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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第六章 チュリーラ王国
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97.弱点と自己解決


ふと、気づいた。


ここは。


「姫さま!」


イーゴリ?


目が開いた。

目の前に、イーゴリの顔。


これは、現実?

それとも夢?


「サーシャ……」

ナターリヤが、イーゴリの隣にきた。


あ、あの小屋だ……

ベッドに寝かされていたのだ。


イーゴリが、手を握っていた。

今までのように。

呼びかけてくれていたのだろう。


「痛……」


もう片方の手で、頭を押さえる、いつもの通りの頭痛だ。

だが、ここ最近では一番程度が軽い。

しばらくすれば起きれそうだ。


でも、それよりも。


「イーゴリ……

無事だったの」


「姫さまこそ……ご無事で、ようございました」

「……イーゴリの馬鹿」

「は……」

「貴方がいなかったから……

動けなかった。私。

何もできなかったじゃん。

貴方を置いていくなんてこと、私にやらせるなんて。

そんなことも分かんないの?

馬鹿じゃん?ほんと」


八つ当たりだ。

そう思いながらも、ぶつけてしまっている。


「……申し訳、ございませぬ」


イーゴリは、それ以上何も言わなかった。

この人は、決して言い訳などしないのだ。

自分のせいではなかろうと。


本当に言いたいのは、こんなことじゃない。


でも今は、うまく言えそうにない。


代わりに。


イーゴリが握ったままの手を、ぎゅっと握り返す。


「……ヴィーシャと食料調達してくる。

サーシャ。私の職務放棄を謝罪する。貴女の体調が戻ったら、改めて詫びる」


ナターリヤが立ち上がり、一礼して小屋を出ていった。


「ナターシャ……何を詫びるって?」

「お休みなされませ、姫さま」

「もういい。起きる」

「ご無理はなりませぬ」

「どうでもいい、そんなこと」


頭痛をこらえながら、体を起こした。


イーゴリの、握っている手を引き寄せて。


ベッドの傍で椅子に座っていたイーゴリの首に、抱きついた。


「……姫さま」

「無事でよかった……

おかしくなるくらい……心配したんだから」

「ご心配をおかけしました」

「貴方がいなかったら、私なんて、何もできない出涸らし王女なんだから……

貴方を失うくらいなら、一緒に行くから」


イーゴリに言葉を投げつけながら。

イーゴリの肩に顔を埋めて、泣いていた。


安堵して。

自分の非力が悔しくて。


止まらなかった、あのとき頭の中を荒れ狂った、様々な思いが。

半ば衝動的に、イーゴリに抱きついていた。

冷静な自分ならばしないだろうこと。


「姫さま……

姫さまを置いて行きなど、いたしませぬ。

どうか、そんなにご心配なさいますな」


イーゴリの手が、背中に回る、

温かくて大きな手。


イーゴリにはきっと、あんな風に黒いものに包まれても、勝機があったのだろう。


どこまで、すごいのだろう。


恋しく思うあまり、この人の実力なら大丈夫というのを信じることができないでいる。


ヴィクトルのことは、心配していなかったといってもいいほどだったのに。


私は本当にわがままだ。


イーゴリに置いていかれるのは絶対嫌なのに、

私はいつかイーゴリを置いていくかもしれないなんて思ってる。


この人のことだから、きっと私情で引き止めたりはしないだろう。



……ああ、もう、考えるのはやめたい。

ただ、イーゴリがここにいるのを感じていたい。


もう少しだけ。



サーシャの嗚咽が消えた、とイーゴリが気づいたとき。


サーシャの、抱きついている腕から力が抜けた。


泣きながら、寝入ったようだ、まだ疲れていたのだろう。


イーゴリはそっと、再びサーシャを横たえる。


そしてその頬にそっと触れ、涙を拭うのだった。


…………

…………


イーゴリ、ナターリヤ、ヴィクトルから、事の顛末を聞いた。


まずイーゴリは、黒いものに包まれたと同時に、旋律の結界を張っていた。

それで黒いものを全方向で浄化していたそうだ。


黒いものが減ってきて、上の方から視界が開けてきたと感じたとき、急に黒いものが地面に吸い込まれていったらしい。


ヴィクトルも魔の者を退治して黒いもの相手に奮闘していた。

ナターリヤが駆けつけて二人で浄化している途中、

こちらも急に黒いものが地面に吸い込まれた。


イーゴリ、ヴィクトル、ナターリヤがそれぞれ急いで小屋の方へ引き返すと、サーシャが小屋の近くで倒れていたそうだ。


サーシャも、自分の陥った状況を話した。

混乱で動けなかったこと、黒いものに呼びかけたら取り込んでいたこと、

黒い神のしもべとの話。


魔剣クラデニエッツが実在し、しかも白い神とその眷属にしか使えないというのは貴重な情報だった。


だが、じゃあ誰が使うんだ?という話になる。

白い神たちが動かないならば、誰かがやるか、白い神たちを説得ということになるだろうか。

サーシャは黒い神の資格というから、きっと無理ということだろう。


サーシャが話したのはほんの数分の感覚だった、だが目覚めたのは夕方、数時間は眠っていたのだ。

得られる情報が断片的で、もどかしい。

ずっと起こされなかったらどうなるんだろう?

安心できる地でなら、試してみてもいいかもしれない。


サーシャは夕食時には目を覚まし、みんなで食事を摂りながら、そんな話をした。


早く寝て、明日早めに出立することにした。


…………

…………


いつになく、ナターリヤが言葉少なだなと思っていた。

職務放棄、て言ってた。


動けない私を、置いていったことか。


ナターリヤは、苛立ったのだろう。

そりゃそうだ、ナターリヤの言う通りに立て直してイーゴリの救出に向かえばよかっただけの話。


本当に、なんでそんな簡単なことができなかったのかと、自分自身が一番苛立っている。


私って、本当にダメな主君だ。

足手まといだ。


ナターシャにできて、私にできないのは、何でだろう。


眠るとき、そんなことを考えていた。


* * *


「サーシャ。……来てくれ」


朝、出立の準備をしているとき、ナターリヤに呼ばれ、小屋の裏へと移動した。


「大将に、諭されたよ」


まだ夜明けで薄暗い中、ナターリヤは静かに話し出した。


「護衛とは、いついかなるときも主君を一人にしてはならないと。

リーリヤ様も、そうだったと。

いくら安全と思われる状況でも。


……私の短慮だった。

サーシャ、すまなかった」


ナターリヤは頭を下げた。


「私も、ヴィーシャと大将が心配で。

一刻も早く戻らずにいられなかった。


……貴女が動けなかったことに、苛立ってしまった」


「こんなときに、役立たずの出涸らし王女だって?」

「サーシャ」


「そういうことでしょ。


……私が一番、そう思ってる」


「サーシャ……そんなつもりじゃなかった」


「ナターシャを責めるつもりはないの。

だって事実だから。

私はイーゴリがいなきゃ、何もできない。

もう、自分を諦めるしかないよ、

ナターシャもそう思っててくれたらいい」


「サーシャ。

大将に教えられた。


私たち軍人は、常に誰かを失う覚悟をしている。

そう教えられて育つんだ。

だから私は、冷静に立て直すことができるんだと。


でも貴女は、そんな訓練は受けたことがないはずだ。

対処できないのは当たり前のことだ。

立場の違いによるものだから、非力だと思うことではない、って」


「……部下を失う覚悟は、していなきゃだめだよね、主君として」


「貴女はこれからそういうことを学ぶはずだっただろ。

貴女に非はない」


「思い出したな、ナターシャが最初、黒いものにとらわれたこと。

……あのときもそうだった。

頭がパニックになって。

イーゴリに引っ張られるままだった。


……今考えても、無理。

私は冷静でなんかいられない。

でも何もできない。

もうさ、教育どうこうじゃないよ。


ヴァシリーサ史上最弱。

国王になんかなれるのかね、私」


「……やめろ、サーシャ。

卑下したって何も変わらない。

できることをするしかないだろ」


「卑下?

諦めてるの。

なまじ何かできると思うから、失望する。

最初から何もできないんだって諦めたほうがいい。

イーゴリがいればおまけで何かできたりする程度。


生憎私は代わりがいないからね。

こんなんでもやるしかない。だったらやめろでは済まない。

誰かに寄りかかってやっていく。

めんどい主君を持って気の毒だよ、ナターシャ」


「それでいいじゃん、サーシャ。

ふふっ、自己解決したな。


いいさ。

私にも大将にも、寄り掛かれ。

今回の弱点は覚えておくよ。

それも踏まえて判断をくだす」


「特にイーゴリには……何かあったら私、おかしくなるから、覚えといて。


……好きなの、おかしくなるくらい」


「わかってる……結局大将を黒いものから救ったのは、貴女だったな。

何もできないって中、やっぱりすごいことはやらかす」


「話を聞くに、イーゴリ一人でなんとかなりそうだったけどね。

あの人、ほんとに、無謀なことはしないんだね。

自力で確実に戻ってこれるからやったことだった」


「大将は貴女の元に絶対帰るって、言っただろ」


「うん。……でも信じるより、心配が先にきちゃう。

私の方が絶対危なっかしいのに」


「そうなるのは仕方ないと思え。

それこそどうしようもない」


どちらからともなく、抱き合っていた。


「ありがと、ナターシャ」

「いいんだ、サーシャ。行こう」



一同は小屋を後にし、麓へ降りる道へと進んでいった。


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