94.それぞれの思うところ
本章ラストです。
サーシャはしばらく練習して、休憩することにした、
ナターリヤはまだ戻ってこないが、ということは多分ヴィクトルが発見してイヴァンの大使館に連れ帰っているのだろうーー昨日帰り際に、ナターリヤの居所を聞かれたから、飲みに出ていると言ったら、飲みに付き合ってやるか、と呟いていったから。
セルゲイにも、休憩に入ってもらおうと思った、
すると。
「殿下、あの……
少し、お時間をいただけませんでしょうか」
神妙な表情で言われた。
「いいよ?」
「……あの……できれば、あまり人に聞かれぬところで……」
「じゃあ、部屋でいい?」
「恐縮にございます」
サーシャはセルゲイを引き連れ、自室に戻った。
イーゴリやナターリヤは別として、部下が王女と同様にソファーにかけることは普段なら許されないが、サーシャは、セルゲイにソファーを勧めた。
セルゲイは最初は遠慮したが、サーシャの言いつけで、ソファーにかける。
「で。どうしたの?」
「……あの、生涯、誰にも打ち明けるつもりはなかったのですが……
でも、なぜか、殿下には申し上げたくなってしまって。
……あれだけ受け入れられるお方だからなのか、と思っております」
セルゲイは、目を伏せて、口ごもる。
深刻なやつか?
正直ストレートに言ってほしいのだが、かなり、ためらいがありそうだ。
「ああ、わざわざ言うのもなんだけど、口外はしないから」
「……かたじけなく存じます。
……あの。
……実は、ある男性の方に、想いを寄せて頂いておりまして」
おぉう?
何て!?
顔には極力出さないが、内心はかなり驚いた。
男性、って言ったよな?
誰だろう?
「それで?」
「は、あの……いえ、それで、とは」
「うん、だから、どうすんの?ってこと」
「どうする、とは……あの、否定されないのですか」
「何で否定?」
「おかしいでしょう、男同士ですよ」
「別に?いいじゃん。
え、否定されると思ってるってことは、貴方もその人に応えたいってことだよね?
そのつもりがなきゃ相談もしないだろうし」
「……殿下……」
セルゲイが、完全に驚いて固まってしまっている。
本当に、別に否定するつもりなどないのだ。
同性同士の恋愛事情を目の当たりにするのは初めてで、驚いたのは確かだが、
不思議なほどあっさりと受け止められている。
セルゲイの告白を聞いて思ったのは、そういう種類の人もいるんだな、ということだけだった。
「ちなみに相手は?聞いてよければだけど」
「その……ルカ殿でして」
「えっ、あの喋らない奴?」
「あの、私だけには、言葉が出るとおっしゃって。普通に、喋ってくれました」
「へー!それもそれで驚きだ。
でもいいじゃん、想い合ってるなら。いやぁ、羨ましいね」
「殿下……よろしいのですか……本当に……」
「いいも何もないよ、当人同士がよければ。
ああ、結婚とか跡継ぎとかの問題?」
「いえ、それは僕と家との問題ですから。
なんとかかわして独身でごまかすつもりです」
「あのお母さま相手にそれはなかなか……」
「ですよね……いえ、一応、弟と妹がおりますので、その辺はなんとか。
……やはり、殿下は、器が深くいらっしゃいます。
黒いものをあれだけ受け入れられるわけが分かった気がします」
「私の価値観って、かなり緩いんだろうね、なんか」
「とても、幅広くいらっしゃいます、
本当に、王族であらせられる割に、他者に対しての寛容度がとても大きいと思います」
「他人は結構、どうでもいいんだよね、良くも悪くも。
……城にいる頃はあんまりそう感じなかったけど。
旅をして、色んなものを見てきて、黒いものも取り込んで、自分がそういう価値観の人間だって分かってきたかな。
ああ、まぁ、ナターシャの自由さは結構影響してるかもね」
「殿下。……ありがとうございます、私事にも関わらず、聞いてくださいまして。
……そして、受け入れてくださいまして」
セルゲイは、深く頭を下げた。
「それくらい私に心の内を見せてくれて、嬉しいと思ってる。
将来は私の補佐役になってくれるんだろ?
私も、気心知れた部下が増えてくれると心強いしさ」
「もちろんでございます、このご恩はきっと、殿下をお支えすることでお返しいたします。
直接お守りできず心苦しゅうございますが、どうか道中ご無事で」
「ありがとう、セルゲイ。ほんとに、世話になった。
あ、口外しないって言ったけど、ヴィーシャには、どうする?
必要なら私から言ってもいいけど」
「あの、それは……ヴィクトル殿下が、そういうのが大丈夫であれば……」
「多分大丈夫、あいつそんなこと気にしないと思う。
まぁ話振っていけそうなら、伝えよう、だってルカは言わないだろ?」
「そうですね……お手を煩わせ恐縮ですが、お願い申し上げます」
「もし一般に言う結婚の形も考えるなら、そのときには何か考慮する。
同性婚の制度ってないよね?ヴァシリーサが認めるのかわかんないけど……少なくとも準ずるものは考える」
「殿下。……いえ、認めていただいているだけで、十分ございますのに」
「貴方たちの他にも、いるかもしれないしね」
「ああ、そうですね……ですが、決して、ご無理はなさいませぬよう。
反対派のせいで殿下にご迷惑をおかけするわけにはまいりません」
「ゴリ押しできるくらい、私が強くなればいいんだよ、
……まぁ出涸らしじゃそうもいかないか」
「殿下の迫力ならば十分でしょう、決して、出涸らしなどではございません」
サーシャは侍女を呼んで、茶菓子を頼んだ。
「気持ちばかりのお祝い。
お茶しよ。
貴方のお母さまには内緒だけど、ナターシャみたいにサーシャって呼んでくれるくらいでいてほしいんだ。
イーゴリは何回言っても無駄だったけど……」
「身に余る光栄でございます、殿下……」
セルゲイが、笑顔を見せてくれた。
「ところでいつから?」
「いえ、ほんとに、昨日の話です、
ヴィクトル殿下がいらして、僕がルカ殿を休憩に案内したときに」
「前から好きだったの?」
「えっと、あの……黒いものに対処したとき、共に戦って、
ルカ殿が僕を支えてくれて、それで……」
「セルゲイって、実は甘えたい人?」
「そ、それは」
サーシャの尋問が、その後しばらく続くのだった。
…………
…………
その頃、大臣執務室。
イーゴリはエカチェリーナと文官数人と共に、出立の相談や、黒いものがまた来た場合のこと、今後の大使館、本国各領地とのやり取りについてなど、多岐にわたる内容について話し合いをした。
サーシャに報告できる程度にはまとまってきたところで、一旦解散となる。
文官たちが下がったところで、イーゴリはエカチェリーナに話を持ちかけた。
ここでの滞在を経て、密かに考えていたこと。
「セルゲイ殿を……ご子息を、姫さまの王配にと考えておりますが、いかがでしょうか」
エカチェリーナが、予想に反して随分と驚き、固まった。
だが、しばらく考える素振りをした後、浮かない顔をする。
「あの子ですか……
王配にはちょっと、役不足かと……」
「セルゲイ殿にそんな欠点はないように見受けられますが」
「あの子は性根の優しい……いえ、優しすぎるのです。
私はエフィム様を存じ上げておりますから言いますが、同じ優しさでも、あの子には豪胆さがどうにも足りません。
殿下をお支えしていくにはいささか……」
「姫さまと馴染まれましたらまた、変わってこられましょう。
セルゲイ殿は実戦経験も少ないですし、姫さまと知り合ってたかだか2週間ほどです、無理もないことです。
私が僭越ですが父親代わりとして補佐はいたしますゆえ」
「そうですねぇ……ですが……
あの子をそれほど評価してくださることはありがたいのですが。
もしそうなら、アナスタシア様がとっくにそうおっしゃっていたでしょう。
あの子には、こちらでの在学中にアナスタシア様にご挨拶をさせたこともあり、褒めても頂いたのですよ。
その頃から、お越しになるたび、目をかけていただいて。
ですからアナスタシア様がそのおつもりなら、殿下のお側に就かせたと思いますよ、本国の軍事学校の寮にでも入れさせて。
アナスタシア様がいらっしゃらない今、殿下がお望みとおっしゃるならばありがたくお受けしますが、
そうでいらっしゃらないならば、あの子には荷が重いと思っています」
歯切れの悪い返事だった。
入隊前のセルゲイの存在は知らなかったのだが、アナスタシアはとっくに知っていたと、初めて知った。
確かに、王配候補となるなら、もっと前からサーシャと引き合わせておくと考えるのが自然だ。
成人の儀を迎えるはずだったサーシャに、自分とエドガルのみしか、近しい男性はいなかったのだが、アナスタシアは王配について、どう考えていたのだろう?
エカチェリーナがアナスタシアとそういう話をしたことがないか、聞いてみた。
エカチェリーナは前回アナスタシアが大使館に滞在したとき、
他意なく、一般的な話題として、サーシャの結婚について何か決まりつつあるかどうか聞いてみたそうだ。
成人の儀を年内に控えていたから、そろそろ王配候補が挙がっていても何らおかしくない。
だがアナスタシアは、考えてはいる、とだけ答えたという。
大使館でも、家柄、年回り、実力などから、ミロスラフ将軍が候補では?という声はちらほら出ていた。
アナスタシアはそれを否定もしなかったが、未定だ、とだけ言い、それ以上の話にはならなかったのだ。
「イーゴリ、貴方こそ、アナスタシア様の直属の部下なのですから、何か聞いていなかったのですか?」
逆にエカチェリーナに尋ねられた。
「それが私にも、アナスタシア様は具体的には何もおっしゃらず」
サーシャを心から笑わせた者を王配にするかということだけである。
その点、セルゲイの前で自然に笑顔になっていたようだから、エカチェリーナに申し出てみているわけなのだが……
エカチェリーナの方が乗り気でないときている。
「むしろ、イーゴリ、貴方が候補なのでは?」
エカチェリーナにそんなことを言われ、冷静沈着なイーゴリには珍しく、目を泳がせてしまった。
「そ、それはないでしょう、私の家系では、選ばれるはずがありません」
「普段ならそうですけど、でも、王配候補は何年もかけて選定されるというじゃありませんか。
有力な血筋のものは、息子も含め、候補に上がっていないというのが現状ですよ。
事実上、貴方が殿下の一番お近くに着いているじゃないですか。
地位としては申し分ないし、家柄を除けば、貴方も十分候補になりそうですけどね、
殿下も、貴方を一番に信頼しておいでですし。
……まぁこれも、アナスタシア様がいらっしゃらないから、誰にもわからないことですけど。
私なら息子よりも貴方の方が、ふさわしいと見えますがね」
「いや……私は、きっと父親代わりとしてだと……
アレクサンドル様に替わるつもりで、お世話させていただいてきましたし」
「まぁ今はいいでしょう、コシチェイを倒していただいて、国を復興せねば何も決めようがないでしょう?
一応息子の意向は聞いてみますけど……
やはり殿下のご意向が、第一ではないですか?
貴方も機会があれば、殿下に確認なさってみてください」
…………
…………
イーゴリが庭に戻ると、サーシャとセルゲイが剣を交えていた。
エカチェリーナは、豪胆さが足りないと言ったが……
確かに、厳しい目で見れば、サーシャを全身で支えられる力量には欠けているかもしれない。
だが、サーシャと出会ったばかりなのに、一朝一夕で身につくものでもないだろう。
セルゲイを危険の伴う旅に連れていくわけにはいかないが、コシチェイを倒したら、サーシャの側に仕えてもらって、自分の代わりを少しずつでも務めてもらえれば、次第に身につくのではないだろうか。
サーシャが心を許し、幸せで穏やかな日々を過ごせることを第一に考えた結果である。
「閣下。お帰りなさいませ」
「イーゴリ、お疲れさま」
二人でイーゴリを迎えてくれた。
「首尾はいかがですか」
「セルゲイが優しいおかげでやっと何とかなったよ」
「でも、殿下は今まで閣下のスパルタについて来られてたんですよね?
本当にすごいことだと思いますよ」
また3人で、訓練を開始する。
今度こそ、出立を目前に控えている。
イーゴリも自らの訓練に入り、覚悟を新たにするのだった。
第五章 了
途中更新頻度が落ちたりしましたが、お付き合いくださりありがとうございました!
次章開始まで、ちょっと間があく予定です。
後ほど、活動報告にて詳細をお知らせします。
あと、BLってほどでもないかなと思ったのでタグはつけないことにしました。




