造されたこのトラックは装甲車並みの強度とスポーツカー並みの速度を備えた特殊車両。現在時速140kmだが最高時速は300km、相手がスポーツカーにでも乗っていない限りは追いつけないはずだ。
だが相手にはそんな常識は通用しないことを松林老人は知っている。この広い世界には、1秒で地球を七周半できる人間が存在しているのだ。そこまで早くなくとも純粋な身体能力のみで車に追いつけるものが一定数いる。
鬼姫町はそんな連中のお膝元。
「結子、敵が見えたら『能力』使え」
「わ、分かった。やってみるよ」
速度をそのままに右折、そしてその先、車が一台しか走らない大通りにたった一人の女が立っていた。
松林老人は、そのままアクセルを踏む。あの女がまともではないことを知っているから。
結子はやや焦りながら彼女が生まれ持つ特殊能力を発動する。視界に収めた物体へ着火する能力。正直言って人間に使ったことがないために手が震えるが……問題なく発動できた。
薄暗い大通りが一気に明るくなる。赤い炎、黒煙、しかし本来焼かれる痛みで起こるはずの反応を女は示さない。微動だにしないどころか、まるでトラックを止める手段でもあるかのように立ちふさがる。燃えた人型がだ、結子の顔が恐怖に染まる。
そして、轢殺……されない。
不自然に横滑りするトラック、老人は一切ハンドルを操作していないが………強引にハンドルが回転させられているのだ。更にはブレーキも思い切り見えない足に踏まれ、アクセルに関してはまるでペダルの下へ何か潜り込んだのではと思うほどに緩い位置で固定されている。
そのまま不可視のクッションに叩きつけられたトラック、横倒しとなった衝撃で松林老人は気絶したものの若い結子はなんとか意識は保っていた。
ただエアバッグとシートベルトが邪魔だ、このままでは身動きが取れないーーー、そう思った矢先、結子は信じられないものを見た。
それは、横転したトラックを片手で引き起こす例の女の姿。全身を炎で焼かれ生存すらままならないはずの女が、煤一つつけずに立っていたのだから。
「な、な…………なんだお前?!」
思わず隠し持っていた銃を向ける。頼りない小口径、彼女の能力なら視界に収めた時点で相手を焼き尽くすことも可能なはずだが非戦闘員でなおかつ気が動転している現在そんなことにすら気付けない。
ただ目の前の女は意に介した様子もなく、
「わ、こんな閉所で撃つと鼓膜傷付けますよ? やめておいたほうが………」
自分ではなく結子の心配をした。
多分この場にさえいなければ不気味な女ではない。結子には見覚えがないものの、鬼姫高校の制服、ブレザーの下にはパーカーを着ているのかフードを被っている。目深に被ったフードの下は優しげな少女の顔。
多分普通にすれ違っただけでは全く記憶にすら残らない部類の少女だが、この場にいる時点で鮮烈な印象を与えてくる。
おどおどとした態度ではあるものの、銃を向けられ、いつでも着火可能な位置にいるのに物怖じしていないという齟齬。人見知りするタイプなのだろう、しかし肝心の銃に対しては一切の恐怖がない。
「ち、近づくな!」
思わず発砲、震える指が引っ掛かった程度なのだが、それだけで人を殺せる金属は射出される。
報復で殺されるのでは、結子は蒼白になったがそもそも当たらない、女の脇腹に突き刺さるはずだった弾丸はゆっくり減速し間抜けな音を立ててアスファルトの歩道へ転がる。
「た、大変………」
それが平然と言わんばかりに防弾仕様のトラックのドアを引き千切り、女は結子と松林老人を引っ張り出した。
意識のある結子は何がなんだか、と混乱しっぱなしだ。何せ装甲車並みの強度の車体を素手で破壊した女が発砲した敵対者の鼓膜の心配をしながら、結子の擦りむいた肘へ絆創膏を貼ろうとしているのだから。
「も、もう一度聞くけど、何だお前??」
「あー………そうだった、この世界生まれの人は知らないですよね」
ごめんなさい、と微笑みながら女は名刺を渡してくる。
「私はΩ-18部隊所属『エスター』です」
何を運んでいたんですか? そう世間話のように訪ねてくるエスターに、結子は恐怖した。
これは、壮絶な案件に加担してしまったかもしれないと。
◆◆◆
昨日の夕方、壮絶な抗争の一端が起きたことは露知らず今日も登校日だ。
まだ1週間も袖を通していないブレザー制服に乱れがないかを確認し、戸締まりを確認してから自宅を出発する少女。
近所の人から挨拶され、それに返事をする彼女の表情は硬い、というより無表情。これは育ての親の影響であることを親しい人たちは知っている。
彼女の名前は藤原リサ。今年から都立鬼姫高校に通うこととなった、『どこにでもいない』ような女子高校生だ。
艷やかな黒髪に透き通るような白い肌、宝石のような紫の目に非常に整った容姿………これがどこにでもいるなら日本社会にアイドルなんて存在しないだろう。ただし彼女はアイドルだったり女優だったり発明家だったりはしないため、分類上はどこにでもいる一般人である。
今日も長い三編みを揺らし、隣の家のインターフォンを鳴らす。表札は谷内、幼馴染みが暮らす家だ。
『はーい、おはようリサちゃん』
「おはようございます。あの、伊織ちゃんは………」
『毎日ごめんねぇ、いつもどおりだから先行ってて…………こら伊織 リサちゃん迎えに来たわよ!!』
だめだこりゃ、そんなことを考えているかどうか定かではない無表情。ただ内心ではいつもどおりな幼馴染みに苦笑いしているリサは、幼馴染みの母親へ挨拶をして高校へ向かう。
幼馴染みのマイペースさは、すれ違う中学時代のクラスメイトから『谷内はまた遅刻?』と言われるレベルでお馴染みなのだ。
校門を通る。制服着崩しなし、染め直したのではと逆に疑われるような髪は地毛、強いて言うなら目の色だけが校則違反かもしれないが、目の色も先天的なものだ。ネクタイを緩めていた男子生徒を叱る生活指導の先生へ挨拶をして、いつもどおり教室に向かう。
そう、いつもどおりの平和な日がやってくる。この街に渦巻く危険で陰惨な陰謀など知る由もなく。
「おはよう」
「おっはよう! リサちゃーん、今日カラオケ行かない?」
「行く。女子皆で行くの?」
楽しい日々を満喫しよう、そう考えるのだった。
鬼姫高校は別に進学校ではない。リサと伊織は中学の頃『もっと上目指せるんだから考え直したほうがいい』と言われたものの、交友関係をリセットしてまでやりたくないことだったから家に近いここに入った。
見知った顔も多いが、少し離れた中学出身の生徒もいるのでなんだか新鮮。隣町の中学は荒れていた印象があるのだが………それもあまり気にしなくてもいい感じ。
「よっリサー、あのチビ助は今日も遅刻?」
「うん。もう一時間目始まるのに」
隣町のヤベー奴、鹿島紅稀。武川二中の猛犬と恐れられた不良である。身長が高いのが特徴、決して身長が低いわけではないリサと30cm差の190cm。聞けばハーフらしい、腰の位置も高いしスタイルもいい。そんな女子生徒がスカートを短く改造しているのだから男子生徒にとっては目の毒だ。
このクラスには問題児が女子だけでも3名いるが、そのうちの一人が紅稀である。もうひとりは遅刻魔の伊織、最後の一人は大人しい顔をして中学時代一度だけ事件を起こしたリサ。統制役として配属されたであろう真面目な女子生徒も問題無しとは言えないし、なんだか奇妙な感じだ。
「………あいつのマイペースさにゃ尊敬すら覚えるね」
「尊敬しないでください」
そして件の統制役仲上梓。リサと同じく眼鏡をかけているのだが、丸眼鏡で優しげな印象を感じさせるリサとは違い、角張った縁の眼鏡をかけた目つきの悪い少女である。何を隠そう彼女は現職国会議員の母親と現職警察官僚の父親を持つ才女、不運が重なり本来志望していた有名私立高校への進学が出来なくなってしまったものの、おそらく学力的には三年生まで含めてもトップクラスだろう。
彼女の問題点、それは厳しすぎること。入学式初日から紅稀と大揉めした真面目ちゃんで、早速孤立しかけていた………過去形なのは真面目が過ぎて色々と弱点が多くて愛嬌があることが発覚したためである。
「それにスカート!! ここは女子校ではないんですよ、そんなはしたない!!」
「うおっ、はしたないなんてお嬢様ワードは初めて聞いたぜ………いや、前にも一度」
「ほら直してください。それか下に体操着を履くとか」
「それこそ校則違反だろ?」
「出島先生に聞いたところ改正対象だそうですので、大丈夫です」
「まじかー……いや、何が大丈夫なんだよ」
はやく直してください、とムッとしながら言う梓。彼女も彼女で背が高いはずなのだが、やはり紅稀と並ぶと小柄に見える。
そしてそんないつもどおりのやり取りの中、ちっこい少女が到着する。
「よっしゃぁ〜、セーフ」
ボサボサの茶髪は癖毛ではなく寝癖、中学生どころか小学生としか思えない小柄さに、ゴテゴテと缶バッジをつけた登校用リュックック(………昨日注意されたはずなのに昨日より増えている)。そう、彼女こそが谷内伊織、ステレオタイプ委員長さんみたいな外見のリサとは真逆、そして紅稀とは別ベクトルの問題児である。
「セーフではありません」
櫛を使ってなんとか寝癖を直そうと試みる梓、を躱して伊織は自席へ向かった。ちらりと携帯ゲーム機が見えたのでリサはそれを没収する。
「ダメ」
「え〜殺生なぁ〜」
「ダメ」
いつもと変わらない日々だ。
ある意味、伊織と紅稀は梓のことを気にかけている。厳しすぎる彼女のヘイト役になる、というと言い方が悪いが、ちょっとやそっとで動じない伊織と言われなれている紅稀が『気にしてないよ』という態度を示していることで周囲の人からの印象も和らぐというわけだ。
現に初日は陰口を言っていたような鮎河も梓へ普通に話しかけている。
「梓ちゃーん、今日平気? カラオケ行かない?」
「え、からおけですか………今日は平気なのですが、あの、行ったことがなくて」
「大丈夫だって、歌ってるの聞くだけでもいいから!」
何にせよ、仲良しなクラスと言えるのはいいことだろう。
その日も授業が普通に終わった。
「あれ、伊織は?」
「今日全部寝てたから呼び出し」
幼馴染みがぐーすか寝てる授業風景も、リサにとっては普通の光景である。
ただやはり、中学校が同じではない鮎河は呆れ顔である。
「………あの子本当に大丈夫なの?」
「頭はいいから」
「え、そんなふうに見えない。どんくらい?」
「英語圏の人と英語で会話できるはず」
「うわ、梓ちゃんレベルが二人かー、すげぇクラスになったね」
そんなふうに会話していると、これまた呆れ顔な梓が近くの席に座る。
「問題なのは………」
「?」
「彼女が今からでも大学合格が可能なレベルの学力の保持者であるということです」
梓の危惧とは、伊織の態度が教師陣に許容されてしまうのでは、というものだった。現在でこそ『学力優秀だが素行不良』という扱いだが、これがひっくり返るとさあ大変、『素行不良だが学力優秀』なら注意されなくなる可能性があるということ。
そんなことをお硬い言葉で語った梓だが、鮎河の反応は芳しくない。というのも、
「いや、限度ってもんがあるでしょー」
まぁ、伊織の不真面目さ加減は正直言って許容できるものではない。入学からそんなに経っていないのに中学時代の悪評が先生方にも伝わっている………というより、しっかりと引き継ぎしたのだろう。
リサや梓の言うとおり、伊織は頭がいい。それを傘に着て威張ったりせず、あくまでも自然体で振る舞うのが伊織なのだ。どうにかして矯正しようとした先生は多くいたが………今の姿からわかる通り、無理だったということ。
一先ず話題は移った。
本日のカラオケの話である。
「梓ちゃんは門限とか大丈夫な感じ?」
「門限ですか、中学時代はあったのですが…………主に校則順守する形で設けられていましたので大丈夫ですよ」
「………校則に門限があったことに驚きだよ」
「まぁ、歴史あると言えば聞こえはいいですが、昔から変わることのできない学校でしたし」
有名私立中学に通っていた梓の経験談は割と貴重な話だったりする。
高校受験の日、インフルエンザに感染し、第2志望校の受験日にはノロウイルス。第一志望校がせっかく設けてくれた再受験の日には乗っている地下鉄が途中で停電し、結局間に合わなかった梓。不運に不運が重なってしまったわけだが………、
「でも」
「?」
「こうして同世代の女子とカラオケに行けるなら、これで良かったのかもしれません」
「………梓ちゃんマジ天使」
「???」
リサのよくわからない感想はともかく。
「梓ちゃんはカラオケとか行ったことないっしょ?」
「ないですね」
「あれ、リサちゃんは?」
「伊織ちゃんとなら行くけど、クラスのみんなとかと一緒に行くのは初めて」
「うーん、紅稀も親とだけは行くって言ってたけど………案外面白そう」
鮎河妙子は今どき女子。そして性格だが、そこまで良いとは言えないのを彼女自身も自覚している。とはいえ仲良くしていこうとは思っている現状、この『イジワルさ』は場を盛り上げる方向へ向かう。
「ねね、天音が言ってたんだけどさ………カラオケの得点勝負、面白いとは思わない??」
鮎河とは違う中学だが、ノリのよく鮎河と仲良しなバスケ部女子、宇髄天音。彼女が提案した『得点勝負』とは、カラオケの採点機能を使った罰ゲームありご褒美ありのちょっとした催し物である。
「どんなことをするのですか?」
「採点機能で最高得点の人にはパフェ、最下位は激辛チキンってメニュー食べる感じ」
「か、辛いものは苦手なのですが………」
「無理しなくてもいいよー、それによほど変なことしない限りは採点機能で点数低くならないから」
どうかな? と聞く鮎河。梓は悩んでいる。リサは………まあ無表情だ。しかし食べ物の好みの幅が広いリサにとっては激辛チキンは嫌いの範疇に入らない。
「おもしろそう」
「でしょ?」
「梓ちゃん、もし最下位だとしても一欠片食べたら私が残り食べられるから、安心していいよ」
「な、なんか申し訳ないですが……」
話もまとまったところで、移動だ。
まず呼び出し組を拾う。
一人目の紅稀。
まあ彼女は問題を起こして呼び出されたわけではない。
「紅稀、どうだった?」
「まー釘刺された程度だな。同じクラスに配属するとは思わねぇじゃんかよ」
問題を起こすかもしれないから呼び出されたのだ。
武川二中の猛犬こと、鹿島紅稀に加えてもう一人、中学時代ヤバイ不良だった人物がいるのだ。
同じクラスの男子生徒、山田寿司。彼は武川二中と仲の悪い忍池中学の出身、彼は『忍池中の狩猟犬』と恐れられたヤベー奴である。ヤベー奴であるが、クラスでの様子を見ればわかる通り勉強ができないお調子者、友人は多い。
要は『問題起こすな』と注意されたのだ。
「にしても、何だって鬼姫町三闘犬って呼ばれてるやつらを同じクラスに配属するかね」
「………なんですかその妙な称号は」
「んー、いい子ちゃんな梓は知らねぇか」
武川二中の猛犬、鹿島紅稀。忍池中の狩猟犬、山田寿司。そして追加で『鬼姫中の警察犬』相川創。相川創は真面目な生徒だが、それ故に他の学校とのトラブルには出向いて腕力でなく語彙力で解決しようとし、失敗して暴力沙汰になることが何度かあった。
「……、なんで私のクラスには妙な人材が多いのでしょう」
「言っておくけど梓も結構アレだからな?」
まさかそんな、みたいな顔をする梓。鮎河はそんな会話を笑いながら聞きつつ、生徒指導室の扉をノックする。
するとぐったりした生活指導の先生の顔が見えた。
「………出光先生、どうしたんですか?」
「いや………あのな?」
対面に座った伊織…………寝ている。
「………」
「…………俺教師やめようかな」
「………」
リサは無言で伊織のことを担いだ。
伊織の身長はたしかに低いが、軽々持ち上げられる重さではない。だがリサはそれをできる腕力があった。
「私がお説教します」
「お、おう。頼んだ………」
そして退出。リサ以外の面々は担がれても尚寝続ける伊織にもはや敬意すら感じた。
リサの小脇に抱えられながらリサと梓にステレオ再生のお説教をされている伊織を眺めつつ、鮎川と一緒に待ち合わせ場所の駅前広場へ向かう。
鬼姫町駅前は結構栄えているのが特徴、大きなショッピングモールもある。そんな駅前の広場に一年B組の女子生徒の大半が集まっていた。
「あれ、小島と津嶋いなくね?」
「なんか部活の先輩に捕まってたからもう少しかかるかも」
「あの二人はテニス部だっけ?」
全員制服なので目立つ。着崩し方にも個性が現れるのが面白い。
もはやスカートを短くしていることには一切注意しなくなった梓がカラオケはどんなところかを聞いているのを横目に、紅稀はその高い背を生かして目印として突っ立っていた。
「にしてもさぁ〜、意外と女子と一緒にカラオケ行くのって初めてなんだよねぇ〜」
「え゛、谷内ってそういう………」
「だって趣味合わないしぃ〜、みんなボカロとかアニソンとか聞くのぉ〜?」
なるほど、確かにそれはそうかもしれない。
「あれ、藤原さんは?」
「まぁ〜、基本リサは流行りの曲しか聞かないよぉ」
伊織に話しかけていた左藤美奈がリサに視線を向ける。
表情は変わらないが、物憂げでミステリアスな雰囲気。女子であるはずなのにその整った顔にドキッとしてしまうが、
「リサ〜、晩御飯のことで悩んでるよねぇ〜?」
「? そうだよ。今日は肉じゃがにする」
表情に乏しいものの内面は普通に現代人の女子だ。伊織の要らん言及で台無しになったものの、親しみやすさという面では補強された。
「ごめん遅れたー!」
「あ、来たぜ」
「じゃあ移動しようか!」
「東雲ちゃん、どんくらいかかるの?」
「歩いて10分くらい?」
ワチャワチャと15人が移動開始。流石に目立つが仕方がない。
特に整った容姿のリサと背の高い紅稀が目立つ。
なんか運動とかしてるの? みたいな質問をされているリサだったが………、妙な音が聞こえて立ち止まる。
「忘れ物?」
「変な音しない?」
全員が立ち止まったわけではない。リサの近くにいた伊織とほか3人、瀬本と志村と長谷川の3人が立ち止まる。
他の女子はワンテンポ遅れて立ち止まった。
変な音がする。
道路工事の際にアスファルトを切るための工事道具、そんな感じの音だ。だがこのあたりの道路は最近きれいにされたばかりで、こんなにも大きな音がするほど近くで工事をしているとは考えづらい。
だから気のせいかな、と言って再び歩こうとして、気づく。
再び大きな音。流石に他の面々も気づく。
ここは大通り。細い路地から接続する曲がり角も多く、だからこそ気づかない。
前方の曲がり角から異形が現れた。
(………!?)
アスファルトを切断するような音は、その車体がアスファルトをこする音。車体と言ったがそれは確実に車などではなく、戦車に分類されるべきだろう。
分類されるべきというだけであって、戦車ではない。複数の砲塔、機銃を備え付けられた不気味な兵器。
全員が硬直した。大通りを逆走し、人が乗った一般乗用車を踏み潰しながら進撃する機械兵器など、この平和な日本社会では一度も見たことがないからだ。
「な、な、…………何あれ?」
何かの撮影か? そうとしか思えない非現実的な光景の中………明らかに砲塔の一つがこちらを向く。
リサは、だからこそ伊織他3名を力一杯突き飛ばす。自分の腕力は十分承知、突き飛ばした衝撃で骨折するかもしれないが…………少なくとも砲弾の直撃で粉々になるよりはマシだ。自分も咄嗟に飛び退く。
この場に動体視力が異常な人間がいたのなら、確認できただろう。あの機械兵器が飛ばした弾丸が、謎の力場を伴っていることに。
直後、轟音と共にリサの真横にあったパチンコ店の壁に大穴が空く。爆発はまだしていない、純然たる砲弾そのものの威力による破壊、そのままパチンコ店の向こう側にあるコンビニへと着弾するとようやく爆発した、日常生活ではおおよそ聞かない爆音が聞こえてくる。
飛散した瓦礫やガラスが降り注ぐ。リサは右肩に焼けるような痛みを覚えた………鉄骨の破片が、貫通している。背中にもガラスが刺さっているようだが右肩の痛みに気を取られているため気にする余裕がなかった。
それに…………アスファルトを擦り、機械兵器が停車する。その際の慣性に従い、金属製の車体の中で唯一金属で構成されていない部位がふらりと揺れる。
非日常、破壊と爆発、そして、異形。ありとあらゆる要素が複合し、逃げるのも忘れてその場の全員が立ち尽くす。
「………ヒト?」
そう、ヒト。操縦者という感じはしない。まるで部品、脇腹や胸などには無造作にチューブが突き刺さり、絶たれた四肢の断面から伸びたアームが機械兵器との接続を可能としている。
可能としているだけであり、この部品となった女性の意図は一切考慮されていないことは明白だ。
顔を上げる、マスクをつけたようも見える機械へと置換された下顎が何かを紡ぐことはない。
ただ、その伸びた黒髪の奥の目が無機質に光るだけ。紫色、一際強い光を放った瞬間、次の行動に出る。
軋む音と主に背部に備わったアームが伸びてくる。その動きは緩慢だ、故に倒れていたリサは起き上がってからでも動くことができた。
飛び退く、手をついたために、瓦礫で指を切ってしまったが想定しうる損傷の中では軽傷の部類だろう。
「………私を狙ってる、何故?」
割れたガラスに映る自分と目が合う。いつもどおりの紫色の目だ。
呆気にとられている他の面々に目を向け、一息つく。
「………皆、私から離れたほうがいいかもしれない」
一先ず自分狙いらしい、理由は不明。大混乱している駅前通りは車通りも少ないため、車道には車通りすらない。
………ここで自分が取れる行動は助けが来るまで逃げ続ける、だ。しかし相手は車並みの速度で追ってくるだろうし自分がこの怪物を止める手段はない。
どうしよう、そう考えている間にも機械兵器は再び武器を持ち上げた。機銃があるにも関わらず、なぜか大砲を向けてくる。
着弾の余波だけでも危ない、リサは爆発は直接見てはいないが、爆発も建物一つを吹き飛ばすほどに高威力。
ひとまず人がいなそうな場所へと走る。級友の静止の声を振り切り、車道のど真ん中へと思い切り走って………ちょうど駅前のコンビニから出てきた少年が律儀に横断歩道を渡って来るのを見てしまう。
「っ、危ない」
「何?」
少年は自体を把握していない様子だった。仕方がない、背丈からして小学校低学年くらいである………だが仕方がないでは済まされない、砲弾が発射されそうだ。
リサは再び突き飛ばそうと手を伸ばす。
だがその手は空を切る。少年が何故か一歩前へ、リサの手を逃れるように、そしてリサを守るかのように前へ出る。
発射された砲弾。それは確実に少年と、呆気にとられて行動が遅れたリサを撃ち砕く軌道上。
そのまま直進した砲弾が直撃した先は、発射元の機械兵器だった。
爆発、その機械兵器の巨体の影となり、なおかつ遠くに退避していたクラスメイトたちには被害が及んでいない。
少年は、食べていた唐揚げを最後まで飲み込むと、買い物袋に目を向ける。
首を傾げ、しばらく考えたあと、
「ね」
「………えっと」
「これ邪魔だからあげる」
声変わりもまだな少女のような声で一方的に告げると、その買い物袋をリサに押し付けた。
リサはそれを受け取る。中身はスナック菓子や菓子パンなどが満載、野菜は見られない。この場でなければ和む、子供らしいラインナップだった。
少年はそのまま無防備に機械兵器へむけて歩き始める。
「あ、危ないよ」
「大丈夫、僕は強いから」
再び砲塔が向けられる。今度は少年へ向けて、砲弾が射出される。
確実に当たるコースだろうと思ったが、少年の顔の前へ謎の渦が発生しているのを、リサは見逃さなかった。
渦へと飛び込んだ砲弾は別の渦から勢いをそのままに射出された。当然射出先は機械兵器の背面、爆風と振動が周囲の建物を大きく揺らし、ガラスが砕け散る。
だが、その直撃を受けてもなお機械兵器は動き続けている。
「あ」
その様子を見て少年は何かを思い出したかのように声を出す。
「騒ぎ起こすなって言われてたっけ」
首を傾げ、うーんと唸る。目の前に殺戮機械がいるとは思えない呑気な仕草。
再び砲塔が向けられたが、次の瞬間には向けるべき砲塔は輪切りにされている。
「ま、いいや。僕のせいじゃないし」
再び謎の渦が少年の周囲に発生する。その黒い、空間に穴が空いているのではと思うような渦からは空洞へ風が吹き込むような音がしている。そしてその低い音に紛れ、ジャラジャラと金属の擦れる音も。
次の瞬間、日常生活ではおおよそ聞かないような暴力的な音が響く。鋭い工具を使って強引にベニヤ板へ穴を開けたような、そんな音。
何かが兵器を貫いた。それだけはわかる。既に黒い渦は収まり、あるのはあっけにとられた人々の静寂と、機能を停止した兵器が鳴らす火花の音のみ。
少年はあくびをすると、そのまま歩き去ってしまったのだった。