79.水面下
ヴィクトルは、サーシャを褒めに来たのだった。
あの後、ヴィクトルはフェオフォン国王やレギーナと話をしたり、連合諸国のいくつかの国とも話したと教えてくれた。
文句を言う国にはヴィクトルが釘をさしておいたーー文句があるなら勝手にすればいいが、そういう態度ならばこちらとしても助けに行く気が起きない、と。
神に愛でられたと評判の高いヴィクトルに、それ以上文句を続ける者はいなかったそうだが。
「世界を敵に回しちゃったかな」
サーシャが呟いた。
「お母さまも反発買ったらしいし。うちの国、なかなかやらかしてんな」
「不当なことは何もしてねぇだろ?
母上にしても、別に父上を寝取ったわけでもない、未婚で子ができただけの話だ。
批判する連中自身が、そんな道徳規律に従ってるわけねぇっつうの、神の末裔だから清く正しくあれって求めてるだけだ」
「そうだね、いや別に、奴らのことはどうでもいいけど。
うち、今国家としては機能してないし、反発を買った国の逆恨みを今ちょっと思ってさ。
各領地の心配をしてる」
「まぁ、うちも、実力者がお前に粛清されたんで、手薄っちゃ手薄かな。
大使館の手練れの警備兵を数人国に帰すことにした」
「じゃ、うちの警備兵を何人か貸そうか?」
「おう、なら助かるな」
「うちは、城は黒いものに覆われたままだから、誰も乗っ取りようがないからな。
そういや、イヴァンの大使館の連中、私を恨んでるやついない?先代派とか」
「俺が護衛に連れてた奴、ルカって奴なんだが、あれはお前に粛清された副将の弟だ。
だが兄とは折り合いはよくなかったらしいな、お前には多少複雑な気持ちがあったようだが、お前の威圧を見て、向こうが悪かったと身に染みたそうだ」
「あいつ、思ったんだけど、レオニードより強くね?」
「強いが、兄との折り合いも悪いし、こっちへ回されてたんだ。一匹狼的で隊を率いるのができないから、俺の護衛専属にしてる」
「あいつコミュ障だろ」
「それだ。だから結婚もできやしねぇ、もう30近いのに」
「うちの女性文官と見合いでもさせるか?警備隊でもいいけど」
「させるか」
扉をノックする音がした、
サーシャが返事をすると、姿を見せたのはセルゲイだ。
「殿下、ヴィクトル様、お寛ぎのところ失礼いたします。
実は今、ペルーンの隣国、キイ王国の国王がいらっしゃいまして。大臣閣下が対応しておりますが、殿下にもお話を聞いていただきたいそうですが」
「俺たちが通ってきた国じゃねぇか。サーシャ、話を聞いてやろう、俺とイーゴリは一晩世話になったし、文句を言った連中とは一線を画してるはずだ」
「私も国の領地で世話にはなったしな。セルゲイ、すぐに行くと伝えてくれ。ヴィーシャも同席すると」
「かしこまりました」
* * *
ペルーンの西隣、キイ王国の王は低姿勢、それどころか平伏しそうな雰囲気だった。
パウキ討伐の費用を払いに来たのだという。
「我が国でアレクサンドラ様が危険な目に遭われましたこと、周辺領地を代表しまして心よりお詫び申し上げます。それどころか、警備費用につきまして我が国から御礼申し上げるべきところを、貴国からお申し出いただくこととなり、恥じ入るばかりでございます、上乗せしてお持ちしておりますので、どうかご容赦ください。
そして、大変無礼な話ではございますが、我が国が費用をお支払いしたことは、連合諸国にはご内密にお願い申し上げたいのです。足並みが揃わぬと何かと厄介でして」
サーシャを冷酷非道な絶対君主だとでも思っていそうな勢いである、
脅しすぎたかな?と少し反省した。
「えーと、ちょっと脅したみたいになっちゃって申し訳ない。
ああしとかないと、都合のいいように使われても嫌だったので、というのがありまして。
助けますよと言ってしまっては、同時多発で起こっても、こちらは身一つで対処できないじゃないですか。でも助けに行かなかったら非難するでしょうから。
で、お持ちいただいた警備費ですけれども、
こちらもお世話になりましたし、今回は半分で結構です。
賊の罠にかかったのも、偶然でしたし……
今後ともよろしくお付き合いのほど、お願いいたします」
国王は完全に驚いている。
議場でのような威圧感で対応されるとでも思っていたのだろう。
今のサーシャとギャップがありすぎて、戸惑っているようだ。
金額については、国王に会う前に、エカチェリーナと相談済みだった。
おそらくかなり無理をして準備したであろう金額で、こちらの想定より多かった、
一応ケチる気はないと判断していいとなり、半分に収めることにしたのだった。
「ま、また何か御用がございましたら、何なりとお申し付けください、
今回は大変にご寛容な対応をしていただきまして、心より御礼申し上げます、
イーゴリ閣下には武術指導まで行っていただき、みな喜んでおりました」
「あの修行バカでよろしければまたお相手をお願いします、むしろ訓練する場をくださいましてありがとうございました」
「なんと、とんでもない」
「お前、本人がいないとこじゃ結構なこと言うな……」
ここの国王とは良好な関係が築けるだろう、
サーシャが滞在した領主が同盟を結びたいと言っていたことを話すと、国として同盟を結ぼうという話になった。
ただ現時点ではヴァシリーサの国が国として機能していないので、復興後のことにする。
この国には既に黒いものが入り込んでいることが、パウキの件ではっきりしているので、サーシャとヴィクトルは王に対処法のことを話した。
王は既にヴィクトルとイーゴリから話を聞いているから、今回の資料も読み込んでいて、理解は十分、各領地で共有すると言った。
ついでに、供の者と旋律もこの場で習得してもらった。
本当は明日以降、会議全体で旋律の教授をする予定だったのだが、明日連合諸国がどういう姿勢でくるか不明だ。
しばらく話をして、そろそろ退席というとき、サーシャは付け加えておいた、
「警備費を支払ったことは、表明した方がいいと思いますよ?
隠す方が、賄賂っぽく聞こえるし。
うちが請求したから払った、それでいいんじゃないですか。
あと、パウキが活動していた国から、立て替えて払ったからと取り立てたらいいですよ、金額はそちらのご判断に任せますが、私なら盛った金額を請求しますね。
だから、明日、ぜひ表明してくださいね」
キイ国王も、ヴィクトルも、エカチェリーナも、初めて見るサーシャのしたたかさに驚き、そして感心しきりだった。
* * *
サーシャはエカチェリーナに、イヴァンの大使館への警備兵の貸し出しを相談し、エカチェリーナもいいと言った、
こちらでは警備兵同士の交流も普段からあるそうだ。
ヴィクトルが、ぼちぼち帰って休むかと言っていると、再び来訪者の知らせが来た、
今度はなんとペルーンの首相だということだ。
急遽案内し、まずはエカチェリーナが用件を聞く。
その間、サーシャとヴィクトルは、隣の部屋にセルゲイやルカと共に身を潜めていた。
「首相の訪問って何だよ、今夜は忙しいな」
「お前の威圧が効いたんだろうぜ」
「そういう水面下交渉ってありなのか」
「あるっちゃある」
しばらくするとエカチェリーナが来て、ペルーンの用件を告げた。
黒いものの対処への献金と、ペルーン国民についての相談である。
ペルーンはどの国とも一線を画しているから、自由に献金できる立場にあるし、
サーシャの力への対価を払うという意識を持っている国ということだ。
もっとも、この国もコシチェイに近いから、危険に晒されているわけで、早急な対策を必要としているのだろう。
サーシャはエカチェリーナ、ヴィクトルと共にペルーン首相に面会する。
セルゲイとルカが後ろに控える。
ペルーン首相、閣僚らしき人物、将軍ぽい雰囲気の護衛など、5人もやってきていた。
首相は丁重に挨拶し、ペルーンの閣僚の紹介をした、見事に重要人物ばかりだ。
本題は、まずはサーシャへの献金、
そして、ペルーンの対策の相談。
「考慮するとは言いましたが、必ず助けるとは申し上げていませんが、いいですか?」
念のためサーシャは聞いた。
「結構でございます。結果的にどちらの国にいらっしゃっても、黒いものの対処、コシチェイへの対処をなさるために必要となりましょうから、我が国としてもその御身に対して対価をお渡ししようとしておるのです。
我が国を救ってもらうためだけではありません、救っていただくに、越したことはございませんが。
それと、ちょうどご一緒にいらっしゃるので、ヴィクトル殿にも、受け取っていただきたい。
アレクサンドラ殿が黒いものやコシチェイに対峙なさるのに、ヴィクトル殿も相当の負担を引き受けていらっしゃるとのことですので」
サーシャの方が本命だろうから多めではあるが、ヴィクトルにも相当の献金を申し出てきた。
ヴィクトルは了承する。
「助かります、うちは今国庫がない状態なのでね。
貴国への支払いができず除名されるところでした」
サーシャは誰も笑えない冗談を飛ばしてみせる。
大使館を置いている国々は、ペルーンへ管理費用を定額で支払っている。
大使館を置いている国だけが、世界会議へ出席する権利があり、世界の問題を共有され対策が取られる利点があるのだ。
国同士の争いも、ペルーンは関与しないにしても、戦争せず言論で解決できるケースも、これまで多々あるそうだ。
管理費用も出せない国は、この場に入る資格はないということだ。
国の傾きによって支払いができないと、事実関係を調査された上で、除名されることもある。
「貴国に関しましては、ひとまず向こう3年、管理費を凍結させていただきましょう。
過去にも、天災や戦禍などの被災国には、管理費減免措置を取った例もございますので。
イヴァンの国には一年、凍結とさせていただこうと思っております」
「寛大な措置、感謝申し上げます。
そうおっしゃっていただけると、危機にも体を張ろうという気になるってもんですよね」
「いえいえ、そのようなつもりではございませんが」
「うちは国庫は問題ないが、お申し出はありがたくお受けしましょう」
そうは言っても献金してくるくらいだから、下心も当然あるだろう、と思っておく。
「我が国のことでご相談させていただきたいのですが」
「伺いましょう」
本章を最初に書き始めた頃、大使館の警備隊はなぜか男のみの設定でした。投稿準備をしていてあれ?女性隊員がいない?と気づいた。
女性文官と見合い〜のくだり、「警備隊でもいい」は後から付け加えた一文です。
固定観念って恐ろしい。




