83.会議二日目
ちょっと日にちが空いてしまいました>_<;
一日延期となった世界会議が、再び開催された。
ヴァシリーサの馬車は、警備隊の人数を増やして、厳戒体制だった。
もっとも、これから会議で人の目も多いときに襲撃しようなどという輩はさすがにいなかったようだ、馬車は無事に到着し、サーシャはナターリヤに結界をまとわされて、建物に入った。
ペルーン側の調整により、サーシャの到着時間は決められていた、
不用意に他国の代表と鉢合わせしないように計らってくれたのだ。
さて、連合諸国はどんな回答を持ってくるだろうか。
もっとも彼らの意向は別にどっちでもいい。
対策は既に提示できるだけしてあるのだし、こちらは情報がほしいだけだ。
サーシャの会議場への入場は、一番最後だ。
サーシャが入場すると同時に、ペルーン首相が、開催を宣言する。
連合諸国に口を挟ませないためだった。
さすがに会議の進行を無視する国の代表者はいない。
ペルーン首相が、黒いものへの対応策について、具体的に進めようとした。
だが。
「連合諸国の総意として、説明を求めたい」
連合諸国の代表者らしき者から発言があった。
キイ王国及びペルーンが、ヴァシリーサの国に献金したという話を入手したが、本当か?という事実確認。
そして、抜け駆けは困るという苦情だった。
ペルーンの首相は、堂々と説明する。
「我々はいかなる国とも中立であることはご存知の通り。
献金は、フェオフォンもジアーナもされると表明しているし、我が国も必要だと判断したから献金したまで。
別に、払わなければ対処法を教えないというのでもありません、献金の有無に関わらず、本日は黒いものへの対処法を具体的に共有すると先程も述べた通りです。
献金は、各国で判断していただければいいことで、この場で議論することではありません。
時間の余裕があるわけではないのだから、黒いものの対応方法に移りたいのだが、よろしいか」
「だが支払わなければ助けにも来てもらえないということでありましょう、それでは見捨てると宣言しているようなもの、そのような態度はいかに神々の末裔だからといって、どうかと思うわけで」
「どこに黒いものが出るかは分かりませんが、そのときアレクサンドラ殿のおられる地にもよりましょう、黒いものが来たからと、旅の途中のアレクサンドラ殿に、どのように連絡を取られるのか?そしてどうやってあなた方の国へお連れするのか?それにどのくらい時間がかかるとお考えか?
アレクサンドラ殿の助けを当てにされているようでは、その間に国が滅びかねませんよ」
「コシチェイの場所が分かっているのなら、今から退治に行けばよいのだ」
連合諸国の各国から、発言が飛び出す。
「前回の会議で、全貌も掴めていないし、いつ退治できるかは不明とおっしゃったのをお忘れか。
退治できるできないは、今は分からない、だから対処法を共有しようと最初からヴァシリーサの国もイヴァンの国も言われている。
あなた方の話は前回から何も進んでおられない。
本日の議題に参加される気がないのなら、退席くださって結構、会議の進行の妨げになりますので」
全くその通りだ。
サーシャは呆れ返った、連合諸国は昨日一日、自分を非難して時間を潰したんじゃないだろうか?
今は分からないって言っただろうが。
何、聞いてた?
早くも内心イラついてきていた。
しかしペルーン首相の手腕も見事である、面会や会食でも思ったが、実に割り切りがよく話が進みやすい。
議長国を務めるだけのことはあった。
…………
…………
ペルーン首相の一言が効いたのか、渋々といった感じで連合諸国が黙ったので、
対処法と避難法の説明が始まる。
高台への避難。
籠城への備え。
籠城状態からの脱出方法。
この国が襲われた場合、各国大使館の職員が避難するため、自国等との間で転移門を造れるようにしておくこと。
そして、旋律の教授である。
連合諸国の者たちは、ヴィクトルの話は渋々ながら聞く気があるようだから、ヴィクトルが教授を引き受けている。
フェオフォン国王には、ジアーナのレギーナ女王が既に伝えたとのことで、実質連合諸国が旋律を覚えるかどうかという状態だった。
キイ国王が発言する。
「昨日夕方、外出時に、大使館エリア内であるにも関わらず、何者かに襲撃を受けました。
我が国がヴァシリーサの国に、パウキ討伐費用をお支払いしたのが気に食わない方でもいらっしゃったのかと疑ってしまうというものです。
もし襲撃者の正体が判明し、万が一、皆さま方のどこかのお国の者であった場合、避難民の受け入れや我が国に転移門を作ってほしくなくなる心情は、お分かりいただけるかと存じますので、
その辺りも踏まえて各々対策くださるよう、申し上げておきます」
「我々を疑うというのか」
「証拠があるなら、提示されるがよろしい」
「疑ってしまうのも仕方がない状況でありましょう?
どことは申し上げておりませんし、襲撃者を捕らえたわけでもありませんから、そんなにムキになられる必要はないのではないですか?
潔白ならば堂々となさっておればよいのです」
うん、なんか、あの国王も怒ってるな。
昨日の話し合いはさぞ不毛だったに違いない。
サーシャは、連合諸国のやり取りを見ながら思った。
ムキになるのはやましいところがあるからだというのがセオリーである。
どうもサーシャを容認する者と反発する者との間で足並みが揃わない。
もうほぼ神の末裔の国々は意見が一致し、連合諸国は連合諸国で意見がまとまっているようだから、これ以上擦り合わせようとしても縮まらない気がする。
連合諸国の連中は、どうも、危ない気がする。
自国の欲や都合を全面に押し出して、話を聞くとか、受け入れるとか、そういう空気が一切見られないのだ。
黒いものが好きそうな人間どもだな、と思う。
会議が終わって出国するまでに、あの連中はここを去ってくれるだろうか?
あの連中が黒いものを引き寄せないだろうか、心配になっている。
「よろしいか、皆さま」
発言したのは、ヴィクトルだった。
「会議の方向としては、もう決まってしまっているのではないかな。
我々の考えうる限りの対策はもう発表したし、後は、旋律を身につけたい方に私がお教えするだけの段階でありましょう。
連合諸国の方々は、もし全体で旋律の訓練に抵抗があるというなら、個別に我が大使館に来てくださっても構いません。
助かりたいならば、旋律は覚えるべきと思いますがね。
我々も先を急ぐので、来られるならば早めにお願いしたい。
そういうことで、いかがでしょうか、議長殿」
「ヴィクトル殿がそのようにおっしゃってくださるのならば、黒いものについての会議はここまでといたしましょう。
我々全体で共有すべきことは、全てアレクサンドラ殿やヴィクトル殿による資料に載っておりますから、
後は国元で詰めていただけたらと。
異論がなければ、閉会とすることにします」
エカチェリーナがここで発言した。
サーシャたちとしては、コシチェイ退治のための情報を世界の場に求めに来たのである、
コシチェイに関する情報があればほしいと表明した。
だが残念ながら、目ぼしい情報は結局出てこなかった。
サーシャがレギーナ王のところで耳にした、フェオフォン国の内部に他国との関わりを持たない地域があるということくらいである。
フェオフォン国でさえもその地域のことは詳しく把握をしておらず、険しい山中に集落があるらしい、ということだけだった。
そこの住人たちが祀る神というものも詳細は不明。
結界のようなものが張られていると見られ、人の侵入を拒んでいる。
その地域を捜索しにいった一団が行方不明になったという記録もフェオフォン国には残っており、こちらからの手出しはしないことと代々伝わっているとのことだった。
これ以上の情報はどの国からも出ず、ペルーンの首相はそのまま世界会議の閉会を宣言した。
唐突な会議終了に、議場はざわついた。
サーシャは、エカチェリーナに促されてその場を立ち去る、早く大使館に帰ってしまいたいためだ。
ヴィクトルに挨拶だけしようとして、近寄るが、
「お前は先に帰ってろ。夜にまた会いに行く」
早く帰れと合図された。
「わかった。じゃあ、後で」
議場を出ようとしたとき。
「親が親なら、子も子だな、出涸らしのくせに、神の末裔だからと偉そうにしやがって」
連合諸国の連中のいるところから、野次が飛んできた、
サーシャは思わずそちらを振り向いて、睨みつける。
「姫さま。お捨て置きを」
イーゴリがいつになく険しい顔で、サーシャを庇うように後ろにつき、退出を促す。
「……どいて、イーゴリ」
「なりませぬ」
「お母さまを、侮辱した」
「姫さまが相手になさる価値のある者どもではございませぬ。どうかお下がりを」
イーゴリに肩を抱えられて、半ば引きずり出されるように、議場を出た。
「い、痛い、イーゴリ」
思わず身をよじって、イーゴリの腕から逃れようとする、
それくらい、強い力がかけられていたのだ。
「罰は後から受けましょう、申し訳ありませぬが、しばしご辛抱を」
議場の外に待機していた警備隊が、サーシャとイーゴリを囲み、サーシャの姿はもう埋れて見えなくなってしまった。
議場の外の廊下は、他国の警備兵や役人たちでごった返している、副長ユーリが先頭を切って道を作るが、なかなかスムーズに進まない。
「恥を知れ、ヴァシリーサ!」
「金に汚い王女!神の名が泣いているぞ」
連合諸国の関係者も近くにいるのだろう、
そんな野次が飛んでくる。
「野郎……」
ナターリヤが振り向きかける、
「振り向くな、ナターシャ!
貴様は姫さまの安全だけを考えろ」
「……っ、はいっ、大将」
ナターリヤは、悔しくて仕方がないが、イーゴリの叱責を受け顔を前に戻した。
「本施設内において他国への誹謗中傷は禁じられています、
あなた方は退出なさい、さもなくば我が国の規範に則り罰を下します」
そんな声が後ろで聞こえる。
ペルーンの職員だろう、即座に出てきて対応してくれているようだ。
「アナスタシアの情夫!」
ひときわはっきりと聞こえた言葉。
血の気がひいているのが自分でも分かる。
今のは。
イーゴリに言ったんだ。
誰が。
「……離せ、イーゴリ」
歩みを止めようとした。
「なりませぬ、姫さま」
「……命令だ。
離せ」
「聞けませぬ」
「それが主君に対する態度か!?」
イーゴリの腕の中で、暴れた。
振り解こうと。
だが、イーゴリの腕に、抑え込まれる。
「アナスタシア様の命において、例え姫さまのお言葉に背こうとも、姫さまを危険に晒すことはできませぬ、
ご無礼のほど、お許しを」
サーシャの体から、急に力が抜けた。
そのまま、イーゴリの腕の中に倒れ込む。
「サーシャ……眠らせたんですね、大将……」
「致し方あるまい」
「ええ」
イーゴリは、サーシャをいつものように抱え上げる。
無言で、再び歩き出した。
ナターリヤは、イーゴリの背を見て感じる、
いつになく、その背に怒りが渦巻いているのを。
イーゴリのことだから、自分が侮辱されたことよりも、サーシャが、アナスタシアが侮辱されたことに怒りを燃やしているのだろう、
静かに、だが激しく。
施設を出て、馬車に乗り込み、厳重に警備隊に囲まれ、ヴァシリーサの者たちは大使館へと戻っていった。




