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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
3 骨食みクイールに手向けの花を
11/13

003

 僕が監禁されている檻は、猛獣を捕らえておくのに使うような頑丈な作りをしていた。当然ながら、素手で脱出なんてできそうもない。

 檻が置かれているのは洞窟のような暗所だ。それでもすぐに状況を把握することができたのは、その空間に大量の光源が揺れていたからに他ならなかった。


「あれは――」


 目をこらす。先日の〈記憶〉で視たものと同じ花だ。橙色の、小さな星々。


「ああ。間違いないらしいねぇ。無事に(・・・)犯人に捕まることができたってわけだ。素直に喜べる状況じゃあ、ないけれども」


 そう呟いたところで、後ろから衣擦れのような音が聞こえてきた。

 驚きと共に背後へと目を向ける。

 そこで、僕の他にも人間がいることに気づいた。

 ひどく小柄で、痩せた輪郭(りんかく)。花が発する光のおかげで顔つきもわかったけれど、見覚えのある人物ではなかった。


「……君は」

「ね、ねえ、あな、あなたは……どうして、ここにきた、の?」


 声を発してからようやくその子が女性だということに気づいた。

 頬は痩せこけ、ボサボサの髪は無残にくすんでいる。

 擦り切れた着衣から除く肢体も、およそ少女の体つきには見えなかった。

 僕だってよく性別を間違えられるけれど、彼女の場合は痛ましい。

 彼女の瞳はほとんど焦点を結んでいなかった。僕を透かして、どこか遠いところを見ているようでもある。きれいな色をしているのにもったいない。

 いや――


「君、もしかして」


 ふと気づいて、ヘラヘラと笑う少女の手を取る。


「な、なぁ、なに?」


 左手の甲。そこにはいくつもの注射痕が見て取れた。内出血の(あざ)が痛々しい。


「……ああ、相当やっているねぇ。経口じゃなく、血管に直接注いでいるのか。どうやらここの事業主(・・・)、随分な(くず)らしい」

「やって……?」


 不思議そうにこちらを見る少女。それに構わず、僕は視線を檻の外へと向けた。

 大量に咲き狂っている橙色の花たち。あれは、どう見たって自生しているものではない。

 あんなに密集して群生するような性質は持たない花だ。明らかに人の手で栽培されている。


「……なるほど。あの花は〈霊薬〉の材料か」


 淡くほのかな燐光(りんこう)を放っている花々には、かつて視た死者の記憶でも関わったことがあった。

 確か――あれは民俗学者の記憶だ。(ふる)くからの信仰を保っている他国の集落で、神と繋がるための道具として用いられているのを見た。

 あの花は、人を酔わせる。自他の境界を曖昧化させ、過度に摂取すれば意識を変性させてしまうことだってある。言ってしまえば、一種の麻薬だ。

 もちろん、帝国では禁制品に指定されている。

 ああいった薬は必ず国を腐敗させ、破綻させる。前帝の統治下では他国へと輸出するために似たような薬草(・・)を栽培していたことはあるけれど、それだって国民の乱用が問題となって、結局は失敗に終わった。


「どうやって資金を得ているのか疑問だったけれど、合点がいったよ。あれを売ってるわけか」


 独りごちてから、ふと違和感に気づいて目をこらす。


「……まったく、どこまで屑なんだ」


 その正体に思い当たった瞬間、僕は思わずそう吐き捨てていた。

 花弁や葉がまだらに赤黒く染まっている。おそらくは、血液のせいだ。

 間違いなく〈葬儀〉で見た男の後にも殺された人間がいる。その人物も〈彼〉と同じように、身体を少しずつそぎ落とされていたことは想像に難くない。

 どうしてあんなことをしているのか、理由はまるでわからないけれど――


「ああ、あの、花……?」


 と、いつの間にか少女がこちらへ寄ってきていて、僕に話しかけてきた。


「あの花、には、ねぇ? ひ、人の魂が、宿っている、んだよ」

「少し黙って――いや、八つ当たりだねぇ、これは。すまない」


 深く息をして、頭を冷やす。

 彼女の話は、僕も聞いたことがあった。取るに足らない民間伝承のひとつだ。いつ、どこで、なんてことはとうに忘れてしまったけれど。


「魂が宿る、ねぇ。ある地域では、手向けの花に使われることが多いと聞くけれど……あんな花を手向けるなんて、どうにも皮肉っぽいというか」

「そそ、そうなの。あれには、ねぇ。魂が宿って、いるの。でもね、そそ、それはねぇ、少し、間違って、るんだよ」

「僕だって、信じてはいないけれど」

「あ、あれは、ねぇ? 本当に、魂を吸う、けれど。べっ、別な色に、変えてしまうの。自分の色に、しちゃうの」

「……へえ?」

「ほ、本当なんだ、よ。なんとなく、だけれど、わかるの。たとえば――あな、あなたは、とても、透明な色を、してるよ。ふへ」

「驚いた。……君、本当に()えるのかい?」


 僕は思わず顔を寄せて、彼女の瞳をのぞき込んだ。


「うぅ、あの……ちか、近い……」


 彼女は驚いたのか、僕から視線を逸らしてしまう。

 時々、こういうのが居るんだ。言いようのしれない本質――〈魂〉とでも呼ぶべき内在物を感じ取ることのできる人間が。

 似たような人間は〈統治機構(カラカス)〉にも在籍していて、彼らは揃いも揃って僕のことを『透明』だと表現する。それを踏まえると、多分、彼女が言っていることは本当だ。

「透明、透明か。冗談にもなりやしないよ、まったく」


 思わず笑ってしまう。自嘲の一息だ。僕が〈葬儀屋〉の仕事をしているのも、こんな牢屋に放り込まれる羽目になったのも、元を正せば、それが原因なのだから。


「あ、あの、ごめん、な、なさい。わたし……いやな気持ちに、させるつもりじゃ……」

「いや、こっちの話だよ。……僕は僕に色が欲しい。いや、正確には取り戻したい、だねぇ」

「とりもどす? そ、それって――」


 少女が言いかけたところで、何かを引きずるような音が聞こえてくる。

 見れば、頭巾の男が部屋(・・)へと入ってきていた。


《ここ、が。貴様の楽園、だ》


 彼は人を引きずっていた。たくさんの花が咲いている地点へと、その人間を放り投げる。


「ドォルフ……ッ!」


 その正体に気づいた瞬間、僕は叫んでいた。

 僕の存在を認めたドォルフが頭をこちらへ向ける。

 彼は疲弊しきっていた。衣服にはいくつもの赤黒いシミができていて、心も身体もボロボロなことがすぐにわかった。

 そんな状態にありながらも、彼はこちらに呼びかける。


「〈葬儀屋〉か……下手を、打ってしまった。すまない」

「こんな状況で何を言ってるんだ! 謝るべきはむしろ――」

「それ以上、言ってくれるな。私への侮辱になる」


 ドォルフは僕から視線を切って、頭巾の男をにらみつけた。


「貴様は、決して、天に昇れなどしない。……日に焦がされて、落ちるが良い。この外道め」

《違う、な。外道は貴様ら、だ》


 そう言い放って、頭巾の男は腕を振りかぶる。ボコボコという泡立つような音がして、彼の腕が変形する。粘土じみた質感の腕は、やがて鋭い槍のような形状となった。


《その魂をワタシに捧げてさ、せめてもの償いにするといいよ》


 抑揚の薄い〈声〉と共に、彼は槍先をドォルフへと落とした。


「ぐっ、が……ぁ……!?」

《きみの態度がさ、すごく気に入らないんだよね》


 無感動な言葉を発しながらも、男は幾度もドォルフの腹を突いた。


《貴様は、苦しめる必要も、無い。他の連中が、立ち直れないよう、すぐに、殺してやる》

「なにを、してるんだ。あの男は……!」

「やめ……やめて……お、お願い、だから……!」


 背後の少女が、震える声でそう懇願する。彼女はうずくまったまま頭を抱えて、目に涙を浮かべていた。少女の叫びをまるで気にすることなく、頭巾の男はドォルフを害し続けた。


《……ああ、とても疲れたよ。次の肥料を、選んでおかなくちゃ》


 何度目かの刺突を終えた後。彼はぽつりと呟いて、ドォルフへの興味を無くしたかのように外へと出て行った。

 花畑の中から小さな咳き込みが聞こえたのは、彼の気配が完全に消え去ってからだった。


「ぐ、ごほ。は、ァ。まだ、生きて、いるとは……」

「……君、まだ息が」

「あるとは、言えんな。はっきり、言えば、息をするのさえ、つらい」

「……すまない」

「侮辱だと、言っているだろうに」

「そう捉えられてしまうなら、それでも構わない」

「ふ、は。気に病むものでは、ないぞ。〈葬儀屋〉よ」

「けれど――」

「私は、な。誇らしかったのだ」


 もうほとんど体力も残っていないだろうに、彼は笑ってみせた。


「大戦で、英雄の名をとどろかせた、中央師団にあって。民を(まも)る機会を、得られたということが……何よりも、嬉しかった」

「もう、しゃべらない方がいい」


 人生経験(・・・・)から医療の知識を総動員する。かつて視た記憶に頼って助言をひねり出す。


「太い血管を圧迫して、じっとしているんだ。助けは来る。希望を失うべきじゃない」

「……無駄、だ。気休めにしか、ならんさ」

「諦めるんじゃない。助けは来る。絶対にだ」

「なに、気を遣ってくれるな。私は、これでも、戦士だ。理解、しているとも」

「……だからって、わざわざ苦しむ必要もないだろうに」

「ふは。いざ戦となれば、死ぬときは戦地と、思っていたが……最期を看取ってくれる者が、いるとはな。……妻子でないのが、残念だが」

「君、子供が?」

「意外か」

「割と」


 思わず出てしまった答えに、彼はまたも小さく笑った。


「妻も子も、私とは、正反対でな。強く、気丈だ。問題なく、やっていけるとは、思うが……」

「ねぇドォルフ、お願いだから、黙ってくれないか。消耗は抑えるべきだ」


 僕の懇願にも耳を貸さずに、ドォルフは話し続ける。


「悲しまないでほしい、と、せめて、伝えてやりたい」


 かすれるような呼気を挟んで、彼は僕を見やった。


「貴様の――〈葬儀屋〉の仕事として、頼んでも、いいだろうか?」

「やめてくれ。自分で言うべきだよ、それは」

「無理、だろうな。だからこそ、貴様に頼んでいる」

「だからって、そんなに大事なことを託すものじゃない。君は生き延びるべきだ」

「誰もが、生き延びるべき、だろうよ。だが、私はもう、死にかけだ」


 僕に向けられるのは、すがるような視線だ。仕事を依頼する遺族たちが僕に向けるのと同じような、悲哀と希望の入り交じった悲痛な瞳。


「頼める、だろうか」


 僕は割れんばかりに歯を噛みしめながら、彼に向かってゆっくりとうなずいた。


「感謝、する」

「死ぬ人間っていうのは、勝手な奴ばかりだ」

「そう、(つら)く当たってくれるな。貴様の連れていた男も、よく戦っていたが、おそらくは……奴を悪し様に罵ったりは、せんだろう?」

「……いいや、その程度じゃ彼は死ねないよ」

「ああ。だと、いいが」


 投げやりな返事ではない。本心からそう思っているようだった。

 まったく、彼は(まれ)に見るお人好しだ。そんな彼を、今の僕は見送ることしかできない。


「……これを、受け取れ、〈葬儀屋〉」


 こうして話すのさえ辛いだろうに、ドォルフは懐から何かを取り出して、こちらへ投げた。檻の近くに落ちたそれを、手を伸ばして掴む。見れば、小さな骨の欠片だった。


「これは、誰の」

「被害者か、元からあった〈聖代〉の骸かは、わからんが……捕まっている間に、見つけた。脱出の、手がかりくらいには、なるかもしれん。せめて貴様は、うまく逃げろ」

「僕の心配なんて、している場合じゃ無いだろうに……!」

「――なあ、〈葬儀屋〉よ」


 僕に呼びかける彼の声はすっかり細くなっていて、息も絶え絶えといった様子だった。


「死ぬ時というのは、怖いか?」


 彼の死が近いことは、僕の目から見ても明らかだった。


「……案外、安らかなもんさ」


 そんな人に事実を伝えるほど、僕は酷な性格をしちゃいない。


「死後の世界っていうのは、僕は見られないんだ。だから、エルムスが説く天の楽園ってやつも、まだ見ることができてない。けれども、あっちはけっこう快適だと聞くよ」


 僕の答えを聞いて、ドォルフは表情をいくらか和らげた。


「そう、か」

「……そうだ。だから安心して、目を閉じるといい」


 自分の声が震えていないか、不安で仕方なかったけれど、僕は精一杯の嘘をつく。自分のためだけに始めた〈葬儀屋〉の仕事だけれど、せめて彼が救われたら良いと、このときばかりは本気で思った。


「貴様への評価を、改めて、おこう」


 彼は深く息をついてから、僕に向かってかすかに笑んだ。


「――貴様は、真っ当な〈葬儀屋〉だよ」


 そう言い残して、彼の目から光が失われる。

 僕は悪態の一つさえ吐き出すことができなくて、ただ、拳を強く握りしめていた。

 いつの間にやら隣へと這い寄ってきていた少女が、檻にすがりつくようにしてドォルフへと手を延べる。その腕は細く、今にも折れてしまいそうだった。


「ごっ、ごめん、なさい……ごめん、なさい……」


 蚊の鳴くような声で、何度も謝る。薬の影響か、彼女の行為はどこか妄執じみていて、僕は声をかけることができなかった。


「また、また……殺し、ちゃった。また……!」


 彼女が手を伸ばす先には、ドォルフの亡骸(なきがら)があった。

 橙色の星々に囲まれて、笑みを浮かべる男の(むくろ)

 ――その頬の肉が、不意に崩れた。


「あれ、は……?」


 呆然と、問う。そうする間にも肉の崩れる範囲は急速に広がっていく。それに呼応するように、遺体の周囲に咲く花がわずかに発光を強めた。

 (つち)くれを握りしめながら、少女はぽつりと言う。


「そ、っか。あな、あなたには、見えない、んだ、ねぇ?」

「……何が起きてるっていうんだい?」


 少女は振り返り――今にも泣きだしそうなくらいに顔をゆがめながら、ゆっくりと答えた。


「あの、あの花に、〈クゲボシ〉に、た、食べられてる(・・・・・・)、の」

「僕の知る限り、あんな性質はあの花には無いはずだ」

「ひとつ、ひとつが吸う魂は、少ない、けれど……はっ、花がとても、多い、から。いっぱい集める、と、すぐに、ああなっちゃう、の」

「死体を処理するため……? いや、そもそも、殺す意味が無い。なんなんだ、こんなことをして、何になる!」

「なんにも、なら、ないよ」


 それは、己の無力を嘆くような、悲痛な言葉。彼女が気に病むようなことではないけれど、それでも彼女は、どこか自分自身を責めているようだった。


「何人、殺された?」


 意を決して、聞く。


「か、数えて、いられない、くらい……にじゅうにんは、い、いってる、はず。おかあさんや、おとうさんも、あ、あの花に、食べられちゃった……」

「どれくらいの期間、君は捕まっているんだい? 少なくとも、二ヶ月以上が経ってることだけは確かだけれども」

「さ、さあ……それも、もっ、もう、わから、ない」


 いくら自我が強いとはいっても、彼女の記憶はずいぶんと衰えてしまっているようだった。それでも何か新しい情報が得られないかと思って、質問を変えることにする。

「少なくとも前に襲われたとき、人さらいを実行しているのは人間の集団だったはずだ。どうして〈なり損ない〉を使役してる? 何故、彼は一人で居る? それとも、仲間たちは他の場所に潜伏しているってことかい?」

「あの人の、な、仲間、なんて……もう、い、いないよ。さ、最初にわたしを、さらった、人たちも、みみっ、みんな、あの花に、食べられちゃった、から……」

「まさか、あの男は、殺したっていうわけ? ……元いた仲間を?」


 少女はうつむいたまま、こくりとうなずいた。


「……なんてこった」


 僕は額を押さえる。考えがうまくまとまらなかった。


「まるでわけがわからない。何がどうなってるんだ……?」

「わたしの、せ、せいなの。わたしが、あのヒトに、はっ、花の話を、してしまったから」

「花の話? 魂が宿るってやつかい? そんな与太話で、どうして――」


 そこで思い至って、視線を落とした。僕の手には骨片が握られている。

 理解した。理解してしまった。これはさらわれた被害者の遺骨でも、聖代の遺骸でもない。

 おそらく、これは――


「ッ、僕から離れてくれ」

「ど、どうした、の?」

「いいからッ!」


 彼女を傷つけるのは本意ではない。僕は足を檻の外に出し、靴のひもを左右で結びつけて、自分自身を拘束した。容易には外れないことを確認してから、ドォルフに渡された骨を噛む。

 僕は目を閉じ、呪文を唱えた。祝詞(のりと)が連なり、光がはじける。


「ぁ、あなた、また、色が――」


 全てを唱え終えた頃、遠くから少女の声が聞こえた。

 けれど、それに気づいた瞬間には、既に意識は沈みだしていた。



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