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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
3 骨食みクイールに手向けの花を
9/13

001



 ――時々、思い出すことがある。



◇◆◇



 それは、暑い夏の出来事だった。

 陽炎が石畳の上にゆらめき、雲が綿花のような立体感を伴う夏の盛り。


「……あッづい」


 露店や観光者たちで活気づく帝都の大通りを歩きながら、僕は小さく毒づいた。

 苛烈な盛夏の日光と、雑踏から発せられる人いきれ。それらによる不快もさることながら、今の僕が最も鬱陶(うつとう)しく感じているのは、肌にまとわりつく厚手の外套(ローブ)だった。

 普段の上着とは違う黒色の外套――主に〈統治機構(カラカス)〉の使節が着用する儀礼正装のひとつだ。黒く染め上げられた下地に、銀糸で独自の文様が刺繍されている。

 仕立ても見た目も及第点――どころか、正直とても綺麗な服だと思う。けれども、さすがにこんな時期に着るような代物じゃない。

 頭をすっぽりと覆う被り(・・)を引きちぎってしまいたくなる。面の部分には大きな薄布(ベール)が縫い込まれていて、顔を隠してしまっていた。視界が悪くてしょうがない。


「……なんだって、僕がこんな格好しなくちゃいけないわけ?」


 僕のぼやきを聞いて、隣を歩くロフィンはいかにも面倒くさそうな声をあげた。


「そりゃ依頼主が貴族サマだからな。多少なり、かしこまらにゃあ余計な反感を買うんだとよ」

「それは分かるけどさあ。今は完璧に真夏だよ。いくらなんでも生地が厚ぼった過ぎる」

「文句ばっか言ってんなよ。その外套、かなりの上物らしいからな?」

「言いながら笑ってるんだから、始末に負えないよねぇ。はあ、君、楽しんでるでしょ」

「まあな」


 彼はこういうところで否定しない。他人に気兼ねがないというよりは、何もかもを気にしていないように思える。もちろん、自分自身のことでさえも。

 僕の記憶がまだ正しければ、彼と出会ったのは今から三年ほど前のことだ。

 命の火を無尽蔵にため込む、常識の埒外にある器の持ち主。

 彼は死に(ひん)すると、自身の意思にかかわらず周囲の命を吸い込んでしまう。

『死に方を知りたい』と言って僕と行動を共にし始めたのだけれど、今のところそんな方法は見つかっていなかった。どうやら〈葬儀〉を通じて得られる知識に望みをかけているらしい。

 僕はそんな相棒を見上げながら、唇をとがらせる。


「毎度毎度、どうして君はそう平気な顔してるわけ? 夏場にコートだよコート。ちょっと頭がおかしいんじゃないかと僕は思うわけだけれども」

生憎(あいにく)、コイツは夏物だ」

「うっそでしょ、二種類あるの」

「……そう簡単に信じるんじゃねえよ。こっちが不安になる」

「いや、だって、あんまり涼しそうな顔してるからさあ」

「とにかく、その外套は脱ぐなよ。俺はまだしも、お前の顔を覚えられたくねえ」

「はあ。最初っからそう言ってくれれば、僕も素直に従うっていうのに」


 僕はそれきり視線を落として、なるべく体力を消耗しないように黙り込んだ。

 ロフィンがおぶってくれないだろうか、なんてことを考えてみたけれど、承諾しないだろう。彼は基本的に面倒ごとを嫌う。その割には人をからかったりするのだから、よくわからない。


「良くない予感がするよ、まったく」


 誰にともなくつぶやいて、僕は軽く空を仰いだ。



◇◆◇



 依頼は宮廷直下の治安維持部隊――中央師団からだった。

 国に属する組織からの依頼は珍しい。貴族階級の人間を主として構成される中央師団上層部からとなればなおさらだ。

 現聖帝の戴冠を機に是正されつつあるとはいえ、依然として貴族階級の特権意識は根強く残っている。得体の知れない平民に力を借りることを、彼らは嫌っていた。

 僕は一抹の不安を抱きながらも、護衛のロフィンを伴って依頼者のもとを訪れたのだった。

 帝都の一角に配された、大きな詰め所。

 その応接室に通されるなり、僕は一人の大男に(にら)まれた。


「来たか。……私はドォルフという。栄えある中央師団の憲兵隊を任されている身だ」

「はあ、どうも」

「ああいや、自己紹介はいい。貴様が〈骨食み〉だな」

「……できれば〈葬儀屋〉と呼んで貰いたいかな。好きじゃないんだ、その呼び方」

「ふん。知ったことか」


 彼は無愛想に吐き捨てて、机から書類を拾い上げる。悪感情を隠そうともしない無礼な態度ではあるけれども、僕は構わず問いかけた。


「それで? 依頼の内容は?」

「受けるつもりなのか、貴様」

「貴方の話次第(しだい)かな。自然な死なら、わざわざ読むこともない」


 僕の答えを聞いた大男は、苛立たしげに頭をかきむしった。何をそんなに怒っているのか、まるで理解ができない。理解したいとも思わないけれど。


「では――」

「ああ、その前に、確認しておきたいんだけれども」

「貴様の〈葬儀〉とやらをどこまで知っているか、だろう? 承知しているとも。骨から故人の記憶を読む――正確には、故人の人生を擬似的に体験できるのだと」

「全てを読めるわけではないけれどね」

「委細、承知している。事実かどうかはともかく、な」

「何か言いたげだねぇ?」

「言いたげ、だとも。しかし、それがわかれば十分だろう? 言う必要はない」

「なるほど、単なる馬鹿じゃないらしいねぇ。最低限の礼儀もわきまえてる。あくまで最低限、ではあるけれども」

「貴様も、単なる詐欺師というわけではなさそうだ」


 ドォルフは納得したようにうなずいて、扉の側で控えている兵士に呼びかけた。


「おい、この連中にあれを見せる。持ってきてくれ」



◇◆◇



「――どうした、受け取れ」


 ドォルフの声でふと我に返る。

 気づけば、僕は一つの骨片を差し出されていた。


「ああ、申し訳ない。ちょっと考え事をしていてねぇ」


 努めて悠然とした態度で言いつくろう。どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。危ないところだった。ほんの数十秒だけではあるようだけれど、褒められたことではない。

 幸いと言うべきか、大男は気を悪くしたわけではなさそうだった。あるいは、僕が寝入ったことにさえ気づいていないのかもしれない。こればかりは例の正装に感謝だ。

 骨を手に取って簡単に回し見る。掌にのるくらいまで砕けてしまってはいるけれど、独特の形を見るに、どうやら寛骨(かんこつ)――骨盤の一部であるらしい。


「――これは?」

「我が国の行方不明者が今年に入ってから急増していることは、知っているだろう」

「まあ、ねぇ。……で、()が、そのひとりだって言いたいわけ?」


 ドォルフは僕の言葉に顔をしかめる。


「見れば分かるよ、成人した男性だ。――それで? 彼がその行方不明者?」


 彼はいまいち釈然としない様子だったけれど、小さく鼻を鳴らしてから話を再開した。


「そうだ。該当者と思われる骨を、ある場所から回収した」

「ある場所ぉ? ごまかさないで欲しいよねぇ。僕に葬儀を頼もうっていうなら、情報はできる限り開示するべきだろうに」

「……北方にある聖代遺構のひとつだ」

「〈北壁群〉のこと? え、あそこ入れるの?」


 僕が口にしたのは、現ミトラ領にある有名な聖代遺跡の名だ。群と呼ばれている通り、北方山脈の(ふもと)を南端として巨大な遺跡群が形成されている。


「大戦で隣国が投棄した〈幻想生物(メタフィシキ)〉のなり損ないがウジャウジャいて、今は手出しできないって聞いたよ。連中が考えなしに放ったせいで、発掘が一向に進まないって話も」

「元より呪いや〈魔法〉の知識が無ければ進めぬ場所もあり、一時期からは放置されていた側面もあるが――実際の所、貴様の言うことは正しい。駆除の一環として我々が討伐隊を編成し、踏み入ったのだ」

「そこでコイツを見つけたってわけか。予想外の成果(・・)だな」


 ロフィンが皮肉っぽく口を挟んでくる。顔に似合わないしゃがれ声に、大男がはじめて驚きを見せた。


「……ああ、まったくだとも。おかげで遺構の捜索は中断だ」

「犯人の目星はついてんのか?」

「組織的な人さらいと考えられるが、どうにも尻尾がつかめん」


 そこでドォルフは小さく息をつく。


「もはや打つ手なし、というのが正直なところだ」

「それで、仲の悪い〈統治機構(カラカス)〉に依頼したって? わざわざご苦労様なことだよ、まったく」


 僕の言葉を聞いて、彼はあからさまに視線をとがらせた。


「私とて、本来なら頼ることは避けたいのだが」

「じゃあ帰って良いかな? こっちだって、別に暇ってわけじゃないんだよねぇ」

「この、減らず口を……」

「なんだ、(かえ)んのか?」


 特に意外そうな顔も見せず、ロフィンが問うてくる。


「なに、ほんの冗談だよ。依頼人の態度が多少悪いくらいで、依頼を蹴ったりはしない」


 別に、彼らが僕をどう思っていようと、やることに変わりはない。

 僕は死者の骨を()む。そうして記憶を読み取り、遺志を()み取り――遺族に伝えるなり問題を解決するなり、何かしらの形で〈葬儀屋〉としての仕事を行う。

 つまるところはそれこそが、僕が選び取る〈僕〉の有り様だ。外部の人間が僕をどう扱おうが、僕が何に()って〈僕〉たり得ているかは揺らがない。

 僕はそこで依頼人から視線を切って、手中の遺骨を検分した。


「でも、この骨――ずいぶんボロボロだねぇ。ちゃんと読めるかな」

「それでも状態が良い方だ。見つけた骨はほとんどが細かく砕かれていた。それも、大量の骨が一所(ひとところ)に撒かれていたのだ。発見されたのが何人分なのかさえわからん有様だ」

「砕かれていた、か。理由が知りたいところだけれど……」

「当人に聞けばよかろう。貴様の魔法とやらでな」

生憎(あいにく)、死んでからの記憶は読めないものでねぇ」

「ふん、随分ともっともらしい物言いだな、〈骨食み〉のお嬢様よ?」

「言っておくけれども……いや、いい。無駄な問答は避けよう」


 思わず彼に反論しかけたけれど、僕は諦めて口を閉じた。何を言ったところで彼は気にも留めないだろう。それなら、黙って仕事をこなした方がいい。


「ともあれ、〈葬儀〉はすぐに始めた方がいいだろうねぇ」

「……引き受けてもらえると?」

「それが僕の仕事だからねぇ。断る理由は無い……とまでは、言えないけれども」

「では、何故受けると言うのだ」

「状況を聞く限り、悠長に構えていられるわけじゃなさそうだし」


 そこでドォルフは言葉に詰まった。僕らに対する態度は『横柄』の一言に尽きるけれども、どうやら薄情者というわけではないらしい。


「ドォルフ。貴方はさっき、これ(・・)が人さらいの犯行だと言ったねぇ」

「ああ。推測に過ぎない。だが、ある程度の確証は得ている」

「〈彼〉の骨を見つけたのは、おそらくは引き払った後の根城というわけでしょ? 貴方の話を聞けば、それくらいは見当がつく」

「そうだ。しかし……」

「で、だ。記憶を視れば、移動先がわかるかもしれない、と」

「つまり、次の被害を食い止められるって?」


 横からロフィンが口を挟んでくる。

 それに僕がうなずくと、ドォルフの表情が真剣味を帯びた。


「出て行ってくれ……と言ったところで、聞き分けてはくれないよねぇ」

「当然だ。望むなら警備は外させるが、私はここで見届けさせてもらう」

「……好きにしたらいいさ」


 僕は手の内にある骨片を見つめる。

 彼がいかなる死を経験したのか、今のところはわからない。下手をすれば、一瞬で僕は〈僕〉でなくなってしまうかもしれない。

 それでも僕は〈葬儀〉を執り行う。それこそが僕を〈僕〉たらしめる唯一の行為なのだから。

 貴族の手前だ。いつものような準備はできない。

 けれども、やってやれないことはないはずだ。まあ、なるようになるだろう。

 独特な形をした骨の欠片を、僕は口元に持っていき――噛んだ。


「話は聞いていたが……実際に見るとなると、どうもな」


 外界の雑音は遮断する。死者との対面に全神経を注ぐ。

 深く静かな瞑想の(ふち)に降りて、僕はゆっくりと呪文を唱え始める。

 たとえ明瞭な言葉の形を持たずとも、明確な意思の元に祝詞(のりと)を認識していれば、それで祝福は顕現する。

 それは、かつて世界を見限った神々の残滓。

 あるいは、人類へのささやかなる呪い。

〈聖代の遺物〉と呼ばれる、奇跡の一端。

 僕が言葉を紡ぎ終えると同時――まぶたを透かすように、鮮やかな橙色の光が浮かぶ。

 その直後、意識が急速に沈んでいった。



◇◆◇



 始まりの意識は、いつだってまどろみの中にある。

 身体を包み込んでいるのは、(あたた)かく(おだ)やかな大海だ。灯火(ともしび)を宿した瞬間に始まる世界との交わりは、(どろ)だまりのようにつかみ所がなくて、輪郭(りんかく)がおぼつかない。

 わたしは――いいや、僕、違う。彼は、そうだ、彼は、だ。

 間違えてはいけない。引きずられてはいけない。

 自他を極度に混同すれば、それこそ僕は僕でなくなってしまうのだから。

 千々に乱れる思考をどうにかまとめ上げて、僕は必死に〈僕〉をつなぎ止める。

 そうして、彼の記憶へと焦点を定めた。


 ――結論から言えば、彼の人生は取り立てて変わったものではなかった。

 まあ、なんてことはない。ありふれた商人の一生だ。

 商品の相場に頭を悩ませて、資金繰りを数えながら日々をやり過ごす。大それた冒険も、目を覆いたくなるような悲劇もなく、平穏に、それなりの毎日を送る男の記憶。

 彼の人生は順当に、ごく真っ当に進んでいった。

 最期(さいご)の数日を除いては、だけれど。



◇◆◇



 もはや、痛みすらまともに認識することができずにいた。

 視界はほのかに明るい。橙色の明かりがたくさん灯っている。まるで、小さな星々が揺れているかのようだ。

 考えがまとまらない。どうしてここにいて、なぜ動けずにいるのかがわからない。

 もしかすると自分は、既に死んでしまったのかもしれない。

 ああ。このまま夢の狭間で、永遠に揺蕩(たゆた)って居られたなら――


《――安寧など、あると思うな》


 そんな希望を打ち砕くかのように、怪物がやってくる。

 光の畑をかき分けて、真っ黒な布をかぶった影が迫り来る。

 人のような形の〈それ(・・)〉は大ぶりの刃物を使って、()の耳をそぎ落とした。

 濁りきった思考が更にかき混ぜられる。しかし、今の私には、悲鳴を上げる余力すら残されてはいなかった。


《……壊れちゃったのかなあ?》


 その怪物は、私の髪を握って持ち上げる。

 視界が晴れて、星々とは別に、小さなふたつの光が見えた。


《なら、もう、十分だろう》


 首のあたりに風が走る。痛みが遅れて脳へと届く。


「や、やめ――」


 そこで聞こえてきたのは、自分の声じゃあなかった。誰の声かなんて、気にできないくらい意志は萎えていた。

 そうするうちに、(あたた)かい水がたくさん溢れてきて。

 四肢を垂れながら、少しだけ、安心した。



◇◆◇



「……落ち着いたか」


 聞き慣れた声で我に返る。


「ロ、フィン……?」


 いつの間にやら、僕は相棒に抱え込まれていた。

 いや、羽交い締めにされているというのが正しいか。


「ねえ、ちょっと、苦しいん、だけれど」

気付(きつ)けは要るか?」


 ロフィンがささやくように問いを投げてくる。


「……いや、いい。大丈夫、離してくれていい」


 僕の答えに満足したように、ロフィンは拘束を解いてくれた。頭を二、三度振って気を保つ。

 視界の奥、ドォルフが椅子に座ったままため息をついた。


「やれやれ、いきなり暴れ出すとはな」


 それで、自分がどうなったかを理解した。

 先ほど〈葬儀〉で体験した死者の記憶に――その死にあてられた(・・・・・)のだろう。珍しいことではあるけれど、視ている記憶に入れ込みすぎると、混乱して暴れてしまうことがある。


「すまない。たまに、あるんだ」


 言いつつ、椅子に座り直す。正直、ちょっとバツが悪かった。

 死には慣れない。たとえ何度、それを経験しようとも。

 苦しさも、寂しさも、とても耐えられるものじゃない。

 たとえ多くの人に看取られていたとしても、結局のところ、死ぬときは一人だ。


「それで、何かわかったのか?」


 そんな僕の思いを気にもせず、ドォルフがじっとこちらを見つめてくる。


「……ひどかったよ」


 口からこぼれたのは、僕の正直な感想だった。


「何が視えた」


 背後からロフィンの声が降ってくる。

 今しがた視た〈彼〉の最期を思い返しながら、僕はゆっくりと答えた。


「――花だ。橙色(オレンジ)の花がたくさん見えた。洞窟か、建物か……閉所に作られた花壇、いや、(ちい)さな花畑、かな。その真ん中に放置されていたよ。ご丁寧に、両足の腱は切られていた」


 思い起こされるのは、暗闇の中、うすぼんやりと発光する橙色の花たち。自身の肉が腐っていくのを感じながら、むせかえるような花の芳香に意識を濁らせる。


「ゆっくりと死んでいった。食べ物どころか、飲み水さえ与えられずにね」


 指先ひとつ動かすこともできず、うめき声を上げる気力さえなく。痛みを解することを身体が拒否するほどに生命を薄れさせて。

 そうした絶望の果てに、彼は息を引き取った。

 彼が何を思ったのか、僕にはわからないけれど、寂しかったことは確かだろう。

 ――ともあれ、いつまでも感情を引きずられている場合じゃない。


「彼はおそらく行方不明者の一人だろう。名は教えておくから、名簿から探すのは任せる」


 僕は手近な紙片を取り上げて、〈彼〉の名前を書き付ける。それを受け取ったドォルフは、(けわ)しい表情のまま僕を見据えた。


「……この名前は記憶している。名簿にあったはずだ。本当に死んだのか? この男が?」

「無駄な質問だよ、それは。いつだって僕が視るのはひとつの死だ。しかも、今回はとびきり無惨なね。まったく、割に合わないったらない」

「無惨な?」

「言ったろう? 彼は腱を切られていた。それだけじゃない。定期的に、身体の一部をそぎ落とされていたんだよ」


 それを聞いたドォルフが眉間のしわを深める。


「なんのためにだ」

「さて、それは僕が聞きたいくらいだねぇ。何か聞かれたわけでもない。少なくとも、情報を得るための拷問って感じじゃなかった。質問なんてされなかったしね」

「相手は一人か? 容貌は?」

「随分と大きな頭巾を被っていたから、どうもねぇ。男性らしいってことはわかったけれども」

「何か犯人につながりそうな情報は無いのか? 可能なら、もう一度――」

「四肢の末端から腐っていく感覚は、言葉にしがたい苦痛だ。一度ならまだしも、正気を保っていられる自信は無いよ」

「ふむ。……他に人間はいなかったのか?」


 言われて、記憶をたぐる。

 花々の向こう、薄闇の中に揺れていた二つの光。あれはおそらく――


「確かではないけれども、僕を――〈彼〉を見ている人影はあった。見間違いでなければね」

「人さらいの仲間か?」

「と言うより、被害者の方じゃないかな。どうも、子どものように見えたけれど……」

「……生きているのだな?」

「少なくとも、その時点ではね。今はどうだか、わからないよ」

「時期は」

「夏の走り。それも今年だ。彼に関しては、死んでしまってからそう時間は経ってない」

「なぜそんなことがわかる?」

帝都(ここ)の人間だったからねぇ? 彼が最後に見物した式典で、現聖帝が戴冠してから18年だって言っていたよ。行方知れずになった時期とも一致するんじゃないかな。長くても、ふた月は経っていないはずだ」

「……貴様の話に、嘘は無いらしいな」

「だからそうだって言ってるんだけどねぇ」


 小さく息をつく僕を前に、ドォルフはいきなり立ち上がった。


「ちょっと、何を――」


 僕が言い終えるよりも早く、彼は卓に両手を突いて深々と頭を下げる。


「非礼を詫びよう。疑うような真似をしたこと、心より謝罪する」

「……調子が狂うねぇ、どうも」


 どう反応をするべきか、僕はすっかり困ってしまって。ただ、彼からそっと目を逸らした。


「……まあ、答えは得られなかったけれど、手がかりはつかめた。すぐに動くべきだよ」


 僕の声に、ドォルフが面を上げる。


「動く、とは言うが……場所が分からないのではどうしようもないではないか」

「大丈夫、道がわからないなら案内を頼めばいいだけの話だからねぇ」

「だから、それを貴様に頼むはずだったのだ。馬鹿にしているのか?」

「へへ、まあ、少し落ち着きなよ、ドォルフ」


 僕は口元を緩めて、薄布(ベール)ごしに彼へと笑いかけた。


「道案内なら、住人に頼むのが一番いいとは思わない?」


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