95.チュリーラ入国
お待たせしました!新章開始します。
ジアーナの国を、次の目標とした。
万が一、また離れることがあったら、各自、ジアーナの国を目指すこととする。
ペルーンの東隣の国、チュリーラ王国に入国はするが、その後は人気のない丘陵地帯を頑張って進むことにした。
もちろん街道を通れば快適に進めるが、人が多ければそれだけ用心しなければならない、サーシャの身の安全という点からも。
入国の際、パスポートを提示するから、国にサーシャ一行の情報は伝わるだろう。
連合諸国の国の者と関わるのも煩わしくなる気しかしないから、人気のないルートを進んでジアーナを目指すのだ。
各自、これまでよりも意識も表情も、引き締まる。
イーゴリは言わずもがな、サーシャもヴィクトルも、用心深く準備を整える。
サーシャが出立の準備を終えて1階に降りると、既に準備を終えたナターリヤの姿があった。
ナターリヤが、サーシャを振り返る。
「ナターシャ。よろしく頼むよ、近衛隊長」
「おう、任せとけ」
サーシャはナターリヤの肩を叩き、イーゴリの待つ玄関へと向かう。
ナターリヤも、後に続く。
もうナターリヤの心配はいらない、いつもの頼もしい近衛隊長の姿がそこにあった。
ヴィクトルが連れ帰ってきたときには、もう表情も落ち着いて、思考も元に戻っていた。
サーシャは先にイーゴリに伝えたとおり、ナターリヤの素行は不問にした。
ナターリヤはむしろ罰を受ける心積りだったらしく、逆に驚かれたが、サーシャの思いを酌み取り、サーシャを守って恩を返すと改めて誓った。
ヴィクトルとも仲直りしたようで、もう普通に仲良く会話をしていた。
橋を渡るとチュリーラ王国の関所である。
関所以外からの不法入国は、後々面倒になりかねないので、正式に入国する。
ここからは、イーゴリが先導すると申し出た。
「先だって姫さまに申し上げました剣舞奏源流の地に向かうルートを使えば、人目にも付きにくくジアーナに向けて確実に進めます。
多少山道が多くはなりますが、ヴァシリーサの者なら問題ございません」
確実なルートを知っているとなれば多少は気が楽だ、
だがヴィクトルがややしかめ面をしている。
「あー、山道か、ヴァシリーサお得意の行軍力が発揮されるってわけだ……
俺はそういう訓練に欠けてるから、キツいなぁ」
「殿下も、アナスタシア様の御子でいらっしゃるのですから。
アナスタシア様はどんな険しい行軍でも、疲れたお顔は決してなさらぬお方でしたぞ。
殿下にもその気質は備わっているはずです」
「うーわ、プレッシャーかけんなよ」
「それ、私にもプレッシャーなんだけど……」
「だよなぁ、サーシャ」
珍しく兄妹の意見が一致する。
「それと」
イーゴリが付け加える。
「このルートは、平野や町近辺より魔の者が出現しやすくなっております。
退治は私にお任せください、ですが油断はなさいませぬよう。
ナターシャ、しんがりは任せたぞ」
「了解、大将。
人通りのあるところとどっちが危ないかってだけだよな。
ヴィーシャ、サーシャを頼む」
「おう」
* * *
魔の者は、正体不明の化け物とでもいおうか、
意思や自我といったものはなく、無差別に人を襲ってくる。
単体での襲撃もあれば、複数での襲撃もあり、
国元では定期的な見回りで魔の者を発見しては討伐を行なっていた。
どこかから湧いてくる、人にとっての脅威。
浮いて移動するから、人間と間違えることはない。
黒いものは人を取り込んでしまうが、魔の者は人の体は取り込まない。
攻撃や、あるいは精神攻撃のようなもので命を奪うらしい。というのは、体に傷がなくても死んでいる場合も多々あるからだ。
一般の人は、魂を奪われたと考える者も多い。
周辺領土や周辺諸国へも、ヴァシリーサの軍は遠征し、魔の者討伐を行ったものだった。
サーシャも、後方ではあるが国内での討伐に参加したことはある。
ヴァシリーサ軍が不在の今、国周辺は魔の者の出没で混乱しているのではないか?
イヴァンの国も、立て直し中で自国のことで精一杯だろうし。
イヴァンではとりあえず去ったものの、他の国では黒いものの脅威も加わっている。
だが国から遠く離れている今、どうすることもできない。
コシチェイ退治に向けて進むしかない。
…………
…………
早速一体の魔の者が姿を現した。
イーゴリが一撃で始末する。
実に鮮やかな剣技である。
威力はありつつも、体力を無駄に消費しないよう、突くべきところを突く。
旅でも行軍でも、体力を保つことは何より重要になってくる。
目的地にたどり着く体力に加え、魔の者などと対峙する体力がいるというわけだ。
ある程度は回復魔法で対処もできるが、魔力の消費の問題もあるから、体力を無駄にしないに越したことはない。
危険を増す道のりだから、以前のように気軽な旅ではもうなくなっている、言葉少なに先を急ぐ。
イーゴリが、大体の一日あたりの行程を指示してくれており、夕暮れまでにはそこへたどり着きたいものだ。
そうしていると、また魔の者が出てきた。
イーゴリの瞬殺。
サーシャたちは、少し後ろでその剣技を眺めている。
本当に、美しい型だ。
魔の者の脅威を忘れて、見入ってしまいそうだ。
「いい男だな、本当に」
サーシャのすぐ横で、ヴィクトルが呟いた。
「うん」
サーシャは答えた。
くすぐったい気分だ。
この先は本当に、どうなるか予測できない。
この先というのは、コシチェイ退治が成功するかどうかもだが、
その後のこともだ。
国を無事に再興できるか。
自分が即位するのは決まってはいるだろうし、今までの経験から、なんとかなるだろうとまでは思えるが。
それに、次の世代のことも考えなくてはいけない。
黒い神チェルノボーグの資格は置いておいて、
通常ならば、王配を迎え王女を産まなくてはならない。
ヴァシリーサの采配と言われているのだが、ヴァシリーサの王は代々、王女を一人産むようになっていると、国の歴史を学んだときに聞いた。
例外的に王女の妹や弟が生まれた代も、家系図の古い方に載っているからあるにはあったのだが、歴史に名を残すことなくひっそりと生涯を過ごしていたようだ。
自分には兄がいるが、イヴァンとヴァシリーサ、神同士で何とかしたんじゃね、と思っている。
母にその辺りのことを聞かないままだった。
母とは、深い話をあまりしないままだったから。
国王として忙しい母に、遠慮していた自覚はある。
それに、出涸らしの自分に対し、ヴァシリーサ代々国王のうちでも最強と言われていた母王、
圧倒的な実力の前に、近寄りがたかった感じも、今になって思う。
母が出張のときに生活態度が緩んでいたというのが証拠だ。
母がいれば国については何も心配することはなかったが、
同時に常に緊張もしていたのだ。
しかも、母がいたときはその自覚もなかったのだ、それが当たり前だったから。
今は亡き祖父母や、イーゴリの方が、安心して何でも話せた気がする。
イーゴリは厳しいときもあるが、それでも決して威圧するようなことはしないから、
今思えば安心していたからこそ、イーゴリに八つ当たりもできていたのだ。
そのイーゴリだが。
もし、王配にと望んだら、受けてくれたりするだろうか?
………………
断りそうだな。
あの人なら。
何となく、そう思った。
仮の仮で、もし、私を想ってくれてたとしても。
絶対、それを出さない。
私にふさわしい人を、とか言って、身を引くだろう。
まぁ、そもそも私にそういう感情は、期待しちゃいけない、女嫌いだし。
人の心は読めないが、イーゴリのことは、なんとなく思考パターンが分かる、気がする。
ずっと一緒に過ごしてきて、旅ではもっと距離が近くなっていて、
分かるようになったのだろうか。
それとも、黒いものを取り込んだ影響なのだろうか。
あるいは。
イーゴリとこの先、離れるかもしれない、という意識が、そう思わせているのか。
イーゴリの勇姿一つひとつを、目に焼き付けておきたい、そんな気分だった。
ヴィクトルにくっついて、イーゴリの後ろ姿を追いながら、また先へと進む。
…………
…………
今度は後ろから魔の者がやってきた。
ナターリヤが応戦する。
と思っていると、あっという間に複数、魔の者が集まってきた。
「イーゴリ。サーシャを頼むぞ、助太刀する」
「殿下、私が」
「いいから」
ヴィクトルはそう言い置いて、素早くナターリヤの隣に到達する。
「何だよ、ヴィーシャ」
「片付けるのは早い方がいいだろ」
「私じゃ役不足ってか?」
「そんなめんどくさい考えするな」
人型の魔の者だ。
ナターリヤは次々切り払う、ヴィクトルが一部を引き受ける形になった。
ヴィクトルの前にいる2体は、青黒いとでもいう色なのだろうが、
体は艶かしい女型、しかも、衣類をまとっていない状態である。
だがヴィクトルは。
「おう、こりゃ淫魔ってやつか、イーゴリの嫌いそうなスタイルしてやがる」
そう言いながら、容赦なく魔の者を始末した。
「ナターシャ、さっさと始末しな」
ナターリヤは、残りの一体を目の前にして、何か戸惑っているように剣を構えたままだ。
「ヴィーシャ……この魔の者、何に見える?」
「ん?ただの淫魔だろ」
「……私にだけか。クソ、私の方が未練があるってか」
ナターリヤは剣を構え直すと、振りかぶった、そして一閃。
魔の者は、消滅した。
ナターリヤはひとつ息をつくと、剣を鞘に収めた。
「どうしたんだ」
ヴィクトルがナターリヤの側により、言う。
「……いいや。
あの魔の者が、元カレに見えてさ。私も未練がましいと思って」
「……お前の心を写すってか?
そうかもしれんが、そうじゃないかもしれん。
魔の者の性質はまだ解明が十分じゃないからな、決めつけることはない。
むしろ男側の未練だったりしてな」
「もう、どっちでもいい、終わったことだ」
ナターリヤは、ヴィクトルをまっすぐ見て、言った。
「お前がそれでいいなら、いいさ」
「じゃ、行こう」
ナターリヤは踵を返して、歩き出す。
「ナターシャ、大丈夫?あの魔の者が何か……」
「大丈夫、大丈夫。
私にはサーシャがいるから」
ナターリヤは、いつもの笑顔だ。
何か押し殺しているのかどうかは、サーシャには分からなかった。
ナターリヤの腕をとって、体を寄せて頭をもたせかける。
「何だよサーシャ、甘えん坊め」
ナターリヤは笑って、サーシャの肩を抱きながら一緒に歩き出した。
ぼちぼち更新していこうと思います。




