表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第六章 チュリーラ王国
98/201

98.農村地帯


麓まで降りて、農村地帯を抜けるルートを進んだ。

大半は宿屋もないような小さな農村である、村に入らず、通り過ぎて、多少木の茂るところでテントを張るという行程を繰り返した。


黒いものに取り憑かれたといっていいのかわからないが、黒いものを内包する魔の者があんな山道にいたのが不思議だった。

低いところにいるなら、まだわかるけれど。

西から流れてきた黒いものは、もうこの東側の土地に入り込み、広がっていっているようである。


この辺りの農村にもいるかもしれないが、村一つ一つで聞き取り調査をするのは、そっとかつ早く移動したい今、難しかった。

黒いものが明らかにいれば、多分サーシャが引き寄せられるから、サーシャの反応に任せようということで一致した。


そうして進むこと、数日。

もうヴィクトルも、野営に文句は言わない。


農村地帯を結ぶ相乗り馬車も使いながら、一路ジアーナの国を目指した。


…………

…………


遠くに、城の影が見えた。

田園地帯に佇む、美しい城だ。


あれ?でも、首都はここじゃないよな?とサーシャは思い返す。


「あれはかつてこの辺りにあった国の城です。

その昔チュリーラが力を伸ばし、併合され、現在はチュリーラ王族の別荘となっています」


イーゴリが説明してくれた。


「……この辺の農村は、苦しい生活を強いられるようになっておりますが」

「そうなんだ。……その、国王のせい?」

「表立ってそういう声はありませんが、まぁそういうことでしょう」


サーシャは城を見つめながら、顔をしかめていた。

国王として、そうはありたくない。


次の農村の、馬車乗り場に到着した、

農民が一人、乗り込んできた。


「あ……れ?

あんた、ゴーリャじゃねぇか?」


イーゴリを略称で呼ぶ、しかも農民がである。

どういった知り合いなのか。

だが、イーゴリは表情を緩めた。


「おう……ゲーシャか!なんだ、奇遇だな、こんなとこで会うとは。久しぶりだ」

「やっぱゴーリャだった!はは、嘘だろ?こんなとこで何やってんだよ!久々に修行か」


ゲーシャは大柄な男だった。残りの3人には目もくれず、イーゴリの隣に行き、腰を下ろす。


「俺はジアーナにむけて旅の途中だ。国がえらいことになってな。

聞き及んでいないか?」

「ヴァシリーサから遠いこんな村にそんな話が来るもんか。

どうなったってんだ」


イーゴリがゲーシャに簡単に説明する。

まだ、サーシャたちのことは紹介していない。


「マジかよ!城が堕ちたとか……」

「お前はどうだ、変わりないか」

「変わるもなにも。相変わらずの税の取り立てでうんざりしてらぁ」


ゲーシャは吐き捨てるように言った。


「お前の村は確か次だったよな」

「ああ。どこの村も税で大変なんだ、俺がこの辺りの顔つなぎ役で、しょっちゅう行き来してんのよ。徒党を組んでなんとか乗り切りてぇんだが」

「何があったんだ」

「あの国の第一王女がなんか城で舞踏会かなんかやるってことでさ、食材がいろいろと入用なわけだ。それでお触れがいろいろと出てんのさ。ったく、余計な仕事は増えるわ、税は高いまんまだわ、最近輪をかけてひでぇんだ」


「なるほど」

イーゴリは相槌だけうって、黙った。

こちらも道中急ぐのだ、金も余裕があるわけではないし、そもそも金より現物を納めるほうが大事なのだ、助けてやれることはありそうにない。

「お気楽なこった、あんたんとこは城がないっつーのにな」

「まぁ、うちは別だが普通の王女とはそういうもんかもな。

俺はつくづくヴァシリーサに仕えてよかったと思うだけだ」

「俺もあんたんとこに鞍替えしてぇよ」

「村の仲間を置いてくるわけにもいかんだろう」

「それなんだよ」


サーシャたちは、黙ってイーゴリのやり取りを聞いていた。

イーゴリは自分たちをまだこの男に紹介しないが、イーゴリが言い出すまで、大人しくすることにする。


ゲーシャの愚痴は、次の村まで続いた。

なんでも高圧的な役人がよく村々を回っては税の取り立てや仕事を押し付けてくるらしい。


だがサーシャたちは不思議に思う、

この男はイーゴリに助けを求めているわけではないのだ。


「俺もなんとかしてやりたいが、国が相手ではな」

「いやぁ、あんたを巻き込むつもりなんざねぇ、その心意気だけでも嬉しいってもんよ。

さて、そろそろ到着だ……

ジアーナに行くんだよな、短かったが会えて楽しかったぜ」


イーゴリは、首を突っ込むようなことはしない。

本当に、国を相手に喧嘩をしている場合ではないのだ、

この国のことをサーシャはあまり知らないが、トップが変わらなければ下っ端の役人も変わりようがないだろう。

そんな大ごとを起こすのも現実的ではないし、いくら強者揃いだからといって4人でなんとかなるわけがない。


ゲーシャが馬車を降りようと、馬車の外を見てーー


「チッ、またあいつら、来てやがる」


イーゴリもゲーシャの視線の先を追った。

サーシャも、馬車の外を見る。


村の入り口に、馬に乗った役人らしき男たちが5、6人、何か喚き立てている。


「じゃあな、ゴーリャ、俺がなんとかする。なあに、いつものことだ」

「気をつけてな」


ゲーシャは、ひらりと馬車を降り、村へ向かって行った。


…………

…………


馬車はそのまま進む。


イーゴリの表情は、険しい。

悔しいだろう、あんな役人を追い返すのはわけないのに、下手に手を出すわけにもいかないのだから。

ヴィクトルもナターリヤも思うことは同じなのだ、だからなにも言わない。


「修行の旅の途中で知り合った、ってか?あの男」


4人だけになり、ヴィクトルがようやく言葉を発した。


「……左様でございます。あの村で世話になったことがございまして」

「私らが一緒って思わなかったみたいだな」

「最後に会ったのも10年以上前でしたから。私もその頃は一兵卒でしたし、ヴァシリーサの軍人としか言っておりませんでしたもので」


馬車の外から、馬の足音が近づいてきた。

4人とも、様子がおかしいと気づく。


「その馬車、止まれ!中を改める」


御者は驚いて馬車を止めてしまった。

馬車周りが、先程の役人に囲まれる。


「む、なんだ貴様らは!怪しい奴ら、降りろ」


「やめろ!その人たちはただの旅人だ」

向こうから、ゲーシャの声が近づいてきた。


「私が降りましょう」


イーゴリはそう言い、馬車を降りる。


「貴様、許可なく我が国土を通過しようとしたな?不法侵入の罪で引っ立てる!」


何の難癖だ?

サーシャは身構えた。


「なんだ、こいつら」

ヴィクトルも剣の柄に手をかけ、馬車を降りようと構えた。


「俺はペルーンから入国している。関所で入国許可はもらっている」

イーゴリは、パスポートを開いて役人の前に提示してみせる。


「今は厳戒体制につき、旅行者は決まった道を通るようになっている!貴様、すり抜けやがったな!?」

「入国のときにそんなことは聞き及んでいないが?」

「黙れ!国王陛下のご命令だ!

問答無用、引っ立てい!」


「やめろ、そんな触れは出てないじゃねぇか!」

「ゲーシャ、来るな!」


「農民風情が、やかましい!我らに逆らう奴は、こうなるんだ!」

役人が一人、ゲーシャに斬りかかろうとーー


ゲーシャの前に、光の盾が現れ、剣を止める。


「国王命令だと?

生憎だが俺は国王に従う義務はない。このまま行かせてもらおうか」


馬車から降りてきたのは、ヴィクトル。


いつもの、不敵な笑みだ。

ゲーシャ前の光の盾は、ヴィクトルの魔法だった。


「なんだと、貴様、不法侵入者め!」

「おおっと、威勢のいいことだ。下っ端は俺の顔を知らないのも無理はないな。


我が名はヴィクトル、イヴァンが国の次期国王である。


これ以上絡むなら、神の末裔に剣を向けたとして、俺は貴様らを問答無用で処刑できるんだぜ」


役人たちの動きが、止まった。


「な……何……

あの、光の御子だと……?」

「なぜ、こんなところに……」


「その男は俺の連れだ。離れろ」


ヴィクトルは、イーゴリを捕らえようとする役人に睨みをきかせた。

役人は、後ずさる。


「ヴィクトル効果、すげーな」

馬車の中で、ナターリヤが呟いた。

「偉そうなのが様になってんな」

「まったくだ、だが今は小気味いいぜ、あの役人どもが我慢ならねぇ」


久しぶりに見た気がする、ヴィクトルの尊大な表情だ。


「国王に伝えておくんだな。

農民を大事にしない国は、いずれ滅びる。

ゲーシャとやら。行け。

イーゴリ。行くぞ」


「ゲーシャ。落ち着いたらまた会おう。気をつけてな」

「ゴーリャ……あんた、国のお偉いさんだったのか?」

「お前に最後に会ったときはまだ偉くなかったさ。

いいから気にするな。俺を庇ってくれた恩は忘れん、行け、今のうちに」

「すまねぇ。こっちこそ、恩に着るぜ」


ゲーシャは急いで村に戻っていった。


役人たちが手を出せず戸惑う中、ヴィクトルはイーゴリを促して馬車に戻り、そのまま馬車を走らせた。


* * *


「さすが、王子様」

「やめろっちゅうに」

「いや、マジで褒めてんだぜ」

「フン」


「何なの?この国、感じ悪いな」

サーシャも、顔をしかめていた。

「この国、ペルーンで黒いものの騒動があったとき、たしか橋を渡ろうとしてゴネてたよな」

「じゃあうちの味方とは言えないな。さっさと出たい」

「この地域は、チュリーラが支配したという意識がありますから。

それで高圧的にくるのですよ」

「へぇ……やな奴」


またしばらく、馬車に揺られていた。


すると、馬の足音が複数、再び近づいてきた。

イーゴリが外を見る。


「あれは……将校級です、先程の役人とは違う」

「なんでだ」

ナターリヤも、外を見た。


一際立派な軍服に身を包んだ男が、馬を飛ばしてあっという間に馬車の横に着く。

馬車の御者が、驚いて止まってしまった。


男はひらりと馬を降り、馬車に向かって頭を下げる。


「イヴァンが国、ヴィクトル殿下、

ヴァシリーサが国、アレクサンドラ殿下、イーゴリ閣下。

先程は大変失礼いたしました。

わたくしはチュリーラ王国が第一王女付き近衛隊長、マクシムと申します。

お迎えにあがりました」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ