表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/48

13話 星《ポイント》を与えることしか出来ない令嬢は痛みをよみちがえた

この作品は空野奏多様の企画『ブルジョワポイント評価企画』参加作品です。


他にも多数素敵な企画参加作品がありますのでよければお読みください。


あとがき下に空野様の活動報告へとべるリンクがあります。

言霊(スペルスピリ)を奪う。

それがどういうことか分からないヨミがハインリヒに尋ねると、


「正確には、言霊(スペルスピリ)ではなく、魔導書の方だな。魔導書を奪って魔力の上書きをする。それで、所有者を変えるんだ」

「魔導書って奪えるんですね」

「みたいだな。その発想自体が魔族らしいというかなんというか。今のところは、言霊(スペルスピリ)を傍に置くくらいしか対策がない。傍にいれば、魔導書の危険を教えてくれるし、仮に奪われても遠く離れるか上書きが完了しなければ言霊(スペルスピリ)が魔導書に戻ろうとするからな」

「奪われた人はまた新しく魔導書を?」

「ああ、だが、また【光を紡ぐ者(ライタ)】となるかは半々といったところだな。己の言霊(スペルスピリ)が奪われたショックは小さくない」

「【闇から見る者(リイダ)】の魔導書は奪われないんですか」

「奴らにはどの魔導書に【名刻(ブクマ)】じゃなく、生み出された言霊(スペルスピリ)があるか分かるらしい。奴らは出来るだけ多くの、また良質の言霊(スペルスピリ)を狙っている」


その瞬間、ヨミの怒りは膨れ上がり、眉間の皺をハインリヒに注意された。


多くの言霊(スペルスピリ)を奪う。

今まさに目の前で狙われている義弟は格好の餌だっただろう。

数多くの自ら書いた言霊(スペルスピリ)を呼び出し、戦っている。


一対数十の数の差をなんとか言霊(スペルスピリ)の数と恩恵で補っている形だ。

しかし、


「そんな輝きの薄い言霊(スペルスピリ)でなんとかなると思うな!」


スクリムの頬の横を、魔族を率いているであろう女の細剣が通り過ぎる。


かろうじて避けたが薄く血がにじむ。

そして、その血があっという間に黒く変色していく。


「これは」

「毒だ。強烈な、な。」


魔族の女が笑う。


「さっさとその魔導書をよこせ。そうすれば命まではとらない」

「ラファ様! それは!」

「今は、私が一番上だ。忘れるな」


上官らしい物言いで、他の魔族の反論を一喝する。

その隙を突いたスクリムの〔盾撃(シールドバッシュ)〕もなんなくかわし、吹き飛ばす。

そして、吹っ飛んだスクリムに追いつき足を掴むと無造作に振り回し地面に何度も叩きつける。心をざわつかせる何かが砕ける音が鳴り響く。

言霊(スペルスピリ)の恩恵で、一瞬の隙を作り出し、なんとか距離をとるが、骨折と毒で立っているのがやっとという様子であった。

魔族の身体能力は人間の何倍とも言われているが、まさか元王国騎士団副団長の義弟がこんなにも簡単にやられるとはヨミも思っていなかった。


「スクリム! もう無理よ! 戦えないでしょう、下がりなさい!」

「そうだ、下がれ。ただし、魔導書は置いてな。そんな小さな光でも我々が有効活用してやろう」


魔族の女は、人間にはない赤い瞳に黒目を浮かべ、その先の傷だらけの人間の使う言霊(スペルスピリ)を見つめる。


「あんたには、多分無理だよ」

「は?」


スクリムが震える身体を蹲りながら押さえつけ、魔族の女に話しかける。


「僕の言霊(スペルスピリ)は変わってるんだ。いや、きっと僕自身が変なんだ。それはもう理解できた。だからね、僕の言霊(スペルスピリ)は沢山の星なんてもらえないんだ」


震える足を腕で押さえ、なんとか立ち上がる。


「けどね、僕はいいんだ。沢山の人から星を貰えなくても。ぼくはそういうんじゃない」


血と汗が混じった液体を体中から流しながら上半身をなんとか起こす。


「僕はね、姉さん」


スクリムが小さく笑う。


「一人でいいんだ。一つの星でいいんだ。誰か一人でも僕の事を分かってくれるなら、たった一人でも戦い続けられるんだ」


そのたった一人は、分かってくれる人なのか、自分自身なのか。

スクリムは、深くは語らず、紫の言霊スペルスピリを再び呼び出す。


言霊スペルスピリ『月が綺麗なので聖女は裏返る』、恩恵を我に」

「スクリ……!」


ヨミが声を掛けようとするその瞬間、肩を掴まれる。

誰が。

ぶわっと全身の毛が逆立つような感覚に踊らされるように、肩を掴んできた人物がいる方を向く。


「俺だ」


そこにいたのは、ハインリヒだった。

相当急いできたのだろう、体中泥だらけ、傷も少なくない。

ヨミはその場に崩れ落ちるように脱力する。それを慌てて、ハインリヒが抱き上げる。


「ハインリヒ、あなた……傷……」

「こんなものは痛みに入らない。こんなものはな。それより、見ておけ。お前の義弟の魔法。ちゃんとみるのは多分初めてだろう?」

「え?」


今度は、ハインリヒの方からスクリムの方へ向き直る。

すると、スクリムは魔族に対し、手の甲を見せながら睨みつけていた。

しかし、魔族の女はどこ吹く風で笑っている。


「先ほどは油断したが、これ以上は私には通じない。千の魔法を私は知っているからな」

「そうか。けどね、あんたは僕がたった一つの魔法で、負ける」


スクリムは、掌を返す。今度はスクリム側に手の甲が向く。


「特質魔法〈うらがえる(リヴァス)〉」


その瞬間、スクリムの全身にあった傷が消えていく。

攻撃を予測していたこと、また、異常なまでの回復速度の魔法に、魔族の女は紅い目を見開く。


「回復魔法、か?」

「違う。……おい、『怪我は大丈夫か』?」

「は?」


魔族の女が、呆気にとられたその瞬間、


「ぐ……ぎゃあああああああああああ!」


女は顔を歪めて叫び始める。

そして、気付く。全身につけられた傷に。


いつの間に!


未知のものに直面した時、人は思考を放棄するか、理屈をつけ納得させるために深く思考するという二つに大きく分けられる。

女は後者をとった。この原因が、理由がわからなければ負ける!

しかし、全身を奔る痛みが思考を阻害する。


なんだ! なんだ! なぜだ!?


じわと痛みを与え続ける頬の傷が苦しい。


頬の傷?


じわという痛み?


黒く変色している……これは!


女は、その傷跡に導かれるように結論に辿り着く。

けれど、それは


「おい、王子。姉さんに近づくな」


スクリムは、女を無視して、ハインリヒに話しかける。


「お前の代わりに守っているだけだ」


ハインリヒは肩を竦め、スクリムに努めて明るく話しかける。


「ち。あんたは俺の魔法を知って、そんな姿で来たんだろう? 食えないやつだ」

「食えない奴は同意」

「姉さん……!」

「おい」


ハインリヒにかみついたスクリムは姉に味方されたことで感涙の様子を見せる。

そして、ハインリヒは、この状況でもそんな事を言えるヨミに心底安堵した様子を見せながらも悪態をつく。


「まあ、いい。もし大丈夫なら頼むよ、義弟くん」

「姉さんの、な。そして、これはあんたの為じゃない。姉さんの為だ」


スクリムはハインリヒに手の甲を見せると、再びその掌を返す。


「〈うらがえる(リヴァス)〉」


すると、ハインリヒの身体から傷が消え、スクリムの身体に傷が現れる。


「ぐうううううう! こ、これは!」

「これが俺の愛の大きさだ」

「は、はは、この、程度か、へでもないね」


スクリムとハインリヒがにらみ合う。

その様子を魔族の女は呆然と眺めていた。

そして、自分の辿り着いた結論に間違いがなかったことを確信し……絶望した。

頬の傷は、女がつけたものだった。


「これも、あんたにあげるよ」


スクリムが掌を返す。


「〈うらがえる(リヴァス)〉」


その刹那、女の傷が、増える。


「ぎゃああああああああああああああああ!」


再びあげた叫び声に、止まっていた魔族たちが動き出す。


「ら、ラファ様! おのれー!! 皆の者、あやつを討ち取れ! そして、ラファ様をお守りするのだ!」


その声に導かれ、魔族が一斉に襲い掛かる。

一対数十。

しかし、スクリムはただただ悲しそうに、笑っていた。


「怒っているのか? 勝手だな。けどいいよ。こっちも勝手に怒る」


スクリムは手の甲を大群に向けながら高く手をあげた。


「大地の怒りを受け取れよ。〈うらがえる(リヴァス)〉」


掌を返す。

すると、襲い掛かろうとした大群は、『まるで何かに強力な身体能力を持つ種族に蹂躙されるかのように』吹き飛んだ。そして、荒れ果てていたはずの大地が美しい姿に戻っている。


「くそ……どういう理屈よ」


魔族の女は、地面に伏し、震えながらもスクリムを睨みつける。


「知らない。でも、なんとなくわかる。これが出来るって。大地が怒ってるって」


言霊スペルスピリの恩恵は、研究が行われているものの全てが明らかになったわけではない。けれど、明らかにならない、可視化、文字化出来ない部分こそが言霊スペルスピリの本質ではないかとある思想家(エッセイスト)は語っていた。


言霊スペルスピリ……私たちにも、それが、それさえあれば……くそ! くそ! くそ!!!」


魔族の女は地面に頭を何度も叩きつけ、叫んだ。


「姉さんを奪おうとした罪は重い。俺にとっては大罪だ。世界を滅ぼすと同義だから。だから、」


スクリムは持っていた剣を高々と掲げる。

月の光が反射して妖しく揺らめく。

その揺らめく光を受けながら、黒髪の女が通り過ぎる。

そして、魔族の女のもとに。


「ねえ、さん?」


ヨミは、ただただその真っ黒な目を魔族の女に向けた。

そして、せわしなくその眼を動かす。

女は彼女の意図が読めず、ただただ見つめていた。

月に照らされた彼女は美しいと、そう思った。

そして、その黒い瞳を閉じ、天に向かって小さく息を吐くと、スクリムの方を向く。


「ねえさん」

「スクリム、この人、死ぬわ」

「放っておけばね」

「スクリム」

「ねえさん」

「スクリム」

「……分かった。でも、それはぼくが」

「スクリム」


スクリムの言いかけた言葉を遮り、ヨミは真っ黒な瞳でスクリムを見つめ続けた。

やがて、スクリムは観念したように溜息を吐く。


「それは、そういう女だ」

「あんたが姉さんを語るな」

「それはそう」

「おい」


ハインリヒが意地悪く笑うと、スクリムが睨みつけ、ヨミが同意する。

そして、それをハインリヒが窘める。

魔族の女はこれから何が起こるのかは分からないが、彼らのまるで決まっているかのような流れるような心のつながりに、あたたかさと嫉妬を感じた。


そして、


言霊(スペルスピリ)『月が綺麗なので聖女は裏返る』、恩恵を我に。……〈うらがえる(リヴァス)〉」


スクリムがそっと掌を返す。

すると、ヨミの身体に傷が走る。


「い……ったあああああああああい!」


ヨミは、情けない声を出しながら、地面を転がる。


「だ、だから! 僕が受けた方がよかったんだ!」

「でも! なんか、そういうのは、ちがうじゃないったあああああちきしょおおお!」


ヨミは慌てるスクリムに満足な反論すらできないままに地面を転がり続ける。

その様を見て、ハインリヒは笑っていた。


「ほら、ヨミ。我慢だ。我慢。そのくらい唾つけときゃ治る」

「お、お、お母さんかよおおおおおお!」

「っていうか、お前に移した傷は多分、一個二個の打撲だぞ。おい、義弟、これじゃ不味いんだろ、俺にも」

「〈うらがえる(リヴァス)〉」

「ぎゃああああああああああ! てんめええええええ! ちゃんと言ってからうつせいてえええええええ!」

「はっはっは! よくやったわスクリ、無理ぃいいいいい! いったい! いったいわこれ!」

「はあ、これでもまだ不味いかもね。俺も返してもらうよ。〈うらがえる(リヴァス)〉……ぐうう!」


地面を転がるヨミとハインリヒを横目に、スクリムが掌を返し、女の傷を受け取り、顔を顰める。

女は目の前の異常な光景にただただ固まる。


「お前らは……」

「……っふう! ああ、事情は姉さんに聞いて。僕は姉さんの為にしただけだから。よく知らない」


魔力を使い切ったのか、スクリムはその場に座り込む。

そして、女の方を見向きもせず、最愛の姉を見つめていた。

そして、魔族の女もまた、転がり続ける黒髪の変な女を見つめていた。

と、その時、


「げ! お前ら! 何やってんだよ!」


赤毛を揺らしてシジェラが現れる。隣にはクエスも一緒だ。


「あー! あー! シジェラ! 早く! 早く! 治療し(デレ)て!」

「『治療して』を『デレて』ってゆーな!」








『月が綺麗なので聖女は裏返る』

☆3つ

叫人作。

主人公はそこそこ名の知れた冒険者。彼には、姉のように慕う女性がいた。その女性は『聖女』の才能を持ち、人々から尊敬されている。ある日、姉が主人公の家に泊まることに。

主人公が眠っていると、静かに何者かが寝室に入ってくる。まさか聖女がと思い、起き上がると、そこには、ひだまみれの化け物が。しかし、それは聖女が【うらがえりの化け物】となった姿であった。月夜に化ける聖女にはその記憶はなかった。けれど、このまま放っておけば、聖女が化け物であることがばれ殺されてしまう。主人公は、聖女を守る為、月の綺麗な夜、うらがえりの化け物と一人で戦い続ける、という話。

聖女が化け物であることを知り、たった一人でその秘密を抱え戦い続ける主人公の独特の心情や感性が惹きつけてやまない。ただ、黒髪の聖女が、完璧すぎるのがなんだか気持ち悪く感じ、ノイズになっているような気がする。BYヨミ


お読みくださりありがとうございます。


うらがえりのあらすじが個人的に一番好きなんですが、怖くてホラーはやっぱり書けないという……汗


少しでも楽しんでいただければ何よりです。


また、☆評価やブックマークをしていただけるとありがたいです。


よければ、今後ともお付き合いください。


そして、空野奏多様の企画『ブルジョワポイント評価企画』には他にも様々なジャンルでポイントの大切さを訴えた素敵な作品がありますので、下のリンクから企画内容をお読みいただき、是非他の作品も読んでみて下さい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

7vrxb1598ynq7twi5imn4me7kxdc_ufp_390_u0_

― 新着の感想 ―
[良い点] あらすじ読んで…………んん?んん……んん!? スクリムは義姉のことをどうおもってるのかがすごく気になる……
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ