88.黒い神の資格
再び黒い空間に戻ってきたようだ。
やっちゃった感。
大丈夫って言われたから、無制限に受け入れたけど。
イーゴリが後ろについてるから、体の方は大丈夫だと思う……
問題は起きたときだ。頭痛大丈夫かな。
「我が主よ」
呼ばれて、辺りを見渡した。
誰もいない。
「さっきの?」
「左様でございます。
コシチェイが少し先におります、安全なところまでお連れします」
腕に何が触れ、軽く引っ張られたと思うと、また、空間を飛んでいる感じになった。
そして変わらず黒い空間に着地する。
「貴方は、チェルノボーグのしもべ、とおっしゃっていましたね。
ありがとう」
黒い空間に向かって、呼び掛けた。
「主をお守りするのは当然のこと。
貴女様の前に参じてはおりますが、まだうまく顕現できませぬ、お許しを」
目の前をよくよく見ると、黒いものが一塊、動いているように見える。
「いや、無理しなくていいんですけど。
貴方に、聞きたいことがいろいろあって。
話す時間、ありそうですか?」
「では、声だけで、失礼いたします。
貴女様がまた力をくださったので、少しなら。
なんなりと、お申し付けくださいませ」
「えーと……
まず、ここは、どこなんですか?」
「ここは、現世と黒い神の世界との狭間でございます」
「私の意識だけが、ここに来てるってことですよね」
「左様でございます、今は」
「今は?」
「いずれ……御身も、ここへいらっしゃるようになるかと存じます」
「はぁ……そうですか……
ていうか、貴方は私を主って呼びましたよね?
チェルノボーグのしもべが私を主と呼ぶのって、どういうこと?」
「それは……貴女様が、チェルノボーグの名を冠する資格があるからでございます」
……え?
今、何てった?
私が?
チェルノボーグの名を冠する資格?
え、チェルノボーグって、黒い神だよね??
「いや、ちょっと……
意味、分かんないんだけど……」
「にわかにはお信じいただけぬのも、無理のないことでございます。
ですが、黒いものを、黒の要素、つまりあるべき姿に戻せることが、何よりの証拠。
それができるのは、黒い神、チェルノボーグだけなのですから」
……まぁ、確かに、私だけか、黒いものを取り込めるって。
その点だけはほんとに、私は特別な存在と言えるな。
あれ?でも……
「あの、チェルノボーグって、白い神に消されたとか聞いたんですけど」
「左様でございます。白い神がなんらかの理由で暴走し、黒い神を消してしまったのです、
その結果、全て生きとし生けるものの根源である黒と白の要素のうち、黒の要素が、あるべき状態に戻れず、黒いものとして溜まり続けることになってしまいました」
「……待って、黒い神を消すとか、できるもんなんですか?」
「両者の力は同等であるはずなのです。
黒の要素も白の要素も、世界に均等に存在しています、
それに、互いに敵対することなどはあり得ないはずなのです。
白い神に、何か力が作用した可能性が考えられてはいますが……我々も迂闊に動けないのです、白い神の手の者に見つかれば、消されてしまう可能性もありまして」
「救世主、っていう言葉なら、聞いたことはあるんだけど……
それが何か鍵になるのではと思っているんです。
黒いものに関連していて、でも、黒いものの味方ではない。
今まで得た断片的な情報では、黒いものを利用しているような気がしています。証拠はないですけど」
「確かに、黒いものからその名が伝わってきたことがございます。
黒い神以外で黒いものに何か作用を及ぼすことは、本来できぬはず。救世主と名乗る何かは、黒と白という世界の理に立ち入り、影響をもたらす可能性が高いと思われます」
「なにせ、その名を口にした者は、その場で消されますから、情報が得られなくて。
コシチェイに聞いてみたこともありますが、コシチェイは、知性があるわけではなさそうで」
「おっしゃる通りでございます、
コシチェイと人が呼ぶものは、黒いものが凝縮した結果発生した存在。
黒いものが内包する、多種多様の負の感情が、自我のないままに、そして負の感情の赴くままに顕現した存在です。
溜まりに溜まった黒いものが、溢れ出したのが、今回の世界の混乱の原因なのです」
「西の海から黒いものが来たっていう、あれ?」
「左様でございます」
「今は、コシチェイは南の海にいるようですけど」
「コシチェイの存在する空間は、厳密には、現世と黒い神の世界との狭間、つまり貴女様が今いらっしゃるところと同じでございます。
ここは、どの地域、というわけではございません。
現世においては西から現れ、流れるまま南の海に到達していますが、
ここからすると、一度吹き出したものが再び降りてきたようなものです」
そういえば、最近こそ感じにくくなっていたが、最初に黒いものを取り込んでいたとき、
黒いものとは自分にとっては感情の塊だと感じていたのを思い出した。
いつしか、大量に取り込んでいるからなのか、一々感情だと思わなくなってきていたけれど。
黒いものが感情だという感覚は、正しかったらしい。
「……黒いものが人を取り込むのは、どうしてですか?
……あ、もしかして……受け入れてほしい思いの、裏返し?」
黒いものは何で人を取り込むんだろう、とずっと思っていたが、今ふと、そう感じた。
「さすがは、黒い神たる資格をお持ちでいらっしゃいます。
黒いものーー多種多様の負の感情は、受け入れてもらえなかったそれの数々。
それを感じた者自身に押し殺されたものも、含みます。
人は、大体、負の感情を嫌いますから。
黒いものは、存在しているということを認識してほしい、
そして、共にいてほしいのです。
それが現世に顕現し、人を取り込むという性質で表れているのです。
人はときとして感情の渦に飲み込まれますでしょう、原理は同じです」
「なるほど。
でも、私も、他の人と大して変わんないけど……
あ、でも、コシチェイが、取り込めないって言ってたな。
……何か違う気はしないんだけど」
「貴女様の場合は、まずは性質、体質ですから。
ですが、貴女様は、受け入れる力が特別に高くいらっしゃるのは、確かでございます。
それは、ご自身の感情も含みます」
私が、自分自身を受け入れてる、ということらしい。
うーん、そうなのかな。
あんまりそんな自覚は、ないけど……
それどころか、結構、自己否定してる気がするけど?
ああ、まぁ、最終的には、これが私だから仕方ない、とかは思ってるな。
葛藤の末、何か抜けたように、吹っ切れることは、ある気がする。
あと、善悪にはあんまり縛られることがない、とか。
黒い神。チェルノボーグ。
この世界を作った存在。
その名を、私が。
…………
…………
んなわけあるかい!
思わず脳内ツッコミをしてしまう。
荒唐無稽すぎるだろ!
黒い神の資格がある奴が、無力感にさいなまれるなんてこと、あるかっての!
「私さ、出涸らし王女、って言われてるんだよ、知ってる?
なんか魔法は使えなくなったし、もともと、大して使えなかったし、
神の末裔ではあるけど、この世界を作った神と同等なわけないじゃん」
「人間は、なにかと、白い神の性質を好むようです。
白い神の視点ならば、そういった失礼な言葉もあり得るでしょう。
ですが、黒い神となる資格をお持ちの貴女様はもともと、白い神の範疇である、力を出すという性質に乏しくいらっしゃるのです。
黒い神の本質は、受け入れること。魔法とは反対の性質だからなのです。
人間としてお生まれでしたので、多少は魔法も習得できたようですが、黒いものを取り込むという本来の性質が強まるにつれて、力を出すということができなくなっていかれたのですよ」
自分以外には誰もできない、黒いものを取り込む、というのは確かに事実だから、
黒い神のしもべという奴が嘘を言っている気もしない。
チェルノボーグって、なんなの?
人間である私が、同等にいられるもんなの?
「黒い神の空間って、私にも行けるの」
「申し訳ないのですが、今はまだ、お連れできません。
黒い神の世界とは、負の感情のみならず。
白い神の世界と相反するものを司るのです。
白い神ならば、光、生を。
黒い神は、闇。そして死を。
今は人間であらせられる貴女様には、入っていただくことが難しい状態です。
コシチェイの核を貴女様が手に入れられ、それをご自身のものとなさったとき。
それは貴女様にとっても試練となりましょう。
人間の身から、黒い神となられるにあたり、通らねばならぬ関門でございます。
貴女様ならば、きっと、黒い神となられると、我々は信じております。
そうなった暁には、我々は晴れて貴女様を黒い神として、黒い神の世界にてお迎えすることができるのです」
矛盾している感じもないが、やはり話が突拍子すぎて。
現実味が全く湧かなかった。
大体、
「私がさ、もし、黒い神にならないって言ったら、どうすんのよ」
冗談半分に、言ってみた。
「いずれ、生きるものが次の世代を残せなくなるでしょう。
貴女様が浄化してくださった黒い要素でないと、次の命にはなりませんので。
生きるものが生を終えると、白いものと黒いものに分かれますから、
黒いものは増えるしかありません。
世界は全て、黒いものと白いものに分かれ、現世の形態は維持できなくなるでしょう。
白い神のみでは、何もできないのです」
「はぁ……
私がやんないと、世界が滅ぶってか?
仮に、私がその黒い神になる関門を通れなかったら、どうすんですか?
私、言っとくけど、世界のために何かする気なんて、さらさらないんだけど……
あるとしたら、私の大切な人たちと過ごす場を、穏やかにしたい、それだけかな。
ぶっちゃけ、やってられるか、世界のためなんて。
黒いものたちが助けを求めてるから、やってるだけでさ、
あの子たちは、なんか、大切だって思うから、それだけ」
* * *
結構、過激なことを言ってしまったかもしれない。
だが結局、それが本心だ。
いい人になるつもりなんてないし、
正義の味方ぶるなんてごめんだ。そんな役回りじゃない。
「お見事です。
それでこそ、我々が主であらせられます」
「はっ?」
思いがけない反応に、逆にびっくりしてしまった。
今まで、淡々とした声だったのに、明らかに声が嬉しそうなのだ。
人間じゃない黒い神のしもべに、感情があるものなのか。
「世界の命運など背負おうとされない、
それこそ、ご自身を受け入れていらっしゃることでございます。
貴女様は、貴女様の望みのためだけに、動こうとしていらっしゃいます、
大切ものを守りたいのは、大切なものたちのためではなく、貴女様自身の御為ですよね。
周りのためでなく、御自身のためにあらせられる。
それこそまさに、黒い神たる器。
そう思うことこそ、貴女様の真価が発揮できるときなのです。
我々はなんと、光栄なことでありましょう、紛れもない黒い神たる器を、我々が前に崇めることができようとは」
なんか……感動されてる?
ただの、私のわがままなのに。
黒い神って、わがままだったらいいのか?
確かに、わがままって、嫌われるもんな。
つまるところ、私は。
世界が滅ぶどうこうより、自分の思いが大事で。
それ以外、どうでもよくて。
イーゴリを、また困らせるな。
あの人、いい加減、私を受け入れるの、嫌気さしてないかな?
「我が主よ、そろそろ、現世に戻られる準備ができたようです。
また、合間みえましょう。
我々は、いつでも、貴女様を影ながら見守り申し上げております。
……貴女様の存在に、感謝いたします……」
…………
……
あ、コシチェイの倒し方、聞きそびれた……
そう思ったとき。
意識が、覚醒した。
「姫さま……ようやく……お目覚めになりましたか……」
イーゴリの声がする。
目を開けたが、焦点がすぐに定まらず。
イーゴリの顔が、ぼやけて見える。
部屋が明るいのは、分かった。
今、いつ?
焦点が定まってきて、イーゴリの顔が、だんだんはっきり見えてくる。
いつになく、疲れた顔な気がするんだけど。
「イーゴリ……私……何が、どうなって……」
意識はしっかりしているが、体と連動していない感覚だった。
言いたいことがうまく言葉にできない。
「……まる二日間、昏睡状態でいらっしゃったのです。
よかった、ご無事で……」
黒いものについて明らかになってきましたが、謎はちゃんと解けているのかちょっといやかなり心配です^^;
書きながら設定ができあがっていくこともあったりして、後々辻褄が合うのかこれと思いながらの執筆。。
いずれまとめ回を作ったほうがよさそうと思っています。




