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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
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93.鎮火


ペルーンでの用事は、ひとまず終了した。

コシチェイを倒すための旅を、そろそろ再開しなければならない。


大使館の小さい会議室で、サーシャはイーゴリ、セルゲイと共にテーブルを囲み、旅のルートの相談をしていた。セルゲイは同行するわけではないが、エカチェリーナの命で相談役になっている。


ナターリヤはユーリの葬送の儀の後から、どこをほっつき歩いているのか、

大使館にいたりいなかったりするし、

今日はヴィクトルもまだ姿を見せない。


最短ルートとしては、東の橋を渡り、東隣の国チュリーラを通ってジアーナの国に入り、

そこから北上してフェオフォンの国に入り、東端にあるという神を祀る地へと向かうのが妥当だろうか。


初っ端から連合諸国の一国だ、無事に通してもらえるか、不安要素は存在する。


サーシャがいなければ黒いものの脅威に対抗できないのだから、

まさかサーシャを危険に晒すようなことは、いかにヴァシリーサに悪感情をもっていても、ないとは思うが、

万が一を考慮しておくに越したことはない。


それに、


「黒い神が消されたっていうことは、私だって狙われる可能性が出てくるわけでさ。

……白い神って、黒い神の役割、わかってるよな……?

なんで、消すようなことしたんだろ」


サーシャにはそうした懸念があったのだ。


白い神に、なんらかの力が働いたらしいと聞いて、

救世主なる存在をサーシャは疑ったのだが……


救世主とやらが、黒いものを、使うため?


黒いものを人に宿らせて、欲望のままにさせれば、力が入る、

ということか?

パウキのメンバーがそう言っていた。


その力はまさか、宿らせた人に使わせるわけはないだろう。

最終的に、親玉らしき救世主が使うと考えるのが自然だ。


黒いものを人に宿らせるには、黒いものがあるべき形に戻っては都合が悪い、と捉えられる可能性もある。


「マジでこっそり行動した方がいいかもな」

「そこまでは……考えが及びませんでした」

「仕方ないよ。情報も順々に入ってきたんだし。

黒いもののことを知らせないまま、各国に被害が出るままにするわけにもいかない」


サーシャは決心を固めつつ、イーゴリに剣の相手を頼んだ。

一つでも多く剣舞奏が使えるに越したことはない、と思って。

お相手いたしましょう、とイーゴリが引き受け、セルゲイも一緒に庭へ向かう。


「姫さま……ナターシャのことですが。

そろそろ喝を入れねばなりますまい」


廊下を歩きながら、イーゴリがそんなことを言い出した。


「恋人を亡くした無念はもちろん考慮しておりますが……それにしても、あれの行動は目に余るものがあります。

夜遅く帰館したり、ひどいときは朝帰り、ずっと酒に酔っている有様。

休暇扱いとはいえ、仮にも姫さまの護衛を務めようという立場で、自分を律することができぬようでは、姫さまに付くにふさわしくないと断じねばなりません」


「うん……まぁ貴方はそういうの、嫌いだから、余計そう思うんだよね」


「姫さまは……お優しすぎます。

姫さまは、アナスタシア様を亡くされたとき、そんなに荒れはしませんでしたでしょう」

「あれは……前に進むしかなかったじゃん。

それに私は……イーゴリがいてくれたし」


改めて思い返しても、やはりイーゴリがいたからこそ、絶望の中にいながら進むことができたのだ。


今のナターリヤに寄り添ってくれるのは……

もしかして、誰もいない状況なのでは?

頼られればもちろん受け止めるが、ナターリヤはサーシャには何も言ってきていない。

サーシャやイーゴリに頼ってこないのは、やはり、立場というのも関係してはいるのだろう。


「しかし、あれをそこまで甘やかしては……」

「不問にする。

彼女は私のところへ戻ってくるよ。

ヴィーシャも言ってた、徹底的に落ち込んで、そして元に戻るって。

私は彼女の底力を信じてるよ。


私は今できることをやって、彼女を待つ。


もう少し。

もう少し、放っておいて、いいと思う」


「……姫さまに、そこまでおっしゃって頂けますならば。

お心遣い、あれに替わって感謝申し上げます……」


やはり実の妹なのだ、

イーゴリも、心配はしているのだ。


「うん。

私は、戻ってきたナターシャを迎えるだけ」


* * *


ぼんやりと見えるのは、窓からの明るい光。


視点がようやく定まってきて、視界にあったのは、


ーーベッドの、天蓋?


体がひどくだるくて、頭はぼうっとして回らない。


……ここ、どこ?


どうやらふかふかのベッドに寝ているらしいことが、だんだんわかってきた。


……自力で、帰り着いたのか?


最後の記憶を頑張って手繰り寄せる。


……ああ、なんか、ものすごいムシャクシャして、男を買ったんだっけ……

あのあとさらに飲んだ気がする……


ひどく喉が渇いていた、寝返りを打って、ふと、ベッドサイドに水差しがあるのに気づく。

何も考えず、水差しからがぶ飲みした。


銀の水差しをテーブルに置いて、その瞬間、ここがとてつもなく上品な部屋であるのに気づいた。

ーーサーシャの部屋と同等の。


「えっ?

何、ここ……」


思わず、辺りを見渡す。


どう見ても高級なクローゼットに、姿見。

壁の燭台も、明かに大貴族の屋敷のそれである。


珍しく、焦る、

服はちゃんと着てーーといっても、胸元が多少緩んでいる、昨日服を適当に着て出てしまったんだろう。


剣は持ち歩いていなかったが、腰の短剣が無くなって……

いや、水差しの脇に置かれていた。

安堵して、短剣をベルトに挿す。


体はだるいままだが、このままここにいるわけにはいかない、

扉を開けてみると、開いた。


一応用心しながら、そっと次の部屋の様子を伺う。


サーシャの部屋より広いくらいだった、

どう考えても、ここは何処かの王侯の屋敷としか思えない。


なんで、私がこんなとこに?


広いテーブルとソファーが目に入った、そのソファーに、横たわっている人影が見えた、


誰かが寝ている!?


そっと近づいてみると。


「……ヴィーシャ?」


その場に、座り込んでしまった。


混乱と。

それよりも、何故だか安心して。


ここは、イヴァンの大使館だ。

心配することは、何もない。


それに、なんだろう、

ヴィクトルの顔を見て、ホッとしてしまった。


ついさっきまで、荒れに荒れていた心の波が、

急に穏やかになったような。


……サーシャは、許してくれるだろうか。


急にサーシャのことが思い出されてくる。

別に自分の行いを後悔はしたりしない。

昨日までは、そうするしかなかったからだ。

素行不良で、何か処分があるなら、受けるつもりでいる。



「起きたか?ナターシャ」


寝ていると思っていたヴィクトルが、目を開けないままいきなり言うので、

不覚にも驚いてしまった。


寝転んだままのヴィクトルが目を開けて、自分のーーナターリヤの姿を認める。


「体調は?昨日、相当飲んでたろ」


「……だるいくらいだ。

あの、私、なんで、ここに……」


「ルカと飲みに出たら、路地裏でお前が泥酔して寝てたんだぜ、こっちが驚いたぞ、まったく」


「……世話をかけて、悪かった」


ヴィクトルから視線を外して、いつになく小声で呟いた。


「さすがに勢いがねぇな」

「……」


ヴィクトルが体を起こし、乱れた髪をぐしゃぐしゃっとかき乱す。


「まぁ、座れよ。

だるいんなら横になってればいい」


重い体を上げ、ヴィクトルの隣に座った、ため息と共に。


ヴィクトルと顔を合わせるのは、ユーリの葬送の儀のとき以来だった。

式のときは、言葉も交わさなかった、

前の日に、ヴィクトルに当たり散らしてしまって、それ以来だったのだ。


さすがに、道端で寝てしまったのなら、放って帰るわけにもいかなかったのだろう。


「……つーか、なんで私があんたのベッドで寝て、あんたがこっちのソファーで寝てんだよ……

んなお姫さま扱いなんか、いらねーよ、どうせ連れて帰ったんなら、ヴァシリーサの方へ置いといてくれりゃよかったんだよ」


「そうもいくまい」


妙に、ヴィクトルが優しい気がする。

どうも調子が狂いそうだ、もっとも、今既におかしい状態ではあるのだが。


サーシャに言われていたことーー当たり散らしたことの謝罪ーーが気になってはいるのだが、

なかなか、口をついて出てこない。


「じきに体は楽になるはずだ。

水差しに、滋養薬をいれておいた。

どうせ飲み歩いてばっかでろくなもんも食ってねぇんだろ」


ほんのり、清涼感のある味がしたのは、気のせいではなかったのか。


「何なの?至れり尽くせりでさ。

酔っ払いなんか放っときゃいいんだよ」


礼を言うべきところなのに。

何故か突っかかってしまう。


我ながら、可愛くない女だ。

もっとも、可愛い女になどなったことは一度もない。

なる理由もなるつもりもない。


「一応、お前は戦友、同志って認めてんだぜ?

相応の扱いはするさ」

「そーすか……そりゃどうも……」


投げやりに答えたが、

なぜか、悪い気はしなかった。


なんだろう、この安心してしまう感じは……


そう、空洞が、ふさがっていくような、消えていくような……


同時に、体もしんどさが落ち着いてきた気がする、

薬水が効いてきたのか。


ソファーの肘掛けにもたれかかっていると、また寝入りそうになってくる。


「もう少し、寝てな。

俺も寝る」


ヴィクトルが、シーツをかけてくれ。

ナターリヤと反対側の肘掛けを枕代わりにして、ソファーに寝転がった。


「……ありがと。

……ヴィーシャ」


聞こえるか分からないくらい小声で、呟いた。


* * *


喪中とはいえ、警備隊の訓練は日々行われる。

その一角で、サーシャはイーゴリに、剣舞奏の型を教わっている。

セルゲイもついでとばかりに教わっていた。


今までは単に、できるようになりたいと思っていただけだったが、

今では本当に自分の身を守るという意味合いが大きくなっている。

習得にも、自然と緊迫感がただよう。


ーー短期間に、大きくなられた。


イーゴリは、サーシャのまとう雰囲気を、そう感じる。

つい数ヶ月前には、小さく、自分が守らねば折れてしまいそうなほどだと思っていたのに。


ところどころで、アナスタシアと見紛いそうな仕草をするようになった。


ヴァシリーサの最高実力者であったアナスタシアと、それだけ近いものを内包しているということだーー強さという意味では、アナスタシアと正反対に、力は少ないにも関わらず。


そして、浜辺で黒いものと対峙していたときには、アナスタシアを上回りそうでさえあったこと。


自分が意識を飲まれずにサーシャを支えていられたのは、おそらく旋律の結界を張った状態でサーシャの後ろに控えていたからだろう。



「……ああ……違う」


サーシャの声で、我に返る。


「殿下、こうではありませんでしたか」

「えっ?イーゴリそんなこと言ってたっけ?」


サーシャとセルゲイが、型を確認し合っていた。


あれほど圧倒的な、力ーーというと違和感があるがーーを持つというのに、

習得にはやはり頑張っても時間がかかるのだ。

そのギャップが、微笑ましくもあるのだが。


かたやセルゲイはさすが副長である、

剣舞奏は発動できていないものの、型の覚えは早く、型は美しい。

このまま頑張ってもらえたら発動に至るのではないか。


サーシャとセルゲイは、だいぶ打ち解けているように見える。

セルゲイの前でよく笑顔を見せているし、セルゲイが護衛についていてくれれば心配もいらない。

復興後は、文武共に、サーシャの優れた補佐役になるに違いない。

優しい人柄、サーシャの祖父エフィムと遠縁にあたる血筋、顔もいい、

それも見込んで、自分がずっとサーシャの側につくよりも、何度かセルゲイに頼んでいたのだ。


サーシャがどのくらい、セルゲイに心を預けられるかは、まだ未知数ではあるが。


コシチェイを倒し、復興した折にはーー


「アレクサンドラ殿下、イーゴリ閣下。お取り込み中のところ失礼いたします、

大臣閣下がイーゴリ閣下にご相談があるとのことですが」


文官に呼ばれた。


「そうか、では参ろう。

姫さま、エカチェリーナ殿に呼ばれまして、しばし失礼いたします。

セルゲイ殿、姫さまを頼んでよろしいかな」


「ああ、うん、行ってらっしゃい」

「お任せください、閣下」


イーゴリはサーシャに一礼すると、その場を立ち去る。


「セルゲイ、さっきのもう一回見せて……

もうマジで覚えらんない、イーゴリってばあっさりやりすぎなんだよ」

「かしこまりました、殿下」


そんな声を背に受けながら、イーゴリは文官について歩いていくのだった。


長くかかりましたが、次回が5章ラストです!

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