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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
92/202

92.兄妹の変化

*R表現あり。


応接室のソファーで、サーシャはヴィクトルに寄り添って座り、腕にしがみついた。

今はこの兄がいると、何となく安心する。

いつか離れなければいけないかもしれない対象では、ないから。


サーシャの部屋にいるとき、ルカはすぐ側の部屋で待機してもらっていたのだが、今は危険度も低い、サーシャはセルゲイを呼んで、ルカと休憩してもらうように指示を出した。


「ヴィーシャ。……ちょっと、一緒にいて、いい?」

「どうした?イーゴリと何かあったのか」

「何でそうなるんだよ、何もないよ」


ヴィクトルにも、黒い神の資格の話はしてある。

ヴィクトルはそれを聞いたとき、納得がいった、と言った。


黒いものを鎮めるサーシャに、畏敬の念を感じた、と。


だがヴィクトルの態度は、全く変わらなかった。


「お前がほんとに黒い神になろうと、俺は変わらずお前の兄だ。

俺を無礼者だって天罰下すなよ」


二人で笑い、それだけで、その話は終わったのだった。



サーシャがヴィクトルに体をもたせかけ、静かに、言葉を交わす。


「……事後処理もだいぶ片付いたな。そろそろ、出立か」

「そうだね。……ナターシャが、気持ちの整理がつけばいいんだけど」

「あいつはしばらくお前の供はしてないみたいだが、大丈夫なのか」

「ナターシャは、休暇扱いにしてる。

私のことを考えなくてもいいように」

「……仕事があった方が、気が紛れるんじゃねぇか?」

「あー、ナターシャは仕事にならないって自分で言ってたから。

今なら、セルゲイもイーゴリもいるし、休めるなら休んどいたほうがいいだろうし。

一応、あんたに当たったってこと、謝っときなよって言っといたんだけどね……」

「気にするな。

あいつを責めるつもりはない」

「優しいんだな」

「あいつは多分……落ち込むときは徹底的に落ち込む奴だ。

元気になるのに時間はかかるだろうが、またいつものあいつになるさ」

「へぇ、よくわかってんな、さすが女たらし」

「やめろ、お前まで俺をそんな風に思ってんのか」

「だってナターシャがいつも言ってる」

「チッ、あいつめ、あいつも男たらしのくせに、よく言うぜ」

「なんだ、似た者同士じゃん」

「……勘弁してくれ。

俺はもうやめたぞ」

「何を?」

「お前は知らなくていい」

「なんでよ、一応私、ナターシャに多少のことは教わってんだぜ?

あんたがヌキに行くことだって聞いてんだから」


「……っ……サーシャ……おま、実の兄にそういうこと言うの、やめろよな」


珍しくヴィクトルが顔を逸らし、動揺している。


「つーかお前もそういうこと、口にするんだな……

イーゴリ並みの世間知らずだとばかり。

……ナターシャは、そういうことを姫君に教えて、大丈夫なのか」

「私が聞いたんだよ、いつまでも世間知らずじゃあれだから。

ま、やらないけどね?」

「やるならイーゴリってか」

「やめろ、バカ」


「……もしかして、黒いものの影響か?」


ふと、ヴィクトルが言う。


「……そんな気が、してる。

あんたはさすが、よくわかるんだね」


ヴィクトルは、サーシャの顔を見る。


イヴァンの国で初めて会ったとき、自信のなさげな、小さく心細げなのが、サーシャの第一印象だった。

見かけは王女らしく気を張っていたからそうでもなかったが、

その内面は、不安がかなりの量を占めていたのが、見てとれていたのだ。

それでもハッタリで堂々と言い返してくるところは、侮れないなと思いはした。


だが今は、

黒いものを取り込むたびに見せる、全てを受け入れる心の深さ、度胸、覚悟、

それも回数を重ね、

サーシャの人格そのものが、深く、広くなっている感じがしている。


「負の感情や、闇や死を黒い神が司るんだって。

人が嫌うもの。

目を逸らしたい、隠したいものもそうだと思う。

だから多分……愛の一部も」

「人の情事ってやつか」

「そうみたい。

なんかね、あるんだ、やりたいわけじゃないけど、興味ってやつが」

「誰でもあることだろ。

特別なことじゃない。

……イーゴリは嫌いそうな話題だけどな」

「わかってる。

あの人の前では出さないよ」

「……フン、確かに、お前にも色気ってやつがある気がするな。

最近のお前に貫禄が備わってきてるのは、そういう部分が関係してそうだ。

あのときの話じゃないが、兄妹じゃなきゃほんとに、お前を妃に望んだかもな」

「断る」

「なんだよ」


二人とも、笑った。


「で、本題に戻るけど、夜遊びやめたってほんとなの?」

「はぁ?そっちが本題かよ……まぁ、そうだ。やめた」

「なにか、あったの」

「いいや、別に、なんとなく……


…………


信頼できる奴が増えて、孤独感がなくなってきたから、かな」


「……そっか。


よかった、って言えばいいのか」


「そりゃ、いいだろ。

……父上をお守りしようと、一人で気を張ってたから……

今じゃ、母上生き写しのお前もいるし、

ルカが馴染んでくれるようになってな、喋らないが。

イーゴリもなんだかんだ口うるさいが、母上の息子だってことで気にしてくれてるし。

意外に大使館の奴らが、俺に懐いてくれたんだ、

今までも何度も来てたのに、今回初めて感じたんだ。

きっと、お前らとの旅で、俺もいいように変わったんだろうさ。

国の方も、レオニードがいてくれるから、心配せずにすんでる。


……それと、お前の部下なのになんだが、

ナターシャとは本当に、黒いものとの戦いでいいコンビネーションが取れる。

あいつは本当に優秀な武人だ。

正直、イヴァンの兵士の誰よりもな。

この旅の間だけとは思っているが、あいつは俺と同等だ、戦友で、同志だ。

……だからなんか、女が必要ないんだよ」


「……そうなんだ。


……ね、ヴィーシャ。


もしね、私が本当に、黒い神ってやつになることになったら。


私は、人間じゃなくなるかもしれないって思ってて。


……もしそうなったら、イーゴリとナターシャはあんたに預けて、いいかな」


「……サーシャ……」


「だって、連れて行けないかもしれないし。

まぁ黒い神ってほんとかどうかもわかんないんだけどね。

ほんと、仮の仮の話ってレベルなんだけど。

でも、そういう可能性も、頭に入れとこうと思って」


「……お前は、そこまで……」


「預ける先が決まってたら、なんか安心ってだけ。

このままヴァシリーサの王を継ぐなら、なかったことにしてってなるけどね、

ナターシャは私の親衛隊になるらしいから」


「……ナターシャもイーゴリも、うちで預かってやるよ」


「そう?なら安心だ」


「まぁ冗談半分だと思っておくぜ」

「それでいいよ」


ヴィクトルが珍しく、サーシャを抱きしめてきた。

サーシャも、ヴィクトルを抱きしめて、その胸に顔を埋める。


「……一人で、行くなよな、サーシャ」

「ちゃんと言って行く。

黒い神のしもべってやつがいるから、私は大丈夫な気がしてる」

「……お前までいなくなったら、俺のマザコンに拍車がかかりそうだぜ」


サーシャは笑った。


「意外に、このまま、黒い神になれたりして」


根拠はないが、ふとそう思った。


だからか、なぜか、寂しさも孤独感もなかった。



しばらくして、ヴィクトルは、ルカとともに大使館へ戻った。


* * *


満たされないのは、わかってる。


でも、こうやって紛らわすしかない、


ーーユーリを失った喪失感は。



荒れ狂う感情を御すことができず。


ヴィクトルにも理不尽に当たってしまった。


私とはもう、顔を合わせたくないかもしれないな。


一人で飲みに繰り出して、


何も考えられなくなるまで飲んでしまう。


先日は、何かからかってきた野郎どもを往来でぶちのめしてしまったらしく、気づいたらペルーンの留置所だった、

もっとも目撃証言から、相手に非があったらしく、大使館には報告されなかったらしい。


自分でもやってることがおかしいと思うけど、止められない。


今も。


普段なら買う主義じゃないが。


こうでもしないと、やってられない。


娼館の一室。


男を買って、身を任せている。


悪くない男だ。


そこそこ、いい身体をしてるし、


女の扱いも丁寧だ。


多少の要望も聞いてくれる。


玄人は、さすがだ。


おかげで身体の方は、ある程度は満たされた気がする。



部屋を出て、酔ってぼんやりした頭のまま、繁華街を歩く。


黒いものの騒動後、3日ほどで町は元のように戻ったらしい、


休職にさせてもらってこの辺りをふらついているが、もういろんな店が前と同じようにやっている。



ユーリとは1年に1、2回ほどしか会っていなかった。


別れも別段寂しくもなんともなかった。


ーーまた会えるという前提だったからというのが、初めてわかった。


本当に、永遠に会えなくなった今。


こんなに、自分の一部が抜け落ちたように、心に空洞を感じるとは思わなかった。


どう扱ったらいいのか、わからない。



何か刺激を自分に与えて、ごまかすしかなかった。


それが酒であり、男であり、覚えていないが喧嘩だった。


剣や訓練は……


とてもそんな健全なことをする気には、ならなかったのだ。



堕ちてしまいたい。



そういう衝動に駆られていたからだ。



呑み屋に立ち寄って、もう一本酒の瓶を買い、

それを口にしながら、あてもなく町を彷徨う。


このまま、訳がわからなくなってしまいたい。


襲われたところで失うものもないし、

何ならもっと堕としてくれて構わない。


さらに酔いが周り、眠気だろうか、意識を保つのが難しくなってきた、

裏路地へ入り込み、壁にもたれて座り込む。


そのまま、地面に崩れ落ち。


ナターリヤは、意識を手放すのだった。


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