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骨食みクイールに手向けの花を  作者: 伊森ハル
3 骨食みクイールに手向けの花を
10/13

002

 古来、ヒトは様々な発明を成してきた。

 人類は山野を切り開き、運河を掘りつなぎ、今もなお多くの偉業を達成し続けている。

 かつて世界を見捨てた神々の力を頼ることなく、人々が連綿と伝え続けてきた叡智の集積によって、〈聖代〉以後の技術発展は支えられてきた。

 特に移動技術の発展はめざましい。

〈聖代の遺物〉がもたらす奇跡を除けば、ヒトが最も大きな進歩を遂げたのは間違いなくこの分野だろう。車輪の発明に始まった陸送手段の発展は、愛すべき人類の偉大なる足跡(そくせき)だ。

 なにせこの発明が無ければ、僕らは遠隔地で生産される砂糖を入手することだってできやしない。僕が〈葬儀屋〉としての仕事を円滑に進められているのも、効率的な交通手段が大陸全土に広く伝播したおかげだと言える。

 けれども。


「……おえ」


 この馬車っていう発明は正直、いただけない。

 特に帝国で一般に普及している型は、車軸の設計が甘すぎだ。揺れが酷くて簡単に酔ってしまう。はっきり言って、人間が移動する手段としては最悪だった。


「……大丈夫なのか?」


 大きな幌馬車の中。対面に座る大男――ドォルフが、不安げな声を漏らす。


大丈夫(だいじょーぶ)大丈夫(だいじょーぶ)ぅぉえ……いや、無理かな。無理だよこれ。降りよう」

「コイツ、乗り物に弱いんだよ。いつもこうなる」


 僕をいたわるようなそぶりさえ見せず、傍らに座るロフィンが言う。


「ねぇロフィン、ちょっと聞いてる? 降りよう。やっぱ無理」

「自信満々で提案した奴が何言ってやがる。承知の上だろ」

「……馬車とは言ってない」

「言ってるようなもんだ」

「でもさ……うえっぷ。何も、こんな安物じゃなくたって」

「一目で軍用ってわかる馬車で、人さらいが釣れるってんなら、それもいいが」


 ロフィンはあきれかえるような視線をこちらに投げた。

 ――そう。

 僕らは今、人さらいたちに襲われる(・・・・)べく、帝都から離れていた。

 警戒されないよう、わざわざ安物の馬車を使っている。これを提案したのは僕自身なわけだけれど、今となっては過去の自分が恨めしい。


「で、だ。例の被害者が襲われた場所があんのは、この方角で間違いねえんだな?」

「それだけは確かだよ。買い付けに向かう途中をやられたらしい。個人で馬車を持っていた訳だから、商売もそこそこ軌道に乗っていただろうにねぇ。やるせない話だよ」

「……注意喚起は出していたはずだ。護衛を雇うべきだったのだ」

「結果論だよ、それは」


 口を挟んできたドォルフに対し、僕はゆっくりと首を振る。


「訳知り顔で意見を述べるのは、生者の特権だけれど……死者をむち打つような言動はあまり好きじゃないねぇ」


 反論に、ドォルフはかすかに顔をしかめた。所在なさげに小窓を開けて、少々わざとらしく周囲の状況を確認してみせる。


「敵影は無し。後続の二輌も問題なくついてきているな。……しかし、連中がそう簡単に食いつくとも思えんが」

「まあ、心配はいらないよ。そのために僕らがいるわけだから」

「それだ。そもそも、どうして貴様らがついてくるのだ? 危険は百も承知だろうに」


 ドォルフの的外れな質問に、僕は頬をかく。


「何故、って……獲物がいなくっちゃ話にならないでしょ」


 理解できないといった面持ちで(まばた)きを繰り返す彼に、僕は軽く笑いかけた。


「彼らは〈遺物〉を欲している。間違いなくねぇ?」

「……まあ、そうでなければ〈北壁群〉になど近寄らんだろうな」

「そこで、僕の出番だ。〈統治機構(カラカス)〉の礼服を着ている僕が、彼らの縄張りを通るわけだよ。これ見よがしにねぇ?」

「待て、私はただ、一般人に偽装して人さらい共の不意を打つと――」

「何をそんなに焦っているんだい?」


 ドォルフは本当に今更気づいたのか、バツが悪そうに僕から視線を逸らした。


「……はっきり言って、気が進まん」

「それこそ『どうして』と、僕は問いたいけれども」

「決まっている」


 彼は何故だか痛みを耐えるように目を閉じて、眉間にシワを寄せた。


市井(しせい)の者たちを危険にさらすのは、道義に反する」

「それがたとえ、僕らのようなはみ出し者であっても?」

「無論だ」


 彼は表情を変えることなく、厳然と言い切った。

 さっきから、本当に調子の狂う男だ。


()への評価を改めよう、ドォルフ」

「……む?」

「君は真っ当な軍人だよ。生まれにあぐらをかいているような連中とは違うらしい」


 少し頭が固すぎるきらいはあるけれど、という意見は心の中に留めておくことにした。


「けれども、はき違えるべきじゃないねぇ。今最も危険視するべきは被害の拡大だよ。奴らの活動は活発化しているんだろう?」

「……それも読んだのか? 例の〈魔法〉で?」

「いいや。少し、(かま)をかけてみただけ。とは言っても、おおよそ確信はしていたけどねぇ」


 僕の言葉を聞いて、ドォルフは少しだけ苦い顔をしたけれど、すぐに元の仏頂面に戻った。


「いや……ここに至っては、隠し立ては無駄だろうな。貴様の言うとおりだ」

「いずれにせよ、僕らは迅速に奴らを止めなければいけない。大規模な討伐隊を編成していたんじゃ時間がかかりすぎるし、何より所在をつかめない」

「選択肢など無いというわけか」

「もちろん、連中が尻尾を出すのを待ってから動くという手もあるけれど?」

「それは選択肢に入らんよ」

「だろうねぇ?」


 僕は肩をすくめてみせた。ドォルフが口を閉ざす。

 彼も理解しているのだろう。これ以上、議論の余地は無い。話はおしまいだ。

 正直、彼が僕達の安否を案じるとは思っていなかった。どうしてなかなか、人というのは捨てたものじゃないと思う。

 馬車の揺れが今までほど気にならない。どうやら少しずつ慣れてきたみたいだ。

 そこからしばらくは目を閉じていたんだけれど――その沈黙を、ドォルフが破った。


「おい、〈葬儀屋(・・・)〉よ」

「……なんだい?」


 片目を開けて、彼の方を見る。薄布越しに視線が交わった。


「荒事になったら、貴様らは下がっていろよ」

「ああ、ご心配なく。もちろん戦おうなんて気はないよ。ロフィンには働いてもらうけれど、君が言ったように、僕は『か弱いお嬢様』だからねぇ?」


 僕の発言に、隣の青年が小さく笑う。


「……なにさ」

「いいや、別に?」


 皮肉げな笑みを浮かべる彼の脇腹を小突いて、僕はふたたび眠りについた。



◇◆◇



 僕らは途中の町で休息を取りながら、丸二日かけて目的地の近くまで来た。

 北方の、帝都からほど遠い山間部にさしかかろうとしている。


「そろそろか。間違いなく、連中は居るのだろうな?」

「もちろん、絶対なんてことは無いさ」


 僕の答えを予想していなかったのか、ドォルフは驚いたような、不満そうな、なんともいえない表情を見せた。


「待て待て、〈葬儀屋〉よ。それはつまり――」

「いや、賭けって言うほど分の悪い話じゃないよ」


 言いつつ僕は手のひらを二、三度振る。実際、公算が低いわけではなかった。


「途中の町でも、わざとらしいくらいに姿を見せびらかしておいたからねぇ。噂くらいにはなっていてくれると、ありがたい所だけれども」

「効果があるかは知れたもんじゃねぇがな。無事に襲ってきてくれるかは、怪しいとこだ」

「商人達はその辺りに過敏だからねぇ。誰かが襲われたって話が広まれば、その経路を使う人も、いなくなってしまう。獲物が消えた狩り場(ヽヽヽ)を、いつまで見張っておくかって話さ」

「……徒労に終わる可能性が高いと?」

「いいや? そういう意味ではないよ、ドォルフ」


 依頼人の言葉を、僕は毅然と否定した。


「目立たずに人をさらえる地形なんて、そうそういくつもあるモノじゃない。ここまで情報がほとんどつかめなかったってことは、被害者を逃がすことも無かったんだろう」


 全てを連れ去ったのか、あるいは殺してしまったのか――それは定かではないけれど、被害者の総数は相当なものだろう。きっと、暗数も多いはずだ。

 いや――それはいま考えるべきではない。僕は思考を切り替えて、ドォルフへ視線を戻した。


「いずれにせよ、使い慣れた場所があるなら、簡単に放棄はしたくないはずだ」

「それに――〈北壁群〉から根城を移したとは言うが、そこまで離れるわけも()えからな」


 横からロフィンが補足を加える。それに僕はうなずきを返して、話を続けた。


「犯罪集団の転居には、それなりの危険が伴う。中央師団の目をかいくぐってこられたと言うなら、そこは慎重に進めているはずだからねぇ」

「相手は大規模な集団だと思っていたのだが」

「いや、むしろ逆じゃないかな。比較的(ひかくてき)小規模な組織で、隠密性を重視している――あるいは、していた。そういう連中だと、僕は思うんだけれども」

「していた?」

「前提として、人さらいの被害が顕在化したのは今年に入ってからだ。けれども、組織の結成がそれと同時とは限らない」

「それは、そうであろうな。……数ヶ月から、長く見ても一年ほどの潜伏期間があるはずだ」

「うん。事業(・・)の拡大にともなって人員が増えている可能性はある」


 そこでドォルフが不安げに眉根を寄せた。


「本当に十二名で足りるのか? 精鋭を選抜したつもりではあるが……」

「正確にはロフィンを入れて十三名だ。もちろん、僕は頭数に入れないでほしい」

「とは言うがな、お嬢さんよ。それでも懸念は消えんぞ。〈統治機構(カラカス)〉の護衛ということは、腕は立つのだろうが……」

大丈夫(だいじょーぶ)大丈夫(だいじょーぶ)。総数が多かったとしても、実働人数は限られるよ。地形上、それほど多くの人間が潜んでいられる場所ではないから」

「我々だけでも対処は可能な程度には、か」

「そ。……じゃあ、話を戻そう。ここ数ヶ月で根城を移したということは、その近辺で、何か特殊な要因が発生したんじゃないかと僕は思うわけ」

「――〈聖代の遺物〉か」

「分かってきているじゃないか、ドォルフ」

「集団か個人かはともかく……〈北壁群〉で、何かを見つけたのだな」

「そこで力を得た彼らは、動きを活発化させた。その後、引き払われた拠点に君らが踏み入り、あの遺骨を見つけたわけだ」

「筋は通る。と言っても、未だに分からないことの方が多いが……」

「うん。……特に、殺す理由がいまいちわからないんだよねぇ。……奴隷制度がまだ存在している他国へ売り飛ばすのが定石だよ。少なくとも、そういう話は()たことがある」

「しかし、全員が殺されているとは限らんぞ。子供がいた、とも言っていただろう」

「だねぇ。あるいは、太い販売経路(けいろ)が確立されたということなのかもしれない」

「それが貴様の言う特殊要因というわけか。……で、あれば」

「なおさら、急ぐ必要があるわけだ」


 とは言ったものの、先日読んだ故人が殺された理由に説明はつかない。販売経路ができたのなら、なおさら殺す必要は無いはずだった。考えたところで仕方のない話ではあるけれども、そこが引っかかってならなかった。


「まあでも、保険はいるよねぇ。……ロフィン」

「あんだよ」

「もしだよ? 無いとは思うけれども……もし、僕がさらわれて、君が取り逃がしたら?」

「……ま、一応は考えてる」


 そう言って彼がよこしてきたのは、指先ほどの大きさをした白い塊だ。


「飲んどけ」


 掌からつまみ上げて、指の間で転がす。石のような見た目に反して、奇妙な弾力があった。


「〈片割れ石〉か。ま、保険としては悪くないねぇ」


 大昔にこの世界を後にした、神性存在(かみなるもの)の欠片。遠く離れていても両者は引き合い、ひとつになろうとする。――とは言っても、せいぜいが『水に浮かべてやると相手の居る方角がわかる』という程度の引力だ。

 欠片を口に放り込む。ひどい味がしたけれど、鼻をつまんでどうにか飲み込んだ。


「……ふぅ」

「不味いのか?」

「とびきりね。……ともあれ、これで、君は僕の位置がわかるわけだ」


 気を取り直すように、首を振る。


「……それじゃ、もう少しで出番だねぇ」


 僕は言いつつ、青年の肩へと手をかけた。


「さあロフィン。(わたくし)の付き添い人として、しっかりと役目を果たしてくださいな?」

「……やめろ気持ち悪い」

「あらあら、残念です。お嬢様らしく、おしとやかに、気品あるふるまいをと思いましたのに」

「おえ」

「ひどくない?」

「自分のナリ見てから考えろ」

「……ひどくない?」


 おどけて見せたとはいえ、さすがに少しは傷つく。僕だって自分の容姿に自信がある方ではないけれど、ちょっとくらいは褒めてくれたっていいと思う。


「馬鹿なこと言ってねえで、少しは緊張感って奴を持ったらどうだ」

「……君に言われちゃおしまいだと、僕は思うんだけれど」

「どういう意味だよ」

「そういう意味だよ。はあ」


 大きく息をつく。自分に対してさえ頓着(とんちゃく)しない人間に『緊張感を持て』と言われるなんて、そんなに緩んだ顔つきをしているんだろうか、僕は。

 いくら死なない――死ねないとは言っても、痛覚はあるという。だというのに、彼は(みずか)ら進んで〈死〉へと向かっていくことがある。

 そして肉体を再生させ、ほとんど表情も変えないまま、受けた痛みに文句を垂れ――時には、死ねないことに悪態をつくんだ。まるで、願いが叶えられなかったことを惜しむように。

 そんな姿を見続ける(ぼく)(つの)る痛ましさも、きっと彼は気にしない。それはそれで気が楽とも言えるけれど、だからといって、完全に無視できるわけではなかった。

 またも沈黙が生まれる。

 その空気に耐えきれなかったのか、ドォルフが大きな咳払(せきばら)いをした。


「ううん。まあ……なんだ。そう拗ねるな、〈葬儀屋〉よ」

「拗ねている、というのは、僕が?」

「……違うのか? いや、急に黙り込んだものだからな。そうかとばかり」

「何か勘違いしているようだから、言っておくけれど――」


 反論しかけた、その直後。

 大きな破砕音が、耳をつんざいた。


「うひ」


 総毛立って、思わず身を跳ねさせる。音のした方へと顔を向ける。


「何事だ……ぁ……!?」

「え、なにこれ。ミミズ?」


 幌馬車の外装を突き破って、巨大な肉塊が姿を現していた。

 狭い車内で唖然(あぜん)とする僕と、対面のドォルフ。

 対照的に――ロフィンは弾けるような俊敏さでナイフを抜き放ち、肉塊へと刃を閃かせた。

 鋭い一撃で肉が斬れ、余勢で肉片が床にたたきつけられる。

 金属をこすり合わせるような悲鳴と共に、肉塊は外へと身を退いた。


「ボサッとしてんなよ軍人野郎がよ。死ぬぞ。……死にてえんなら、別にいいが」


 そう言い残して、彼は馬車の外へと飛び出していった。


「……て、敵襲だ! 敵襲――ッ!!」


 一拍遅れて、ドォルフが怒号を上げ、青年の背中を追いかけていく。


「武器を構えろ! 隊を組め! 三人一組で固まり、二組が連携せよ! 私も加わる!」


 ――おかしい。

 さっきの異形には()覚えがあった。そのものではないけれど、僕は似たような生物を視たことがある。思考を巡らせながらも、頭の中では自分の仮説を必死に否定していた。

 壁に空いた穴から、そっと様子をうかがう。

 そこで、思わず声が出た。


「……まさか、嘘でしょ」


 (うみ)のような粘液を吐き出し続ける巨大な線虫。魚類の鱗に覆われた節足動物。粘土のような体表を有した目玉の集合体。そのほかにも、数体。

 それら(・・・)はいずれも並の人間より体長が大きく、遠目から見ても異様な光景だった。

 僕は口元を押さえて、それら(・・・)を見据える。


「あれ、は――」


 破戒の異形。神々の尖兵。冒涜的なる幻想の具現。


幻想生物(メタフィシキ)〉たちが、そこには立ち並んでいた。


「〈なり損ない〉だ! 〈なり損ない〉が襲ってきたぞ!?」

「〈北壁群〉からどれだけ離れてると思ってる!? 馬鹿げたことが――」

「しかし、実際に居るんだ! あそこに!」

「逃げようにも、ここは隘路だ。……これはまずいぞ」

「ええい! 静まれ! うろたえている場合ではない! 相手が〈なり損ない〉だろうと、恐れることはない! 貴様らは私が死なせはせん!」


 ドォルフの叱咤(しった)で兵士たちはいくらか落ち着きを取り戻したけれど、すっかり浮き足だってしまった様子だった。これではまともな戦いができるはずもない。

 けれど――


「――ああ、お前らは(・・・・)何回か殺せば死ぬ奴か(・・・・・・・・・・)


 彼らの混乱を意にも介さず、ロフィンは至近の一体をナイフで貫いた。ぶよぶよとした肉塊に腕を沈めて、血しぶきを全身に浴びる。


「……(くせ)えな」


 どこか的外れな感想を漏らす彼に、味方たちが(おのの)きを隠せない様子でいた。


「構えろ! 大丈夫だ! 我々は負けん! 貴様らの強さは、私が一番よく知っている!」


 ドォルフの号令に、ようやく兵士たちが気を取り直す。剣や槍を手に、隊列を完成させた。

 そんな中――僕はといえば、戦場を観察しながら、おかしな点に気づいていた。


「おかしい。どうして、あんなに落ち着いてるんだ……?」


 ロフィンに対する言葉ではない。その更に奥――異形の怪物たちについての感想だった。

 通常、あれらはただ無軌道に命をむさぼる存在だ。周囲にある〈火〉を求めて、生物を喰らわんと暴れまわる一種の厄災。

 それらが並んだまま、まるで飼い慣らされた犬のようにじっと距離を置いている。はっきり言って異常だ。

 疑念が解消されるよりも先に、事態が進展した。

 異形たちの更に奥から、ひとつの人影が歩いてきたのだ。


《臭う、な。……同類がいる、のか?》


 大きな黒の頭巾をかぶった男だ。


「あいつは……ッ!」

「ああ? 知り合いか!?」


 僕の声にロフィンが鋭く反応を示す。


「〈葬儀〉で視た男だよ! あれが犯人! 少なくとも、その一人だ!」


 ボロボロの服を身に纏っていて、いまいち体格が判然としない。ロフィンと同じくらい背丈が高いことだけがかろうじてわかった。

 その男は僕らのやりとりに意識を向けることなく、淡々と独りごちる。


《うん。先走るなと言っても、聞く耳を持たないんだね。そもそも、あれに耳は無いけど》


 喧噪の中にあっても不思議と通る声だった。いや、そもそも〈声〉という概念に当てはまるのかさえ怪しい。


《……やけに、人数が多い。……いや、(かえ)って好都合、だな》


 思念を直接伝えられているかのような、奇妙な感覚。

 声音(こわね)も抑揚も一貫せず、誰かと話しているようでいて、けれども、こちらに語りかけている風では無かった。

 あたかも、一人の中に複数の人間がいるような――


「まずいッ! 来るぞ!」


 意味の無いことと知っていながら、僕は叫んだ。

 それをあざ笑うかのように、頭巾の男は腕を振り上げる。


《――やっちゃいなよ。捕まえろ》


 彼がそんな〈声〉を発すると同時、異形たちが一斉に身を(おど)らせた。



◇◆◇



「……う、ぅ?」


 身体の節々が痛む。思考が汚濁している。

 視界は暗く、ぼやけている。自分が何者なのかさえおぼつかない。

 地面に手をついて、身を起こす。冷ややかな金属の感触に触発されて、僕は記憶を整理する。

 ――ああ、そうか。

 何もかも思い出した。同時に、舌打ちをしたい気持ちに駆られる。

 結論から言えば、僕らは失敗した。

 想定以上の戦力だった。というより、まったく予期していなかった。

 だって、そうだろう?

 まさか、単なるごろつきが〈幻想生物(メタフィシキ)〉を飼い慣らしているなんて予想するはずがない。

 正確には、連中が――いいや、頭巾の男が操っていたのは〈なり損ない〉に過ぎなかった。

 その名の通り、あれらはいわゆる失敗作だ。生命力は〈幻想生物(メタフィシキ)〉とは比べるべくもない。それでも規格外の命を有していることには違いなかった。それが束になって襲って来たんだ。

 ドォルフの選抜した兵士はしっかりと統率が取れていたけど、(かな)うわけがない。せめて無事に逃げられていたらと思うものの、確認する術は無かった。


「〈記憶〉には、あんな化物は、いなかったはず、だけれど……」


 提案者としての後悔はある。

 けれど、過去に『もしも』は無い。あるのは厳然たる事実だけだ。

 つまり、結果として、僕らは()えなく敗北し――


「もしかすると、ここが、彼らの新しい根城、なのかな」


 ――次に目を覚ましたとき、僕は、大きな檻に(とら)われていた。


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