6話 星《ポイント》を与えることに興味がない王子は謎解《ミステリ》の賢人をかく
この作品は空野奏多様の企画『ブルジョワポイント評価企画』参加作品です。
ヨミを追放宣言し終えた後、グラトはオマージェを送り届け、自室で言い知れぬ達成感に打ち震え、枕をぼすぼすしていた。
「やった……ついにあの女との婚約を破棄し、オマージェと。俺の王としての未来は明るいぞ!」
グラトは、記憶の言霊に記す内容を考えては、思い出し笑いを繰り返した。そして、帰り道のオマージェの言葉はきっと忘れないであろう。枕をぎゅっとして思い出す。
『王子……私は世界中の誰よりも王子を愛してますから』
オマージェはそう言って、グラトの手を握り、熱いまなざしで見つめてきた。身体も随分と近くに持ってきてて熱を感じる。上気した頬、少しだけあがっている息、潤んだ瞳、思わずグラトはその場で彼女を抱きしめた。
ヨミの時には一度も抱かなかった感情。
ヨミは、何かと小言を言ってきた。言霊狂いの癖に、グラトに対しては、王子としての振舞~とか国の在り方~と恐らくどこかで聞きかじったのであろう話を厳しい声で教えてくるのだ。
グラトは、【光を紡ぐ者】でもない女の、ただただ星を贈っているだけの女に、そんな事を言われたくなかった。
そもそも考えて星を贈ることなど意味があるわけない。
星など貰わなくても言霊は勝手に恩恵を与えるのだ。
所詮【闇から見る者】には分からぬ世界なのだ。
触ったことはないが体つきも全然違う。
オマージェの甘い匂いに酔っ払いそうになる。
『王子、また、明日』
『ああ、また明日』
今なら甘い【恋愛】の言霊も作り出せそうだ!
そんなことを思いながら拳を突き上げると、ノックの音。
「王子、遅くに申し訳ございません。今、少しばかりのお時間を頂けないでしょうか」
「クエスか。まあ、少しだけなら構わない」
王子は記録の言霊を呼び出すのを中断し、枕をぽいっとし、外にいる男を迎え入れた。
正直、一人で余韻に浸りたかったが、【三賢人】の訪問を無下にすることは出来ない。
クエス=ティオン。この国に仕える三賢人の一人。
緑色の髪色と瞳、そして、天才的な頭脳を持ち、【先見の賢人】と呼ばれているこの国にとって欠かせない存在である。彼の【謎解】の言霊『机上のムロン』は、何度もこの国の危機やその回避方法を教える恩恵を与えてくれた。
故に、クエスに対しては、グラトも丁重な扱いを心掛けている。
「一体どうした?」
「単刀直入に申し上げます。グラト様、覚えていらっしゃいますか? 1か月前の約束」
「1か月前の約束?」
グラトは覚えていなかった。しかし、確かに何かを約束し、そして、それを今思い出すべきではない気がしていた。
「本人が覚えていなくても結構です。グラト様は記憶の言霊を持っていらっしゃいましたよね。それに記録していただくよう私がお願いしておりました」
グラトは、あ、と大きく口を空ける。
思い出した。あの、約束は……。
「あまり多く時間を割いていただくのも忍びないので、グラト様、お願いいたします。ああ、日付は覚えております。二十二の日、光の曜日でございます」
グラトは、観念し、記憶の言霊を呼び出し、先月の二十二の日、光の曜日の内容を呼び出す。
そこにはこう書かれていた。
『クエスと変な約束を結ぶこととなった。意味が分からない。……その約束というのが』
「一か月後、ヨミ=フェアリテイルがグラトによって婚約破棄、追放されたら、クエス=ティオンも自らの役職を下りる、と」
グラトの後ろにいつの間にか立っているクエスが囁く。
そしてふわりとグラトの前に回り込み、別れの言葉を伝える。
「グラト王子、今までこの国にはお世話になりました」
「ま、待て!」
グラトがクエスを留めようとするが、クエスはグラトの眼前で手を広げ、それを制する。
指の間から見えるクエスは、怒っているようにも笑っているようにも見えた。
「あの腹黒王子のせいで少し計算が狂ったがまあ想定の範囲内か」
クエスは、小さくそう呟いた。
計算。
そういえば、何故私はクエスとの約束を覚えていなかったのだろう。
そうグラトは考え、至極簡単な結論に至る。
そんな事態になると思っていなかった。
ただ、それだけだ。婚約破棄なんてクエスに言われなければ思いつきもしなかったし、追放はおいそれとやっていいものではない。その上でグラトはやってしまっているのだが、本来ならば王子であったとしても一個人の感情で起きてはいけない出来事なのだ。
だから、一か月前に言われた時は、賢すぎる人間の世迷言だと思って聞き流していた。
けれど、何故そうなると予想できた?
突如、クエスが灰色の言霊を呼び出す。
彼の一番の言霊『机上のムロン』である。
智の恩恵を多くの者に与える言霊。
「そういうことです」
前触れなく、クエスが話しかけてくる? 何が、誰が、いつ、どこで、どういうことなんだ!?
そうグラトは聞きたくなった。
クエスは、来た当初説明不足なことが多く、王やグラトは頭を悩ませた。ただ、その謎解き(結論)は間違ったことがなく、その結論に辿り着く道程を説明してくれないことだけが問題だった。
そして、この頭を悩ませる問題に対してグラトは考えることをやめた。
いつか治るだろうと勝手に考えていた。
しかし、その適当な予感は当たり、クエスはある時期を境に、うまく説明できるようになっていた。それは、ある黒髪の言霊狂いが本人の前で言霊を酷評する出来事があったからなのだが、グラトには知る由もなかった。
「約束は約束です。一か月の間に引継ぎや準備は済ませておきましたので、すぐに発たせていただきます。今からならば間に合うかもしれませんので」
クエスはそう言うと、問答無用とばかりに素早く去ろうとする。
が、立ち止まり
「グラト様、風が吹けば桶屋が儲かり、星が降れば世界は動くのですよ」
そう言ってクエスは、頭にハテナを浮かべ首を傾げるグラトを尻目に出て行ってしまった。
三賢人の一人が国を出る。
それは本来ならば大事件なのだが、この時のグラトは今日の卒業パーティーでの達成感とオマージェによって与えられた陶酔感によって、前向きに捉えてしまっていた。枕をひょいと抱え上げる。
「まあいいさ、三賢人全員が去ったわけではない。まだ、二人もいるのだ。そうだ、オマージェを加えよう。オマージェも喜ぶし、欠員も埋めることが出来て万々歳だ」
グラトはそう独り言ちると、それを伝えるという言い訳を抱え、枕をぽいして、再びオマージェのもとへと急ぐ。
星を贈る令嬢を追い出したことにより、国の地盤という足元が崩れ落ちていっていることにグラトはまだ気づいていなかった。
【推理】の言霊
『机上のムロン』
☆4つ。【探人】作。
町はずれに棲む襤褸切れの男、ムロン。日が昇っている内は、表に出て外に置いてある机の上に器と自分を置く。金や飯を欲しているわけではない。ムロンは謎を乞う。己の頭を強かに打ち付けるような謎を。人々は今日も謎をムロンに持っていく。ムロンが目を閉じ、話を聞く。ムロンが目を開き、机を降りれば、それが謎解きの合図となる。という推理物語。謎に対する仕掛け自体はよく練られていて悔しい思いを何度もした。しかし、当初は、あまりにもムロン、つまり、作者が説明不足だったので星1つをつけていた。が、途中から登場した黒髪の借金取りの乱暴女との小気味よい会話で謎を解いていく描写となってからは非常に読みやすく、また、女が読者視点に近い思考と倫理感をしている為、共感もしやすくなったように思う。
お読みくださりありがとうございます。
少しでも楽しんでいただければ何よりです。
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この話で、プロローグ的な一章の終わり。
二章から星を贈る女ヨミの活躍、グラトの失墜が本格化していきます。
よければ、今後ともお付き合いください。