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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
1 優しき司祭に末期の平穏を
3/13

003



 実時間にして数十秒。それで〈魔法〉は完了する。


「……けほっ」


 意識が戻り、軽く咳き込む。息ができることに戸惑いながらも、自分がまだ死んでいないことを思い出す。

 咥えていた骨をどうにかエレイアに手渡す。彼女は困惑しているようだったが、骨を壺へと収めた。

 クイールは絞り出すような声で青年に呼びかける。


「……ロ、フィン」

「ったく、またか。――ほらよ」


 青年は毒づきながら黒鞄の金具をいじり、扉の一つを開くと、中から小さなガラスの容器(アンプル)を取り出した。橙色の液体で満たされており、よく見ればほのかに発光しているのがわかる。

 クイールは力なくその首を折ると、中身を一息に飲み干した。

 それを見たエレイアが、おずおずとロフィンに問う。


「あの、いま彼女が飲んだのは一体」

「麻薬」

「は」

「だから麻薬だよ。あの〈魔法〉を素面(しらふ)で使うと、自他の区別を付けられなくなる。そのまま戻ってくると、自分と相手を混同しちまう。だから、先に薬でその境界を曖昧にしておくんだ。戻ったときに飲むのは、単純に負担軽減のためだけどな」

「いやあの、しかし、その手の薬は」

「そう。禁制品だ。だから言ったろ? 他言無用ってな。――で、どうだ?」


 後半はクイールに向けての問いだ。

 彼女は幾分良くなった顔色で答えを発する。


「正直、わかんらい。ただ、一つ言えることは……」


 かすかに躊躇うような間を置いてから、クイールは続けた。


「多分……彼の死因は、病ではないよ」


 最期の光景――否、最期の『体験』は、異様の一言に尽きた。

 何らかの発作で倒れ、その後に息を引き取ったのだとしても、あれほどの拘束がなされるというのはあり得ない。

 俗に言う〈悪魔憑き〉などの場合はそうした対処もすると言うが、彼の人生を視た限り、彼は大病を患ったことが無かった。戦後は胸が痛むこともあったが、それも発作と呼ぶにはいささか軽すぎた。

 最後の激痛は胸――それこそ心臓の部位だったが、あれは明らかな外傷(・・)だ。しかも、発作に対する外科手術という可能性は極めて低い。

 今しがたの記憶を、ゆっくりと思い出す。

 痛覚さえも曖昧になった最期の瞬間、自分は確かに心臓を抜き取られた。


「断定はできない。推測の域は出ない。……けれども、おそらくこれは他殺(・・)だと思う」


 エレイアが息を呑む。その傍らでロフィンが舌打ちを一つ。


「面倒だな」

「とにかく、領主――ギルモート、だったっけ。彼に話を聞いてみる必要がありそうだねぇ」

「そ、それなら私が――」

「エレイア」


 慌てる依頼主の少女を、クイールは声で制する。

 先ほどまで薬でフラついていたとは思えないほどに、芯の通った声だった。


「君は来るべきじゃない。相手は権力者だ。何が起こるかわからないし、何か起きても君は守られない(・・・・・・・)


 ミトラの現皇帝が戴冠してから21年。依然、貴族階級の特権は強い。現帝の手腕により特権の濫用には厳罰が科せられているものの、平民ひとりを闇に葬るくらいは容易(たやす)かった。


「しかし、それを言うなら貴女(あなた)がたも」

「大丈夫。荒事には慣れてるからね」

「そういうこった。ま、面倒だが仕方ねぇ」


 心配そうな表情の依頼主を置いて、二人は寒空のもとへと繰り出した。



◇◆◇



「……どういったご用件でしょうか」


 古びた城の門前。鉄柵をへだてて、暗い顔の使用人が尋ねてくる。

 それに答えたのはロフィンだった。


「こないだ亡くなった司祭サマ――ダグさんの知り合いでな。その件で少し話を聞きに来た。領主サマも暇な身の上じゃねえとは思うが、どうか取り次いでもらいたい」

「はあ、それでしたら、どうぞこちらへ」


 重い音を立てて、鉄柵が開く。

 いぶかしむ様子もない対応に拍子抜けしつつ、二人は通されるままに入り込んだ。




「――しばらくこちらでお待ちください」


 使用人に案内された応接室。そこに入るなりクイールはどっかりとソファへ座り込み、青年を見上げた。


「ロフィン、君、ちゃんと用件を伝えられる人間だったんだねぇ。まともに使用人と会話してるのを見て、なんだか(ぼく)感動しちゃったよ」

「喧嘩売ろうってんなら買うぜ。……で? ()たのはここで合ってんのか?」

「間違いないよ。僕、いや、彼は、この部屋で領主と話をしていた。このソファに座ってね」

「なら話は早そうだ。……っと、少し、黙った方がいいな」


 人の気配を察したのだろう。それに従い口を閉ざすと、数秒後に扉が開いた。


「おや、知らない顔ですな。ダグの知り合いなら、私も知っているかと思ったのですが」


 そんな声と共に応接間に現れたのは、若々しい姿の男性だった。


「ギルモート・フォン・アルガンディールと申します。ここアルガンの町を含む、聖帝より賜りし一帯を治めております」


 妙だ。

 ダグの記憶にあった男と、明らかに容姿が違う。

 彼は先ほど視たときと同様の将校服を着ている。顔つきもよく似ている。

 だが、まるで年齢が合わない。

 曲がっていた腰はまっすぐに伸び、肌や髪も若々しさを保っている。どう多く見積もっても、彼の年齢は三十を超えているようには見えなかった。

 そんな疑念を毛ほども表には出さず、クイールは口を開いた。


「初めまして、領主様。僕はクイール。こんなお城にお客さんとして入るなんて、はじめてだから緊張しちゃうねぇ」

「はは、私も初めてですよ。――まさか〈聖代の遺物〉を有する(かた)がこの城に訪ねてくるとは」

「――ッ!」


 その言葉に反応を示したのはロフィンだった。

 即座に腰を落として黒鞄を地面に置くと、もう一方の手でコートの裏に忍ばせている短剣(ナイフ)へと触れる。

「ロフィン。お行儀が悪い」

「てめぇ……。俺たちァ何も言った覚えはねえぞ……!」


 答え次第ではすぐにでも喉を()き切ってやるとでも言わんばかりに、むき出しの敵意と共にギルモートを睨みつけている。

 剣呑な空気が場を支配した。

 しかし、ギルモートは穏やかな表情を崩さないまま、なだめるように掌を見せた。


「あぁいや、そう構えないで頂きたい。今のは私の言い方が悪かった。申し訳ない」

「……あぁ?」

「誘導されたんだよ、君は」


 少女が口を挟み、青年へと半眼の視線を送る。その対面で領主が穏やかにうなずいた。


丈長の外套(ロングコート)幅広帽(スラウチハツト)、随分と懐古的な出で立ちだったものですから」

「はは、古くさいってさ、ロフィン。……けれど、それだけではないでしょう、領主様? さっきのあなたには、確信の色が滲んでいた」

「ええ。見ての通り、私は陸軍の出でしてね。戦時中は〈聖代の遺物〉を持った相手とも戦わねばなりませんでした。それ故、少しばかり鼻がきくのです」


 そう言ってギルモートは持ち前のワシ鼻を指す。

 今から三十年ほど前まで、ミトラは隣国との大戦争に明け暮れていた。〈聖代〉を終わらせた終末戦争ほどではないものの、未だその傷跡は各地に残っている。


「ふうん。ま、僕は『持ってる』っていうのとは少し違うけどねぇ」

「――ほう? ま、とにかく物騒なのはよしましょう。……ああそうだ。お二方とも、甘味はお好きですかな?」

「大好物っ!」


 身を乗り出さんばかりにして即答したクイールに、ギルモートは軽く目を見開いたものの、すぐさま破顔した。


「はっは、いや、それは良かった。つい先ほど焼き菓子ができたところでしてね。――おい、菓子をお出ししてくれ。それから、紅茶はとびきり濃く頼むぞ」


 領主はドアを開けて外に顔を出すと、そう使用人に呼びかける。


「……ちッ」


 居住まいを正したロフィンは、クイールの隣に座り込んだ。

 対面のソファに腰掛けたギルモートは、神妙な顔つきを見せた。軍出身者というだけあって眼光は鋭い。

 押し車(ワゴン)をたずさえた使用人が部屋へと入ってくる。

 それを契機にギルモートが話し出した。


「……それで? あなた方はダグの友人だとか。見たところ、ずいぶんお若いようですが」

(若い、と言うべきは、あなたの方だろうに)


 心の内で言うにとどめて、クイールは話を続ける。


「幼い頃、僕らの住む街まで彼が説教に来てくれたことがあってね。それに感動した僕らは、個人的にダグ様との付き合いを始めたんだ。信徒用の聖典を貸してくれたり、彼には色々とよくして頂いた。ああ偉大なる聖エルムス、この出会いに感謝します」


 流麗な動作で聖印を切るクイールに、ギルモートは感心したような声を上げた。


「ほう、それはそれは。彼もきっと、天上にて喜んでいることでしょう。彼はとても敬虔な司祭でしたから。……それだけに、彼のことは残念でなりませんな」

「ええ、ほんとに。別れはいつだって悲しくて、苦しいものだ。出会った瞬間から、それは定められているのにね」

「なんとも早熟でいらっしゃる。いや、気を悪くしないでいただきたい。随分と達観していたものですから。いかにもダグが気に入りそうな言い方だ」


 ギルモートは苦笑して、運ばれてきた紅茶に口をつけた。


「さ、どうぞ、菓子を召し上がってください。お口にあうと良いのですが」

「やった、アップルパイ。最高だねぇ」


 頬を緩めるクイールとは対照的に、ロフィンは面倒くさそうな表情で耳打ちした。


「おいクイール、そう不用意に出されたもんをほいほい食うんじゃねえよ。まさか目的を忘れてんじゃねえだろうな?」

「このくらいなら別に平気でしょ。なにより、僕は三日も甘いものを食べてない。そろそろ頭が回らなくなってたんだよねぇ」


 ロフィンは小さく舌打ちをした。目の前の少女は菓子や果物といった甘味に目がなく、こうなると梃子(てこ)でも動かない。彼はそれをよく理解していた。


「へへ、これが役得ってものだよ、ロフィン」


 さっくりとした生地の歯触りと共に、柔らかな甘味が口へと広がる。クイールは満足げに笑みを浮かべた。


「うんうん、とっても美味しい。甘い物はこの世に残った最後の救いだねぇ」

「気に入っていただけたようで何よりです」


 紅茶にも味がわからなくなりそうなほど大量の砂糖を投入し、クイールは満面の笑みでそれをすすった。ふたくち目に取りかかったところで、彼女は話を切り出す。


「――ところで、領主様」

「ギルモートで結構ですよ、お嬢さん」

「じゃ、ギルモート様。差し支えなければ、彼――ダグ様について、少し訊きたいことがあるんだけれども」

「ええ、私に答えられることであれば」

「彼とあなたは、一体どういった関係? ぶしつけなのは許していただけると嬉しいな、ダグ様は、あまり身の上話はしなかったものだから。少し気になってしまって」

「ふむ、そうですな」


 それだけ言って一息つく。ややあって、彼はゆっくりと話し始めた。


「……彼は、かつての私の部下でした。非常に強健で、勇猛な兵士だった。いかなる戦場からも生還し、聖職者として余生を過ごした。私からすれば、実に理想的な人生というものです」

「へえ」


 ダグの記憶を視た限り、彼の部下として戦っている場面は無かったが、さりとて嘘を言っている様子も無かった。


「彼との出会いは、大戦の末期でした。……あるとき、私の受け持っている戦場で敵国が〈幻想生物(メタフィシキ)〉を持ち出して来ましてね」

「ああ、うん。よく知ってる」

「ご存じなのですか?」

「有名な話だからね。〈聖代の遺物〉の中でも、とびきり凶悪な代物だ。先の戦争でオスマーナが小国だてらにミトラと渡り合えたのは、〈幻想生物(メタフィシキ)〉を精製する秘術を有していたからに他ならない」


 幻想生物(メタフィシキ)

 今から六百年以上も前、終末戦争において誕生したとされる生物だ。兵器として創り上げられた異形の怪物を、人々はそう呼び習わした。

 その主な特徴は異様なほど強靱な肉体と、それに裏打ちされた規格外の生命力である。


「破戒の異形、神々の尖兵、冒涜的なる幻想の具現。よく言われるのは、そんなところかな。殺しても死なない、とまで言われているらしいねぇ」

(ま、ついさっき、その脅威を体験したばかりなんだけれども)


 内心で独りごちる。ギルモートは感心したようにうなずいていた。


「その歳でよく勉強していらっしゃる。一体どこで教育を? 見たところ、貴族には思えませんが……っと、失敬。悪気は無いのです」

「ダグ様に教えていただいたんだよ。読み書きに、簡単な計算なんかもね」

「ほう」


 話の合間に菓子を食べ進めつつ、彼女はつらつらと嘘を並べ立てる。


「昔、戦場で死にかけたことがあるって話をしてもらったことがあってねぇ。助けてもらった恩人がいるって教えてくれたんだ。合点がいったよ。あなたがその恩人なんだねぇ」


 もちろんこれも真っ赤な嘘だ。だが、事実に基づいている。おそらく瀕死の折に聞こえてきた声の主は、彼なのだろう。


「見た目にはそんな歳に見えないんだけれども、実はけっこうご年配だったり?」


 同時に、疑問を正面からぶつけてみる。


「……そうですか、ダグがそんなことを」


 しかしギルモートは問いに答えない。その顔は、わずかに曇っていた。

 死者を悼むような、古傷に触れられたような、かすかな痛みをともなった表情。

 彼は顔を覆うように手を当て、目を伏せる。



「――ならばやはり、消しておかねばなりませんな」



 そう言って、もう片方の手で指を鳴らした。


「っ、てめ――」


 即座に反応したロフィンが短剣(ナイフ)を抜いて飛びかかった。領主に向けて得物が振り下ろされる。

 だが、その腕を一本の矢が貫いた。


「ぐ」


 悲鳴をあげる間もなく二本目が首に刺さり、三本目が胸を突き破る。

 血をまき散らしながら、青年はテーブルの上に倒れた。

 ワゴンの荷台に隠してあったのだろう。使用人が小型の機械弓(クロスボウ)を構えていた。


「得体も知れぬ人間を、備えもなく招き入れるわけがなかろう」


 次いで聞こえたのは、ギルモートの侮蔑に満ちた声。

 態度の急変に驚くより先に、クイールは五感がぼんやりと遠のいていくのを感じていた。


「おろ? ――あぁ、薬ね。なるほど」


 その言葉を最後に、彼女はソファーの上へと倒れ込んだ。



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