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ヴァシリーサの指輪  作者: タバチナ
第五章 ペルーン国にて
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80.水面下 2


ペルーンの首相は、献金と同時に、自国の対策について相談をもちかけてきた。

コシチェイが近いところにいるから、やはり、危惧しているのだ。


「逃げ道が、3箇所の橋しかありません、逃げ道には使いにくいでしょう。

転移門は必須でしょうね。

あと、国を出れるものは出しておくに越したことはありません」

「国民には周知いたしましょう、我が国の術者を隣国に配置し、転移門を作成しようかと」

「西隣のキイ国なら協力してくれる可能性は十分あります」

「その情報は大変ありがたい、交渉いたします。

高台の方が安全でしたね?」

「その通りです。例えば会議施設なら、階層もありますし、大勢が一時避難できます、順次転移門で脱出が可能でしょう」

「緊急時には私が父と転移門を作るつもりだから、一部は我が国で受け入れをいたそう、

我が国の復興に手を貸してもらえるなら、どちらにとってもいいでしょう」

「なるほど、転移先が複数あれば助かります」

「そっか、今回はヴィーシャとお父さまが別々の地にいるから、そういうこともできるわけだ」

「うちも、とにかく城に全員避難させて、転移門で無事だった地に送り出せばよかったかもしれないな、お前のとこみたいに」


「アンタのとこは一番最初に黒いものが来たじゃん?後からなら誰でも何でも言える。

お父さまが、高いところに逃げろって知らせをくれたから、うちだって黒いものが来る前に避難指示を出すことができたんだよ。大半の人は自力で山へ逃げてたし、途中で黒いものに襲われた人もいたはずだ。城に戻った私が、逃げ遅れた人を受け入れる指示をしただけ、全員なんて絶対入り切らなかったと思う」


サーシャは言いながら、当時のことを思い出していた。

あの頃は本当に、全てが手探りだった。

今なら、黒いものに呼ばれていたから城に戻ったのだと分かるけれど。


何が正解で何が間違っているかなど、後になって断じても無意味だ。

今でも、父の判断が誤りだったとは、サーシャは思っていない。

それに、父を恨んだであろう犠牲になった国民たちは、既に黒いものとしてサーシャが取り込んだのだから。

父を、それにヴィクトルを断罪するものはもう何もないし、もし残ったりしているのなら、サーシャはその存在を許すつもりはない。


「転移門だって、作れる人は将軍だけだったし、全員逃すのはきっと無理だったよ、私はできないし」

「何と、アレクサンドラ殿は魔法は不得意でいらっしゃいましたか」

「出涸らし王女の二つ名で、国元では有名ですよ、私。

転移門にしても、魔術はいろいろ知ってはいますけど、魔力が少なくて。しかもこの前から魔法使えなくなったんですよね。

あ、バラしたらまずいかな、こういうの」

「どうせ使えないんだからいいんじゃね、その方がいざってとき周りが慌てずに済む。

黒いものを取り込めるのはお前だけなんだから、そのくらいの代償がいったのかもしれないぜ」

「あれもムラがあるしなぁ」


「黒いものというもの、出会いたくはありませんが、アレクサンドラ殿が取り込むというのは見てみたい思いがいたしますな」

「冗談キツいですよ、首相殿、しんどいの私なんだから」

「失敬いたしました」

「そうだ、貴国にも、お願いがあります」

「何なりと」


サーシャは、先日イーゴリと話をした、ペルーン国民の調査について、首相に話した。

黒いものの目撃情報がないか、人が行方不明になっているなどの情報がないか、など。

首相は、早速調査すると言ってくれた。


後は明日以降の会談内容だが。

サーシャが聞きたいことを挙げる、

魔剣クラデニエッツの情報に、天の門の情報、各地の黒いものの情報、

例えばパウキのような、己の欲望のままに振る舞う者が出ていないか、特にこの3ヶ月間で。

そして、救世主、という話を聞いたことがあるものがいるか。


「聞いたことはありませんな」

首相が言う。


「その名を口にしたものは、黒いものに消されますからね、

その身に取り憑いた黒いものによって」

「黒いものに取り憑かれたら、終わりということですか」

「そうと見ていいでしょう。

ただし取り憑きにくい人もいます。うちの近衛隊長は、全身を貫かれながらも、取り込まれも取り憑かれもせず、生還しました。

己が心から満たされていたら、どうも黒いものが嫌がるようで。

彼女は、貫かれたとき、私に命をかけることができて満足していたそうですよ。

あとは……血筋を守るために犠牲になった者や、主君のために身を挺したもの。

そういう者たちは、黒いものに支配されないままでした、回復が間に合えば、生還の可能性もあります」


「ふむ……悟り、とか、無我、とかいう境地ですかな。その域に辿り着ける者は決して多くないでしょう」

「でしょうね。

誰だって己のうちに、欲望とか、願いとか、持ってますから。

むしろそっちが普通でしょう。私だってそうですし」

「貴殿も、そうでいらっしゃるのですか」

「ですよ?私は最初から、自分のために黒いものと対峙してきたんですから。

自分がやられたくないから足掻いてるだけですよ。

別に人を救うとか考えたことはありません、結果的に助けることになってきましたけどね」


ペルーンの閣僚たちが、ううむ、と考え込むようなため息をもらす。


会議では話していない内容だ。

黒いものの話から派生して、人間という存在そのものを見つめるような話になった。

黒いものと向き合うことは、単に討伐すればいいというものでもないというのを、彼らは多少なりとも感じてくれているようだ。


「実に興味深く、有意義なお話をお聞きすることができました。

我々がお力になれることは限りなく少ないのでしょうが、黒いものの対策も含め、

貴重なお話をいただきまして誠にありがとうございました。

明日は、本日の報告を踏まえ、情報の集約と、対処法を具体的に詰めることといたします、

明後日には、会議が終了できるかもしれません」


「こちらこそ、寛大な措置に改めてお礼申し上げます」

「今後ともよろしく」


友好的な挨拶を交わし、ペルーンの首相一行は大使館を後にした。


* * *


夜も遅くなってきた。さすがに、もう訪問客はなさそうだ。

ヴィクトルも、もう帰ることにしたが、帰り際、


「ナターシャは?」


そんなことを聞いてくるので、サーシャは不思議に思う。


「さあ……館内にいると思うけど。今日は外出禁止ってエカチェリーナが言ってたし。

でも、私の部屋にはいないよ」

「……やれやれ、男のとこか」

「えっ?男?」

「ここの警備兵とデキてるぜ」

「ああ、元カレがいるって聞いてたけどそのことか?」

「元カレかよ……まぁいい。俺が会いたがってたと伝えといてくれよな」

「はっ?何で?」

「いいからそう言っといてくれ。

……ところでイーゴリは?」

「見てないけど、多分、剣の練習してると思う」

「ふうん。いや、ここに来てからセルゲイがお前の護衛についてることが多いと思ってな」

「イーゴリが彼をつけるんだ。彼はいい人だし、別にいいんだけど」

「ふむ……まぁ、それもいい、ちょっと思っただけだ。

じゃあ、明日な」

「おやすみ」


ヴィクトルは、無口な護衛ルカを伴って、館を去った。


さて、ようやくお客も終わったし、

…………


イーゴリ、いるかな。


サーシャは庭に回ってみた、だが、イーゴリの姿はなかった。


……剣舞奏、教えてもらおうと思ったのに。


ちょっと残念に思って、

部屋まで頼みに行こうかどうか、しばらく迷う。

迷惑かな?

でも、剣のことだから、喜んで引き受けてくれるかな?


「殿下、こんなところで、いかがなされました」


セルゲイの声がして、振り返った。

セルゲイはまだ制服のまま、勤務についている状態だ。


「セルゲイ。こんな時間まで、勤務なの?朝も早かったのに」

「一応、先ほど退勤扱いにはなりましたよ。明日は昼からの会議に合わせて勤務につきますから、朝はゆっくりできます」

「ならいいけど……他の警備兵より、長時間勤務じゃない?」

「私は多少変動する勤務体制なのです、大臣閣下より、内政にも携わるよう命を受けておりますから」

「貴方のお母さま、厳しいねー」

「いいえ。全ては殿下のお為ですから」

「イーゴリみたいなこと言わなくていいよ……」

「皆、母さえも、そう思っておりますよ」

「あ、そう……それは、うん、ありがとう」


思えば、部下と話す機会は、イーゴリと近衛隊員以外、ほぼないままだった。

慣れ親しんだ部下以外の部下から直接そんなことを言われると、若干戸惑ってしまう。


「先ほどまで、イーゴリ閣下がこちらで訓練をしておいででしたよ。

閣下の鍛錬ぶりには、本当に頭が下がります」

「そうなんだ……じゃ行き違いか、剣の相手してもらおうと思ったのに」

「私でよろしければ、お相手仕りましょうか?」

「……ううん、貴方も疲れてるでしょ、勤務時間外にすることじゃない」

「何をおっしゃいます、殿下こそ、一日会議の場にいらっしゃり、お疲れでございましょう。

これでも日々訓練はしているつもりです、ここで殿下のお相手が務まらないようでは殿下をお守りすることなどできません。

どうかお気になさらず、お命じくださいませ」


ここまで言ってくれてるのに断っては、逆に悪い気がする。


「じゃあ、ちょっとだけ。

私も、体動かしたいだけだから、気は張らなくていい」

「仰せのままに」


サーシャは庭の中ほどへ出て、剣を抜いた。

セルゲイも、構える。


サーシャのスピードに合わせて、セルゲイが剣を受け止める。

セルゲイに幻影を作り出してもらい、剣を交えながら、剣舞奏も試してみる。

実際はもっと速さがいるはずなので、発動はまだ遠そうだ。

だが、ゆっくり確実に発動できることから積み重ねるように、イーゴリに教わっている、イーゴリの言う通りにすれば、いずれできるはずなのだ。


…………

…………


「まだ、無理かー、先は長いなぁ」


サーシャは剣を投げ出して、庭の芝生に座り込んだ。


「殿下、さすがにそろそろお休みにならなければ、明日お疲れを出されてもいけません」

「だね、まさかの1時間、ごめんね、付き合わせちゃって」

「いいえ、光栄でこそあれ、殿下がお気になさることはございません」


サーシャは剣を拾って鞘に納め、自分の部屋に向かおうとする。

「ありがとうね、セルゲイ。

また明日、よろしくね」

「こちらこそ、貴重な訓練にお誘いくださいましたこと、御礼申し上げます。

ごゆっくり、お休みなされませ」

セルゲイは深々と礼をし、サーシャを見送った。


サーシャはふと、今日は黒いものの気配を辿っていない、と思い出した。


今から、イーゴリを付き合わす?


でも、念のために。

そう、黒いもののことだから、イーゴリも許してくれる。


そう思い直して、少し緊張しながら、イーゴリの部屋の扉をノックした。


少し待ったが、反応がない。


もう、寝ちゃってる?

……なら、今日はやめとこうか。

明日の朝にしよう。


イーゴリと顔を合わせられなかったことを少し残念に思いながら、サーシャは自分の部屋へ戻った。


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