招集
初投稿です
「しゃっせっしたーーー」
シナプス石油長谷町SSで俺 真田裕はアルバイトとして働いていた。
30歳。同世代は結婚や出産などのイベントをこなしながら、ささやかな幸せを築いている世代である。
ただ自分はそのようなイベントに遭遇することは無く、夜のガソリンスタンドで働いている。夢も、希望も、愛も、これまでの人生でそれらを知ることもなく、ただただ目の前の車に給油をしながら働いている30代童貞。ただのアルバイトとして。
「はい本日もお疲れさん。もう帰っていいよ」
深夜のガソリンスタンドに店長の声が響く。帰っても酒を飲んで寝るだけの日々が確約されている。趣味もない。関わる人間もいない。あるのはほんの少しの武勇。過去のちょっとした武勇を聖書のように何度も何度も思い出し、過去に浸りながら眠りに就く。
『備えよ。たとえ今ではなくとも、チャンスはいつかやって来る。』
ウィリアム・シェイクスピアはこのような言葉を残したが、今の自分に備えるようなチャンスが訪れるとは到底思えない。
コンビニで酒とサラダチキンを購入し、アパートに戻る。築42年の古びたアパートだが、帰る場所はそこしかない。まったく日々というものはあまりにも不変で嫌になる。
アパートの階段を上り自宅のドアに差し掛かるという瞬間、何かの存在に気付く。
180cmはあろうかという身長、都内とはいえ土曜日の住宅地に似つかわしくないスーツ姿。そして...狐面?
間違いなく不審者である。深夜にアパート前で湖面の男が立っている。それも自分の部屋のドアの前で。
ただただ状況に理解が追い付かない...俺は殺されるのか?狐面の男に...?
混乱した俺はひとまずその場を離れ、警察に駆け込むことを選択した。大抵の人間は同じ選択をするであろう。
ただ、狐面の男は俺に気付いたようだ。
逃げる。逃げる。追いつかれる。そして捕まる。あまりにも呆気ない捕獲劇。
(ここで死ぬ.. これまでの人生、イベントの一つも達成していない波の無い人生。真田裕30歳 人生進行度16%でゲームオーバーってとこか...?)
ささやかなこれまでの人生の反省を勝手にしていたところで、狐面の男が語りだした。
「シナプス石油長谷町SSアルバイト 真田裕だな?」
「ああ、そうだ。資産も人脈も守るものも無いただのアルバイト風情に何の用だ?」
「今から貴様を警視庁に連行する。これは国家権力による指示である。拒否は許されない」
「はァ?その面で警視庁を名乗るか? 意味が分からねえ。それにこの国では逮捕状が存在しなければ逮捕は出来ないはずだが?」
「・・・逮捕ではない。これは連行である。」
狐面の男は一枚の書類を提示した。
「あァ?よく見えねぇ」
書類を顔に近づけたとき、ますます理解が追い付かない書面が俺を襲う。
警視庁総監の名前、朱肉が残る警視庁の印鑑。そしてその下に現れる内閣総理大臣の名前と押印。
ますます状況が追い付かない俺に狐面の男は再度発言した。
「今から警視庁に強制的に連行する。そして東京を襲う未曾有の危機に立ち向かう力になって欲しい。 この国は貴方のような30代童貞を必要としている...!!!」