91.事後処理
数日後、ペルーンの会議施設の一室で、臨時の国家間会議が開かれた。
議題は被害の確認および、サーシャが新たに得た情報についてである。
サーシャが黒い神の名を冠する資格がある、という話は伏せておくことにした。
この世界を創造した神の片割れと同等であるなど、話が突拍子もなさすぎて、余計な混乱を起こしかねない。
それに、まだ黒い神そのものではないのだし。
サーシャ自身、実のところ半信半疑だし、よく分かってもいないのだ。
現時点で各国が取りまとめたところ、
ペルーンの被害は、なし。
国民の避難による混乱はあったが、黒いものによる被害者はおらず、国民は今ひと安心して帰途についているところだ。
ジアーナやフェオフォン、キイ王国にも被害はなかった。
世界会議で共有された対策に従って、大使館に結界を張り館内の上階へ避難していた。
イヴァンにも被害はなし。
ヴァシリーサの被害は、ユーリのみ。
ユーリの命を奪った黒いものが巻き込んだ周辺の者とは、黒いものが取り付いたムーロメツ国王と見られる者の取り巻きだったようだ。
襲われたのは、北の橋から退避しようとしていたものばかりだった。
連合諸国の上位者たちと供の者たち、その駐在していた家族がほとんどである。
サーシャが感じた通り、黒いものが取り付きそうだと思った者たちが、見事に黒いものに飲み込まれていた。
十数ヵ国ゆうに500人を超える者たちが、橋を押し合いへし合い渡っていたそうだ。
そこへ黒いものが河から襲ってきたとなれば、大混乱にもなるというものだ。
犠牲者の数は定かではない、だが、上階から橋を見ていた感じだと、少なくとも100人程度は飲み込まれたとみていい、とのことだった。
各国大使館で、行方不明者の確認を取る作業が終わって報告が上がれば、詳しい状況も判明するだろう。
…………
…………
橋を渡っていた国々においては、
王は無事だった国、王が取り込まれた国、襲撃は受けたものの、運よくというべきか被害はなかった国、など、被害は様々だった。
対応にも、違いが生じた。
サーシャの忠告に従わなかったことを悔いた国もあれば、黒いものの襲撃をサーシャのせいだと考える国もあり、さらには同一国内でも意見は割れているようだ。
そして、忠告に従い退避しなかった国でさえも、必ずしもサーシャを認めたわけではなかった。
サーシャは大半の国から、いつの間にか、黒いものを操るというイメージをつけられてしまっていたのだった。
否定はし難い。
サーシャの意識で、黒いものを多少なりとも鎮められたのは事実だった。
人々を襲ったのも、サーシャの怒りが直接伝わったわけではないにしても、黒いものに影響を与えていた可能性が、否定できない。
サーシャの人となりを直接知る、神の末裔の国やペルーン、キイ王国は、
サーシャが直接黒いものを使役して人を襲わせたとは決して思っていない、
特にペルーンは、職員が直接ヤジを聞いていて、国に報告も上げているのだ、
黒いものに関わらず、怒るなという方が無理だということを認識しているのである。
イヴァンの国で黒いものに命じて先代派を襲わせたのは、黒いものが人の体を使っていたからできたことだから、例外といっていいだろう。
サーシャは様々な可能性に考えを巡らせる。
国の代表が取り込まれた、あるいは、逃げ果せたところもあるだろうが、
大使館がある限りはその国のまとめ役は必ずいるだろうから、
全大使館に通達をしておきたいことがある、と申し出た。
一同は議場に移動した。
ここから、各国大使館に映像を流すことができるためだ。
今は出席していない国の大使館に、ペルーンから通達がいき、
映像を流す準備が整ったことが報告されたところで、
ペルーン首相が今回の会議の概要を説明する、
続けてサーシャが、表明を行う。
「私は黒いものを取り込む性質があるだけで、操ることはできない。
黒いものが、私の意思に反応する可能性はあるけれど、
その場合に私は、黒いものを制御はできない。
黒いものを私のせいとして、仮に私を亡きものにしようとかなんとかいうことがあれば、
私がいなければ、黒いものは増え続けいずれ世界がなくなることになるから、
肝に銘じておいてもらいたい。
コシチェイは、つまるところ黒いものの塊だそうだから、いずれ私が対処することになるだろう。
結局、魔剣クラデニエッツの情報は何も得られていないが、あれがコシチェイを倒すのにいるらしい。クラデニエッツを手にするまで、各国で頑張ってもらうしかない。
あと、橋を渡って黒いものに襲われた者どもは、私の関与するところではないこと、表明しておく。
現に私はペルーンへの被害は出していないと正式に認められた。
さらに言うと、私は黒いものの動向についても責任を取るつもりはない。
目の前にいれば対処する、それだけのこと。
いる場所はなんとなくわかるが、私が動かせるわけではない。
人に取り付いていたらわからないこともある。
私のせいにしてもいいが、それでは何も変わらないのだから、
対策をしておくことを推奨する。
今回黒いものに襲われた連中は、私をだいぶ非難していたそうだ。
私の感覚では、その非難が回りまわって彼ら自身に降りかかったような気がしている。
私を非難するのは勝手だが、そのことも念頭に置いておく方が、身の安全につながるだろう。
これ以上私の忠告を無視するなら、それまでと思うこと」
* * *
一旦ヴァシリーサの大使館に戻り、紅茶を飲んで、一息ついた。
「なんか、だんだん、嫌われていってる気がするな」
独り言のように、呟いた。
「私って、全員から慕われるってこと、なかったな、城にいるときから」
ふとそんなふうに思ったのだ。
自分に近しいものたちは、もちろんサーシャを大事にしてくれたが、
直接関わりの少なかったものたちは、むしろ見下していたものもいたほどだったのだ、
ミロスラフ将軍等がいい例である。
「そういう、役回りなのかねぇ……
黒いものだって、人が目を背けたがる負の感情だって言ってたし……
まぁだから、黒いものたちを受け入れられるのかもだけど……
ま、いいや、私が気に食わないなら勝手に嫌えばいいさ、
私には関係ない」
「姫さま……」
イーゴリが心配そうに、だがかける言葉に迷っているように言う。
「このままほんとに黒いものの親玉になるのかもしれないな、
黒い神って、闇とか死を司るって聞いたんだけど。
私自身、だんだん黒くなっていってる気がするわ」
「私とナターシャは、決して姫さまのお側は離れませぬゆえ……
どうか、お気になさいますな」
「ああ……うん、ありがと」
イーゴリのいつもの、忠誠心に満ちた言葉は、もちろん嬉しい。
だが、黒い神のしもべとやらと出会ってから。
黒い神になる可能性を、教えられてから。
気になり始めたことがあった。
イーゴリを、ナターシャを、
巻き込んで、いいのか?
自分はもしかしたら、人じゃなくなるのではないだろうか?
もしそうなったら。
彼らを、道連れにしては、いけないのでは?
そんな考えが、生まれてきていた。
今すぐではないにせよ。
いつか、イーゴリやナターシャと離れて、一人で行かなければならなくなる、かもしれない。
少なくとも、覚悟だけは、しておいたほうがいいかもしれない。
……その場合、ヴァシリーサの血はどうなるんだろう。
今度、あのしもべに聞いてみよう。
……ああ、最悪、ヴィーシャはヴァシリーサの血も引いてることになるから、
ヴィーシャに跡継ぎを回してもらうか。
って、そんな勝手なことが許されるのか、わかんないけど。
……それまで、もう少し……
イーゴリに、甘えていたい、と思う。
このまま、主従として。
それが一番、幸せな形なのかもしれない。
ノックの音がする。
イーゴリが開けると、エカチェリーナが文官クラヴジイを引き連れて来ていた。
話を聞くと、ムーロメツ王国のものがユーリのことで謝罪に来たとのこと。
しかも、代表者ではなく、下っ端の者が来ているのだそうだ、サーシャに助けられたから、と言って、目通りを望んでいるという。
「ああ、あの人たちかな。
出ます」
…………
…………
今回は、客人とは異なるため、謁見用の広間にて迎える。
サーシャの両脇に、イーゴリとセルゲイがついている、
入館の際、セキュリティチェックはもちろんしているが、不測の事態に備えるためだ。
訪問者は頭を低くして、当主であるサーシャを迎え、サーシャはゆったりと玉座に腰掛ける。
その物腰はまさしく、王侯そのもの、
当然といえば当然なのだが、単なる王女に出せる雰囲気ではもはやなかった。
王の使いでもない一兵卒に、一国の王が謁見することは異例である。
だがヴァシリーサの大使館に犠牲者を出した詫びをしたいと強く願っており、エカチェリーナも事情が事情だけに、サーシャに通すことにしたのだ。
「この度は、我が国の王をはじめ国のものが、貴国に多大なるご迷惑をおかけしましたことをお詫びしたく、恥を忍んで参った次第でございます。
そしてアレクサンドラ様、貴女様のご忠告により、我々の命は救われましたこと、御礼を申し上げても申し上げきれません、大変少なく恐縮ではございますが、御礼として受け取っていただければと存じます。
もちろん詫びとして足りぬであろうことは重々承知しておりますゆえ、この首を差し出すことも辞さぬ覚悟でございます、お思いのまま、ご処分くださりませ」
西側のゲートで押し問答になったときと打って変わって、慇懃な物腰だった。
正装しているところから、一応、大使館での地位はあるようだ。
「無事でよかったな?私の言うことを聞いていて正解だったろ?」
サーシャの言い方が随分軽かったことに、訪問者に逆に動揺が走る。
「あなた方の王もちゃんと私の言うことを聞いていればよかったものを。
まぁ、その報いを自分で受けたってことでいいでしょう、
詫びの品は受け取りましょう。
こちらから貴国に対して干渉はしませんから、ご安心ください。
……中は確認しましたが、随分な額ですね?
王侯の品を処分でもしないと、我が国でもこんな大金はなかなか準備が難しいくらいですけど……
何か、計画でもあるのかな?」
その場に緊張が走る。
「まぁ、別に、政権奪取したところで、自由にどうぞと思いますけどね。
本国に負けるなよってとこかな」
「……さすがは、神の末裔の王女様であらせられます……」
実際はエカチェリーナが気づいたことなのだが、
サーシャ得意のハッタリだった。
「いや、肯定したら、やるんだって表明しちゃってるじゃないですか?
そこは隠し通さないと」
「いえ……そこまでお見通しでしたのなら、申し上げておきたいのです、
晴れて新政権樹立が達成できましたら、ぜひ、貴女様の下につかせて頂きたく存じます。
貴女様は我々のような下々のものが命を落とすのを防いでくださったばかりか、
きちんと、黒いものに対する対策を提示してくださったのです、
我々の一方的な感謝であることは承知しておりますが、我が国を救ってくださったようなもの。
我が国は南洋に面しており、コシチェイの危険に晒されている状況ですので、
一人でも国で犠牲者を出さぬよう、存分にご忠告を活かしていく所存でございます。
亡き王の元では、それも難しかったでしょう」
「そんなに私の言うことを聞くのが嫌だったのかねぇ」
「それは……その。
何せ、国元には黒いもののことなど、何も伝えていなかったのですから。
これは確かなことです、国元の同僚や友なども、何も通達もないし、知らないと言っておりましたから。
おそらく、今回のように、王と側近のみ安全なところへ逃れるつもりだったのでしょう。
早急に対策をとる予定です」
「そうか。
こちらとしては、健闘を祈るとしか言ってあげられないが、
目的を果たした暁に私を訪ねてこられたならば、国同士でお話ししましょう」
「……ありがたきお言葉にございます」
訪問者たちは一様に頭を下げる。
サーシャの退出後、
ヴァシリーサ敷地内のユーリの墓で祈りを捧げ、目的を果たすべく、自国大使館へと戻っていくのだった。
…………
…………
そして夜、いつものように、ヴィクトルがルカを伴ってやってきた。




