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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
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85.黒いものへの責任


暗闇の中から、声のような意思のようなものが、聞こえてきた。


ーーおのれ、人間の分際で。

ーーそれは我が体を成すもの。横取りするとは、許せぬ!


……コシチェイか?

対峙したら、ヤバいんだっけ?


横取りじゃない。

あなたを成すものを、受け入れるだけ。

あるべき姿にしてあげるだけ。


ーーなぜ、我を受け入れぬ。

ーーこの人間は、欲望を持ってはいるが、欲望があるということを自覚している。取り憑く隙がないーー


へぇ、無自覚なら取りつけるのか?

私は確かに、欲望はある。

自分本位だと思ってる。

でも、悪いことだとは思ってない。

しょうがないじゃん、感じてしまうもの、求めてしまうのは。


ねぇ、取り憑いて、何をやってるの?


ーー愚かな人間め、取り込んでくれる!


コシチェイらしきものから感じるのは、それだけだ。

もともと、知性のある存在ではないのかもしれない。

黒いものーー感情のうち、特に重いものがコシチェイを形作っているようだから。


そんな重いものを、ここでなんとかできるものなのか。

だがやってみるしかない。

腕を広げ、目を閉じ、コシチェイを包み込むイメージをする。


そういえば、怖くないのは何でだろう。


イーゴリは側にいないし、取り込む力も不十分な自分一人なのに。


……気のせいかもしれないけど、イーゴリが、一緒にいてくれているような安心感がある。

あの人って、不器用だけど、私の心配だけは絶対にしてくれるから。


指先から、黒いものが吸い込まれてくる。

黒いものの結晶のような、ときどき、重いものも。

それが来ると、胸のあたりが苦しくはなるが、今のままならしばらく大丈夫だ。

イーゴリに包まれているのをイメージすると、それもしばらくすると和らいでくる。


ーーやめろ!我が力を奪おうとする愚か者!


コシチェイが激しく反応し、周りの黒いものが嵐のように吹き荒れ始めた。

風圧ーーという表現が最適だろうーーで体がよろけ、集中力が途切れる。


なんだ、これ!

くそ、乱される!

これは、一旦離れた方がいいのか。

どうやって。



そのとき。

腕を掴まれた。


「我が主よ!こちらへ!」


えっ?誰?


腕を引っ張られて、体が浮き上がり、そのまましばらく、空間を飛んでいるような感覚があった。


「我が主よ、ご無事ですか」

「えっ、ちょっと、誰?何、これ?」


訳がわからないまま、どこか、相変わらず黒い空間に着地し、腕が自由になった。


サーシャは周りを見渡した。

誰もいない……


突然、どこからか声が聞こえた。


「我が主よ。ようやく、貴女様の御前に顕現することが叶いました。

我が主が黒の要素を一定量、浄化されたので、こうして意思疎通ができております。

コシチェイに囲まれておいででした、危ないところでございました。お助けできて、本当によかった」


声の主は、どこに?

多分、ペルーンの手前でコシチェイから離れるよう導いてくれたのと同じ声だ。


「えと……助けてくれてありがとう、なんですが、どなたですか?

どこにいるの?」


「我々は、黒い神チェルノボーグがしもべ。今の我々には、これ以上貴女様の御前に参じる力がございませんこと、どうかお許しをーー」


それきり、声は途絶えた。


* * *


しばらく、その場に立ち尽くしていた。


チェルノボーグのしもべが、私を、我が主って言ったよな?


確か前も、そう言われた。


私が、チェルノボーグだと思われてる?

そういえば、黒いものにも、同じようなことを言われたな。


で、そのしもべが、私を助け出してくれたと。

力が不十分で、私の前には出て来れない、と。


最初は確か、こっちの呼びかけは届かなくて、向こうの声だけが聞こえた。

私が黒いものを浄化するにつれて、このしもべとの距離が縮まっている、てことか?


コシチェイは、黒いものは、どうなった?

あれだけ暴れてたら、現実世界とでも言うのか、ペルーンにも影響があるんじゃないか?


……戻らなきゃ。

でもどうやって。


周りを見渡していて、ふと、右手の指輪が目に入った。


また……光ってる?


ここが完全に黒い空間だから、今回は間違いない、指輪の石が、淡く光っている。


この光は、何を意味するんだろう。

今まで光った気がしたのも、見間違いじゃなかったのかもしれない。


これで、戻る足がかりになるだろうか?


ヴァシリーサの加護が効いているのなら。

私の体のあるところへ、戻して。


そう、右手の指輪に念じた。


…………

…………


「……!


……さま。


……姫さま!」


ああ、イーゴリの声が聞こえてきた、

前と同じ、覚醒する感じだ。


「姫さま!」


イーゴリの声が今度は耳元で聞こえ、目が開いた。


「姫さま……よかった」


目の前に、イーゴリの顔。

ベッドの上で、イーゴリに抱きかかえられていたのだ、

その状態に気付いた途端、驚いて飛び起きた。


だが、すぐに、頭痛が襲う、頭を抱えてまたベッドに倒れこむ。


「姫さま」

「い、痛い……頭痛が……」

「鎮痛薬を。緊急でお伝えせねばならぬことがございます」


頭痛で何も考えられない、イーゴリに言われるまま、準備されていた薬を飲んだ。


黒いものを取り込んだ後の頭痛にも、効くものなのか?

薬が効くまでの間、イーゴリは何も言わずにいた。


* * *


イーゴリの話に、唖然となった。


思った通り、黒いものが出現して、浜辺の方が大混乱に陥っているらしい。

ヴィクトルが対処に向かい、ナターリヤも援護に向かったとのこと。


現時点で、黒いものはまだ浜辺の方のみで、町の方まではやってきていないそうだが……


我先に、連合諸国の連中が北の橋から退避しているそうだ。


ペルーンの沿岸部には、国中心部への退避命令が出ていて、人々が続々と会議施設に避難してきているらしい。


「イーゴリ閣下!失礼いたします」


セルゲイの声がして、イーゴリが寝室を出て行った。

セルゲイの声も、いつになく緊迫している。

まだ十分に働かない頭で、必死に今の状況を把握しようと試みた。


こんな、頭痛いんじゃ、黒いものへの対処なんか……

早く、よくならないと……


そう思いながら、ベッドの中で目を閉じる。


……私のせいなのか?今回は。

原因はどうあれ、私が怒ったから……

私が、鎮めないと……


鎮痛薬の効果で、体までだるい。

動かなければと思うのに、体が拒否している。


申し訳ない気持ちに襲われる。

私の味方をしてくれる人たちを、危険に晒してしまって。


取り込む力が、もっとあったら……!


「姫さま」


イーゴリが戻ってきた。


「……お加減が悪うございますか」


よくはないが、それよりも、今はただ悔しくて。

本当に、この怒りがそのまま力になりさえすれば。


私って、どうしていつもこうなんだろう?

力がないばかりに、何もできない。


剣舞奏ができても、

黒いものを取り込めるのが、私だけでも、結局こうなの?


「……姫さま。退避の準備を致しましょう。

各国代表には、退避準備は私の一存で伝えております。

ナターシャはヴィクトル殿下の援護に向かいましたが、引き時は分かっている、きっと殿下と退避するはずです。

……起きられますか」


イーゴリの、静かな声が聞こえてくる。


退避?


自分のやらかしたことを放っといて?


「最も優先すべきことは、姫さまの御身の安全です。

私はその為ならば、罰を受けようと構いませぬ。

お聞きいただけないのであれば、もう一度術をおかけしてでも、お連れします。

……逃げ延びることは、我が国の国訓ではありませんか。

それに黒いものの責任は、姫さまに一切ございません。

姫さまはただ、黒いものを取り込む力をお持ちでいらっしゃっただけのこと、

それに使命も義務もないと、我々はみなわかっております。

ですから……」


「私の責任だよ」


サーシャは遮った。


体を起こして、ベッドの上に座った。

頭痛はまだ多少あるが、それどころではなかった。


「私がやることなの。

私が、怒りに任せて、黒いものを暴れさせた。

黒いものへの責任だ。

だから、私が対処する。


……術をかけても無駄だよ?

眠ったらどうせ、黒い空間に行って、コシチェイと対峙しちゃうんだから。

分かったら、私を現場へ案内して」


サーシャは、まっすぐにイーゴリを見つめて、言った。



イーゴリの、いつものしかめ面だ。

いい加減、私に呆れてるかも。


でも、どうあっても、今黒いものをこのまま放っといたらいけない。


自分たちのためというより、黒いもののために。


あの子たちは本当に、私に抱かれたがっているから。

あの子たちこそ、私が刺激したコシチェイに振り回されて、苦しんでる。


イーゴリが視線を外し、ため息をつく、いつものように。


「……姫さまらしいですな。

まだお一人で馬はしんどいでしょう、私がご一緒しましょう。

ここから浜辺までは、結構な距離がございます。

しかも、浜辺までの道は今、避難民で通るに通れませんでしょう。迂回し、河沿いの道を進むのが最善と判断いたします」


サーシャは、差し伸べられた手を取って、ベッドから降りた。


「さすが、イーゴリ。

そこまで想定してるとはね」


「……アナスタシア様に輪をかけて頑固でいらっしゃいますから、姫さまは」


「今、なんて?」


「……聞かれなかったことにしておいてください」


サーシャはイーゴリを睨みながらも微笑んで、寝室を出、さらに部屋を出た。


「イーゴリ。この館の人員を全て集合させて」

「かしこまりました」


イーゴリは、全館集合の指示を出すため、エカチェリーナの元へ向かった。

サーシャは広間へと向かう。


広間では、セルゲイがナターリヤとヴィクトルからの報告を受けている。

サーシャが急に姿を現したことに驚き、そして心配そうに駆け寄った。


「殿下。お加減は。ご無理はなさいますな」


「セルゲイ。今から黒いものの対処に向かう。

この館の指示を出していくから、皆をまとめて」


「っ、はい」


セルゲイは、サーシャの状況がよくわからないままだが、サーシャに従う。

広間に集まり始めた職員たちを整列させていった。


…………

…………


隊長アルセニー、大臣エカチェリーナも到着し、職員が揃う、

サーシャはその前にーーかつて、アナスタシアが指示を出した場に立った。


「黒いものが出現したとの報告を受けた。

私が今から対処に向かう。

皆は国外退避よりも、ここへ残り、最上階に避難しておいてほしい。

敷地には結界を張っておくこと。

館を直方体状に覆い、地面と水平に張るのも忘れるな。

イヴァンの大使館にも、同様の指示を伝えてくれ。


ペルーン、キイ王国、ジアーナ、フェオフォンは、まだこの国に留まっていると聞いている。

国外退避を中止し、結界を張って自館の高いところへ避難するよう、伝えておいてほしい。

現時点で橋を渡るのは、むしろ危険だと心得よ。


間に合うならば、連合諸国の連中にも伝えてやってくれ。

他国民の避難を要請されたら、可能であれば受けてやってほしい。

そこまでにならないよう、何とか力を尽くしてはみるが。


貴方がたの力量ならば、黒いものが来ても、上階にいればだいぶ時間は稼げるだろう、それまでには何とかする。

以上、配置につけ」


サーシャによる初めての指揮。


アナスタシア彷彿とさせる、

いや、有事という点では、大使館でアナスタシアが戦時の指示をしたことはなかった、

アナスタシアをも超えそうな、圧倒的指揮能力。


この方は、間違いなく、ヴァシリーサの主君たるお方。


従うほか、選択肢はない。


全員にそう思わせる雰囲気を、サーシャはまとっていた。


「ご武運を、アレクサンドラ殿下。

私たちが必ず、この場は守ってみせます」


そう頭を下げたのは、エカチェリーナだ。


「うん。頼んだ」


サーシャは、大臣にこの場を任せる意を伝える。

この有能な大臣は、必ずここを守ってくれるだろう。


「セルゲイを……息子をお供させてくださいませ。

何かの役には立ちましょう、ここで殿下の御為に働けないようでは、私はこの息子に後は任せられません」


「貴女は厳しすぎる、お母さまよりも……

でもありがたくお借りしましょう、心強いことだ。

アルセニー隊長、ユーリ副長、頼みましたよ」


「「はっ、殿下、イーゴリ閣下、ご武運を!」」


サーシャは、職員の間を抜け、イーゴリとセルゲイを引き連れ、玄関へと向かう。


「さあ、我々も仕事に取りかかりますよ、

まずは、結界の準備を!」


エカチェリーナの勇ましい声が、広間の外にまで響いていた。


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