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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
1 優しき司祭に末期の平穏を
4/13

004

 次に目が覚めたとき、クイールは仰向けに寝転んでいた。


「うん、久々によく寝た気がするねぇ。……身体だる」


 くあ、と猫のようなあくびをひとつ。

 涙の浮かんだ目尻をこすろうとして――腕が動かないことに気付く。


「うん? ……ああ、そういう」


 四肢がベルトで固定されていた。手術台のようなモノの上に自分は寝かされている。

 薄暗い石造りの小部屋には、かすかに血のにおいが残っていた。ダグが死んだのもおそらくはここだろう。

 そう当たりをつけたところで、彼女の耳が、異音をとらえた。


 ――こつ、こつ、と。


 硬質な足音が聞こえてくる。

 次第にそれは大きくなり、近くなり、出入り口の扉が開かれる。

 堂々とした足取りで入ってきたのは領主たるギルモートだ。


「おはよう」


 そうクイールが呼びかけると、彼は呆けたようにこちらへ視線を向けた。


「……な、に?」

「聞こえなかった? おはようございます、領主様」

「ばっ、馬鹿な! 大の男でも夜が明けるまでは目覚めない量だぞ!」

「あ、何? 眠り薬のこと?」

「気付いていたのか? いや、しかし、吐くようなそぶりは……」

「や、全部食べたよ。普段からもっとキッツいのやってるから、あんまり効かないだけ」

「そんな、話が……」

「ありえるんだよねぇ。現に僕はこうしてるし」


 ギルモートはしばらくの間、驚きに目を見開いていたが――やがて我に返った様子で少女を正視した。


「……まあ、いい。たかが小娘一人、何ができるわけでもない」

「何もできないって言うのなら、この待遇は納得がいかないんだけれども」


 言いつつクイールは身じろぎをする。ベルトが張り詰め、(きし)りをあげた。


「どうして僕がこんな扱いを受けなきゃいけないのかな? 昔話に花を咲かせていただけじゃない?」

「嘘だろう、それは」

「ああ、やっぱりバレてた?」

「当然だ。死に(ひん)して救われたと、ダグが貴様に話した? ダグがそれを話すなどあり得ない。絶対にな」


 彼は興奮しているのか、滔々(とうとう)と言葉を並べ立てる。


「奴にとってそれは、耐えがたい屈辱であったのだから」

「屈辱、とはどういう意味?」

「どうせ死ぬ身だ。知っても意味は無かろう」

「いいや、あなたは話すよ。……だって、話したくて仕方ないって顔だからねぇ? 求めているのは告解か、それとも自慢? いや――あるいは、両方か」


 少女の言葉を聞いたギルモートは、自嘲気味に笑った。


「そう見えるか」

「あなたの言葉を借りるなら、僕は死ぬ身だ。どうせ一緒だと言うのなら、その欲を解消しておくといい。そうは思わない?」


 答える代わりに、彼はゆっくりと話し始めた。


「……ダグは、アレの肉を身体に埋め込んだのだ」

「アレってどれさ」

「わからんか? 幻想生物(メタフィシキ)だ。心臓に埋められたアレの肉は、奴に神のごとき生命力を与えた。……だが、奴はそれを忌避していた」

「破戒の異形を身体に取り込んだ。聖職者として、それが許せなかったってわけだねぇ?」

「ああ。奴はいつまでもそれを悔やんでいたよ。死した妻に顔向けができんと、子供のように悩んでいた」


 悲しげな口調で言う。しかし、彼の口端はつりあがっていた。


「――だから(・・・)私が奪った(・・・・・)

「なんだ。やっぱりダグを殺したのは、あなただったんだねぇ?」


 つまらなさそうにクイールがつぶやく。


「彼の心臓から肉を取り出して、埋め込んだってこと? 道理で変な感じがするわけだよ。既に混じり物だったわけだ。若返っていたのもそのせいか」

「余裕だな。仲間も殺されてしまったというのに」


 彼は言いつつ、壁ぎわに据えられた棚から一本の刃物を取り出した。少女の元へと歩み寄り、刃の切っ先を向ける。


「貴様も同じ運命をたどる。これから生き血を啜り、肉を喰らおう。あの男も後で喰ってやる。使用人がいまごろ処理してくれているだろうさ」

「言っておくけれど、僕を食べたところで意味は無いよ」

「嘘だな。ダグの心臓を喰らったせいだろうが、私にはわかる。貴様らは私と同じ匂いがする」


 狂喜の滲んだ声で、彼は口早にまくしたてる。


「ダグの心臓に埋め込まれた肉片でさえ、しかと自覚できるほどの力を得られたのだ。なら、貴様を喰らえば……!」



「へえ、そうかい。アンタ、死体を喰ったのか」



「な」


 割り入ってきた声に、ギルモートは振り向く。

 開かれた扉の向こうには、銀髪の青年がたたずんでいた。


「貴様、なぜ……?」


 服にはいくつかの穴が空き、それらを中心として血痕が残っている。しかし、穴の下にあるはずの傷は完全にふさがっていた。


「やあ、ロフィン。使用人はどうしたの? まさか殺してないよね?」


 領主が言葉を失っている間に、クイールはいつもと変わらぬ口調で呼びかける。ロフィンは面倒くさそうに答えた。


「骨は折ったが、殺しちゃいねえよ。他にもうざったい私兵だの見張りだのがやたらといたが、そいつらもせいぜい動けない程度で終わらせてる」


 見るからにうんざりとした様子で、彼は小さなため息をついた。


「……で? その領主サマはどうする? 殺すのか?」

「ううん、どうかな。そもそも、彼、死ぬかな?」

「殺しても死なないかもしれねえ、か。幻想生物(メタフィシキ)の肉を身体に取り込むと、規格外の生命力を得られる。それは事実ではあるが、まさか、喰うとはな」

「そうだねぇ。一歩間違えば、逆に喰われて(・・・・・・)いてもおかしくはない」


 そこで我に返ったギルモートが叫ぶ。


「貴様、貴様は一体……!」

「何って……人間だよ。俺は人間だ」

「馬鹿な、ふざけるな、そんなことがあってたまるものか!」


 激昂する領主に対し、青年はあくまで無感動に自身の胸を指してみせた。


「ま、てめえの言い分もわかる。ちょっとばかし厄介な怪物が、ここ(・・)に収まっちゃいるからな」

「怪物、だと? 何を……いや、まさかッ!?」


 思い至ったギルモートは、驚きの声を上げた。

 彼を『殺して』から、まだ一時間と経っていない。にもかかわらず、彼は目の前に立っている。矢傷も完全にふさがっている。

 まさしく、規格外の生命力だ。

 それが意味するところは――


「貴様も取り込んでいるのか、幻想生物(メタフィシキ)を……!」

「ま、正解ってことにしといてやる。……じゃ、死んどけ」


 コートの内からナイフを抜き、彼はずかずかとギルモートに近づいていく。


「う、動くな! それ以上近寄るんじゃない!」


 しかし、ギルモートは少女の首へと刃物を突きつけ、それをとどめた。

 いらだたしげに青年は舌打ちを放つ。

 両者の間に緊張の糸が張り詰める。


「まあ、落ち着きなよロフィン。下手に動いたら、僕も死んじゃうからねぇ?」


 ――そんな中、相も変わらずゆるんだ声音で、クイールが呼びかけた。


「……ねえ、領主様」

「命乞いをすると言うのなら、聞いてやらんこともない。私の安全と引き換えに、だが」

「命乞い? いいや、違う。僕がするのは勧告だ」

「この状況で何を言っている?」

「不死を求めるなんて、やめておいた方がいいってことだよ」


 ギルモートの手に力が入る。

 彼女はひとかけらの恐怖さえ見せずに話を続けた。


「確かに死は恐ろしい。それは僕もよくわかっている。けれども、仮に死を完全に克服したところで、人間として生きられるわけではないよ」

「小娘ごときが、何を……」

「確かに僕はまだ若い。けれども、あなたよりも多くの人生を経験しているよ。――いや、体験かな?」

「この私より? ふざけたことを言ってくれる」

「死の否定は、生まれ出たことに対する否定でしかないねぇ。生と死は不可分だ。不死とは、とどのつまり不生ということでもある」

「馬鹿げている! 永遠の生が得られるのなら、何を捨ててでもそれをつかみ取るはずだ! それが人間だ、誰もがそうする! 無論、私も!」

「……勝手なことを言う。なら、死を経験してからもう一度考えてみるといい」


 拘束されたまま、クイールはギルモートの小指を噛んだ。自身の首を傷つけるのも厭わない行動に、ギルモートがひるむ。


()っ!? 貴様――」


 彼が少女に注意を向けた瞬間、ロフィンが肉薄する。首筋に刃を当てられたギルモートは、そのまま凍りついたように動かなくなった。

 今にも彼を殺さんとしている青年を、少女がいさめる。


「ロフィン、殺しちゃ駄目だよ。彼には、ちょっとやってもらいたいことがある」

「なんだ、おい、何をしようとしてるんだ、貴様……!」


 小指をくわえたまま、彼女は皮肉げに笑んでみせた。


「あなたに〈死〉を見せてあげようと思ってねぇ? なに、怖がることはないよ。たかだか小娘の人生を体験するだけだ。それも、ほんの一部分をね」

「ふざけるのも、それくらいに――」


 少女はそのまま、口の中で何事かをつぶやく。

 その直後、ギルモートの意識が闇に落ちた。



◇◆◇


「――ここ、は?」


 気づけば、彼は広大無辺の闇に放り出されていた。肉体の感覚が曖昧なまま、茫洋と問う。反応を期待したわけではないが――それに呼応する声があった。


〈ひとつ、問う〉


「……貴様、あの小娘か。何をした?」

〈問いに答えてもらおう。望むなら、あなたは一種の永遠を手にすることができるだろう〉

「はッ、戯れ言を」

〈嘘はついていないさ。君自身が言ったはずだよ、『同じ匂いがする』と〉

「……いいだろう、乗ってやる。問いとはなんだ?」

〈あなたは、あくまで永遠を望むかい?〉

「無論だとも! 故にこそ、私はダグの肉を喰らい、さらなる命を得たのだから!」

〈では、契りは成立した。永遠の一端を、君に見せてあげよう〉


 少女の声が聞こえた瞬間、視界を光が覆い尽くした。



◇◆◇



 ――目覚めたときには、自分(・・)は奇妙な場所に揺蕩(たゆた)っていた。

 そこは暗く、ほのかに暖かく。

 安寧に包まれたまま、思考を開始させる。


(私は、いったい何を……? いや、そもそも、私とは誰だ(・・・・・・)?)


 疑問に思う。しかし、どうも判然としない。

 どうにかして思い出そうとする。しかし、何もわからなかった。

 そうする間に、景色が反転する。


(なんだ、これは……!?)



 次の瞬間には、自分は冷たい水の中でもがいていた。


(何が起きている!? 苦しい、何を、私は一体、これは――)


 混乱しながらも、自分の意思とは無関係に身体はもがき続ける。

 手足の感覚が無くなっていく。息ができずに水底へと沈んでいく。

 やがて自分は意識を途絶させ――



 目が覚めたときには、見知らぬ男が自分に馬乗りになっていた。


「お前が悪いんだ。お前さえいなければ、俺は……!」


 その男は、大振りの刃物を手に持っていた。

 驚く間もなく、自分の喉から甲高い悲鳴が絞り出される。金属の感触が胸に沈み込む。

 自分の身体が冷たくなっていくのがわかる。死が迫ってくるのがわかる。

 意識が沈み込み――そこで、またも風景が切り替わった。

 そこから幾つともしれない数の〈死〉を、自分は経験した。

 柔らかなベッドに横たわり、病魔に身体が食い尽くされる瞬間を。あるいは、断頭台の上で胴と頭が切り離される瞬間を。

 幾度も幾度も死して、それでもなお人生は続いている。

 相棒たる青年と各地へ赴き、そのたびに死を通過する。老若男女を問わず多くの人間が死に、その死に様を追いかけて遺族に伝える。

 得られる情報は断片的だ、それでさえ、気の遠くなるような数の人生を追体験した。やがて自分(・・)はダグの死を体験し――その数時間後、ギルモートなる男の指を噛んだ。

 そこで、視界が逆転する。

 自分は今、ギルモートという領主の手に噛みついたところだったはずだ。

 視界の中には、自分(・・)がいる。灰髪の少女が小指を咥えている。


(指? これは、誰の手だ? おかしいだろ、どうして、僕は僕を見て(・・・・・・)――)


「……僕、は。いや、私は? あれ? 俺は今日、なにをしようとしてたんだっけ。もう、あの人ったら、約束を忘れやがったのか畜生。はは、自分のことながら、ホントにツキが無ぇ女だな……」


 乾いた笑いと共に、支離滅裂な言葉を紡ぐ。それが自分の声であるということさえ、もうわからなかった。


「永遠を望むと言ったわりには、脆いものだねぇ」


 先ほどまで〈自分〉であったはずの少女が独りごちる。それに相棒の青年(・・・・・・)が反応を示した。


「……生きた相手に〈魔法〉を使いやがったな、クイール」

「数日で正気には戻るはずだよ。前後の記憶は、ほとんどなくしてしまうだろうけど」

「やりようはいくらでもあっただろうがよ。どうしてわざわざ後処理を面倒にするかね」

「はあ、君はいつも小言を吐いてばかりだねぇ。人の気も知らないでさ。いいから、早くこれ外してくれない? エレイアを呼んでこなくちゃねぇ?」


 至近で交わされる会話をどこか遠くに感じながら、自分は床へと倒れ込んだ。



◇◆◇



「違うんだ。私は君ではない。だけど、僕が隠したのはパンが食べられない小鳥で、お前さんは紫の染め物を降らせていればよかったはずだ。俺の中に入ってくるな、畜生め。いいや、私はそんなネジ巻きを聞いちゃいけない……これは、きっと……」


 ギルモートは、椅子に座ったまま、延々と独り言をつぶやいていた。


「……これ、は?」


 依頼人たるエレイアは、その姿を見て呆然と問う。

 その隣に立つクイールは簡潔な答えを返した。


「彼に〈魔法〉をかけただけだよ」

「例の、死者の記憶を読み取る魔法、ですか……?」

「その言い方は正確ではないかな。言っただろ? 正しく言い表すなら、これは『魂の融合』を可能たらしめる魔法だ」

「言っている意味が、よくわかりません」

「言ってしまえば、生きてる人にも効果はあるってことだねぇ」


 クイールはそう言って、薄く笑んだ。


「つまり、僕が生者に対して同様の行為を行ったとき――その相手は、僕がこれまで経験した人生を一身に、一度に受け止めることになる。当然、そこには僕の経験した『他人の人生』さえもが含まれる」

「……あなたがこれまでに読み取った、すべての?」

「そ。僕が体験した『死』の数は、もう僕自身だって把握し切れてないよ。常人なら、まず耐えられないだろうねぇ」


 こともなげに言う少女の隣で、エレイアは絶句していた。

 それに構いもせず、クイールは話を続ける。


「ギルモートに〈魔法〉をかけたとき、君のお父上に関する記憶が視えた。ほんの少しだけ、だけれども」

「父の、ですか?」

「ダグさんはね、ギルモートに『私を殺してくれ』と頼んでいたよ」

「……っ」


 彼女の口元が、悲しげにゆがむ。


「ああ、勘違いしてはいけないねぇ?」

「その言葉から、何を取り違えろと言うのです」

「ダグが守りたかったのは、君だよ。エレイア」

 それを聞いたエレイアは、意外そうに眉をひそめた。

「彼の心臓には、化け物の肉が埋め込まれていた。それは彼に生き延びるだけの力を与えていたけれども、同時に彼自身を食いつくさんとしていた」

「……それは、どういう」

「ダグが化け物に成り果ててしまう可能性があったってこと。ギルモートの口から出てきたことだから、ダグを殺すための方便かとも思ったんだけれど……それは多分、事実だ。心臓病というのも、おそらくはその初期症状だろうねぇ」

「もし父が、その、化け物となってしまっていた場合は?」

「まず間違いなく、君を殺していただろう。〈あれ〉は、無軌道に命を喰らう存在だ。なら、身近な人間が真っ先に標的になっていたはずだよ」


 それを聞いたエレイアが、信じられないとでも言いたげに口元を覆った。


「君のお父上は君を危険にさらさないため、自ら死を望んでいた。普通の自殺でもよかったのかもしれないけれど、それでは化け物として蘇生する可能性が残ってしまう。それで、肉を埋め込んだ張本人に〈処置〉を頼んだ」


 だから、と句を切って、クイールはギルモートへと一瞥(いちべつ)をくれた。


「そこの領主は、私欲のためにダグを殺した。けれど、それは同時に彼を救うことでもあったわけだ。――その上で、ひとつ聞いておきたいんだけれども」


 エレイアと視線が交わる。


「君は、彼を憎むかい? 僕らの属する組織から、中央府には報告が行く。彼にはいずれ正当な処分が下るはずだ。……けれども、望むなら、彼をここで終わらせてもいい」


 問いを受けた依頼主の女性は、伏し目がちに黙り込む。

 しばらく考え込んでいる様子だったが、やがて面を上げた。


「……父は、私を思ってくれていたのですね」

「それだけは確かだ。感情を読み取れたわけではないけれども……〈葬儀屋〉として、そこは保証する」

「それならば、私からは何も」

「……そっか」



◇◆◇



「――報酬は、こちらです」

「ん、確かに」


 エレイアから硬貨の詰まった布袋を受け取る。

 夕刻。傾いた日が、何もかもを橙色に包み込んでいた。


「もう、発たれてしまうのですね」

「そうそう長居して良い存在じゃないんだよ、僕らは」


 アルガンの町を出る駅馬車が、彼らの前へと止まる。御者がロフィンの黒鞄を受け取り、荷台へと放り込んだ。

 先んじて乗り込んだ青年に続き、馬車の乗り口へと足をかけて――少女は振り向く。


「そうだ。これをあげるよ」


 そう言ってエレイアに手渡したのは、一輪の花だった。

 少女が〈魔法〉を使う際に食べていた、小さく儚い橙色の花。

 不思議そうな顔のエレイアに向けて、少女は言う。


「ああ、別に食べろって言うんじゃない。これはね、ある地域では手向けの花として用いられるんだよ。これが薬効を持つのは、死者の魂が宿っているからだって、そう信じられている」

「……では、父に手向けておきます」

「うん。手向けの花なんて、死者が見られるわけではないけれど。でも、それでいい。葬儀っていうのは、生きた人間のために行われるものだから」


 握手を交わす。少女は別れを惜しむように問いを投げた。


「……僕は、良き〈葬儀屋〉であれたかな」

「もちろん」

「よかった。……それじゃあ、二度と会うことがないよう、祈っているよ」


 クイールは切り上げるように言って、馬車に乗り込む。御者が手綱をしならせる。

 土煙を上げて、馬車が去って行く。その影が見えなくなってからも、エレイアはしばらくそちらを見続けていた。



◇◆◇



 ――また、あるとき、また、違う町で。


「おう、着いたぜ。降りな」


 駅馬車が止まり、中から二人の影が降りてくる。

 一方は華奢な少女。他方は長身の青年。


「……おえっぷ、きもちわる。馬車の揺れって、なんとかなんないのかねぇ?」

「文句言ってねえで、ちゃっちゃと動け」

「うへぇーい。で、今日はなんだっけ? 男? 女?」

「両方」

「うへえ」


 心底うんざりしたという顔で、彼女は歩き出した。



〈葬儀屋〉たる彼女は、今日も仕事に向かう。

 橙色の小さな花を、その手に携えて。


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