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鈍白のサクラメント -白の異彩と鈍色さくら-  作者: チェリヰ
第二夜 傲慢ローズガーデン
10/48

#9 天ざるそば¥580-ホイップサンド¥110


「というわけで、ハルちゃんの一週間の謹慎が決まりました。やったねハルちゃん、休暇だよ!」


「……は?」


 箸から取り落としたちくわ天がめんつゆへとダイブし、飛沫が跳ねる。ああ、制服が……黒だから目立たないけど、ちゃんと洗濯しておかないと……。


 時間はお昼休み。場所は学校の第二食堂。朝は基本時間カツカツだからお弁当を作る時間は無く、昼食は必然的に食堂になるのだ。

 ちなみにちーちゃんは購買で買った惣菜パンを自分の教室で食べている模様。友達と食べるから、と言っていたものの、ちーちゃんに私とゆっきー以外の友達がいるなんて聞いたこともないので、百パー嘘だろう。

 顔を合わせづらいのは私も一緒だからあえて掘り下げなかったけど、そうかこういうことかアンチクショク。今朝言われた「言っても聞かないから言わない」ってのもそういう意味か。


「……えーっと、もう一回言ってくれるかな?」


「もう、仕方ないなハルちゃんは。じゃあもう一回だけ言うね」


 対面に座るゆっきーこと雪柳は、ハンバーグ定食の付け合わせのニンジンを執拗に粉々に刻みながら、さっきの話を繰り返す。


「隊長サマからの具申で、命令不従順に危険行為、オマケにアニマ使い切って自分の夢に戻されたことも合わせて、謹慎が提案されたってわけ。で、特に反対する人もいなくて可決。見事ハルちゃんに謹慎が言い渡されました。いえーどんどんぱふぱふ」


「いや祝うようなことじゃないから……にしてもそんな話、いつの間に」


 めんつゆから掬い上げたちくわ天に齧り付きながら、ゆっきーにそう問いかける。


「昨日の夜のうちだよ。ハルちゃんが脱落した後」


「あの時か……」


 今ばかりは自分の力不足が恨めしい。いや別に今だけってわけでもないな。だいたいいつもだ。


「というか、反対する人もいなくてって、ゆっきーは見捨ててくれたわけ?」


「他はまだ擁護できたかもしれないけど、アニマ不足で実際に戦闘不能だったのがどうにもねぇ。実際、昨日はもう一体夢魔が出て、そっちも隊長さんに向かってもらったわけだしさ」


「……それって、メンバーは誰?」


「隊長一人だよ。隊長に付いてけるのなんてハルちゃんしかいないし」


 話しながらも、ゆっきーの手は止まらない。そんなに嫌いか、ニンジン。


「……私だって、何もできてないよ」


 めんつゆに反射して映る私の顔に目を落としながら、力無くそう返す。

 結局のところ、付いてて行ったって私にできることなんて何も無い。ただ、そこにいるだけ。一人で倒した夢魔の数だって、未だにゼロだ。


「それでも、だよ。付いてくだけでも一苦労なんだから。あたしは頼まれたってヤだよ。隊長さん平気で単独行動する上にあのスペックだから、追い付くどころか居場所特定するのも一苦労だし」


 そう言って、ゆっきーはペースト状になったニンジンを無理矢理水で流し込む。


「本当はハルちゃんがいてくれるとあたし達的にも助かるんだけどね、ちーサマの過保護にも困ったもんだよ。時にハルちゃん」


「?」


 改まった呼びかけに、啜っていた蕎麦を慌てて飲み込み、ゆっきーの方を向く。


「ちーサマの過保護の方は理由も想像つくけど、ハルちゃんはなんでまた夢魔と正面切って戦おうとしたの? 隊長さんが到着するまで待ってりゃよかったのに。慣れっこでしょ?」


「…………黙秘」


 それだけ返して、天ざるそばの残りに手を付ける。


「理由がわかんなきゃフォローのしようも無いんだけどねぇ」


「いいよ、それは別に。私が直接ちーちゃんと話付けるから」


 問題は山積みのようでその実一つに集約されていて。

 二つある解決法のうちの片方はどうしても選びたくなくて、もう片方は言葉にしてしまえばとても簡単なことだけど、それを実現するのはとても難しくて。


「ねえ、ゆっきー」


「うん、何かな?」


「強くなるのって、どうすればいいのかな」


「それリアルの話? それともあっちの話? ひょっとして心の強さとかそういう方面の話? どれにしたって、あたしは強くなんてないからお門違いだよ。それこそ“強い人”に聞いたら?」


 思い浮かべたのが誰なのかは、言うまでもなかった。









 心頭滅却すれば火もまた涼しと言うけれど、その心頭滅却が目的ならいったい何をすればいいのだろう。


 モヤモヤを抱えたまま、廊下を歩く。

 頭がごちゃごちゃしてたところで関係なく時は進むし、腹は減るのだ。そしてお昼ご飯は買わないと手に入らない。

 幸いなことに人通りはまばらで、考え事をしたまま歩いていても誰ともぶつかることは無かった。二年の教室から購買まで歩くにはどうしても一年の教室の前の廊下を通らなきゃいけないから、昼休みが始まってから少し時間を置いたのが功を制したのだろうか。


「はぁ……」


 口を開けば、出るのはため息。隣に誰もいないのだから仕方ない。そういえば、ハルに相談できない悩みは初めてかもしれない。

 後悔はしていない。昨晩の行動は全部正しかったって胸を張って言えるし、やり直せるとしても別の選択をするつもりは無い。ああ、いや。結果論とはいえ、やり直せるなら海の側はわたしが直接向かうかな。まあそれはともかく。


 大切な人に傷付いて欲しくない。その気持ちが間違いだなんて言わせない。

 言わせない、けど……ちょっと冷静になれていないってのも確かな事実で。


「やり過ぎた、かなぁ」


 やりたいことは間違っていないけど、手段と程度を間違えた。

 結局のところ、そこに帰結するのだ。

 ハルに謹慎を課したところで、その数日だけ危険から遠ざけるだけで、何もかも先送りにしてるだけ……ってのは自分でもわかってる。ちょっと感情的になり過ぎた。

 ……うん。ちゃんとハルと話そう。一晩くらい置いて、お互いに頭も冷めてから。今話したところでまた喧嘩になるだけだし。

 先送り自体が悪いこととは言われまい。急いては事を仕損じるって言葉もあるわけだし。


 ……おっと、行き過ぎた。考え事していたら曲がる角を通り過ぎていた。購買はこっちだったから……


 購買の前には、少なからず人の群れが残っていた。

 普段は行かないから知らなかったけど、この時間でもこんなに人いたんだ。


「はぁ……」


 ため息をついて、引き返す。人混みは苦手だ。それこそ、空腹と天秤にかけて空腹の方を選ぶほどに。

 待つことは苦じゃないけど、他人は苦手。今はハルがいないから、特に。


 後ろでざわめきが起こる。無関係だと言い張りたい。


「あ、あの、千秋様!」


「…………何?」


 さすがに声をかけられて無視するのはどうかと思い、億劫ながらも振り返る。

 声をかけてきたのは、やたらと赤面した中等部の子。

 周囲の視線が突き刺さる。


「えと、千秋様もお昼は購買なんですか?」


 その質問に何の意味があるんだろう。


「今日はたまたま、ね」


 答えながら、改めて購買に向かう。これだけ視線を集めてしまったらもうどうにもならないだろうし、毒を食らわば皿までだ。

 残っていたのは昼食としての需要の低かったであろう菓子パンがいくつかだけ。


「焼きそばパンとか、残ってないんだ」


 なんとなくだけれど、購買といえば焼きそばパンのイメージがあった。ハルの影響かな。


「焼きそばパンでしたら私の……」


「いいよ、何でもいいし」


 差し出された焼きそばパンを手で制して、適当に目に付いた菓子パンを手に取って代金を支払う。


「それじゃ、私は行くから」


 何か言いたげな様子なのをつとめて無視して、再び引き返す。

 まっすぐ歩いているだけでも、誰かとぶつかることは無かった。何も言わずとも、相手から避けてくれるのだから。

 人混みは嫌いだ。誰もがわたしを、よく知りもしない吉野千秋というフィルターをかけて見てくるから。

 憂鬱な時間は、廊下を歩いている間ずっと続いた。いや、ひょっとしたら放課後になるまでずっとだったかもしれない。


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