20話 星《ポイント》を与えることしか出来ない令嬢は文字しかよめない
この作品は空野奏多様の企画『ブルジョワポイント評価企画』参加作品です。
他にも多数素敵な企画参加作品がありますのでよければお読みください。
あとがき下に空野様の活動報告へとべるリンクがあります。
気付けば、ヨミは不思議な建物の中にいた。
真っ白な壁、真っ白な柱、まるで魔導書を与えてくれた神殿のような場所だった。
ここは入り口なのだろうか、人の出入りが激しい。
見上げると、三羽の鳥の形をした石像が飾られている。
「あれはね、この場所の女神さまに仕えている鳥たちなのさ」
「!!!」
ヨミが驚いて振り向くと、そこには一人の灰色髪の小柄な男がいた。
「ああ、驚かせてごめんね。興味があるのかと思って……」
「あ、いえ……すみません。そう、驚いてだけなので気にしないでください」
いきなり話しかけられたらすぐ敵意をむき出しにしがちなヨミであったが、不思議とこの男性にはそんな感情が生まれなかった。
「あの、で、あの鳥は……?」
「ああ、話していいかい!? あれはね、ここの女神さまに仕える鳥たちで、中央の僕たちを見下ろしている鳥は、マグパィという鳥で、我々は【星海の渡り鳥】と崇めている。あの鳥はね、導きの鳥とも言われ、誰が誰と出会ったかを全て記憶し教えてくれるんだ。生まれた絆を大切にするようにって……」
ヨミは再び石像を見つめる。
マグパィ自体はヨミも知っている。しかし、そんないわれがあるなんてことは知りもしなかった。知っているのはせいぜい、
「なんか、巣を色んなもの重ねて作る鳥としか……」
それが元でパィというお菓子が生まれたとハインリヒが教えてくれた。
あのオカン王子は最近お菓子作りに目覚めたらしく、うんちくを語りながら持ってきていた。
ただ、一人の賢者にボッコボコに駄目だしされて「もっと美味しいパィを作ってやるからな!」と涙目になっていた。
「そうだね! マグパィは習性として、色んなものを積み重ねることで巣をつくる。それもまた出会いの積み重ねと我々は考えているんだ! で、右でくちばしを開いているのが、パラキィだね。【語り鳥】と言われ、人々に様々なことを広く伝えてくれる鳥。で、左で翼を広げているのが、ドオヴィ。【帰り鳥】と言われ、返事を持って帰ってくれる鳥。この三羽が言霊の女神に仕える鳥たちなんだ」
「え? 言霊の、女神?」
聞きなれない言葉に、ヨミは思わず聞き返す。
その時の男のきょとんとした表情にヨミは思わず口を手で隠したが、そのことも気にせず男は微笑んで口を開く。
「おいで、紹介するよ」
そう言って男はまっすぐ建物の中を歩いていく。
よくよく周りを見てみると、人々が言霊と連れ添いながら歩いている。
「彼らは……」
「ああ、ここの者だね。彼ら、リイダには本当に助けられている。流石【導く者】だよね」
「え……?」
ヨミが先ほどの発言を聞き返そうと思った瞬間、男は立ち止まる。
どうやら着いたらしい。
目の前には大きな石柱。壁や天井と同じように真っ白な石の柱だった。
だが、その所々に光の文字が浮かんでいる。
「これは……柱?」
「僕たちは、これを樹と呼んでいる。【知恵の若樹】」
「若、樹……これで?」
「これはね、言霊が成る樹としているんだ。まあ、実際はライタの石板からだけど……そして、この樹はその石板や、石板から生まれた言霊がより輝けるように守ったり助けたりする役割をもっている。……伝説ではね、この樹が人々の知恵の光を吸って天に伸び、空に浮かぶ星を作るなんていう風に言われてる」
「空に浮かぶ星を、つくる……」
「まあ、実際の機能としては、さっきの鳥を見立てて、それぞれが持つ石板に情報を送っているだけなんだけどね。例えば、今日言霊は何人に呼ばれ何人と出会うことが出来たのか、誰かに出会った言霊を伝えるとか、石板の持ち主に言霊をよんで思ったことを伝えるとか、いくつ星を贈られて神域に入ることが出来たかどうかとかね」
「星!?」
「……思いによって生まれた言霊という星は、やっぱり星という輝きを与えられることでより輝くことが出来る」
「あ、あの……」
「だからこそ、星をもっと積極的に贈ることが出来る環境を作るべきだとボクは考えていたんだ」
男はヨミの言葉を遮りながら話し続ける。
まるで何かに追われているように、大津波に流されるように、濁流の如く話し続ける。
「勿論、問題はある。けれど、ボクは星という存在は心であり、その心は、人の心は善なるものであると信じたいんだ」
「ねえ、急にどうしたのよ」
「言霊は誰の為にある? ライタの為だけじゃない、リイダの為にも。そして、言霊に贈る星は何のためにある?」
「ねえ、大丈夫!?」
「ボクは、いつだって、輝きは、キラキラは、人と人との間にあると思うから」
男は、全てを吐き出し終えたのか、大きく息を吸い込み、悲しそうな笑顔でヨミの顔を見た。
男とヨミとの間には、小さな輝きが、光があった。
「この中途半端に終わった物語の続きを君に託すよ」
光はヨミの中に静かに入っていく。
「ねえ、ちゃんと説明しな……」
その瞬間、音が消える。
周りの風景の色が失われたような感覚に陥る。
いや、色が失われたのではない。
全てが文字に変わり始めている。
男の手も文字に変化している。
「君の限界のようだ。急いでよかった」
男はやはり悲しそうに笑っている。
ヨミが何かを伝えようと男の方を向く。
その時、男の背後から逃げ惑う人々と真っ黒な光を放つ大きな大きな言霊が現れる。
「君のそのスキルは、いや、スキルなんかじゃない。その力は、特別なものじゃない。ただのよみ過ぎによって培われた、君の積み重ねが生んだ『没入感』が生んだものだろう。君は優しいから、ボクのこの拙い物語にも入ってきてくれた。ありがとう」
男が何を言っているのか分からない。
では、この世界は物語とでも言うのか? こんなに恐ろしい光景が? 悲しそうな笑顔が?
ヨミは今、何故か声が出せない。音が存在しない世界に戸惑う。
『君は、君の思う通りに物語を進めればいい。それは、リイダの、君の自由なんだから』
男の言葉も、もう文字になっている。
何故だろう、悲しい、悔しい。
きっとこの男はこの後、あの黒い言霊に飲み込まれるのだろう。
そんな結末でいいのか。許せない……!
『こんなの……星、一つよ』
『……ははは、そうだね。それでも、君は星ひとつ贈るんだね。それは、きっと、未来だ。未来への希望だ。ありがとう、このたったひとつの星の輝きがボクをまた導いてくれることだろう』
男は、ヨミの言葉に目を見開き、楽しそうに笑った。
『最後だ。この物語を君が星いっぱいの輝く物語に変えてくれることを祈ってるよ。女神様』
男はそう、かくと、宙に浮かんだその文字は、ヨミの真横を過ぎていった。
その文字に導かれるように振り返るとそこには、柱の途中で、髪が地面についているにも関わらず座り込んでこちらを見ている女の像と目が合う。
その女は、まっすぐこちらを見つめていた。
そして、
『私に、似てる……?』
その女神の像もまた、文字に変わる。あの文字が彼女の名前だろうか。
『ヒナ、神……』
そこで世界は真っ黒に染まり、浮かんでいた文字さえも消えてしまった。
ヨミは、遠くに見える小さな小さな光を目指して歩いていた。
光がぼやける。
ヨミは理由なく溢れるソレを拭い続けた。
そして、ようやくはっきりした、その光に辿り着いた時、
「ヨミ! 愛しのヨミよ! 無事か!」
アティファが声を発していた。
遠くでは発掘者達が驚きのあまりか、スコップを落とす音。
風の音。喧騒。息遣い。
音が存在している。
「えーと、うん」
「なんだ、調子が悪いのか!? あの赤髪を呼んでくるか!?」
身体の調子は悪くない。
ただ、何か身体の奥底で熱く光り続けるものがある。
そして、それは文字を、物語を生み出したがっているようだ。
「ああ、ラファ大丈夫。ただ、」
「「ただ?」」
新しい輝きを得た確信があった。
けれど、同時にヨミの中に、記憶に、黒い光が蠢き続ける。
そして、あの男のような目に、結末にみんなを会わせたくない。
だから、かきかえる。
今、伝えたいことを。
幸せな結末を迎えるために。
「わたし……古代語もよめるようになったみたい……」
「「は?」」
「や、」
「「や?」」
「やっ……たーーーーーー!!! これでもっと言霊がよめる!」
「「いや、そんなこと言ってる場合か」」
今はまだ、一人でいよう。
あの悲しい物語を知るのは私一人で十分だ。
ヨミは濡羽色の髪が掘り起こされた地面に着くのも構わず古代語を浮かべる言霊を夢中になってよみはじめる。
過去を知り、今を生き、未来を輝かせるために。
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