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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
2 愛しき妻に真なる終わりを
7/13

003

〈葬儀〉を終えた翌朝。


「――死人の蘇生?」

「そう見るのが筋ではあるだろうねぇ? もちろん、あの住人が幻覚を見ていたのでなければ、という条件付きだけれども」


 朝食と今後の方針検討を兼ねて、クイールとロフィンは宿屋の一階に腰をおちつけていた。食事処となっており、二人の他にも食事を目的に来訪した客の姿が目立つ。


「ミアは確実に死んだ。それは間違いない。もし、昨日の商人が会った女性が本当にミアなのだとしたら、それはもう彼女が(よみがえ)ったのだとしか思えないよねぇ」


 少女が導き出した結論に、ロフィンは吐き捨てるように言った。


「馬鹿げてるな」

「同意見だよ」

「昨日も言ったが、本当に悪戯(いたずら)って線はねえのか? どんな理由かは知らねえが、その方がいくらかありえるハナシだろ。誰かがミアって娘に変装して、住人を脅かそうとした、とか」

「実のところ、常に考えてはいたんだ。けど、昨夜その可能性は消えたよ」

「あん?」

「筆跡がさ、明らかに彼女――ミアの物なんだよ。ただの悪戯にしては、できすぎてる」


 それを聞いたロフィンは黙り込んで、椅子に深く背をもたれさせた。

 彼は腕を組んだまましばらく何事か考え込んでいる風だったが、やがてしびれを切らしたように口を開いた。


「どうするつもりだ、この依頼」

「もちろんこれで終わりじゃないし、調べるよ」


 答えたところで、給仕がそれぞれの注文品をテーブルに置いた。運ばれてきた料理を自分の前に引き寄せつつ、少女はフォークを手に取る。


「おかしな依頼ではあるけれど、だからこそ僕の出張(でば)る意味があるってもんだよねぇ、あむ。……うえ、なにこれまっず」

「良いじゃねぇか。メシは不味(まず)い方が、生きてることを忘れずに済む」

「変態の感想は受け付けてないんだよねぇ。ここお砂糖(さとう)置いてないの、お砂糖欲しい」

「肉団子にすら砂糖かけたがる奴に変態って言われてもな。ジャムならまだしもよ」

「甘味は世界に残された唯一の良心だよ。それが理解できないような感性の死んだ奴は、一生やせ我慢して苦い豆の汁でも(すす)ってればいいよねぇ?」

「こいつは無糖だ。相場が決まってる」

「そんなエグい汁のどこがいいのか理解に苦しむよねぇ? 舶来ものばかりだから、やけに高いし。お砂糖さえ(はい)れば、まあなんとか飲めるけれども」

「はッ、馬鹿舌野郎め。薬をやりすぎるから、そうなるんだ」

「ほっといてほしいねぇ。君、僕の親でもなんでもないだろうに。あっ、おねえさーん、お砂糖ちょうだいお砂糖。……え、追加料金? いいよ経費で落とすから」

「……お前、経費の意味知ってるか?」


 運ばれてきた小さな砂糖壺を愛おしげに受け取りながら、クイールは平然と答える。


「これが無いとやる気が出ないし、当然ながら必要経費だと僕は思うわけだけれども」

「横領ってんだよそういうのはよ」

「大丈夫大丈夫。今回の依頼、どうも稼げそうな匂いがする」

「つまり、これ(・・)がらみか? 思った通り?」


 問いつつ、ロフィンは中指で自身の胸を突いてみせた。

「そ。〈統治機構(カラカス)〉様々だねぇ。特別報酬が出れば、もう少し遠方の依頼だって受けられるようになる。なら、悪い話じゃないでしょ」

 統治機構(カラカス)

 今や世界中に散らばっている〈聖代の遺物〉を収集し、一手に管理せんと画策している巨大組織だ。クイールとロフィンの両名も、形ばかりではあるがそこに属していた。


「やっかいごとじゃなけりゃ良いが」


 ロフィンは物憂(ものう)げにつぶやいて、カップを傾ける。


「君はいつもそればかりだねぇ」

「面倒なのが嫌なだけだ」

「ま、確定というわけじゃなし。そう気負うこともないよ」


 クイールは砂糖まみれの料理を平らげると、流し込むように水を飲んだ。


「ぷぁ。たとえ空振りだったとしても、葬儀の報酬は貰うわけだし」

「依頼人が居ねえんじゃ、請求のしようもねえだろうに」

「それならそれで、アテはある。ま、すこし休んだら、行ってみようか」

「行くって、どこに」


 昨夜の薬がまだ残っているのか、にへら、と弛緩した笑みを少女は浮かべた。


「思い出の場所に、かな」



◇◆◇



「……あっづ」

「たいした温度じゃねえだろ」

「や、そうなんだけどさあ、長いこと歩くのって、疲れるよねぇ」

「たいした距離でもねえ。もう絶対に(かか)えねえからな」

「照れてるんじゃないよ、ガラにもない」

(ちげ)えよ馬鹿」


 半日がかりで隣町まで移動して、一泊した後。

〈葬儀〉で得た情報をもとに、二人は目的の場所へと向かっていた。


「ここ、だねぇ。木の位置は変わりにくくて助かる」


 町を外れて、茂みを越え――小高い崖へと辿り着いたところで、クイールは辺りを見回した。


「ここが『思い出の場所』か?」

「そう()くもんじゃないよ、ロフィン」


 顔を青年の方へと向けながら、灰髪の少女は足取りも軽く、岩壁に向かって歩いて行く。


「よそ見してんじゃねえ、ぶつか――」


 ロフィンが少女の首根っこをつかもうとしたところで、手を止める。


「どしたの?」

「……なんで埋まってんだ」


 胡乱(うろん)な目つきで、ロフィンはクイールの身体を観察する。

 水面へ沈み込んでいくかのように、彼女の半身が壁面に埋まっていた。


「来ればわかるよ。じゃあ、お先」


 言葉を残して完全に中へと沈んでいく。

 それを追いかける形で、ロフィンは岩壁へと飛び込んだ。


「……なるほど、光学詐術か」

「ご名答」

「こうしてみると、たいしたもんでも()えな。このくらいのデカさは珍しいけどよ」

「よく言うよねぇ」


 少女の一言を完全に無視して、ロフィンは先へと進む。洞窟を抜けたところで、クイールが青年の脇を追い抜いた。


「こっちだ。すぐそこだよ」


 森の方へと足を向ける少女の首元を、青年は今度こそつかんで、そのまま持ち上げる。

 捕まえられた彼女はといえば、子猫のように四肢を垂れて視線をロフィンへと向けた。


「ねえ苦しいんだけど」

「そうほいほい進んでいくんじゃねえよ」

「そんなに警戒することでもないよ。ちょっとビクつき過ぎだと、僕は思うわけだけれども」

「てめえが無警戒すぎるんだ」


 青年の背後に下ろされたクイールは、着衣を正しつつ行き先を指示する。


「あそこ、獣道っぽいとこだよ。草が倒れてる」

「自分で言ってる意味わかってんだろうな」

「たぶん、誰か居る。しかも、頻繁に通ってる」

「わかってんなら……いや、もういい。ともかく、俺が先、てめえは後だ」


 帽子を目深に被りなおすと、ロフィンはずかずか(・・・・)と森に分け入っていく。

 甘い芳香が、かすかに空気へと混じる。

 それを感じた時には既に、開けた空間へと出ていた。

 白く小さな花々が揺らめく、ぽっかりと空いた天然の花壇。

 楕円を成す花畑の中心部に座り込んでいるのは、ひとりの女性だ。

 その女性は、灰髪の少女を目にした途端、柔らかな笑みを浮かべた。



「――ああ、来てくれてありがとう。本当に嬉しいわ、小さな〈葬儀屋〉さん?」



 そこには、先日の〈葬儀〉でも確かに死を認めたはずの、ミアの姿があった。



◇◆◇



 覚悟はしていたつもりだが――いざとなると、言葉が出てこない。

 灰髪の少女は静かに呼吸を深めて、じっくりと眼前の女性を観察した。

 容姿はもちろん、所作や言動はミアそのものだ。自身の頬へ手を当てる癖すら自然で、演技じみたところがない。

 彼女の人生を擬似的に体験していたクイールでさえ、目の前に座る〈彼女〉ほど、ミアの動きを模倣できる自信は無かった。


(――彼女の骨は、本物だったはずだ)


 衝撃を和らげるように、どうにか思考を巡らせる。

 遺体を偽装し、偽りの葬儀を挙げた可能性も考えたが、それでも辻褄(つじつま)はあわない。

 昨夜視た記憶のなかで、彼女は明らかに死んでいた。もし仮にあの状態から生き延びたのだとしても、それ以後の記憶が一切読み取れなかったというのは不自然だ。

 例の〈魔法〉が再現する記憶は往々にして不完全だが、最期の瞬間だけは確実に読むことができる。それこそが生物にとって最大のストレスであり、最も深く身体に刻まれる場面であるからだ。

 どれだけ考えを尽くしても、疑問を解消させるには至らなかった。


「君は、死んだはずだろう?」


 結果として――間の抜けた質問が漏れる。

 対する女性は、柔らかな笑みを浮かべたまま、クイールを見つめ返していた。


「そう、なのよね」

「うん?」


 予想していなかった反応だ。

 拍子抜けしたようなクイールの顔を見たミアは、おろおろ(・・・・)と視線をさまよわせていた。


「ご、ごめんなさい、別に、馬鹿にしているわけではないのよ」

「自覚があるのかい?」

「いえ、本当に馬鹿にしているわけではなくて――」

「そうじゃない」


 クイールは彼女へと近寄(ちかよ)って、胸元へと人さし指を突き立てた。視線を正面から交わらせて、ゆっくりと、言い含めるように問いかける。


「自分の言っていることを、君は正しく理解しているかい? 君は今、『自分が死んでいるはずだ』ということを、認めたわけだけれども」

「え、ええ。わかっているわ。だからこそ、わたしはあなたを呼んだのだもの」

「回りくどい言い方をするねぇ。もっと直接的に言って欲しいところだよ」

「そうね、ごめんなさい。詳しいことは、うちで話しましょう」


 ミアは立ち上がり、先ほど二人が来た道へと入っていった。

 彼女の背を追いかける道中、ロフィンが短く問いかけてくる。


「どう思う?」

「どうもこうも、見たとおりだよ。ミアは――いいや、〈彼女〉は、ああして動いている。それを『生きている』と言うべきかはともかくねぇ」

「光学詐術の可能性は()えか? 穴を隠してたのと似たような」

「無いねぇ。彼女には質量がある。事実、さっき触れることができた。本人を直接見たことがないから、〈彼女〉とミアに差があるのかは、イマイチわからないけれども」

「じゃあ、なんだってんだよ」

「それを今から確かめようっていうのさ」


 茂みを抜けてからミアが向かったのは、もう一方の洞窟だった。かつてミアとシルハが『思い出の場所』へ行く前に入り込んだ空間である。

 中は住居のように改装されており、簡素ながら家具も置かれていた。


「戻ったわ」


 広間に据えられている食卓と、ふたつの椅子。そのうちの一方に腰を落ち着けていた人影が振り向いた。


「ああ、ミア、おかえり」


 声の主は、立ち上がりかけた体勢で固まった。

 その顔に浮かぶのは色濃い警戒と、かすかな驚愕。どうするべきか迷っているのか、彼は視線だけを動かして来訪者を観察している。

 ロフィンほどではないが背は高い。ただし身体の線は折れそうなほどに細く、顔色の悪さも相まって、決して健康体とは評せなかった。

 対する少女は、へらへらとした笑みを浮かべつつ、その男性に向けて手を振る。


「やあ、シルハ。僕が君を見るのは初めてではないけれど、こうして会うのは初めてだ。そういう意味では、はじめまして、だねぇ」

「……何者だい?」

「僕はクイール。ただのしがない〈葬儀屋〉だよ」

「どうしてここが? そう簡単に見つけられるとは思えないけど」

「君の奥様にお呼ばれしてねぇ?」


 懐から手紙を出し、ひらひらと振ってみせる。それを見たシルハが顔をしかめた。彼が声を発するよりも早く、少女は二の句を継ぐ。


「ああ、ご心配なく。この場所については、僕ら以外に誰も知らないよ。手紙に書かれているのは、ミアの実家の住所だ」

「なら、どうやって」

君から聞いた(・・・・・・)


 その言葉にシルハは眉間のしわを深めたが、それも一瞬のことで、すぐに問いを重ねてきた。


「……きみはもしかして〈葬儀屋〉か? つまり、納棺師や〈鎮魂の詠者〉みたいな連中ではなく、死者の記憶を読むっていう?」

「だからそうだって言ってるんだけどねぇ」

「参ったな、実在してたなんて。胡散臭い噂話だとばかり思っていたのに」

「お生憎(あいにく)さま。僕はほら、こうしてここにいるよ」

「ミアがきみに手紙を? 迂闊(うかつ)だったよ、話すべきじゃなかった」

「正直、ここまで来るのは楽じゃあなかったよ。依頼人が既に死んでいるとは思わなかった。かと思えば、こうして〈彼女〉が居るだなんてねぇ」

「……何をしに来たっていうんだい?」

「ご挨拶だねぇ。僕が何者かは、すでに言ったよ。なら、することはひとつしかない」

「ここに死者はいないよ」

「そう願うばかりだよ。シルハ、君はいったい何を……いや、やっぱりやめておこうか。その糾明(きゅうめい)は、依頼に含まれていないからねぇ」

「あの、シルハ……」


 おずおずと呼びかけるミアに対して、シルハは安心させるような笑みを浮かべてみせた。


「……少し、考えを整理したい。ぼくは薪でも拾ってくるよ」

「その、ごめんなさい。わたし、どうしても――」

「大丈夫。謝るようなことじゃないさ」

「あ……」


 会話を切り上げて、シルハは外へと出て行く。その足取りはおぼつかず、憔悴しているようにさえ見えた。

 ミアは気持ちを切り替えるように客人へと目を向けて、にっこりと笑った。


「たいしたおもてなしもできないけれど、どうぞ、ゆっくりしていって」

「……いいのかい?」

「いいの。シルハはときどき、一人になりたがるから。それはわたしが一番よく知っているわ」


 ふたつしかない椅子に客人を座らせて、ミアは軽快な動作で湯を沸かし始める。


「ああ、お客様だなんて、何年ぶりかしら。待っていてね、いまお茶をいれるわ」

「お構いなく。……と言ったところで、やめてくれそうもないねぇ」


 ほどなくして供されたのは、乾燥させたハーブを煎じた茶だ。カップはしっかりと手入れが施されており、やや原始的な家屋(・・)の雰囲気に似つかわしくないほどだった。


「随分と元気そうだねぇ。病に(たお)れたとは思えないくらいだよ」

「ええ、ええ。シルハが私を起こしてくれてから、とっても調子がいいのよ。これまで悪い夢を見ていたんじゃないかって思うほどなの」

「なら、わざわざ僕を呼ぶ必要もないだろうに。どうして僕に依頼を?」


 問いにミアは黙り込んだ。奇妙な沈黙が場にわだかまる。

 ややあってから、彼女は意を決するように口を開いた。


「――死者の記憶を読むことができるというのは、本当なのかしら?」

「うん。すべてを読み取ることができるわけではないけれども、それは、おおむね事実だよ。この場所がわかったのも、僕が彼女(・・)の記憶を視たからだ」

「そうね。そのために、あんな回りくどい方法を取ったのだもの」

「それで? 僕は試験(・・)に合格?」


 幾分か()ねたような様子で言うクイールだが、ミアはまるで気にしないまま応じた。


「ええ、ええ、もちろんよ。あなたはとっても素敵だわ」

「はいはい、それはどうも」

「じゃあ、もうひとつ聞きたいのだけれど」

「どーぞ?」


「その力は、生きている人にも使えるのかしら?」


 平然と問うてきたミアに対し、クイールはかすかに目を見開いた。


「……そんなことを聞いてきたのは君が初めてだけれど、嘘をつく理由も無いねぇ」


 目の前に置かれたカップを指先でくるくると回しつつ、少女は答える。


「可能だよ。相手が耐えられるかどうかは別として、ね」

「どういうことかしら?」


 言いつつ、ミアは小首をかしげた。


「それは僕の台詞だよねぇ。わざわざ生きている人間の記憶を読め? 読んでほしい相手は君の旦那様かな? それなら、直接聞けばいいだろうに。彼、君に心底から惚れているよ」

「まあ」


 ミアは口元に手を当てて、嬉しそうに吐息を漏らした。


「ふふ、でもね、違うの。読んでほしいのは『わたしの記憶』なのよ。手紙にもそう書いてあるでしょう?」

「それこそ意味がわからない。僕は君の記憶をすでに視た。生まれた瞬間から、末期の一息をつくところまでね」

それは本当に(・・・・・・)この(・・)わたし(・・・)なのかしら(・・・・・)?」

「……なんだって?」


 眉根を寄せるクイールとは対照的に、ミアは眉尻を下げた。


「わたしね、本当にわたしがわたしなのか、知りたいの」

「意味がわからないねぇ。君は君だ、なんて陳腐(ちんぷ)な詩をきかせてほしい歳でもないだろうに。僕に吟遊詩人のまねごとをしろって?」


 ミアはふるふると首を横に振る。


「……時々、とっても変な気持ちになるのよ。わたしが、わたしじゃない女の子になって笑っている気がするの」


 彼女は痛みに耐えるような表情のまま、胸の前で両手を握った。


「昔みた夢のように、ふと思い出すことがあるのよ。そういうとき、たまらないほど懐かしくって、泣きそうになるわ」


 対する灰髪の少女は、(いぶか)しむように目つきをとがらせる。


「君が何を言っているのか、いまいち理解できないのだけれども」

「そうよね。だって、わたしにもわからないもの。だから、あなたに確かめてほしいの」

「君と話していると、なんだか疲れるねぇ。ロフィンとは違う方向で、君は面倒くさい」


 どういう意味だ、と口を挟んだ青年を無視して、クイールは嘆息した。


「もちろん、無償でなんて言わないわ。ここまで来た手間賃も含めて、これをあげる」


 そう言って彼女が差し出したのは、大ぶりな銀の鍵だ。特に装飾などは見当たらないが、表面には一片の(さび)もなく、これまで丁重に扱われていたことがよくわかる。


「これは?」

「屋敷の裏にある非常口の鍵よ。地下を通って家の中に入れるわ。シルハの買い集めた医書がいくらか残っているから、好きに持って行っていい。わたしにはわからないけれど、置いてきた書物には、高価な物も混じっているはず」

「ああ、あそこの(・・・・)

「そう、場所はわかっているのね。……あなたは一度、わたしになったのだものね」

「ううん、それはちょっと違うんだけれども。ま、わかってもらう必要もないか。ともあれ、場所はわかったよ」

「それなら」

「気は乗らないけど、いいよ。他ならぬ依頼人(・・・)の言葉だからねぇ」


 少女はそう言うと鍵を受け取り、持ち手に通されたひもを自身の首へと回した。

 椅子から立ち上がり、懐から取り出した布を床へ敷く。長衣を脱いで座り込むと、相棒たる青年へと顔を向けた。


「ロフィン」

「……こいつもタダじゃあないんだがな」


 ぼやくように言いながら、彼は巨大な黒鞄を地面に置く。いくつかの施錠を解くと、側面の扉をひとつ開いた。

 取り出したのは、透明な容器に収納された一輪の花。ほのかな燐光を帯びた花弁は、流星の尾が固まったかのように細く伸びていた。

 それを灰髪の少女へと手渡しつつ、青年は(とが)めるように目を細めた。


「仕方ねえが、摂り過ぎだ。戻ってきてからの薬は減らす」

「ん、ありがと」


 感謝の言葉もそこそこに、少女は依頼人の女性と視線を交わらせた。


「ひとつ、言っておきたいんだけれども」

「なにかしら?」

「これから、僕は君の記憶を読み取る。だけど同時に、君も僕の記憶を受け取ることになる。できる限り、君には〈僕〉を受け渡さないように努めるけれども――いくつかは〈死〉を経験することになるだろう。あるいは君は、狂ってしまうかもしれない」


 脅すような言葉を投げかける。しかし、ミアはそれにも怖じることなく、こくりとうなずいてみせた。


「それでも、本当にいいんだね?」

「いいわ。それで、わたしがわたしだと納得できるなら」

「はあ。強情だねぇ」


 灰髪の少女は諦めるように目をそらして、手に持っていた花の冠を噛みちぎる。顔をしかめながら咀嚼し、飲み込んだ。


「うえ、まっず。ほんと、もう少しおいしければ、かわいげもあるっていうのに」


 舌を出して不満を言いながらも、少女の表情が一気に弛緩する。その様子を見たミアは頬をわずかに引きつらせた。


「ええと、〈葬儀屋〉さん? その花って、もしかして」

大丈夫(らいじょーぶ)大丈夫(らいじょーぶ)。僕、慣れてるからさあ。ほら、ここに座って」


 戸惑いながらも近寄ってきたミアの手をとり、その形を検分するようにじっくりと眺める。酔ったような目つきも相まって、遊んでいるように見えなくもない。


「指がいいかなぁ。一本、噛ませ()もらうよ。かなり痛いとは思うけれ()も、我慢して欲しい」

「……ええ、構わないわ。やってちょうだい」


 ミアの指を(くわ)えた少女は目を閉じ、顎に力を込めた。

 犬歯が指の皮を突き破り、肉をちぎる。

 骨の固い歯触りを感じながら、彼女は発声を開始した。

 明確な言葉の形を結ばない、不可思議な旋律の連なり。その声に呼び寄せられるかのように、小さな光の粒が二人の周囲へと出現した。

 火の粉にも似た、しかし、炎ほどの苛烈さを伴わない柔らかな光。

 少女の歌声が途絶えると同時――光が弾け、空中に霧散する。

 深く沈み込んだ意識の中、クイールは暗闇に向けて語りかけた。


「――これから君の体験した全てを、僕は受け取る。君に全てをあげることはできないけれど、そこは許してほしい。君に狂われると、困るからねぇ」


 穏やかな闇の中、静かに語りかける。――返事は無い。


「……おかしいな。聞こえていないのかい?」


 重ねて問いかける。しかし、相も変わらず返事は聞こえてこなかった。

 疑問を解消する間もなく遠方から光が飛来し――一気に視界を覆い尽くす。

 激流のような光の渦に全身を包み込まれながら、少女は意識を手放した。



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