003
〈葬儀〉を終えた翌朝。
「――死人の蘇生?」
「そう見るのが筋ではあるだろうねぇ? もちろん、あの住人が幻覚を見ていたのでなければ、という条件付きだけれども」
朝食と今後の方針検討を兼ねて、クイールとロフィンは宿屋の一階に腰をおちつけていた。食事処となっており、二人の他にも食事を目的に来訪した客の姿が目立つ。
「ミアは確実に死んだ。それは間違いない。もし、昨日の商人が会った女性が本当にミアなのだとしたら、それはもう彼女が蘇ったのだとしか思えないよねぇ」
少女が導き出した結論に、ロフィンは吐き捨てるように言った。
「馬鹿げてるな」
「同意見だよ」
「昨日も言ったが、本当に悪戯って線はねえのか? どんな理由かは知らねえが、その方がいくらかありえるハナシだろ。誰かがミアって娘に変装して、住人を脅かそうとした、とか」
「実のところ、常に考えてはいたんだ。けど、昨夜その可能性は消えたよ」
「あん?」
「筆跡がさ、明らかに彼女――ミアの物なんだよ。ただの悪戯にしては、できすぎてる」
それを聞いたロフィンは黙り込んで、椅子に深く背をもたれさせた。
彼は腕を組んだまましばらく何事か考え込んでいる風だったが、やがてしびれを切らしたように口を開いた。
「どうするつもりだ、この依頼」
「もちろんこれで終わりじゃないし、調べるよ」
答えたところで、給仕がそれぞれの注文品をテーブルに置いた。運ばれてきた料理を自分の前に引き寄せつつ、少女はフォークを手に取る。
「おかしな依頼ではあるけれど、だからこそ僕の出張る意味があるってもんだよねぇ、あむ。……うえ、なにこれまっず」
「良いじゃねぇか。メシは不味い方が、生きてることを忘れずに済む」
「変態の感想は受け付けてないんだよねぇ。ここお砂糖置いてないの、お砂糖欲しい」
「肉団子にすら砂糖かけたがる奴に変態って言われてもな。ジャムならまだしもよ」
「甘味は世界に残された唯一の良心だよ。それが理解できないような感性の死んだ奴は、一生やせ我慢して苦い豆の汁でも啜ってればいいよねぇ?」
「こいつは無糖だ。相場が決まってる」
「そんなエグい汁のどこがいいのか理解に苦しむよねぇ? 舶来ものばかりだから、やけに高いし。お砂糖さえ入れば、まあなんとか飲めるけれども」
「はッ、馬鹿舌野郎め。薬をやりすぎるから、そうなるんだ」
「ほっといてほしいねぇ。君、僕の親でもなんでもないだろうに。あっ、おねえさーん、お砂糖ちょうだいお砂糖。……え、追加料金? いいよ経費で落とすから」
「……お前、経費の意味知ってるか?」
運ばれてきた小さな砂糖壺を愛おしげに受け取りながら、クイールは平然と答える。
「これが無いとやる気が出ないし、当然ながら必要経費だと僕は思うわけだけれども」
「横領ってんだよそういうのはよ」
「大丈夫大丈夫。今回の依頼、どうも稼げそうな匂いがする」
「つまり、これがらみか? 思った通り?」
問いつつ、ロフィンは中指で自身の胸を突いてみせた。
「そ。〈統治機構〉様々だねぇ。特別報酬が出れば、もう少し遠方の依頼だって受けられるようになる。なら、悪い話じゃないでしょ」
統治機構。
今や世界中に散らばっている〈聖代の遺物〉を収集し、一手に管理せんと画策している巨大組織だ。クイールとロフィンの両名も、形ばかりではあるがそこに属していた。
「やっかいごとじゃなけりゃ良いが」
ロフィンは物憂げにつぶやいて、カップを傾ける。
「君はいつもそればかりだねぇ」
「面倒なのが嫌なだけだ」
「ま、確定というわけじゃなし。そう気負うこともないよ」
クイールは砂糖まみれの料理を平らげると、流し込むように水を飲んだ。
「ぷぁ。たとえ空振りだったとしても、葬儀の報酬は貰うわけだし」
「依頼人が居ねえんじゃ、請求のしようもねえだろうに」
「それならそれで、アテはある。ま、すこし休んだら、行ってみようか」
「行くって、どこに」
昨夜の薬がまだ残っているのか、にへら、と弛緩した笑みを少女は浮かべた。
「思い出の場所に、かな」
◇◆◇
「……あっづ」
「たいした温度じゃねえだろ」
「や、そうなんだけどさあ、長いこと歩くのって、疲れるよねぇ」
「たいした距離でもねえ。もう絶対に抱えねえからな」
「照れてるんじゃないよ、ガラにもない」
「違えよ馬鹿」
半日がかりで隣町まで移動して、一泊した後。
〈葬儀〉で得た情報をもとに、二人は目的の場所へと向かっていた。
「ここ、だねぇ。木の位置は変わりにくくて助かる」
町を外れて、茂みを越え――小高い崖へと辿り着いたところで、クイールは辺りを見回した。
「ここが『思い出の場所』か?」
「そう急くもんじゃないよ、ロフィン」
顔を青年の方へと向けながら、灰髪の少女は足取りも軽く、岩壁に向かって歩いて行く。
「よそ見してんじゃねえ、ぶつか――」
ロフィンが少女の首根っこをつかもうとしたところで、手を止める。
「どしたの?」
「……なんで埋まってんだ」
胡乱な目つきで、ロフィンはクイールの身体を観察する。
水面へ沈み込んでいくかのように、彼女の半身が壁面に埋まっていた。
「来ればわかるよ。じゃあ、お先」
言葉を残して完全に中へと沈んでいく。
それを追いかける形で、ロフィンは岩壁へと飛び込んだ。
「……なるほど、光学詐術か」
「ご名答」
「こうしてみると、たいしたもんでも無えな。このくらいのデカさは珍しいけどよ」
「よく言うよねぇ」
少女の一言を完全に無視して、ロフィンは先へと進む。洞窟を抜けたところで、クイールが青年の脇を追い抜いた。
「こっちだ。すぐそこだよ」
森の方へと足を向ける少女の首元を、青年は今度こそつかんで、そのまま持ち上げる。
捕まえられた彼女はといえば、子猫のように四肢を垂れて視線をロフィンへと向けた。
「ねえ苦しいんだけど」
「そうほいほい進んでいくんじゃねえよ」
「そんなに警戒することでもないよ。ちょっとビクつき過ぎだと、僕は思うわけだけれども」
「てめえが無警戒すぎるんだ」
青年の背後に下ろされたクイールは、着衣を正しつつ行き先を指示する。
「あそこ、獣道っぽいとこだよ。草が倒れてる」
「自分で言ってる意味わかってんだろうな」
「たぶん、誰か居る。しかも、頻繁に通ってる」
「わかってんなら……いや、もういい。ともかく、俺が先、てめえは後だ」
帽子を目深に被りなおすと、ロフィンはずかずかと森に分け入っていく。
甘い芳香が、かすかに空気へと混じる。
それを感じた時には既に、開けた空間へと出ていた。
白く小さな花々が揺らめく、ぽっかりと空いた天然の花壇。
楕円を成す花畑の中心部に座り込んでいるのは、ひとりの女性だ。
その女性は、灰髪の少女を目にした途端、柔らかな笑みを浮かべた。
「――ああ、来てくれてありがとう。本当に嬉しいわ、小さな〈葬儀屋〉さん?」
そこには、先日の〈葬儀〉でも確かに死を認めたはずの、ミアの姿があった。
◇◆◇
覚悟はしていたつもりだが――いざとなると、言葉が出てこない。
灰髪の少女は静かに呼吸を深めて、じっくりと眼前の女性を観察した。
容姿はもちろん、所作や言動はミアそのものだ。自身の頬へ手を当てる癖すら自然で、演技じみたところがない。
彼女の人生を擬似的に体験していたクイールでさえ、目の前に座る〈彼女〉ほど、ミアの動きを模倣できる自信は無かった。
(――彼女の骨は、本物だったはずだ)
衝撃を和らげるように、どうにか思考を巡らせる。
遺体を偽装し、偽りの葬儀を挙げた可能性も考えたが、それでも辻褄はあわない。
昨夜視た記憶のなかで、彼女は明らかに死んでいた。もし仮にあの状態から生き延びたのだとしても、それ以後の記憶が一切読み取れなかったというのは不自然だ。
例の〈魔法〉が再現する記憶は往々にして不完全だが、最期の瞬間だけは確実に読むことができる。それこそが生物にとって最大のストレスであり、最も深く身体に刻まれる場面であるからだ。
どれだけ考えを尽くしても、疑問を解消させるには至らなかった。
「君は、死んだはずだろう?」
結果として――間の抜けた質問が漏れる。
対する女性は、柔らかな笑みを浮かべたまま、クイールを見つめ返していた。
「そう、なのよね」
「うん?」
予想していなかった反応だ。
拍子抜けしたようなクイールの顔を見たミアは、おろおろと視線をさまよわせていた。
「ご、ごめんなさい、別に、馬鹿にしているわけではないのよ」
「自覚があるのかい?」
「いえ、本当に馬鹿にしているわけではなくて――」
「そうじゃない」
クイールは彼女へと近寄って、胸元へと人さし指を突き立てた。視線を正面から交わらせて、ゆっくりと、言い含めるように問いかける。
「自分の言っていることを、君は正しく理解しているかい? 君は今、『自分が死んでいるはずだ』ということを、認めたわけだけれども」
「え、ええ。わかっているわ。だからこそ、わたしはあなたを呼んだのだもの」
「回りくどい言い方をするねぇ。もっと直接的に言って欲しいところだよ」
「そうね、ごめんなさい。詳しいことは、うちで話しましょう」
ミアは立ち上がり、先ほど二人が来た道へと入っていった。
彼女の背を追いかける道中、ロフィンが短く問いかけてくる。
「どう思う?」
「どうもこうも、見たとおりだよ。ミアは――いいや、〈彼女〉は、ああして動いている。それを『生きている』と言うべきかはともかくねぇ」
「光学詐術の可能性は無えか? 穴を隠してたのと似たような」
「無いねぇ。彼女には質量がある。事実、さっき触れることができた。本人を直接見たことがないから、〈彼女〉とミアに差があるのかは、イマイチわからないけれども」
「じゃあ、なんだってんだよ」
「それを今から確かめようっていうのさ」
茂みを抜けてからミアが向かったのは、もう一方の洞窟だった。かつてミアとシルハが『思い出の場所』へ行く前に入り込んだ空間である。
中は住居のように改装されており、簡素ながら家具も置かれていた。
「戻ったわ」
広間に据えられている食卓と、ふたつの椅子。そのうちの一方に腰を落ち着けていた人影が振り向いた。
「ああ、ミア、おかえり」
声の主は、立ち上がりかけた体勢で固まった。
その顔に浮かぶのは色濃い警戒と、かすかな驚愕。どうするべきか迷っているのか、彼は視線だけを動かして来訪者を観察している。
ロフィンほどではないが背は高い。ただし身体の線は折れそうなほどに細く、顔色の悪さも相まって、決して健康体とは評せなかった。
対する少女は、へらへらとした笑みを浮かべつつ、その男性に向けて手を振る。
「やあ、シルハ。僕が君を見るのは初めてではないけれど、こうして会うのは初めてだ。そういう意味では、はじめまして、だねぇ」
「……何者だい?」
「僕はクイール。ただのしがない〈葬儀屋〉だよ」
「どうしてここが? そう簡単に見つけられるとは思えないけど」
「君の奥様にお呼ばれしてねぇ?」
懐から手紙を出し、ひらひらと振ってみせる。それを見たシルハが顔をしかめた。彼が声を発するよりも早く、少女は二の句を継ぐ。
「ああ、ご心配なく。この場所については、僕ら以外に誰も知らないよ。手紙に書かれているのは、ミアの実家の住所だ」
「なら、どうやって」
「君から聞いた」
その言葉にシルハは眉間のしわを深めたが、それも一瞬のことで、すぐに問いを重ねてきた。
「……きみはもしかして〈葬儀屋〉か? つまり、納棺師や〈鎮魂の詠者〉みたいな連中ではなく、死者の記憶を読むっていう?」
「だからそうだって言ってるんだけどねぇ」
「参ったな、実在してたなんて。胡散臭い噂話だとばかり思っていたのに」
「お生憎さま。僕はほら、こうしてここにいるよ」
「ミアがきみに手紙を? 迂闊だったよ、話すべきじゃなかった」
「正直、ここまで来るのは楽じゃあなかったよ。依頼人が既に死んでいるとは思わなかった。かと思えば、こうして〈彼女〉が居るだなんてねぇ」
「……何をしに来たっていうんだい?」
「ご挨拶だねぇ。僕が何者かは、すでに言ったよ。なら、することはひとつしかない」
「ここに死者はいないよ」
「そう願うばかりだよ。シルハ、君はいったい何を……いや、やっぱりやめておこうか。その糾明は、依頼に含まれていないからねぇ」
「あの、シルハ……」
おずおずと呼びかけるミアに対して、シルハは安心させるような笑みを浮かべてみせた。
「……少し、考えを整理したい。ぼくは薪でも拾ってくるよ」
「その、ごめんなさい。わたし、どうしても――」
「大丈夫。謝るようなことじゃないさ」
「あ……」
会話を切り上げて、シルハは外へと出て行く。その足取りはおぼつかず、憔悴しているようにさえ見えた。
ミアは気持ちを切り替えるように客人へと目を向けて、にっこりと笑った。
「たいしたおもてなしもできないけれど、どうぞ、ゆっくりしていって」
「……いいのかい?」
「いいの。シルハはときどき、一人になりたがるから。それはわたしが一番よく知っているわ」
ふたつしかない椅子に客人を座らせて、ミアは軽快な動作で湯を沸かし始める。
「ああ、お客様だなんて、何年ぶりかしら。待っていてね、いまお茶をいれるわ」
「お構いなく。……と言ったところで、やめてくれそうもないねぇ」
ほどなくして供されたのは、乾燥させたハーブを煎じた茶だ。カップはしっかりと手入れが施されており、やや原始的な家屋の雰囲気に似つかわしくないほどだった。
「随分と元気そうだねぇ。病に斃れたとは思えないくらいだよ」
「ええ、ええ。シルハが私を起こしてくれてから、とっても調子がいいのよ。これまで悪い夢を見ていたんじゃないかって思うほどなの」
「なら、わざわざ僕を呼ぶ必要もないだろうに。どうして僕に依頼を?」
問いにミアは黙り込んだ。奇妙な沈黙が場にわだかまる。
ややあってから、彼女は意を決するように口を開いた。
「――死者の記憶を読むことができるというのは、本当なのかしら?」
「うん。すべてを読み取ることができるわけではないけれども、それは、おおむね事実だよ。この場所がわかったのも、僕が彼女の記憶を視たからだ」
「そうね。そのために、あんな回りくどい方法を取ったのだもの」
「それで? 僕は試験に合格?」
幾分か拗ねたような様子で言うクイールだが、ミアはまるで気にしないまま応じた。
「ええ、ええ、もちろんよ。あなたはとっても素敵だわ」
「はいはい、それはどうも」
「じゃあ、もうひとつ聞きたいのだけれど」
「どーぞ?」
「その力は、生きている人にも使えるのかしら?」
平然と問うてきたミアに対し、クイールはかすかに目を見開いた。
「……そんなことを聞いてきたのは君が初めてだけれど、嘘をつく理由も無いねぇ」
目の前に置かれたカップを指先でくるくると回しつつ、少女は答える。
「可能だよ。相手が耐えられるかどうかは別として、ね」
「どういうことかしら?」
言いつつ、ミアは小首をかしげた。
「それは僕の台詞だよねぇ。わざわざ生きている人間の記憶を読め? 読んでほしい相手は君の旦那様かな? それなら、直接聞けばいいだろうに。彼、君に心底から惚れているよ」
「まあ」
ミアは口元に手を当てて、嬉しそうに吐息を漏らした。
「ふふ、でもね、違うの。読んでほしいのは『わたしの記憶』なのよ。手紙にもそう書いてあるでしょう?」
「それこそ意味がわからない。僕は君の記憶をすでに視た。生まれた瞬間から、末期の一息をつくところまでね」
「それは本当に、この〈わたし〉なのかしら?」
「……なんだって?」
眉根を寄せるクイールとは対照的に、ミアは眉尻を下げた。
「わたしね、本当にわたしがわたしなのか、知りたいの」
「意味がわからないねぇ。君は君だ、なんて陳腐な詩をきかせてほしい歳でもないだろうに。僕に吟遊詩人のまねごとをしろって?」
ミアはふるふると首を横に振る。
「……時々、とっても変な気持ちになるのよ。わたしが、わたしじゃない女の子になって笑っている気がするの」
彼女は痛みに耐えるような表情のまま、胸の前で両手を握った。
「昔みた夢のように、ふと思い出すことがあるのよ。そういうとき、たまらないほど懐かしくって、泣きそうになるわ」
対する灰髪の少女は、訝しむように目つきをとがらせる。
「君が何を言っているのか、いまいち理解できないのだけれども」
「そうよね。だって、わたしにもわからないもの。だから、あなたに確かめてほしいの」
「君と話していると、なんだか疲れるねぇ。ロフィンとは違う方向で、君は面倒くさい」
どういう意味だ、と口を挟んだ青年を無視して、クイールは嘆息した。
「もちろん、無償でなんて言わないわ。ここまで来た手間賃も含めて、これをあげる」
そう言って彼女が差し出したのは、大ぶりな銀の鍵だ。特に装飾などは見当たらないが、表面には一片の錆もなく、これまで丁重に扱われていたことがよくわかる。
「これは?」
「屋敷の裏にある非常口の鍵よ。地下を通って家の中に入れるわ。シルハの買い集めた医書がいくらか残っているから、好きに持って行っていい。わたしにはわからないけれど、置いてきた書物には、高価な物も混じっているはず」
「ああ、あそこの」
「そう、場所はわかっているのね。……あなたは一度、わたしになったのだものね」
「ううん、それはちょっと違うんだけれども。ま、わかってもらう必要もないか。ともあれ、場所はわかったよ」
「それなら」
「気は乗らないけど、いいよ。他ならぬ依頼人の言葉だからねぇ」
少女はそう言うと鍵を受け取り、持ち手に通されたひもを自身の首へと回した。
椅子から立ち上がり、懐から取り出した布を床へ敷く。長衣を脱いで座り込むと、相棒たる青年へと顔を向けた。
「ロフィン」
「……こいつもタダじゃあないんだがな」
ぼやくように言いながら、彼は巨大な黒鞄を地面に置く。いくつかの施錠を解くと、側面の扉をひとつ開いた。
取り出したのは、透明な容器に収納された一輪の花。ほのかな燐光を帯びた花弁は、流星の尾が固まったかのように細く伸びていた。
それを灰髪の少女へと手渡しつつ、青年は咎めるように目を細めた。
「仕方ねえが、摂り過ぎだ。戻ってきてからの薬は減らす」
「ん、ありがと」
感謝の言葉もそこそこに、少女は依頼人の女性と視線を交わらせた。
「ひとつ、言っておきたいんだけれども」
「なにかしら?」
「これから、僕は君の記憶を読み取る。だけど同時に、君も僕の記憶を受け取ることになる。できる限り、君には〈僕〉を受け渡さないように努めるけれども――いくつかは〈死〉を経験することになるだろう。あるいは君は、狂ってしまうかもしれない」
脅すような言葉を投げかける。しかし、ミアはそれにも怖じることなく、こくりとうなずいてみせた。
「それでも、本当にいいんだね?」
「いいわ。それで、わたしがわたしだと納得できるなら」
「はあ。強情だねぇ」
灰髪の少女は諦めるように目をそらして、手に持っていた花の冠を噛みちぎる。顔をしかめながら咀嚼し、飲み込んだ。
「うえ、まっず。ほんと、もう少しおいしければ、かわいげもあるっていうのに」
舌を出して不満を言いながらも、少女の表情が一気に弛緩する。その様子を見たミアは頬をわずかに引きつらせた。
「ええと、〈葬儀屋〉さん? その花って、もしかして」
「大丈夫、大丈夫。僕、慣れてるからさあ。ほら、ここに座って」
戸惑いながらも近寄ってきたミアの手をとり、その形を検分するようにじっくりと眺める。酔ったような目つきも相まって、遊んでいるように見えなくもない。
「指がいいかなぁ。一本、噛ませれもらうよ。かなり痛いとは思うけれろも、我慢して欲しい」
「……ええ、構わないわ。やってちょうだい」
ミアの指を咥えた少女は目を閉じ、顎に力を込めた。
犬歯が指の皮を突き破り、肉をちぎる。
骨の固い歯触りを感じながら、彼女は発声を開始した。
明確な言葉の形を結ばない、不可思議な旋律の連なり。その声に呼び寄せられるかのように、小さな光の粒が二人の周囲へと出現した。
火の粉にも似た、しかし、炎ほどの苛烈さを伴わない柔らかな光。
少女の歌声が途絶えると同時――光が弾け、空中に霧散する。
深く沈み込んだ意識の中、クイールは暗闇に向けて語りかけた。
「――これから君の体験した全てを、僕は受け取る。君に全てをあげることはできないけれど、そこは許してほしい。君に狂われると、困るからねぇ」
穏やかな闇の中、静かに語りかける。――返事は無い。
「……おかしいな。聞こえていないのかい?」
重ねて問いかける。しかし、相も変わらず返事は聞こえてこなかった。
疑問を解消する間もなく遠方から光が飛来し――一気に視界を覆い尽くす。
激流のような光の渦に全身を包み込まれながら、少女は意識を手放した。




